表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
○○って呼んで  作者: 清風裕泰
5/8

末恐ろしい子

 

 朝、目が覚める。

 暑い。

 春といえども、まだ朝は冷えこむ季節だというのに、こんなに暑いとは何事だ?

 瞼を開いても見えるのは薄暗い空間だけ。布団の中だ。

 そして相次ぐのが全身から感じられる気持ち悪さ。寝巻きが濡れて肌についてしまってるのだ。まさかガキになったからっれ寝ションしたわけではないだろうな。流石に夢精はないだろうし。


「う、動けない…」


 布団からでようとしたが何かに身体が拘束されてることを知る。

 柔らかいそれは熱を含んでいて俺を優しく包み込んでる。


「母さんか」


 昨日の夜、俺と一緒に寝ると訴えてきた彼女を説得し切れなかった俺は、結局彼女との同衾にいたってしまった。すまない奏。でもやましいことは何もないからな。


 記憶の中の俺は、既婚者だったとはいえ身体健康な男性だった。いい身体をしてる女性と一緒に寝て体が反応していないことを嬉しがるべきか悲しがるべきか迷うところではある。

 しかし実母にアレな欲を抱くのは流石に気が憚れるので、今は身体が子供であることに感謝しておこう。


「よいしょよいしょっと」


 虫みたいに全身で這って母さんの腕の中から逃れた俺は、そのまま布団から出る。眠気はないし布団から出たら全身の汗が冷えてきてちょうどいい感じの爽快感を感じる。


 長い社畜生活のおかげというか何と言うか、目覚まし時計なぞなくても決まった時間に自然に目が覚めるようになっていたが、まさかそれが今も続くとはな。

 お医者さんの話では、俺の記憶は元の人格である南斗くんから取ってきたものが多いらしい。もしかすると南斗くんも目覚めがいいほうだったかもしれない。


「では朝ごはんの準備をするか」


 俺が母さんと一週間一緒に住んで分かったことは、彼女がとにかく朝に弱いってことだ。しかも目覚まし時計をどれだけ鳴らしても起きる様子が見えない上で、こっちから起こさないといつまでも寝続けるタイプ。

 だが俺は朝5時には目が覚めるし朝ごはんを食べないと集中力が落ちて落ち着けないタイプなのだ。

 故に俺が先に起きて朝ごはんを支度するようになった。


 それを知った母さんは自責にとらわれては「私が起きるまで待つか起しなさい」と言てきたが、気持ちよく寝てる人を起すのは悪いと思うので、今日もなんだかんだ自分か用意することにした。


