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小6(みどりの秘密)

「じゃあ、みどり、行ってくるから。留守番よろしく」


父さんが出張に出かけた。つまりこの週末も、家には私一人だ。父さんは「プロジェクトが佳境にさしかかった」とかで、毎週のようにこうして出張に出かけている。


私はいそいそと塾の課題を終わらせると、炊飯器のスイッチを入れて、夕食代の1000円札を片手にスーパーへ向かう。父さんは夕食のおかずになる惣菜を買わせるつもりで1000円札を置いていくが、みどりに惣菜を買う気はさらさらない。


このところみどりが買うものは決まって1つ――そのスーパーで扱っている、オリジナルブランドの牛乳である。いつ行っても、1L入りの牛乳パックが税込165円で売っている。おつりの10円をレジ脇の募金箱に入れて、両手に3本ずつ、牛乳を持ち帰る。秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、空には星が出始め、住宅街の家々の窓には土曜日の夕食時らしく、あたたかな光がともっている。


「ただいまー」


何となくの口癖でつい声を出してしまうが、当然家の中はみどり一人である。みどりはドアをロックして、しっかりとチェーンをかけた。一人で心細いから、というわけではない。これからの作業は、誰にも目撃されては困るからだ。


小学校3年生の夏休み、興味本位で始めた自由研究から大食いに目覚めた彼女は、父親が出張に出かけるたび、家でおなかをいじめるのが楽しみになっているのだった。毎日大食いしていた頃ほど伸びはしないが、彼女の胃袋は少しずつ成長を続け、その華奢な体躯とは裏腹に、大容量化を果たしていた。


カーテンを閉め、ダイニングキッチンに姿見の鏡と体重計を持ってくる。ゆったりした黄緑色の部屋着に着替えて、そっと体重計に乗ると、体重計の針は42.6 kgを指した。ここ3年で背は大きく伸びて150cmに迫る勢いだが、胸の方はまだ平坦に限りなく近い。


「今日は、乗るかな?」


なにやらつぶやくと、彼女は丼ぶり茶碗にご飯をよそう。漫画の中のような山盛りご飯で、3合釜が半分近く空になった。


「何かあるかなー、あ、お味噌汁があった」


コンロの上の鍋をあけると、朝の残りと思われる味噌汁があった。そのままガスコンロに火をつける。続いて冷蔵庫だ。


「こっちは……まあ、惣菜買えって言ったくらいだから、何もないよねー。お、野菜炒め」


こちらも朝の残りと思われる野菜炒めが皿に1杯分見つかった。そのままレンジに放り込んで軽く温める。


レンジがチン、と言うのとほぼ同時に鍋も煮立ったらしく、アサリのよいにおいが漂ってきた。


お椀に一杯では少し余るくらい。均等に二椀へ盛り分ける。


「それじゃあ、いただきまーす」


白米に比しておかずが少ないので、野菜炒めを少しつまみたび、白米を2口ほど食べ進めていく。慣れているのか、かなりのスピードである。時おり味噌汁を口にして、平坦な味を解消しているようにも見える。


ものの10分ほどで、大盛りのどんぶり飯は少女の中に消え、味噌汁1杯、野菜炒め半分もなくなった。野菜炒めの残りは大事に明日の朝食にするのか、と思いきや、少女はそのまま席を立って、山盛りのどんぶり飯をもう一杯盛りつけ始める。なんと、まだ夕飯は終わっていないらしい。


再び山盛りのどんぶり飯を携え、少女はテーブルにつく。激しい運動部で頑張っている食べ盛りの高校生ならいざ知らず、華奢な小6女児と大盛りご飯、というのはいかにも奇妙な取り合わせだ。しかもそれが2杯目というのだから驚かされる。


「よし、スイッチ入ってきたかなー」


少女は軽くお腹をなでて、先ほどと同じペースで淡々と食事を続ける。学校に着ていったクリーム色のポロシャツは身体にフィットするデザインらしく、お腹の生地には既に余裕がない。はっきりとラインを追うことはできないが、腹部がゆったりとした凸カーブを描いているのは確かだ。


少女はリビングのテレビをつけようともせず、ただただ幸せそうに食物を頬張る。静かな部屋に、かすかな咀嚼音と食器のこすれる音、味噌汁をすする音だけが響く。


「んー、おいしかった!」


配分を調整していたのだろう。野菜炒めと味噌汁、山盛りの白米は、ほとんど同時に消え去った。いや、消え去った、というには語弊があるかもしれぬ――少女の消化器内へ移動しただけだ。


「今日は先に、皿洗っとこー」


少女が食器を持って立ち上がると、座っている間テーブルの影になってよく見えなかったお腹が強調される。細身のジーンズのタックボタンはいつの間にか外されているらしく、先ほどより下腹部も前に飛び出しているようだ。食事中に外すようなそぶりは見えなかったから、食事の前から外すのが習慣になっているのかもしれない。上からクリーム色のポロシャツが覆っているため、下着の色は定かではないが、ポロシャツの膨らみは先ほどより丸々としていて、身体の真横に来るはずの縫い目が前の方へ引っ張られているのが分かる。


少女は手際よく食器を洗うと、布巾で拭いて、戸棚に仕舞った。このあたり、しつけはよくなされているらしい。そのまま彼女は部屋を出て行き、ゆったりした黄緑色のスウェット姿で戻ってきた。たしかにこの方が楽だろう――どこが楽なのかは今さら言うまでもなかろうが。


