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宇宙人がやって来た!

「ただいまー」


 ――――三人が解散してから十数分後、タダシは家に着いた。靴を脱いで行儀よく揃えた後、「おかえりなさい」と声がした廊下の奥、居間に向かう。

 テレビがBGM代わりについていて、画面が見えないキッチンの向こう側でタダシの母親は、とんとんと野菜を切っていた。


「タダシ、ちょうどいいところに帰ってきた。じゃが芋の皮を剥いてくれるかしら」


 いいよと返事をして、台所のシンク下からピーラーを取り出して、じゃが芋の皮を剥く。


「今日、学校はどうだったの?」

「また、宇宙人が悪者のお話を読んだんだ。いつも宇宙人が出てきたら、そればっかりだっ。――――ぼくがおかしいのかなっ」


 じゃが芋の皮を剥いては、軽く洗う。タダシは母親の料理を手伝うことがよくあるのか、やけに慣れた手つきだ。それを頼もしそうな目つきで眺めながら、人参を梅の花の形に飾り切り。


「そんなことないって、いつも言ってるじゃない。たしかに宇宙人は、人間とは見た目が違うし、乱暴かもしれない。でも、それだけで自分じゃない誰かを傷つけていい理由にならない。自分じゃないものを認められないのは、さみしい人間の考え方よ」


 母親の言葉にタダシは、自分の考えが間違っていないと再確認し、にこにこと笑顔を浮かべる。

 そんな微笑ましい会話をテレビの音声がつんざいた。警戒せざるを得ないような鋭い音が、テレビのスピーカーを震わせた。それは緊急速報を知らせるアラート音だった。


『緊急速報です。かねてより地球に接近をしていたコロギヌス星人が、ついに侵略活動のため、上陸を開始しました』


 タダシも母親も耳を疑った。

 テレビの画面が見えない台所から小走りで居間のダイニングテーブルにつく。画面には、やけに画質の荒い映像とテロップが流れていた。映像にはところどころノイズが混じっており、“コロギヌス星人”などと呼ばれているその宇宙人は、ぼんやりとしか姿が見えない。黄緑色にぼやあっと光る球体のよう。空中を泳ぐくらげのようでもあった。顔と胴体の区別がまるでないが、目と口らしきものがある。目は垂れ目で、温厚そうだ。口はもごもごと動いて、言葉を話している。


『ニンゲンのコトバ。ガンバッテ、オボエタ。ワタシタチはコロギヌスせーじん。ホシをタベルモノ。ワタシタチのほし、イノチツキタ。ツキタ』


 抑揚のない甲高い声でたどたどしいが、内容は理解できる。とそこで音声は映像から流れなくなり、報道陣が流ちょうな日本語で解説をした。


『我々政府はコロギヌス星人の存在をこれまで隠してきました。しかし、この度ついに彼らは私たちの地球に土足で踏み入り、侵略活動を開始する声明を挙げました』


 母親はチャンネルをいくつか変えてみた。しかし、どの局でもまったくもって同じ内容がシンクロして報道されており、緊急速報がテレビをつけているすべての家庭に流れていることを母親は悟った。母親のスマートフォンにも同様の速報がショートメールで入っている。


『しかし、安心してください。コロギヌス星人はひとり残らず駆逐されます。――――私たちの国には、国民の安全を守る軍隊がいます』


 宇宙人の様子を撮った映像は切られて、物々しい銃を持った迷彩服の兵隊が更新を始めた。銃器を構えてずどんずどんと発砲する。煙を上げる銃身の先で、的は撃ち抜かれ、いくつも穴が開いていた。

