計画通り……!
今回は短めにいきます。
翌日。今日も黒スーツ二人組の車に乗せられて登校する。
昨日は神和さんと宿題をしたから二人組を待たせる羽目になったが、寺田さんは相変わらず軽い乗りで「坊ちゃま隅におけませんね」って笑い、鈴木さんはそれを注意することで、何事もなく過ごした。
だが、「遅れるようでしたらスマホで連絡ください。何かあったのかと心配しますから」と言われたし、次からはそうすると約束した。
「坊ちゃま、今日は館にある坊ちゃまの私物を家に運んで起きます」
寺田さんが助手席から俺と母さんを振り返ってそう告げる。
それはつまり南斗くんの物ってことだよな。むしろ何で引越しのときに運んで置かなかったと言いたいところだ。
「今日は私遅れるかもしれないんですけど」
母さんが心配そうに答えては俺を見る。
「一人で留守番できるの?」
「大丈夫だよ母さん。子供じゃないから」
「…そうだけど」
母さんは南斗くんの父親が経営する会社の子会社で働く形で収まったらしい。あの父親のもとに送り出すのは俺としては不快甚だしいところだが、むしろそれくらいの大企業だからこそ融通が利くかもしれないから我慢するしかないな。
「でもそれって七光りって言われない?」
「さすが坊ちゃま、そんなことも知ってるんすね」
「ま、まぁ…」
元社会人だしな。
七光りで要職に入る人がいないかといったら嘘になる。でも一番ボスの内縁の妻がいきなり就職したらいい顔はしないだろう。父親がボロクソ言われるのは大歓迎だけど母さんが後ろ指指されるのではないかと思うといい気はしない。
「ご心配ないかと」
運転中の鈴木さんが答える。流石に寺田さんみたいに振り返りはしないが、ルームミラーで一瞬俺と目を合わせた。
「何で?」
「奥さまが社長の妻であることを知ってるのは、私たちを含めた極僅かの人物だけだからです」
「身内だけが知ってるってこと?」
「そうなりますな」
余計ダメじゃん。
「母さん、誰か母さんをいじめたら俺に言ってください。懲らしめてあげますから」
「ふふ、ありがとうね。でもミナトくんは勉強だけに集中しようね」
ダメだと分かっていながらも父親の庇護を視野に入れて母さんを会社に入れたのに、妻であることを知らないなら意地悪係長かセクハラ部長などに酷い目に遭わせられるかも知れないじゃん。俺は心配です。
「勉強は問題ないよ」
勉強やめて久しいオッサンとは言え小学2年の勉強も出来ないようじゃ死を選ぶわ。
「そうだね。居残りで勉強するほどの頑張りさんだものね。そんなに難しかったの? ママに聞いてもよかったのに」
そういって俺の頭を撫でてくる母さん。いや知らないわけないでしょ。母さんは俺の中身がオッサンだってことを忘れるきらいがあるんだよな。それとも知って尚あえて無視してるのかな?
「でも一人での居残りは危ないから誰かと一緒にいなさい」
そう注意する母さん。
俺が神和さんと一緒だってことは鈴木さんたちに頼んで秘密にしておいた。記憶喪失による人格障害が起こったってことは別にバレてもいいとは思ってるが、面倒事になりそうだから伏せておいたのだ。
昨日の午後、神和さんからの話を聞くかぎり、南斗くんと彼女の関係は只ならぬものがあった。別に好き合ってたとか親同士が決めた許婚とかそんなピンク色な話じゃない。子供にあるまじきドス黒い色の話なのだ。
「はい。一緒にいます」
◈ ▣ ◈ ▣ ◈ ▣ ◈ ▣ ◈ ▣ ◈
「酒井、宿題やっておいたか」
1時限目である算数の前の休憩時間にA太くんたちが俺の周りに群がる。HR後のあいさつがそれか。おはようぐらいは言えないのかよ。
「おはよう。A太くん」
「誰がえいただ。俺は圭太だよ。それに易々名前で呼ぶな」
紹介しよう。彼の名は篠崎圭太くんだ。一応俺をいじめる奴らの中で先鋒を任せられてるらしい。
