コロギヌス星人の秘密
それを知らせると、ふたりはすぐにタダシの家にやって来た。急にタダシの家でお泊り会をすることになったのだ。
宇宙人が来たから作戦会議をするということで、ふたりは家を抜けてきたらしい。もっとも本当の目的は、まったくの別だ。
「お邪魔します」
声を合わせるふたり。いそいそと靴を脱ぐ。いてもたってもいられないという様子だが、ふたりとも靴は行儀よく揃える。
居間では、急に決まったお泊り会に母親が苦笑いをしながら、電話をしていた。電話の相手はカケルの母親だ。
「おい。本当かよ、あのコロギヌス星人がタダシの家にいるのかよ」
「大丈夫だよね。おそわれたりしない?」
「しーっ、声が大きいっ」
ふたりの目的は、タダシが空き地の宇宙船から持ち帰ったコロギヌス星人だ。地球外生命体、それも宇宙船に乗った知的生命体。人類の歴史に間違いなく残る対面にふたりは高ぶる胸を抑えられないといった様子。
ふたりは行儀よく母親にご挨拶をした後、二階に上がった。コロギヌス星人はタダシの部屋に隠れている。タダシの部屋の前まで来ると、ふたりは息が荒くなっていた。
「ねえねえね。本当にここにいるの」
ミカは左胸を押さえて、スーハーと深呼吸。
「早く開けようぜ」
はやし立てるカケルを、ミカが「デリケートな宇宙人だったらどうするの」と制止。
たしかに、どちらかといえばコロギヌス星人はデリケートなのかもしれない。タダシはそう思った。
ドアを開ける。コロギヌス星人は逃げるでもなく、そこにいた。
ただぼうっと立ち尽くしているかのようだった。
そいつはゆっくりと三人の方を向くと、やはりびくりと跳ね上がって後ずさりをした。
「ニンゲン、フエタッ!」
「しゃべったぁあっ!」
驚いたコロギヌス星人に、驚くミカとカケルの声が重なった。コロギヌス星人は逃げまどった末に、タダシが普段寝ているベッドの下に隠れた。
「ごめんて。何も言わずにみんなを連れてきたことは謝るよ」
タダシは、ベッドの下に隠れて震えるそいつに呼びかける。
「ニンゲン、そこのフタリ。ナニモシナイ。ヤクソクできる?」
「大丈夫だよ。ふたりともぼくの友達だ」
「トモダチ……?」
そこでそいつは、“友達”という言葉が理解できてないかのような応え方をした。
「友達、君の味方ってことだ」
「ミカタ、ソレ、イイやつか?」
「ああ。いいやつだ」
そこでやっと、そいつは納得してベッドの下から這いずり出てきた。黄緑色にぼんやりと光っている球状の身体に短い足が四本。細長い腕が二本。その見た目も性格も、やはり地球を侵略しに来たとは到底思えない弱弱しさだった。
「なんか、ころころしていて、かわいいかも」
ミカがすっと手を伸ばすと、そいつはそれに恐れをなして後ずさり。
「ああ。ごめん。――――私たちのこと怖いのかな」
ぼそりとミカが漏らす。それを拾い上げてそいつは応えた。
「ニンゲン、シンヨウデキナイ」
そこでタダシは、そいつと初めて出会ったときのことを思い出す。そいつは確かに言った。
『ニンゲン、ヤメロ。ヤメロ。コーゲキヤメロ。コノウソツキ、ヒトデナシ』
攻撃やめろ。この嘘つき、人でなし。
人間のことをここまで恐れ、嘘つきなどと言う。攻撃をやめてくれと言う。そして、今コロギヌス星人と人間は交戦状態だ。
「どうして、人間のことが信用できないなんて言うんだ、えっと……名前は――――」
名前を聞いてなかったことを思い出し、つまっていると「ヒューダだ」とそいつは返した。コロギヌス星人にも名前はあった。彼はヒューダという名前。コロギヌス星人の子供だと話してくれた。
「ヒューダ。でいいのかな」
「ソウダ」
「ヒューダ。人間は信用できなくても、ぼくら三人のことは信用して大丈夫だよ」
「ホントウカ。ナニモシナイ。――――ヤクソクスルカ」
三人は顔を見合わせたあと、いっせいに声を合わせて頷いた。やっとのことでヒューダは口を開いた。だが、それを説明するのに十分なほどは人間の言葉を覚えていないのだという。
「じゃあ、どうするんだよ。せっかく事情があっても話せないんじゃあ」
カケルがそう言いかけたとき、ヒューダはその細長い腕を伸ばしてミカとタダシの額に当てた。
「コレスルト、テレパシー、オクレル。ニンゲン、これサレルのイヤガルケド、ガマン、シテホシイ」
「い、いや……。俺の分もあるのか、それ?」
「アンシンシロ」
