バレちゃいました。
タダシの父親が家に帰ってきた。
玄関先で、母親が迎える。
「ミカとカケルが来ているの。こんなときだから、淋しくなっちゃったのかしら」
母親が漏らすと父親は笑った。
「良かったじゃないか。こんな時だからこそ、騒がしい方が安心できる。――――ごはんの支度手伝おうか。急に用意する分が増えて大変だろ?」
「ああ。大丈夫よ。もともと作り置きする予定だったから、たんと作ってあるの」
ネクタイを解き、スーツの上着をハンガーにかける。
それを母親が受け取って、衣装かけにかけた。居間に父親が入る。テレビは相変わらずコロギヌス星人との交戦の様子を流している。間もなく、すべての船団が駆逐されると沸き立っていた。
父親は顔を歪めながら、画面に見入る。
「なあ。やっぱり、あいつら無抵抗すぎやしないか」
「……地球を侵略しに来たなんていうけど、こっちが一方的に攻めているようにすら見えるわね」
母親は、一方的すぎる交戦の実況をごはんの支度をする傍ら、ずっと見ていた。数時間と経たないうちに、すべての船団が駆逐されるという宣言まで出され、報道陣は宇宙人を倒した国の軍事力を褒めたたえようと前のめりになっている。
「タダシが言ってたな。学校で読む本で宇宙人が出てくると必ず悪者にされるって」
「映画館で上映されるものも、そういう作品ばかりになったわ。私、スペースオペラは、いろいろな星の宇宙人たちや人間が、ときに争いながらもどうやって理解し合っていくかというのが好きだったの。それが今では全部人間万歳ばかりになって、つまんないわ」
「――――そうやって、俺たち気づかないうちに染まっていくのかもな。今この映像を見ている何人が、それに気づいているんだろう」
父親はそう呟いた。
宇宙人はみな悪者だ。宇宙人が地球を侵略し、人間がそれを打ち負かす物語は多い。しかし、宇宙人と人間の共存を目指す物語も少なからずある。しかし、それは今は昔の話。国語の授業でも、小説や映画、漫画などの娯楽作品でも、宇宙人は悪者と描く物語がほとんどになってしまった。
「私は、タダシには、自分の考えを持ってほしいと思ってるの。たとえ、それで孤立したり、悩んだりすることもあるかも知れない。いや、きっとそれを持たずに流されるより、ずっと悩むことは多いと思う。でもそれは尊いことだと思うの。
だから、私はタダシを叱っても、否定はしないと決めているの」
「そうだな。いつか、タダシが自分の考えで俺たちに刃向かってきたら、そのときはむしろ誇りに思ってもいいのかもな」
母親は席を立ち、二階にいるタダシたちを呼び出した。ごはんの支度が整ったのだ。「はーい」と返事をして三人が下りてきた。自分で配膳をするよう言うと、三人とも素直にそれに答えた。
「お父さん、お帰り」
タダシは配膳のついでに、父親にお茶を渡した。それに礼をして受け取る父親。
「タダシ、お前。なんか顔つき変わったな」
「……そうかな」
父親の言葉にタダシは少し動揺する。今もヒューダが二階にいるのだ。気づかれないかとびくびくしてしまう。それはタダシだけではない。ミカとカケルも同じだ。とくに、まだ涙のあとが消えていないミカは、顔をうつむけて必死にごまかしていた。
「ミカちゃん、どうかしたの」
「い、いえっ――――大丈夫ですっ」
三人が手伝ってみんなの配膳が済んだ。「いただきます」と声を合わせたのち、もくもくと食べ始めた。今日の夕飯は、肉じゃがとみそ汁とごぼうのサラダだ。みそ汁の具は、なめこと豆腐、そしてワカメが入っている。
「なんだ。せっかく来たのに、みんなやけに静かじゃないか」
父親は、もっと騒がしい食卓になるかと思っていた。せっかくのお泊り会なのだから。しかし、三人はやけに行儀が良すぎる。いや、むしろうつむいて食べているようにすら見える。
父親と母親にとっては、三人のかもし出す気まずさの原因がまるで分からず。顔を見合わせて苦笑いをするより他なかった。
そんな沈黙をテレビの音声がつんざいた。
『速報です。やりました! 私たち人類の勝利です! コロギヌス星人のすべてのの船を駆逐しました! 我が軍が、地球を侵略の危機から救ったのです!』
「――――ウソつき」
タダシが漏らした。
「タダシ、なにか隠しているでしょ」
タダシの声は小さかったが、母親はその唇の動きを見逃さなかった。母親の問い詰めに、タダシは首を小さく横に振った。
「隠してないよ。ほんとだよ」
「――――本当にそう?」
母親がタダシの瞳を覗き込む。タダシの瞳は、それから逃げるようにしてするすると逃げた。その様子を見つめるミカとカケルはつばをごくりと飲み込む。緊張が頂点に達しようかというところで、インターホンが鳴りひびいた。
「すみません。警察のものです」
「はい」
母親がこんな時にと眉間にしわを寄せながら応答する。タダシは、そっと胸をなで下ろした。その様子を父親が見つめていた。
玄関を開けると二人の警官が頭を下げた。
「すみません。失礼いたします。今現在家宅捜査をこの一帯で行っておりまして」
「いったい、どうしたんです?」
犯罪などまるで縁もないはず。母親はますます顔をしかめる。
「この近くの空き地で、コロギヌス星人の宇宙船が発見されまして。中に乗っていたはずの個体が確認されておりません。この付近をしらみつぶしに捜索しております。一般家屋に隠れている可能性も。
彼らは、地球を侵略しに来た宇宙人です。放っておけば民間人に被害が出るかもしれません。大変恐縮ですが、お家の中を拝見させてほしいのです」
玄関から漏れ聞こえた会話の内容。三人は冷や汗をだらりと流した。そして、母親の返答も半ばに、靴を脱いで上がろうとする警官の足音を捉え、タダシは玄関に走った。
「か、勝手に上がらないでくださいっ」
息を荒くするタダシの顔をぎろりと見つめる警官二人。ひとりは背が高く、もうひとりは太っちょだ。のっぽも太っちょも、タダシの焦り様を見てにんまりとほくそ笑んだ。
「ぼうや、ごめんね。上がらせてもらうよ。コロギヌス星人は、とっても悪いやつなんだ。ひとりでも生かしておいたらどうなるか」
「ヒューダは悪いやつじゃないっ!」
タダシは思わず叫んでしまった。
叫んだあとで、自分が何を口走ったか理解し、その場に尻もちをついた。
「あ、あ……」
「ヒューダとは誰のことだい?」
「やめてくださいっ! それに、私も上がっていいなんて言ってませんっ」
タダシに詰め寄ろうとする警官を母親が制止した。
「うちのことくらい、うちで調べますんで。タダシを怖がらせるのも、勝手にずかずかと上がり込むのもやめてください」
き然とした態度の母親に、警官二人も思い直したのか、その場を後にした。ただ、必ず後日伺うと釘を刺した。
警官が去った後、母親はタダシの両の肩に手を置き、「さあ、隠さず言いなさい」と揺さぶった。
タダシは肩を落として、ため息をついた。
「――――お母さん、ごめんなさい。隠してました」