それでも前に進まなければならない
紙をジグザグにハサミで切るような、そんな鮮烈で強烈な形を作り、瞬きする猶予すらないスピードで"それ"はゼロアに被弾した。
元より、そういう作戦でこの展開になるように事を運んでいた。全員が離散して戦闘を行い、全員が揃うまでも、闘いが終結していないような場合、この作戦を発動するのが定石通りなのだ。
グレイブのシェイル、"絶対砲弾"。体内の莫大なシェイルエネルギーを一度に放出し、最新鋭兵器などを打ち砕く必殺技。
この技に当たった防御壁はどんな代物でも砕ける。それだけの破壊力が故、打つ前は20分はじっと動かずに精神統一を行なわなければならない。
そして、その精神統一完了までの間、護衛をつける必要があった。それでセシルはアイリ達メンバーにグレイブの壁とさせのだ。
最後のゼロアの一撃。
セシルには完全に想定外のことで、あの大技には虚を突かれた。
そして、あの一撃を凌ぎきる程の防御力は隊員達は持っていない。それ故にセシルは防御の全てを隊員保護に回した。
セシル自体は体当たりだったが、根性で何とか凌ぎ切った。
そして、後は順風満帆。セシル達はゼロアを倒した。
打った後のグレイブはシェイルエネルギーがほほ空になってしまうので自身で歩行することもままならない程に悄然とする。
この一連の流れは嫌という程場を積んで慣れている。だが、1つだけ、決定的に違うものがあった。
セシル達は初めて兵器や防御壁以外のひとにこの技を向けたのだ。
しかも、セシルには彼の死に顔が見えてしまった。
自分が何故このような局面に立たされているのか、それが理解出来ず唯、驚きに打ちのめされた顔。「自分が死ぬ。」という許容量を超えた事実に恐怖する顔。
全てを総括して言えば、苦痛に擡げる顔だった。
あれだけ、口汚く傲岸不遜な態度だった男が普通の人間と同じような死に顔を浮べた―――――それがセシルにはおかしくて、苦しかった。
感情を持たない殺人カラクリだったら、どれだけ楽だったんだろう。
たとえ、生き返るとしても、私はひとを殺すことを命令したんだ。
そんな感情はセシルの心を脈打って包むように支配した。
そんな一瞬の苦悩など意味を為さない。もうとっくに目の前にいた人は死んだのだから。
後の祭り――――――――あの人からその言葉を聞いたことをセシルは鮮明に思い出した。
短い金髪が口と鼻からの吐血に汚れ、禍々しい色になっている。
―――腹が貫通してる!?
「セシル!殺しちまったけどいいのかよ!?」
「第8能力を持つ人間はこのゲームが終わった瞬間に復活出来る。そう最初にレフェルが言ってたでしょ?」
少し気分を害したのか、セシルは早々と言い捨てここから立ち去ろうとする。
多分、セシルは人を殺害命令を下したことへの罪悪感で今、頭がいっぱいなのだと思う。たとえ、生き返るとしても、だ。目の前のこんな凄惨な光景を目にしたら、そんな言い訳で自分を納得させれるはずもない。直接手を下していない、俺ですらこんなに痛いんだから。
硬化させた地面の断片は血で汚れていた。それをセシルが縛り付けるように睨み、"畜生"と自分に言い聞かせるように呟いていた。
風に揺れる鮮やかな茶髪はどこか力無く見えた。
「やっち…まった…。」
まだ名前も知らない隊員がボヤいた。
セシル部隊の面々も、皆憔悴しきっていた。お通夜のような表情の皆は自分達の勝ちを互いに賛美することなく、痛みを噛み締めるような悲痛さを秘めていた。
志穏はただ、皆の気に触れるような発言をしないように口を閉じた。
RPGゲームとかで魔王を倒すと、主人公諸共ハッピーって感じでゲームは幕を下ろすが、現実はそんな優しくない。罪悪感とか悔恨、胸を締め付けるような感情が容赦なく自分を追い詰めてくる。仕方なかった、そう自己暗示しても、心の柔い所はそんな言い訳を許さない。潔白で無ければならない。
俺達が相手しているのは魔王じゃない、人なんだ。
そんな事もっと早くに気付くべきだったんだ。
鮮紅色の血液がゆっくりと志穏の足元まで伸びてくる。
それが助けを求め、喘ぐ人間のか細い手に見えた瞬間、猛烈な吐き気を催し、ものまま物陰へ行って吐瀉した。
「早く、移動しないとまた次の奴らが来ますよ。」
幾許の時が経ったのかも知らない。
アイリが神妙な顔でそう言うまで、誰一人、口も発さなかった。
痺れを切らした、という表現が正しいのかもしれない。苛立ちが爆発したような口調のアイリの顔には、ここで留まって考えてても仕方ない、そう書いてあるように思えた。
セシルはまだ複雑な顔で俯いていた。
「ガ主!」
「セシル上官。エンゼナ郷へ急ぎましょう、考えるのはそれからの方が宜しいかと。それに―――」
ガルラはセシルが背後を見るように促す。
「もう限…界っす~早く休みてー」
グレイブがわざとらしく、悪態をつくように疲れ度合いをアピールしていた。
