ささくれ
あの二人、中々良い感じになってきたな。
月光の下、家の外壁に体を預けながらニナは思った。
疲れてはいるが、眠気はない。そんな気怠い状態にニナはうんざりし、気晴らしで外の見張り兼散歩をしていた。
今日は満月だ。建物や遮るものがほとんどないこの草原では、それのお姿をくっきり拝謁できる。
ニナは1人の散歩を満喫していた
草原の盛り上がった地面に2つのシルエットが立ち並んでいた。
あれって、セシルさんと志穏じゃ……。
「俺が見てやるよセシルのこと!!」
静まり返っていた一帯に突如、声が喧しく響いた。
咄嗟にニナは身を引いて、建物の影に再度隠れる。
なんだなんだ? 一体なんの騒ぎだよ。
息を潜めてニナは2人を観察する。
「セシルが変わらないように!……お、俺がちゃんと見るから! それでも……もし、セシルが変わっちまったら、自分で自分の"正しい"がわからなくなっちまったら……そん時は俺が引っぱたいて戻してやる!!」
……!!
痺れるくらいの驚くべき発言だった。
あれだけ助けてくれたセシルさんに対して、そんな傲慢で身の丈に合わない発言を……?
呆れるような気分だった。大切な約束を破った友人を窘めるような、そんな気分に近い。
だが、それと同時に勇気ある発言であるとも思った。なんの話をしていたか不明だが、セシルさんに対してあんな強気で力篭もった発言をするなんて、とニナは少しだけ感心した。
「約束だから。志穏。」
セシルが男の子を頼るような、初めて女々しい声を出したのを聞いた。
思わずニヤついてしまうような、優美で甘い声だ。
「……青春してんな。あのおふたり様。」
寝室へ逃げるように帰っていく。
喉と胸の間が熱い。鼻の奥がツーンとするのに、涙のような感情の副産物は体外に排出されない。それ故か、もやもやと陰鬱な気分が心の内を充満する。
心に黒い霧が纏わりついて、更にそれがシートベルトのように胸を縛り付けた。
これは恐らく嫉妬というものなのだろう。
だって……こんなに苦しいのだから。認めたくないが、そう認めざるを得なかった。
次に浮かび上がったのは絶望だった。
「━━皆様! おはようございます。お食事の準備が整いました。」
ゆっくりと重い瞼をこじ開ける。自然と目が閉じて行ってしまうほど、今朝の出来事が原因で眠い。
皆は起床の時間が来たら、瞳を大きく開けて、各地「おはよう」と、快活な笑顔を交わしていた。
志穏だけ、上手く寝付けなかった。
セシルはいつも通り、特に代わり映えもしない顔で整然と顔を洗いに行った。
胸の中がそわそわする。付き合い始めて次の日の教室で、彼女と遭遇したような感覚だ。
昨日、あんな風に啖呵切っちまったけど具体的にどうすれば良いんだか……きっとセシルは俺に行動求めている。
「どうしたんですか、セシルさん。早く朝食に行きましょう。」
「おっおう、今行く。」
気付いたら、誰一人居なくなったこの地下部屋を、志穏はおぼつかない足取りで退出した。
エルゼナ郷集会場
大学の食堂のような部屋で志穏達は朝食を食べていた。
朝からビーフシチューと重いものが出されたが、とても肉が柔らかくルーも香ばしくて美味だ。
「いやっははぁ! 美味いなこのビーフシチュー。なぁ? 志穏。」
「ぁっああ! そうだな。あっちの世界でもこんなに美味いもん早々食えねえよ。」
「セシル様、今日からエルゼナ郷に滞在する間はどう動くおつもりで?」
「それがまだ決めれていないの。ケインは何か案ある?」
「……何も考えずにここに来たんですか。」
「そっ……その。まさかこんなに早く第8能力の人間が攻めてくるとは思わなかったじゃない? だから、計画を立てる時間がなくて。」
「マジですか……。」
「居ても、残り2日が限界だと思われます。今日にでもきっと中央は本格的に私達の捜索に乗り出します。なら、勘づかれていないうちに逃走した方が宜しいかと。」
「カルディア! ちゃんと私の話聞いてますか? こういった場合どうやってムカつく上司をシバくのが正解なんですかね?」
「いや……きっと上司をシバくっていう考え方が間違いなんだよ。」
同じものを口にしていても、話している内容は全く違う。
