エルゼナ郷
「あっあの!」‐
ゼロアとの戦闘を繰り広げた、あれだけ長かった夕暮れ時は跡形もなく夜に塗り替えられていた。
時間が経つにつれ、夏のジメジメとした暑さは鳴りをひそめ始めた。戦いの後の興奮も冷め始め、ロノチア自治区の人々の歓声の温かさも全てが自分の中で過去の記憶になろうとしていた。
その声が聞こえたのは、次の目的地、志穏達の隠れ家を用意してくれているというエルゼナ郷へ向かう身支度をし終わり、今旅立とうとした瞬間の事だ。
突然声をかけてきたのは、最初にセシルに質問してきた、やせ細って頬コケた青年だった。
「どうしたの?」
セシルは踵を返して真っ直ぐその青年と向き合った。
青年は口篭り、「あの…」や「えっと」など中々本題を切り出さずにいた、それでもセシルは優しい瞳で「ん?言ってごらん」と急かすことなく、彼が自然に切り出すの待った。決心が付いたのか、彼は口早に質問する。
「さっきの演説の時…最初に僕達のことを間違っていない市民とおっしゃってましたよね。どうしてそんなふうに言いきれたのですか?僕達が人を殺したからここへ迫害されたのかもしれないとか、お思いにならなかったのですか?」
それを聞くとセシルは口角を上げ、少し目を細めて答えた。
「人を殺したような人達が、そんな顔しないからよ。」
確かにその通りだ。と志穏は思った。
青年はえ?みたいな表情で呆気に取られていた。
「君達は人を殺すには優しすぎる顔だ。大丈夫、いつか必ず君達の居場所を取り戻して帰ってくるからね。」
そう言って、セシルは歩み始めた。全員、それに合わせてセシルを囲うようにして駆け出す。
志穏は青年と顔を見合わせ、「じゃあ、またいつか」と声を掛けて、皆に置いてかれないようにと、走った。
「あっあの!」
青年の声が再度聞こえた。だが、志穏もセシル達も誰一人振り返らない。
青年は嗄れた声で叫んだ。
「頑張ってください!!」
寂れた"ロノチア自治区"と書いてある門構えを通り越す時、志穏達は少しだけ踏みとどまる。だが、振り返らない。
頭上の木々が開けた時のこと、月が綺麗だなー。志穏は感慨に浸るようにそう思った。
深淵のように深い森の中を歩くこと2時間ほどだ。最早、志穏の目には暗黒がだだっ広く映るだけだ。
厳密には火のついた松明はあった。だが、先陣を切るセシルだけが持っていたせいか、曇ったレンズを通したような景色で、視界は朦朧としていた。
それ故に、頭上の月は尋常じゃなく美しく映った。志穏には自分を暗闇から救い出してくれる救世主のようにすら見えた。
「志穏さん?」
声が聞こえた。月に照らされ、人の姿がハッキリ目にとどまる。
アイリだ。月光で露わになるオレンジ色の髪から彼女であることが分かった。
そして、志穏は自然と立ち止まっていたことに気づく。
「すっすまん。」
「やはり、お疲れのようですね。もう少しで目的地なので、幾許かの辛抱です!」
ニッカリと白い歯を見せて笑うアイリは、見ると心身ともに少しだけ安らぐように感じた。
だが、こんな所にほんとに人が住んでいるのか。それが甚だ疑問だ。2時間歩き続けてやっとつく村など、外部との連絡手段もほとんどあったものじゃないだろう。
俺、そろそろ足が限界なんだが…。
志穏が弱音を吐こうとしたその時。
「セシルさん。見えてきましたね。」
「ええ、やっと体も休めるわ。」
周りを囲む木々がとうとう無くなる。
「ぉお!」
志穏は思わず声を上げた。
びんの蓋がこじ開けられたように、先程まで頭上からは見えなかったはずの星が燦然と輝いている様相は感動に尽きた。
ここは草原だ。星々の光に焚かれた草原はロマンティックな、いつか妄想の中で生んだ世界にそっくりだ。そんな情景の中、凹凸もない、爽快な程果てしなく続く緑の絨毯の先、光を灯った集落がポツンとそこにあった。それは夜空を飛び交う蛍のような光だ。
「志穏さん、あれがエルゼナ郷です。」
アイリがほっとしたような声で言う。
「ようこそいらしました。セシル様。」
「本当にありがとう、ミアネ。」
「いえ、十分なお迎えが出来ずに大変申し訳なく思っています。」
ここはエルゼナ郷の入口だ。
見る限り、30軒近くのエルゼナ郷の家々は現代のthe村て感じの外観だった。
ミアネと名乗る郷長は入口で志穏達を出迎え、セシルに対して会釈した。郷長と名乗るには若すぎるように見えた。
まだ、30もいっていないのではないか?
「話はお伺いました。……志穏様ですね? 異世界から遥々お越しくださったにも関わらず、このような事態になってしまったこと、大変お痛ましく思います。しばらくの間は、ここでどうぞ心身ともにおくつろぎください。」
「あ、…ありがとうございます」
ミアネは志穏に対して、しおらしいような表情で言う。あまりの礼儀正しさに気色悪さも感じたが、きっと根っから人が良いのだろう。
「部屋を用意しています。念の為、地下の部屋を手配したのですがよろしかったですか?」
「ええ、十分よ。」
「分かりました。ではこちらへ」
ミアネは微笑みながら村内で1番大きい建物の中へ促す。
周りにある家からチラホラと村人が出てくる。
そして、"あれがセシル様? " "生で初めて見たぞ" など、少しだけ騒ぎが起きた。
「握手させて頂けませんか? 」
「もちろん」
嫌な顔1つせずに真摯な対応で村人と握手会を行っていた。
「うっわ~人気者だなー我主。」
アイリがひとりでにボヤいていた。
こういうとこもやっぱり凄いな。
志穏は思う。
「こら、セシル様達はお疲れだ! そういった行動は今は控えろ。」
ミアネは戯れる村人を一喝した。それに村人はたじろぎ、瞬く間に静かになってしまった。
「セシル様。早くこちらへ」
「ミアネ。別にいいのよ? このくらいなら。」
「いいえ。いつ何時に中央がここまで迫ってくるかも分かりませぬが故、いつ奇襲されても良いように身体だけはお休めにならなければなりません。」
志穏達が住まう地下はライブハウスのような、灰色の壁に囲まれていて、それなりに広かった。
ベッドや机、本棚など必要なものは一通り揃っているように見えた。
そのベッドに思いっきり飛び込んだのはアイリだ。
「やったぁ! ……これで休めますね。ね? 我主。」
「そっそうね。」
「お前そんなになんもしてないだろ? アイリ。」
「失礼な! ちゃんと志穏さんをエスコートしましたよ!」
少し痩せた男とアイリが漫才のような会話をするのも随分久しぶりに思えた。
この痩せた男の人、名前なんだっけな。
ん? そういや、みんなの名前まだ知らないな。
「あの!おつかれの所悪いんだけど。まだ俺名前知らない人もいるからさ、自己紹介しない?」
「お、それいいですね! 私も我主以外の人いまいち知らないし。」
「いや、お前は知っとけよ。」
「それもそうね。まだ、まともに自己紹介出来てるのアイリとグレイブと私だけだもんね。」
「おっ…俺疲れたから先に寝てる。」
グレイブはベッドに転がり、そのまま寝息を立て始めた。
「寝るの早! 」
「トレックせずに寝ちまったな…」
「ま、グレイブ起こさない程度に自己紹介やりますか。」
修学旅行の寝る前のような雰囲気で自己紹介は始まった。