大の字に倒れる彼は雪の中で転がる子供のようだ。
少しの間、間があった。
クラスの嫌われ者が皆の前で突然喋って、シ―ンとするのと同じような場違い感とは違い、ただ皆が呆気に取られたような感じだ。
だが徐々に、隊員達の中から笑い声がまばらに上がり始めた。そして、アイリもそれに乗じてか、神妙な顔を崩し、笑いこけ始めた。
その穏和な雰囲気に少し困惑しながらセシルも―――――
「それもそうね!」
涙ぐみながら、頷いた。その細めた純朴な瞳から、少しだけだけ涙が垂れていた。
志穏はその瞳を見つめるのにいたたまれないような気持ちになって、あらぬ方向を見て笑った。
「本当にごめんなさい。」
セシルは頭を垂れて、群衆に謝意を示していた。
それは戦闘で荒れ果ててしまった土地に住む人々へ向けての謝罪だ。
ゼロア・ルフェインゲール討伐から20分。精神、肉体的な傷と疲労が払拭ていない、ましてや追っ手が駆け付けてくる危険性も否めないこの状況下でセシルは周辺の人々の呼びかけ謝罪を行ったのだ。
志穏はアイリ達と一緒にセシルの横へ並び、襟を揃えて静かに立っている。
セシルの傍らで彼女の律儀さに感嘆すると同時に志穏には焦りが募っていた。
このままでは、追っ手が来てしまうのではないか。そしたら、もう防ぎきれないんじゃ―――。
不安が煽ってくるように急かしてきて、セシルの話す内容もほとんど頭に入らなかった。
「―――――多大な迷惑を掛けて本当に申し訳ございませんでした!」
群衆はセシルを憎むような顔をする訳でも、赦す訳でもなく、ただ一様に無表情だった。
その冷静具合には若干の恐怖を覚えた。
この場所にいる人達もやはり最初の街にいた人達と同じ服装だった。
「別にいいですよ。私達は国に迫害された人間です。この家だってあそこにあった家だって、皆空き家でそれを無許可で住んでただけですから……もとより国に逆らった人間に人権などありませぬ。」
口にしている言葉が重くなるにつれ、少しずつ寂しそうな表情になっていた。
親に捨てられた子供のような、悲痛で儚い顔だ。
俺達にはこの人たちをどうにも出来ない、世界を変えるまでは。
「あの…セシル公。貴方様は先程、国の人間と戦っていましたよね?第8能力継承者であり、国の重鎮である貴方様がどうして、国と争っているのですか?」
やせ細って頬コケた青年がセシルに問う。
以外だったのか、セシルは少しだけ逡巡して、言葉を丁寧に包装するように話した。
「私達は正しい人間ではない。だから、完璧な人間ではいられない。けど、正しくあろうとするその姿だけは完璧でありたい。
正直に言うわ。私の中の正義はこの世界の秩序とは全然違う。少なくとも、貴方達みたいな間違っていない市民を弾圧することが正義なんて、あっていい筈がない。人々の思想を飼い慣らすなんて、その時点で間違いだからよ。」
セシルは言葉を一旦区切り、正面を向いていたはずの体を志穏の方へ踵を返した。
えっ!俺?
唐突に志穏は腕を掴まれて、群衆の視線が熱く集中する壇上へ連れられる。
群衆の視線が痛い程向けられて、冷や汗をかく。
「私が闘う理由は私の中の正義に則りこの少年を護ることよ。……彼の人生は今、間違いだらけな世界の食い物にされそうになっている。自分が幸せになるために生きている彼は、誰かの食い物にされるために生まれた訳では断じてない!」
群衆の眼差しが羨望に満ちたようなものになる。誰一人セシルのスピーチを妨げる者はいない、何度か頷いている人もチラホラ見えた。皆がセシルの言葉に耳を傾けている。
「このゲームに勝ち、私達の正義で間違いを証明する。貴方達は弾圧されて今までもずっと、こんな場所でひもじい思いをしてきたでしょう。けど、この闘いで勝利して貴方達が胸を張って街の真ん中を歩けるような社会に変革するわ。
人それぞれが思想を持ち、人々が勝手に幸せになることが出来る、そんな世界を創る!これはその為の前哨戦よ!」
「――!!!!!!!!!!」
次の瞬間、興奮が頂点に達したのか、群衆は叫んだ。拍手喝采と言わんばかりの歓迎ぶりだ。
皆が声を上ずらせながら叫んでいる。
志穏は皆の熱い視線と歓声に気圧される。この世界に来てから見た事のなかった、人間の希望に満ちた目だ。
それは枯れた朝顔に水をあげたら、元気よくもう一度咲いたような、志穏はそんな感動的な気分になった。
「セ・シ・ル!!セ・シ・ル!――――」
そんなコールが延々と叫ばれていた。セシルは少し照れくさそうな顔をしながら、壇上を後にした。
名残惜しいような顔でもあった、それはきっとアットホームな雰囲気のこの場所から、暫く出たくないという気持ちの現れなのかもしれない。だが、苦しくても、嬉しくても前に進まなければならない。
歓声は志穏達がこの場を立ち去っても鳴り止むことはなかった。