もう一本の腕が、ヒューダの丸い身体からにゅるりと伸びてきて、カケルの額に触れた。そして三人の頭の中に、映像と音声が流れ込んできた。
――――機械が見えた。大きな大きなパソコンのような機械。宇宙船の操縦席だ。大小様々のコロギヌス星人が見える。機会の操作盤の前に立つコロギヌス星人は、なにか文章を入力しているようだった。それを送る相手は、見慣れた人間の姿をしている。
コロギヌス星人が人間と交信をしていた。
“私たちコロギヌス星人は星にあるエネルギーを食べて生きています。星のために数を減らし、数百人まで人口を縮小させたが、それでも私たちの母星をこれ以上持たせることはできませんでした。
勝手な話とは分かっています。
ですが、私たちの種の存続のために協力してほしいのです。人間に危害は一切加えません。私たちの現在の人口ならば、地球の負担にもならないです。
念のため計算結果をお見せします。今の私たちの人口では、地球のエネルギーを食べつくすのに34,502,147.3年かかる見込みです。
お願いです。私たちコロギヌス星人を助けてください。人間たちに危害は加えませんから”
人間に向けて彼らが送っていた文章は、テレビで報道されていた侵略声明などとは程遠いものだった。自分たちを絶滅の危機から救うため、地球に住まわせてほしいと頼み込む内容だった。
そして、それに対し文章を受け取った人間は、彼らを受け入れる内容の文章を送り返した。その返信を見てコロギヌス星人たちは、大喜び。宇宙船たちは地球へと航路をとった。
人間たちは、彼らの上陸場所を指定してきた。
タダシは、すでに嫌な予感がしていた。その上陸場所とは、今現在コロギヌス星人との交戦が行われている無人島だった。
そこに上陸したところで、彼らを待ち受けていたものは――――
突然、三人は頭を激しくぶっ叩かれたのような感覚を覚えた。衝撃で頭が揺さぶられ、視界がぐわんぐわんと揺られる。三人の頭の中に、損傷を受けて燃え盛る宇宙船の内部が映し出された。
コロギヌス星人たちはパニックを起こす。
受け入れてくれるという返事をもらい、意気揚々と着陸をしようとしたところを、迎撃された。宇宙船は無防備な状態で攻撃をまともに食らった。
怒りを覚える間もないまま、宇宙船は海の中に落っこちた。割れた窓から海水が入る。コロギヌス星人たちはばたばたと水の中で暴れて、やがて動かなくなった。
そこで映像は終わった。
映像から解放され、三人の視界にタダシの部屋に宇宙人がいるという先ほどまでの景色が帰ってきた。
「……ひどい……。ひどすぎる……」
カケルが呟いた。タダシはそれに頷いた。まったくもってひどすぎる。
ミカは何も言うことができずに、えっぐえっぐとむせび泣いていた。
「ニンゲン、ウラギッタ。だからニンゲン、キライ。ダケドダケド、オトウサンも、オカアサンも、もう誰もいない」
「こんなこと、あっていいのかよっ! コロギヌス星人がかわいそうじゃねえかっ!」
やっぱり宇宙人が悪いやつばかりというのは間違っていた。それどころか、人間の方がずっとひどいじゃないか。タダシは、国語の授業で感じた矛盾を怒りに変えて叫んだ。
「――――でも、もう。もうさっ、ヒューダの仲間たちは、みんな、みんな死んじゃったんだ、よねっ」
まだ呼吸の安定しないミカが、もう遅すぎると涙ながらに漏らした。
「そんなこというなっ」
カケルの言葉にタダシは頷いた。
「そうだよ。ぼくたちだけは、ヒューダを守ろう」
ミカはその言葉を聞いて泣くのをやめて、精一杯に首を縦に振った。タダシとミカ、カケルは手を伸ばす。三人の手のひらは、ちょうど中心の位置で重ねられた。
「ヒューダ。君も手を伸ばしてっ」
タダシの言葉にとまどいながらも、ヒューダはその細長い腕を、三人の手のひらのところまで伸ばした。
一番上に重ねられたタダシの手の甲にヒューダの腕が触れる。宇宙人の皮ふも温かいのだとタダシは知った。
「えっと。じゃ、じゃあ……。ヒューダを守るぞでいいのかな……」
「それはダセーよ」
カケルが笑った。
「じゃ、じゃあ。どうやればいいんだよ」
「俺たちはコロギヌス星人どっちも守るんだろ。もう、宇宙まるっと守るってことでいいんじゃねえの? 俺たちは、“宇宙防衛軍”だっ!」
「ぷっ、またそれー?」
カケルの言葉にミカがふき出す。
「でも、けっこういいかもね」
「じゃあ。宇宙防衛軍、ここに結成だぁあっ!」
「オー!」
三人が声を合わせたのに少し遅れる形で、表情のない甲高い声が続いた。