ぼくの家には宇宙人がいる
墜落した宇宙船はもぬけの殻だった。
墜落位置。住宅街の一角にぽっかりと開いた空き地、そこにはクレーターがあり、中心に主のいない宇宙船が黒煙を上げながら横たわっている。大きさは小型。人間が乗れるような大きさではない。せいぜい小型犬が入るかぐらいだ。
その宇宙船を人だかりが囲っていた。多くは警官の格好をしているが、中にふたり、軍服を着た男が混ざっている。そのうちひとりは胸に勲章をつけていた。
胸に勲章をつけた軍服の男は、宇宙船の前に屈みこむ。内部を鋭い目つきで覗き込み、こんこんと宇宙船の外壁を叩いてみた。
「地球にはない金属だったりするんだろうな。周りは住宅街、墜落位置の計算からして、間違いようがない」
「少佐、中に乗っていた宇宙人はどこに」
「逃げてこの近くに潜伏しているのだろう。見つけ次第、殺せ」
背中越しに心無い言葉を放つ。少佐に付き慕う軍服の男は、顔を歪めた。
「不服かもしれないが、それが国の命だ」
それを少佐は、振り向くことなく、まるで背中に目があるかのように捉えた。
「彼らは、“星を食べるもの”と言われておりますが、そこまで害があるようには」
「食べるさ。この星のエネルギーそのものを地面から吸うことができる摂食器官を彼らは持っている」
少佐は立ち上がり、軍服の胸ポケットから上物の葉巻を取り出した。獅子のレリーフが施された、ジッポライターで火をつけ、煙をふかす。
「数千万年使ってじっくりと、感謝をしながらいただくと言っていた。――――そのまえに人間が地球を滅ぼすだろうな」
「じゃあ、なにも彼らを皆殺しにするというのは流石に――――」
「宇宙人と手をつないで共生すると言って、国民全員が納得するか。
そのための資金、宇宙人とどう接するのか、そのすべての不安を取り除けるか」
少佐が強い口調で詰め寄ると、軍服の男は言い返す言葉を失った。
「それに。この国は他国から“戦争のできない国”などと言われ、外交で損をばかり喰らわされている。――――宇宙人などという、同情のしにくい来訪者は、いい軍事力の宣伝になると国は踏んだんだ」
「……国のメンツのために嘘をつくと言うんですか」
「嘘はそれを嘘だと知らずに信じている限りは、嘘ではない。それで国が満足し、国民の不安が除けるなら安い話だ。――――コロギヌス星人とやらには悪いがな」
少佐はどこか諦めたような笑いを漏らし、冷え込む夜の空気の中に葉巻の煙を混ぜた。呆然と立ち尽くす軍服の男の肩を、優しく叩いた後周りの警官たちに捜索の命を出した。
警官たちは散らばった。
*****
タダシはおそるおそると玄関に入った。「ただいま」と震える声を出すと、案の定母親が怒った声で「どこに行ってたのよ」と返す。窓から光が見えて興味の赴くままに、暗い夜道に飛び出したのだ。怒られるのも無理はない。それも、宇宙人の襲来などという異常事態の最中にだ。
廊下の奥の居間から母親が出てこないうちに、階段を駆け上がる。自室へと逃げ込む。
「ちょっと、どこに行ってたのか答えなさい」
肩で息をする。自室のドアにもたれかかりながら、階下にいる母親に返事をする。
「空き地に様子を見に行ってたんだ。すんごい大きな光だから、なんだろうって。
宇宙船が落っこちてたんだ」
そう言うとタダシの足元で、黄緑色に光るそいつがびくっと跳ね上がった。細長い腕を伸ばして、膝をぺしぺしと叩いている。
「仕方ないだろ。ここは嘘のつき様がないんだ」
そいつに小声で話しかける。なんとタダシはあの空き地で会ったコロギヌス星人を、自宅まで持ち帰っていたのだ。
「まさか、なにか持って帰ってないでしょうねー」
母親の鋭い質問にタダシは、肩をこわばらせる。しかし、うろたえてはならない。小さく深呼吸をしてから、平静を装って応える。
「大丈夫。見てきただけだから」
「本当にでしょうねー」
疑ぐるような口調ではあったが、そこで母親の詮索は止まった。タダシはふうと小さくため息をついてから、そいつに「ここで静かにしておいて」と耳打ちをして、一階に下りた。
「急に出ていくからびっくりしたのよ」
居間に入ると母親は、相変わらずテレビをBGM代わりにして肉じゃがを作っている。しかし、テレビの内容はまるで様変わりしていた。この時間ならば、母親は恋愛ドラマを見ていたはずだ。
「さっきから、どのチャンネルを回しても軍隊か、宇宙人の話ばかりよ」
テレビの画面の中では、宇宙船に向けて銃を撃つ兵士たち。砲弾を放つ戦車や戦闘機が映っていた。空中で爆炎が上がったかと思うと、それは海に向かって真っ逆さまに落ちる燃える火の球になった。宇宙人との交戦は、とある無人島で行われているようだった。
『我が軍はかく乱作戦により、コロギヌス星人を無人島におびき寄せることに成功しました。コロギヌス星人との交戦は全て民間人に被害の及ばない地域で行われております。ご安心ください』
テレビではそう言っているが、タダシが遭遇したのは、コロギヌス星人に他ならなかった。無人島付近で砲撃を受けたものが、命からがらここまでたどり着いたのか。そんなことをぼんやりと考えながら、テレビを見つめる。
(なにかおかしい……)
タダシは、ぼんやりとそう思った。テレビの中の交戦の様子。空中で宇宙船が撃たれて爆炎を上げ、海に墜落する。この一連が機械的に繰り返される。
「ねえ、お母さん」
「なによ」
まだ少々機嫌が悪いのか、母親は声を低くして返事をする。
「なんでもない……」
「なによ。もう怒ってないわよ」
「うん。大丈夫」
「そう言えば、ミカちゃんやカケルくんに電話しなくてもいいの」
母親の言葉で忘れかけていたことを思い出す。あっという間に変わってしまった世界の中でみんなは何をしているだろう。タダシは、それが気になった。
――――まずは、ミカに電話をかける。
「もしもし、ミカちゃん」
まず気になったことは、ミカが無事なのかということだった。テレビは、民間人に交戦の被害が及ばないということを言っているが、それだけでは安心しきることはできない。なにしろ、タダシはそのコロギヌス星人に遭遇し、持ち帰ってまでいるのだから。
電話の向こう。ミカが出た。『もしもし』という声はとりあえず元気そうだった。
「そっちは大丈夫?」
『そ、そっちこそ』
「よかった。宇宙人が来たなんていうから」
『タダシくんは宇宙人が来て、ちょっと嬉しいんじゃないの』
「そんなことないよっ」
一瞬否定したが、嬉しくなかったわけではない。
タダシは星が好きだ。宇宙が大好きだ。この宇宙のどこかに、地球以外に生命の宿る星があって、そこに宇宙人がいる。そんな憧れをもちろん、タダシも抱いていた。――――そして今、それは現実になっているのだ。
「あのさ、これは三人の秘密にしてほしいんだけど――――
今、ぼくの家に宇宙人がいるんだ」