「じゃ何って呼ぶの?」
「圭太さまって呼べ」
「いいよ。圭太さま、宿題は全部終わらせたから持っていってくれ」
宿題を終わらせた教科書の積みから一冊抜いて彼に渡す。彼は何か不満そうな顔にそれを受け取る。
「何だよ。やけに素直じゃないかよ」
「圭太さま、いつも俺は素直だぞ?」
「ちっ」
舌打ちしやがった。
不満そうな顔だったが宿題を終わらせたからにはイチャモンつける要素がなくなったのでそのまま背を向ける圭太くん。
俺から離れる彼の背中の向こうから一人の女の子が見える。
小2の癖にマセてるのか手鏡をもって唇の具合の確かめている。流れるような真っ黒な黒髪で、大きなお目々、そして桜色の唇に可愛らしく膨らんでる両ほっぺ。姫カットと相まって誰が同見ても「お姫様」に見える彼女こそが、南斗くんの腹違いの妹、酒井羽衣ちゃんだ。
神和さん曰く、誰からも愛されるに違いないほどの天使のような見た目と相反する悪魔だそうだ。悪魔は美しい見た目で人を惑わすとも言われてるしあながち間違ってないかもしれない。
「……」
決して俺と目を合わせやしない。手鏡を見てるだけ。
視線を戻して一人二人俺の周りに集まる子達に目をやる。
一人ひとり名前を呼んで教科書を渡す。宿題することで俺に宿題パシリをやらせた13名の子供の名前を覚えた。そしてそれを直接渡すことで相手の名前と顔を合わせる作業を行う。
名前と顔を覚えるのは慣れている。元社会人だからな。
「はい、B男くん」
「英男だよ。おめーちゃんとしろよ」
怒鳴っては奪うように自分の教科書を受け取っては自分の席に戻る。荒ってるな倉敷英男くん。
[A子さんも持っていって]
「名前で呼ぶないでくれる?」
英男くんと同じくご機嫌斜めな佐々木詠子ちゃん。
「へぇ、ちゃんとやってんじゃん」
「陽奈ちゃん。もう持っていったんだね」
「寺元さんだっつーの。殺すわよ」
感心した目で教科書を確認してた寺元陽奈ちゃんは、俺がちゃんづけで呼んだせいか鋭い目で見下す。ぞくぞくするね。睨み返したくなるわ。
そうやって全員に行き渡った頃に算数の湯浅先生が入ってくる。お堅い感じの紺色のスーツに端が鋭いフレームの赤い眼鏡が特徴の先生だ。
旦那との生活に不満があるらしくいつもヒステリックな態度をとるが、自分ルールに合わせる生徒は贔屓し甘える一面もあると、昨日神和さんから説明を聞いた。
「酒井さん、宿題を提出するように」
「はい」
そして南斗くんは、元から優秀な生徒である上に真面目で礼儀正しくて湯浅先生は彼を大分贔屓してたと言う。まぁそれでいじめに拍車がかかることになったともいえるか。
一番先に俺に教科書を渡すのは、例のごとく圭太くん軍団だ。得意げな笑みとともに。そうやって俺に宿題を任せた13名の子供全員が宿題を渡すと、その後になって俺に宿題を渡してない子達が渡してきた。
まず、俺と一緒に宿題をやった神和不居子さん。今までの13名の子達とは違う目の色をしてる。確認を兼ねてる心配の色。
「神和さんのも受け取ったよ」
「うん……」
そのとき背中に鋭い何かが刺された気がして振り返ってみたら丸くて可愛い感じの女の子が立っていた。でも大きくて綺麗な瞳を見る限り彼女が俺を刺したわけがないと確信せざるを得ない。俺の妹が綺麗系ならこの子は可愛い系だろう。
そんな彼女は教科書を2冊持っていた。
「こ、これ…」
顔を真っ赤にしてそれを渡すのをみるとやっぱり悪い人ではないと思えてくる。っていうかむしろ天使かとさえ思った。可愛い。
渡された教科書の1冊目を見ると柊梓って名前が書いてあった。へぇ梓ちゃんか。
そして、何故か一緒にある2冊目の教科書を見ると酒井羽衣と名前が書いてあった。お前かよ。
「……」
梓ちゃんの後ろの向こうにある妹に目をやる。相変わらず手鏡に夢中だ。授業中だぞ仕舞えよ。窓側だとはいえ一番前の席であんなことをしているとは。な何て恐ろしい子。