「冷蔵庫に入ってるのは…、特にないか」


 昨日引っ越してきてばっかりだ。荷物を解いて疲れて寝てしまったのだ。買い物しておいたわけないか。

 開いた冷蔵庫は真っ白で巨大な空間を披露した。新しい冷蔵庫を開くのはまだ小2のガキである俺の腕力でけっこうしんどい物だった。

 冷蔵庫だけではない。テレビもエアコンも何もかもが新しいものだ。父親が部下に用意するよう指示したものらしい。

 いったいあの人は何がしたいんだ。


「で、今は…」


 物入れ上に置かれてる時計を見る。5時22分。

 7時には学校に行くために迎えが来る手はずになっている。たかが登下校に迎えが来るとは。俺も大したご身分になったものだ。

 まぁこの身体の主である南斗くんは下校中に家出をしたらしいからな。そりゃまた逃げるんじゃないかと睨まれるのも無理はないか。

 俺自身は肉体的にも社会的にも健康な状態で南斗くんに返してあげたいから学校をサボったり家出たりするつもりはないが、信じてもらえる分けないか。


「お腹空いたな」


 それはともかく朝食を食べないと始まらない。この身体は成長期なんだ。おっさんである皆戸衛とは違いバリバリ食べないといけない。

 でだ。冷蔵庫は空だし俺の所持金はどうなんだろう。


「1000円とちょっとか。玉子と食パンにするか」


 これらのメニューに加えコーヒーを足すのが好きだったが「子供に悪い!」っていって母さんが禁止してきた。

 まぁこの身体は俺じゃなく南斗くんのものだ。なるべく綺麗に返してあげたいのでその辺は彼女の意思を尊重することにした。


「いってきます」


 一応挨拶をして家を出る。

 朝も冷え込んでるとはいえど暑い外套一枚でこと足りる。子供特有の高い体温も一役買っているのかもしれない。


 俺たち母子が引っ越してきた団地はいわゆる高級団地で、会社の重役や役員などの家族が住むようなところだ。

 俺が勤めてた会社もそのようなものがあって、旦那さんの会社での位置で奥さんの間の力関係が決まるって話も聞こえてきてた。その面では俺は不甲斐ない旦那だったな。ごめんな奏。


「高いな…」


 つま先立ちでエレベーターの下りボタンを押す。

 子供にとっては中々ハードな高さにあるが、子供勝手に乗れないよう工夫したものかもしれない。

 単に南斗くんが小さいだけかもしれないが。


 それにしてもこの身体になってから今だの同い年の子供たちにあってないから、南斗くんの背が高いのか低いのかもいまいち分からない。俺がこの歳だった頃の記憶はもうほとんどないからな。


 高級団地であるせいか、団地敷地内にコンビニ一つもない。

 だから敷地外に出るしかない。

 大人だったら車に乗って行って来るのに、子供になってからは全部自分で足で解決しないといけなくなった。しかも手足が短くなった分歩くにも倍の時間が掛かる。


「そこの君!」

「?」


 敷地外に出ようとした瞬間だった。後ろから男の声が聞こえてきて振り替える。

 離れたところから制服を着た警備員さんらしき人物が走ってくるのが見えた。


「あ…」


 そのとき自分が何を失念していたかを思い出した。

 前世の家はただの住宅街だったから家の近くのコンビニに行けた反面、こちらではそうではいかないってことを。


「子供がこんな時間に一人でどこ行くんだい? お母さんは?」

「え…ちょっとコンビニにでも行こうかと」

「だめだめ。お母さんとかお父さんと一緒に行きなさい。一人は危ないよ」


 まぁ身体は子供でも頭脳は大人である俺が怪しい人も区別できないわけがないと思うけど、身体が軽くなった分いくらでも誘拐に遭えるわけだし、警備員さんのお言葉に素直に従うべきだろうな。


「分かりました。お気遣いありがとうございます」

「お、おう。気をつけて帰りなさい」


 挨拶をして踵を返す。朝食の材料を変えなかったのは残念だが、一食抜いた程度で死にはしないだろうし、母さんには悪いだが仕方あるまい。


 またしもエレベーターのボタンを押すために爪先立ちをするが、昇りボタンはくだりボタンより上にある分押しづらかった。

 だが現状を映すパネルをみたら上から段々降りてくるのが見えた。

 考えてみればうちの階にいく13階のボタンもずいぶん高い位置にあったな。降りてくる人に13階のボタンを押してもらおう。


 ドアが開く


 開いた途端エレベーターから飛び出す人がいてぶつかってしまう。俺より背が高い人だ。当然軽い子供である俺は飛ばされてしまう。


「ご、ごめなさ…、ミナトくん!」

「いってて… あ、母さん」


 ドアから飛び出した人は母さんだった。

 あっちこっちへ跳ねてる髪の毛と乱れた寝巻き。誰が見ても寝起きの直後だ。その上に茶色のガーディガンを羽織ってる。

 大きな目には涙が溢れそうだし走ってたようで生きが上がって汗が流れている。


「おはようござ…」

「ど、どこへいってたの!?」

「あへ?」

「か、勝手に家から出たら、ママがどれだけ…心配……う、うぐっ…」


 言葉の途中から泣き出す母さん。力が抜けたように女の子座りに崩れ、手の甲で涙を拭いながらわんわん泣く。


「母さん、俺が悪かったです」


 俺は彼女に近寄り肩に手を置いて慰める。泣く女性は苦手だ。どうしていいかわからない。慰め方に慣れてない。慣れないことはするもんじゃない。だから泣かせてはいけなかったのに。