会話がまったく違う議題で被らずそれぞれが成立していることに少しだけ可笑しさを感じて、志穏は笑った。
久しぶりに日常の微笑ましさを感じた。ポカポカとした春の日差しのように軽やかで温かい、そして何よりもその熱は心の内を少しだけ包んでくれた。
やっぱり食事は大人数の方が愉しいな。
「今、村民の数人が街へ出て、中央の動きを確認しに参ってます。今の所、時事報告によれば、中央はセシル様達御一行の存在を国民に開示していません。」
「そう。わざわざありがと。」
ミアネが朝から締まった顔でセシルへ話しかけていた。
顔立ち自体はまだ幼さが残るのに、表情は厳格なお爺さんのようだ。それ故か、20とは思えない風格があった。
「我主ぃ今日からどうするんです? ここは安全ですけど、いつまで持つかはほんとに分かりませんし。」
アイリが余裕を見せるように豊満な胸を揺らしてセシルへ尋ねる。
「姉さん、1度中央からは少し離れた都市らに住んでみるのはどうだ? 隠れれそうな場所は中央もしらみ潰しで探すはずだ。むしろ、人目の着く場所なら中央だって大規模な作戦は仕掛けれないだろうよ。きっと、志穏のことも俺達のことも隠密に済ませたいだろうしな。」
「……例えば?」
「う~ん。グランパトラ都区とか?」
「いや我主、1度海を超えた方がいいと思いますよ。ユーラシア大陸に降りて、内陸のウルガン都区に行きましょう。今、人口の流出で地価が安くなっているので、頃合いですよ。」
「いや待てよアイリ、あそこはーー」
「そんなの承知です。むしろ、私達が"正義の味方"なんだって国民に知らしめる良い機会です。」
「洗脳された国民がそんなに簡単に国に疑心を抱くかよ。」
「とことん逆を突いて、奇界に行くのはどうだ。」
躊躇いもなくグレイブがそう言うと、ガルラが弾けるように椅子から飛び立つ。
「グレイブ! 冗談でも止せよ。何かあっても死体すら見つけてもらえるかわかんねえ場所だぞ?」
ガルラの荒らげた声は虎の唸り声のようで、怖気ついて話しかけることさえ出来なくなってしまう程の気迫があった。
それに糾弾されたグレイブはたじろぐ。そして、気まずそうに「悪かった」と謝罪する。
……俺、今ここに居ても邪魔なだけかな。
「ちょっとお手洗い行ってきまーす。」
志穏は扉を開けて、逃げるようにトイレの道を急いだ。
幸いなのか、誰も気に留める人は居なかった。
ドアを閉めると、森の匂いが感じ取れた。
目の前は庭園になっていて、心が洗われるような静謐な緑の空間だ。目を瞑り、空気を吸うと、緑に溶け込まれたような気分になる。爽快な、風呂上がりのような開放感だ。
「ふう、マジで俺だけ場違い感凄かったな~」
「志穏様。トイレならご一緒させていただきます。」
「うわぁ!?」
誰もいないはずの背後から聞こえた声に志穏は面食らう。
志穏の影から伸びてきたようにそこに居たのはニナだ。
インテリ感溢れた丸眼鏡が俯いて薄く光る。
「驚かせてすみません。……影薄いので」
「いや! 全然気づいてたよ。」
顔は俯いているが、瞳の奥の光だけは志穏をじっと見つめていた。恨めしそうに睨んでいるようにもとれた。
「トイレこっちですよ。」
ニナは足早に縁側を歩き、志穏を誘導する。
何故だか、彼を警戒している自分がいる。志穏はそう思う。
無言の静寂さえ、彼との間では不安で、志穏は薄ら笑いでニナに話しかける。
「ニナはさっきの話合いに参加しなくていいのか? 俺と違ってニナはシェイル持ちなんだしさ。」
「参加する必要などないです。」
「そっ……そうなの?」
「出来れば、あいつらと同じ空気を長く吸いたくないんで。」
………!?
背中をバッドで叩きつけられるような、激しい衝撃を感じた。
声のトーンと醸し出すオーラからして、つまらない冗談では無いのが分かる。
彼が感じているのが怒りなのか何なのか分からず、ただ刺激しないようにいつも通りの口調で話すことしか出来ない。
「嫌いなの?」
「いえ、関わりたくないだけです。」
ニナはゴミ箱に投げ捨てるような乱雑さで言葉を吐き出した。
「志穏様、こちらも質問させて頂いて宜しいですか?」
「おっおう。」
「昨夜、いや今日と言うべきか、夜にセシル様と何を話してらっしゃったのですか?」