「何ぼうっとしてますの。早く受け取りなさい」
妹を見て感心してる俺に高い声が聞こえる。耳障りするこの声は…
「やっぱ天王寺ちゃんか」
「な、何ですのその顔は!」
「いや、お前をみると安心するんだよ」
「は、はぁ!?」
お前じゃなかったらどうしようかと。君のぶれないお嬢さんぷりに安心したよ。
「!?」
その瞬間あっちこっちから鋭い何かを感じた。もしかしてこれを殺気というのだろうか。背筋に冷たい汗が伝う。
「ど、どうかしましたの?」
「…なんでもない。受け取るよ」
いや、気のせいだろう。俺は気を取り直して天王寺ちゃんから受け取った教科書に目を通す。天王寺アイルと名前が書いてある。
特徴ある名前にまた彼女の顔を見る。
金髪で藍色の目をしている彼女は、端から見るとフランス人形に見えなくもないほど愛らしい。これほど彼女がレベル高い外見をしているのは母親がフランス人であるのが大きいだろう。
「何をじっと見てますの?」
「いやぁ今日も可愛いと思ってな」
「なっ…!?」
肌が白いせいかタコみたいに真っ赤かになる天王寺ちゃん。可愛い。
それと同時にばっさりと切られるような錯覚をする。それほど鋭い何かを感じた。もはやこれは気のせいじゃない。
あっちこっちに目を泳がせ伺ってみる。みなとっくに俺から視線を離しているし唯一俺を見ている神和さんは呆れた顔をしているから鋭さとは関係ない。俺の妹は……まだ鏡か。どれほど自分が好きなんだよあの子は!
「天王寺さん、渡したら席に戻るでザマス」
「あ、はい!」
湯浅先生の声にびっくりした天王寺ちゃんは直ちに自分の席に戻る。戻る前に俺を見て「あんたのせいで一言言われましたわ!」って感じの恨みの視線を送ってきた。すまん。
宿題軍団13名に今の4名そして俺を含めて18名の教科書が全部集まった。こうやってみるとやっぱりかなり多い量だ。小2が持つには厳しいぞ。でも委員長だしこれくらいはやらないとな。
「よいしょっと」
持ち上げてみる。
「あれ?」
これ、意外といけるぞ?
もしかしたら元は大人の尺で考え感じてるから、筋力とかもそれに合わせた感覚をしてるのかな。
でもやっぱり実際には重いはずだから早く運ぼう。
持ち上げたまま教卓にいる湯浅先生のほうまで運ぶ。
「南斗くん、力持ちでザマスね」
「男の子ですから」
そういって俺に出来る一番可愛い笑顔をみせる。満足する湯浅先生。
贔屓するって話は本当のようだ。
先生から背を向けて自分の席に踵を返す。その時神和さんと目が合う。
「何かわい子ぶってるの?うざっ」
っていわんばかりの顔と口パクをしている。いや今絶対ああ言ったぞ。
俺が席に戻ったら湯浅先生がトレードマークの赤眼鏡をグイっと上げて言った。
「小テストを行いザマス」
例のごとく神和さんからの情報によると、宿題を回収する日はそれを確認する間小テストを行うらしい。
俺が小学生だった頃は1クラスに40名以上いたから宿題の確認は次の授業までだったけど、最近は1クラスの生徒数が少ないからすぐ終わらせるらしい。
前から一枚のテスト紙を受け取った俺は、目を通してすぐそれを終わらせる。小2をバカにする気はないが俺はオッサンだからねこれくらい寝ながらも解けるんだよ。
クラスで一番早くテストを終わらせた俺は、俯いたまま瞳だけ上に向かせ先生を観察する。
もうすぐそれに気づくだろう。
ぴくっ
湯浅先生の動きが止まった。そして眼鏡をぐいっと上げる。そして何冊の教科書を繰り返して比較する。
気づいた。
計画通り……!
さあ、反撃だ。ここから面白くなるぞ。
引越しだなんだで忙しかったんですが、時間を作って短めに書かせていただきました。
第1章終わらせた頃くらいに登場人物紹介ページを作らないといけないと思いました。
では、ご感想よろしくお願いします。