 俺はどこかで彼女を軽んじてたかもしれない。捏造された記憶なのにそれでも彼女が俺より年下だと、そして俺は自分のことは自分で出来ると、どこか子供っぽい彼女が起こす前に起きるはずがないと、そう軽んじてたかもしれない。


「母さん、ごめんなさ…」

「ミナトく~~ん、うえええ~」

「ぐえっ」


 そして身体が大きくはないが異様に力持ちである彼女はそのまま俺を抱きしめて泣きじゃくる。く、くるしい…


「ママを置いてかないで~~」


 子供のように泣く彼女の泣き声は大きく、このままじゃ近所迷惑ではすまされないと判断した俺は、一刻早く母さんをエレベーターに乗せることにした。


「お、俺、お腹空いたなー母さんのご飯食べたいなー」

「ぐすん…ミナトくんお腹空いたのぉ?」

「はい。俺、母さんのチャーハン好きですよ」

「そ、そぉ? じゃママが作ってくれるね…」


 目尻を擦りながら立ち上がった彼女の手を握る。そして導くようにエレベーターの中へ案内した。

 俺は子供の頃から自分のことは自分でしなくてはいけなかった。だから俺の選択肢に、考慮すべき事柄の中で親って概念はなかった。それが今も続いてしまったのである。直さなくてはな……。


 このような小さい事件が途切れることなく続く俺たち親子は、何となく食事を終わらせ出かける支度をする。

 俺が何も言わず家から出たのを根に持ったのか、今日は特にウザいほど俺につきまとう母。これを着ろだの自分の着替えと化粧が終わるまで横に座っててだの小言が増えてしまった。

 俺がまいた種だ。だが甘んじて受けよう。



 ◈ ▣ ◈ ▣ ◈ ▣ ◈ ▣ ◈ ▣ ◈



 時間になり例の黒い車の黒スーツたちが迎えに来た。

 相変わらずの無表情の怖い顔をしているが警戒してるのは俺だけで、母さんは上がらせてお茶を入れようとしてた。もっと警戒心を持ってくれ。


 車に乗って向かう途中、助手席に乗ってる男性から声をかけられた。

 名を鈴木浩一郎という父親の部下だ。右目の横に大きな傷跡が残ってるので黒スーツたちの中で一番アレな人にも見えるが、既婚者でしかも親バカだというギャップポイントをついてくる人物だ。


「こちらを」


 といいながら大きい手の中に乗ってるものを渡してくる。

 短い言葉で全てを処理しようとするのがこの黒スーツたちの悪い癖だが、身体がでかい分ボディーランゲージが目立ってて助かってる。

 渡されたものは何かの機械と見える。何だこれは?

 黒くてぴかぴかな板の枠にスイッチらしきものが何個かついていて、その板の下の部分に大きなスイッチが一個だけある。

 二個渡されたのを見ると、多分俺と母さんに渡されたのだろうな。


「これは?」

「社長からです」


 彼らに合わせ短い言葉で俺が聞くと、またも短い回答が返ってくる。


「最新のスマホじゃない!」


 それを受け取った母さんが興奮する。何?今までなかったテンションの高さですけど。

 ってスマホって何?


「母さん、スマホって何ですか」


 袖を引いて注意を引き、聞いてみる。俺の記憶の中じゃ聞いたことのない言葉だが。


「あら?知らないの?スマホ」

「はい」

「スマートフォンよ。携帯電話」


 携帯…電話…だと!? これが?

 なら枠についてるものが電源と音量調節だというのは分からなくもない。だが電話番後を押すスイッチも、メニュスイッチも何もかもがついてないだろ!


「ほんとに知らないって顔ね……」

「だってボタンがついてないないですよ?」

「携帯は知ってるのね」


 俺が知ってる携帯も一応存在してるようだ。


「ママがやり方教えてあげるね~」


 またテンションが高くなる我が母。今まで手が掛からなかった我が子に親として何かを教えてあげられる喜びに浸ってるご様子。


「電源かこれを押すと画面が入るでしょ?」

「画面でけぇ…」

「そしてこうやるとメイン画面に入るわけ」

「何今の? もう一回」

「こう?」


 そんなバカな。

 全画面がタッチパネルだと!?

