プロローグ
夜空に浮かぶいくつもの丸い円盤たち。――――UFOです。
宇宙人が地球を侵略しにやって来ました。丸い丸い円盤は次々と地上に降り立ち、階段を地面に下ろしました。中から出てきた宇宙人は、ねずみ色の光る皮ふをしています。大きな頭に大きな目をぎらぎら。
そして光線銃を取り出してかまえたのです。
「やい、人間。今すぐこの地球をあけわたせ。我々はこの地球を征服しに来たぞ」
ずばんという大きな音。放たれた光線は、周りの草木を焦がしました。ばりばりと音を立てて燃え盛る木が倒れます。人間たちは大パニック。みんなみんな宇宙人に恐れをなして、逃げまどいます。
「助けてっ!」
「宇宙人がやって来た。地球はもうおしまいだっ」
――――だけどそのとき、円盤に砲撃が当たりました。炎が上がって、水平に着陸していた円盤は、傾いて地面に突き刺さりました。
「おい、宇宙人。地球は渡さないぞ」
ずどんずどん。地球を守る軍隊が、戦車団を率いて円盤を攻撃しました。宇宙船よりもうんとたくさんの戦車で、あっという間に宇宙人たちを囲ってしまいました。宇宙人たちは大きな目をぱちくりさせて、やがて人間たちの兵力におびえ始めます。
「ひぃ、人間を怒らせた。こっちの兵力じゃ全然かないっこないや」
うってかわって、今度は宇宙人たちが人間から逃げようとします。
でも残念、戦車団たちは宇宙人たちをとっくに包囲しているのですから、逃げようなんてありません。宇宙人たちはみんな光線銃を手放して地面に伏しました。「降参だ。降参だ。許してくれ」――――だけど宇宙人たちは、私たちの地球を奪いに来たのです。許すわけにはいきません。
ずどんずどん。人間たちは砲撃をやめません。宇宙人たちが、みんなみんないなくなってしまうまで砲撃は続きました。
こうして、すべての円盤は大破。宇宙人たちはひとり残らず人間たちにやっつけられたのです。こうして、私たちの地球は守られたのです。
「はい。ユウスケくん、よくできました」
国語の時間。生徒のひとりの男の子がそこまで読み上げると、教室に拍手が沸き起こった。物語は地球を侵略しに来た宇宙人が、やっつけられてしまうお話。――――ありきたりな物語だ。生徒の皆も、内容にこれといって疑問はわき起こらない。ひとりを除いて。
ひとりの男の子が手を挙げた。
「どうしたの――――」
男の子の顔を見たとたん、若い女教師の顔はゆがんだ。
「はい、タダシくん。どうしました?」
ろこつに声の調子を下げる女教師。またかと顔に書いてある。そう、このシーンはいつもくり返される日常のひとコマ。
タダシという男の子は、宇宙人が出てくる話になると決まって同じ疑問を先生にぶつける。
「――――どうして、宇宙人は悪いやつばっかりなんですか」
「これはそういう物語なんです」
「じゃあ、じゃあ。どうして宇宙人が降参しているのに、人間は攻撃をやめなかったんですか?」
「それは宇宙人が悪いからです。宇宙人は地球を乗っ取りに来たんですよ。タダシくんも、自分のものがとられたりしたらいやでしょ?」
「でも、ぼくは相手が降参してきたら、許してもいいと思うんです」
「許しても、乗っ取ろうとしたことには変わらないのよ。それに、宇宙人の方から攻撃してきたのですから。それを許すことはできないんです」
タダシと先生の問答は、もはや見慣れた光景だった。
他の生徒たちは、タダシを応援するわけでもなく、問答には興味がないから関与したくないといった様子。消しゴムをころころと転がしたり、窓の外をぼうっと眺めたり。問答が始まった途端に机に伏して寝てしまう者もいる。
「タダシくん、わかりましたか」
先生は半ばにらむような目つきを返す。
タダシは、「はぁい」とふてくされがちに折れて、立っていたところから席に着いた。
「やっとだよ」
「ほんと時間のムダよね」
小声がひそひそと聞こえて教室がざわめき始める。先生がわざとらしく咳払いをすると、生徒たちは黙った。
教科書の次のページをめくるよう先生が言う。
これまでのお話に出てきた漢字や言葉の意味のおさらいだ。漢字を大きく黒板に書く先生の背中を見つめながら、タダシは顔をしかめていた。
あそこで先生の言葉に納得したわけではないのだ。
(……いい宇宙人がいたっていいじゃんか)
タダシは子供心にそう思うのだった。