 そして再び映像は変わり、戦車がいくつもキャタピラを動かして走る様子が流れた。兵隊は視聴者に向けて敬礼を送っている。


『軍隊がある限り、私たちの国は、いや地球は安全です。皆さんは落ち着いて、普段通りの生活をしてください』


 そこで緊急速報は終了。――――しかし、それ以降の報道スケジュールは一新された。げい撃ミサイルや対空砲などの軍事技術の紹介が、番組らんを埋め尽くした。

 タダシはおびえるままに母の肩に抱きついた。母親は、その手のひらをたぐり寄せて、指と指をからめてぎゅっと握りしめた。


「……ねえ、お母さん」

「どうしたの? タダシ。怖いの?」


 こくりとタダシは頷いた。


「でも、でもね。なにが怖いのか……、よく分からないんだ」


 ふとテーブルに置いていた母親のスマートフォンが鳴った。タダシの父親からのものだった。例の報道が流れて、今日は早めに退社しろという命が下ったということだった。


「タダシ。もう、お父さんも帰るわよ。だから大丈夫よ」


 タダシはこくりと頷いた。まだ不安はぬぐえない。いいや、無くなるはずもない。それに、タダシには気になることがあった。


「あのっ、ミカちゃんやカケルに電話をかけたいっ」

「――――そうね。あの子たちもきっと不安がっていると思うわ」


 母親はそっとタダシの手を握っていたのを解いて立ち上がり、固定電話の受話器を取った。


「まずは、ミカちゃんの家からでいい?」


 うんとタダシの返事を聞き取り、ミカの家の電話番号を入れる母親。タダシ、ミカ、カケルの三人は星が好きということが功じてできた友達同士。夜に保護者付きで一緒に出掛けることもあったため、家族ぐるみの付き合いだ。タダシの母親もミカやカケルのこと、ふたりの家族のことをよく知っていた。


「もしもし――――。あ、ミカちゃん? 今ね」


 電話の向こうでミカが出たところで。

 ひゅるるると風を斬る音が窓越しで聞こえて、陽が落ちた窓の外がぴかぁっと光った。辺りが一瞬の間だけ昼間になったような、とてつもない光だった。それを見た瞬間、タダシは走り出した。


「ちょっと、タダシ! タダシ! ――――あ、ごめん。ミカちゃん。またあとで連絡するね」


 玄関をばんと乱暴に開けて、タダシは光がまたたいた場所へとひた走る。きっと、家の近くのあの空き地だ。部屋着のまま外に出たため、冷たい夜風が肌を刺すようだった。寒さで目がさえていく中、タダシはあることに気づく。今の自分の頭の中には、光の正体に対する興味しかなかった。さっきまでの得体の知れない恐れはどこかに行ってしまったのだ。


(ぼくは、いったい何が怖かったんだろう……)


 走りつかれた。街灯が少なくなってしまったが、それを夜になれた目が補い始める。タダシには三人でいつか星を見ようと約束した場所があった。住宅地の中にあった古家が取り壊されて出来た空き地だ。昼に立ち入り禁止のロープを超えればすぐに見つかってしまう。けれど、空が狭い中ぽっかりと開いた空き地から、夜空を見上げれば、きっと綺麗だろうと三人で話していた。

 その空き地には穴ぼこができていた。穴ぼこの中心で小型の宇宙船が煙を上げていた。宇宙船の形は円すい台のよう。そしてすごく小さい。タダシの腰ぐらいまでの高さしかないのだ。

 タダシは目をぱちくりさせて、ロープを超えて宇宙船のもとへ。


 ばがんと音がして、宇宙船の乗り込み口が開いた。

 中から出てきたのは、黄緑色にぼんやりと光る丸っこい身体。短い足が四本ついている。そいつは宇宙船から降りると身体から細長い腕を生やして、宇宙船をなでまわす。やがて、ため息をつくようにして丸い身体を縮こめた。


「――――コロギヌスせいじ……ん?」


 ぼそりと呟く声を聞きとると、タダシの方を振り返り、身体をびくんと震わせて後ずさり。


「ニンゲン、ヤメロ。ヤメロ。コーゲキヤメロ。コノウソツキ、ヒトデナシ」


 見覚えのある姿。聞き覚えのある表情のない甲高い声。たどたどしい言葉。間違いなく、そいつはコロギヌス星人だった。地球を侵略しに来た宇宙人。

 なぜかひどくおびえている。人間自体を恐れているかのような口ぶりだ。

 よく見ると、そいつはケガをしていた。黄緑色にぼやぁっと光る皮ふに青い血を流す傷が開いていた。


「ケガをしてるじゃないか。大丈夫?」

「ウルサイ、チカヅクナ」


 せいいっぱいに優しい声をかけてみるも、そいつは細長い腕をぶんぶんと振って、「あっち行け」とタダシを追い払う。

 どうして、こうもおびえているのだろう。――――それに、こんな臆病な宇宙人が、本当に地球を侵略しに来たのか。

 そんなことを考えていると、パトカーのサイレン音が鳴り響いた。


「マズイ、ニンゲンくるっ」


 タダシは、とっさにそいつの身体を抱きかかえた。その小さな身体は、タダシがすっぽりと覆い隠せるほどしかなかった。

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