 それもこんなにもすんなり動くとは。俺が知ってるタッチパネルと違うぞ。


「きゃわい~」

「はい?」

「何でもない~ ママがもっと教えてあげるね~」


 楽しそうで何よりではないがこんな風に粘着みたいに絡まれると流石に鬱陶しいものがある。


「取扱説明書を読みますので結構です」

「ああん、うちの息子が冷たい」


 かわいいかわいいと身体を振るう母さん。目の前ででかいものが揺れる。この魔性の女め。俺以外も男がいるから気をつけっての。

 そう心の中で注意しては助手席の鈴木さんに目をやる。

 だが微動だにせずスマホとやらを見て何かをしている。既婚者たる素晴らしい自制心だな。


「鈴木さん」

「何でしょ」

「俺はどこに通ってたのでしょうか」

「……鳳林(ほうりん)学園小学校の2-Cです」


 少し間があったのは、父親から俺が記憶喪失だと聞いたのを思い出したからかもしれない。

 流石に解離性人格障害だとは説明しづらいから周りには記憶喪失で伏せておくと父親が話してたと母さんから聞いた。


「鳳林学園!? あのお嬢様や御曹司たちが通う学園じゃない!」


 またテンションが上がる母さん。母さんも俺が通うところがどこか知らなかったらしい。徹底的に俺と母さんは断絶されてたみたいだからな。そんな状況下でも東京から岡山まで母親を会いに行けたんだから、南斗くんは末恐ろしい子だったと言えよう。


「教科書と制服は学園側が用意しております」


 今回は運転中の若い男性が説明してきた。同じく黒スーツではあるが今までとは違い軽い印象の茶髪の青年だ。


「坊ちゃまが家出する時、追っ手を騙すために制服や文房具を千葉に捨ててたんですからね。いやーやりますね」

「寺田」

「先輩もそれにやられてたじゃないですか」

「……」


 南斗くんマジでやばい奴だったじゃん。


「ご、ごめんなさい! うちの子がとんだご迷惑を…!」


 母さんが慌てて頭を下げる。

 それを見てそれを制する鈴木さん。


「頭を上げてください」

「で、ですけど……」

「奥様は悪くないですよ。俺たちの不注意のせいですから」


 そう言ってゲラゲラと笑う寺田さん。それを聞いて唸る鈴木さん。こえぇ…

 そんな二人から視線を俺に向けた母さんはこれ以上ないほど真剣な目で俺に言い聞かせる。


「他人様に迷惑をかけてはいけないよ」


 メっ!と言ってるが、そんなこと言われても困るんですよね。だって家出したの俺じゃないし。


「だとしてもよ。二度と勝手にいなくならないこと。いいね?」

「…分かりました」


 勝手にいなくならないこと、か……。

 正直俺の人格がなくなって南斗くんに戻るとき何かの兆しがあるかすら分からないのに勝ってなくなるなといわれても困りますよね。まぁ母さんはそんな意味で言ったわけではないだろうけど。


「ある程度の説明は担任の先生に伝えてあります」

「あ、ありがとうございます」


 母さんがまた例を上げると「また頭下げられてる」って苦笑いする寺田さん。母さんがこんな性格の人だと分かったのかもう何も言わない鈴木さん。


「うちらもまぁ何て言いますか。奥さん担当に当てられて良かったって思ってますわ」

「それはどういう…」

「屋敷の奥様は怖いですから」

「寺田」

「へいへい」


 まぁこの人たちなんだかんだ言って世話好きで庶民的な物言いだし案外話が分かる人たちなのかもしれない。だがそれを見据えて俺たち母子に向かわせたのかもしれないから油断は禁物だ。


 それにしても学校か。高校卒業して10年くらい立ったっけ。

 今更小学校通ってどうすんだって話だけど。南斗くんの人生を元に戻すと決めたんだ。頑張って通って見よう。

仕事が忙しくて中々かけなかったのですが、新年連休のおかげで何とかかけました。

これからもちょくちょくかけますのでどうかご愛読ください。

感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