エピローグ
未明。夜空はほの明るく朝の気配を宿し始めた。
けれど、暗い影の中で、その身体は目立ちすぎた。ヒューダは住宅街を外れた雑木林の中で、ついに発見されてしまった。
「動くなっ」
軍服を着た男が拳銃を構えて、ヒューダの背中を狙っていた。軍服を着た男は二人組。ひとりは胸に勲章をつけている。――――少佐と呼ばれていた男だ。
「逃げたコロギヌス星人だな。――――ちがうか?」
少佐は葉巻を加えながら、顔にしわをよせてヒューダをにらみつけた。ヒューダは、細長い両腕を上げたままゆっくりと振り返る。
「……ヤッパリ、ニンゲン。ワルイヤツ……」
「そうだ、人間は悪い。お前を今から殺すんだ。それはそれは悪いやつだ。でも人間は、人間によって救われて、人間が勝つんだ。――――そうでないと、大多数の人間は納得してくれないんでね。
悪く思わないでくれるか」
少佐は、引き金に指をかける。ちゃきという金属音が鳴った。
「最期に言い残す言葉はあるか。できるだけ、引き金を引きやすいもので頼む」
「オモイツイタ。シリトリノツヅキ。ト――――」
そこで引き金は引かれ、ヒューダは地面に倒れ伏した。
動かなくなったヒューダの身体を、ひょいと持ち上げてもうひとりの軍服の男に持たせた麻袋の中にそっと入れる。
「……満足ですか、少佐」
軍服の男は少佐に皮肉を言った。
「ちっとも満足じゃないさ」
少佐は煙をふかしながら、苦い顔をしてそう答えた。
「お前の持っている正義はガキの正義だ。そいつじゃ誰も救えない」
「少佐の正義は打算的過ぎますっ!」
雑木林に入る獣道のわきに止めた車へと急ぐ少佐の背中に、軍服の男は食らいついた。少佐は立ち止まり、にんまりと笑って振り返った。
「そうだ。正義は打算と妥協の末にある。だけど、お前のガキの正義を忘れるな。――――いつか、そいつが世界を救える時まで大事に取っておくんだ。
俺も忘れたわけじゃねえよ」
思わぬ返答。軍服の男は、ただただうつむいてだまるしかなかった。
少佐は麻袋を抱えながら、男のもとまで歩み寄り、優しくその肩を叩いた。
「そんな顔をするな。こいつの墓参りくらいはしてやろう」
*****
お泊り会の翌日。この日は土曜だった。
タダシ、ミカ、カケルの三人はどんよりとした空気で朝食をとっていた。昨日の夕食に引き続きの沈黙だ。
「やっぱり、みんなヒューダのこと好きだったんだな」
父親がぼそりとつぶやく。母親もそれに賛同した。
テレビに映る報道番組は、コロギヌス星人をせん滅したことを喜び、国の軍事力を称えていた。それを半ば放心状態で聞きながら、三人はパンをむさぼっていた。
気まずい食卓の沈黙を割って入ったのは、再びインターホンの音だった。
母親が出る。
昨日は警官が二人ずかずかと入ってきたが、今度は二人の軍人が家を訪ねて来ていた。ひとりは胸に勲章をつけていて、白ユリやリンドウ、キクなどの花が入った立派な花束を抱えていた。
「あの……。いったい……」
「私は、国防軍少佐を務めるものだ。包み隠さず答えていただきたい。ヒューダという宇宙人を知っているか」
少佐が“ヒューダ”という名前を口にした。
母親は静かに頷いて、子供たちを呼んだ。うな垂れた三人が玄関に集まる。その面々をまじまじと見つめる少佐。口を歪めながらそっと開いた。
「そうか。ここにヒューダという宇宙人が世話になったのを聞いた。大変心苦しいことだが、ヒューダは逃亡の末やむなく、国防軍に捕まり、その命を終えた。
――――撃ったのは、他でもない私だ」
そこでタダシは口をぽかんと開けて震えた。
やがて、歯を食いしばり、少佐の右足にめがけてうなり声を上げながら体当たりをした。
「ヒューダを! よくも、よくもっ!」
少佐は怒り狂うタダシに反抗するわけでもなく、ただただ苦虫を噛み潰したような顔をしながら耐えた。
「私はここに訃報と献花と、ヒューダから預かったものを届けに来ただけだ。許しを請うつもりも何もない」
泣きじゃくりながら廊下に転がるタダシ。父親が、タダシの背中を優しくさすった。ミカとカケルはうつむいていたが、“ヒューダから預かったもの”という言葉に反応し、顔を上げた。
「あの……、何を預かったんですか」
「――――こいつだ」
少佐は三人の前に画用紙を差し出した。
それはヒューダにわたした似顔絵を描いたものだった。少佐はさらに続ける、「それから、ヒューダから預かった伝言がある」と。
「“シリトリ、ツヅキ、トモダチ”だそうだ」
途中で終わっていたしりとりの続き。それは、ヒューダが最初は意味が分からず、聞き返してきた言葉だった。献花をわたし、ふたりの軍人は玄関から出ようとする。
「どうして、ヒューダを撃ったの?」
少佐の背中をタダシは呼びとめた。
少佐はぴたりと止まり、背中越しにつぶやいた。
「それは、私が弱い人間だからだ」
ふたりの軍人は去っていった。玄関にはヒューダを撃った張本人が持ってきたにしてはやけに立派な献花と、首を垂れる五人が残された。
沈黙の中、タダシは震え、息を荒くし、そして叫んだ。
「――――だったら、強くなってやる。ヒューダも、宇宙人も人間もみんなみんな守れるくらい強くなってやるっ!」
タダシの言葉にミカとカケルは、ゆっくりと頷いた。
三人はヒューダの似顔絵を囲んで円陣を組んだ。あの誓いをもう一度立てるために。
「いいか。みんなで宇宙を丸ごと守れるくらい強くなるんだっ!」
三人の威勢のいい声が木霊した。タダシの父親と母親は三人の頼もしい様子に顔を見合わせてから静かに笑った。
「宇宙防衛軍、行っくぞぉおおっ!」