「それじゃあ、あらためて、いただきまーす!」


ん?「ごちそうさま」の間違いではないだろうか。いまほど目の前で繰り広げられた光景が確かならば、この少女は白米3合と味噌汁2杯、大皿の野菜炒めを平らげたはずだ。その光景が虚像でないことは、ゆったりしたスウェット越しにも推し量られる腹部の膨らみが証明している。


しかし少女は、先ほど買ってきたスーパーの袋を抱えるように床へ座り、そのまま1つめのパックを開けるやいなや口をつけたのである。


コクッ、コクッ……と喉を鳴らして、少女は牛乳を飲んでいき、1分もしないうちに1本目の牛乳は空になった。「プハアッ」と幸せそうに深呼吸をし、すぐに2本目へ手を伸ばした。


2本目、3本目の牛乳が空になるのにも、さしたる時間はかからなかった。3本目を飲み終えたところで、少女は少し背筋を伸ばし、ケホッと小さなゲップをする。かなりのスピードで飲んでいたから、空気もそれなりに飲み込んでいたに違いない。


「そろそろ、下にさがってくるんだけどなあ…」


少女がスウェット越しにお腹をさする。鳩尾の下、ちょうど胃袋のあたりが特に大きく膨らんでスウェットの生地を引っ張っていた。


「ま、いっか。まだ余裕あるし」


少女はそのまま4本目を飲み始める。半分くらいまで一気に飲んだところで明らかにペースが落ちて、ときおりゲップをしながら、飲んでいく格好になった。


「うー、胃が張ってきた……気持ちいー!」


少女の頬は、いつの間にかほんのりと紅潮している。お腹をさする左手も、心なし激しくなったように思われる。右手は依然として牛乳パックを手放さず、少しずつ口へ牛乳を流し込んでいく。4本目を飲み終わったところで、彼女は「ふうっ……」と大きく息をついた。


「やっぱり、ここからは立たないとダメかなぁ……よいしょっ」


少女は立ち上がって背伸びをする。スウェットの下から、縦長に引き延ばされた臍がちらりと見えた。そのまま少女は両手でお腹を押さえ、ピョンピョン、とジャンプを始める。ジャンプするたびチャプチャプ、と水音が聞こえるのは気のせいではなかろう。


「よーし、下がってきた。やっぱり、立てば楽なんだ」


ひとしきりジャンプを終えると、少女はそのまま腰に手を当てて息を整える。先ほどより下腹部の膨らみも大きくなったようだ。後ろ姿は完全に妊婦だが、横から見ると妊婦より上腹部が張っていることが分かる。少女はその上腹部に指を当て、固さを確かめるように押し込んだ。


「うん、まだ全然凹むし、余裕だね。みどり成長した!」


なにやら独り言をつぶやいて、少女は5本目の牛乳を手にする。ゆっくり、しかし確実に、液体は彼女の胃袋へと流し込まれていった。時々空気抜きをするように、彼女は小さなゲップを繰り返していく。


「そろそろ、かなぁ……」


6本目を2口ほど飲んだところで、彼女の表情が曇る。ゆっくりと背伸びをしたり、腰を軽くねじったりするが、もはや胴体にそれほど隙間は残されていないように見える。牛乳パックをテーブルに置いて、そっとお腹を押すも、皮膚はほとんど凹まず、どこか別のところに張りを覚えるようだ。


「ん、ん、ふうっ……てか、冷えてきた……あっためとけばよかったか」


少女はそう言って、軽く身震いをする。コップを取り出し、注いで電子レンジにかける。その足取りも先ほどとは打って変わってペンギンのよう。凶暴な膨らみは脚の付け根まで迫っており、できる姿勢が限られてきたようだ。


「はあっ……あー、あったかい!」


ふう、ふう、とホットミルクを冷ましながら、少女はそれでも挑戦をやめようとはしない。はた目には嘔吐しないのが不思議なくらいだが、このくらい引き延ばされた胃袋は、ひょっとするともう嘔吐できなくなっているのかもしれない。


台所へ立ったまま、寒さとも痛みともしれぬ何かに震えながら、ゆっくり30分ほどかけて、彼女は結局全ての牛乳を飲み終えた。最後はもはや、胴へ押し込んだ、という表現の方が適切かもしれない。途中までは余裕だが、限界に近い最後の1リットルだけが辛いということを、彼女は経験的に知っていた。


「ご、ちそうさま、でしたー」


最後の1滴を飲み終えても、彼女はしばらく立ったままだった。座ると腹部が圧迫されるため、どれほどお腹が重くとも、座るに座れないのである。


苦しそうだが、彼女の表情は幸せそうで、あどけない。伸びをしなくてもスウェットは臍が見えてしまっているようで、素肌に風が当たるのを感じる。スウェットを下に引っ張ろうとしても、すぐにもとの位置に戻ってきてしまうのは、これほど立派に育ったお腹を、子供服の縫製が想定していないからだ。


みどりは鏡の前に立つ。肋骨より上と骨盤より下は紛れもなく自分自身だが、真ん中の膨らみだけは別の生物の何かを借りてきたような気がしてしまう。しかしそっとお腹をなでれば、パンパンに張り詰めた皮膚に手の感触があり、軽くお腹を叩くと「ドン」と中身の詰まった音がして、内臓にも衝撃が伝わっていくる。胃袋はパンパンを通り越してカチカチになっており、押しても全く凹まなくなっていたが、押されれば痛みも増加する。そんな触覚や痛覚が、みどりをいちいち興奮させていた。


食材に対する征服感なのか、過去の自分を超えた達成感なのかは分からない。それよりもっと原始的で、鮮烈な興奮なのかもしれない。みどりは鏡の前で、自らの胴体、自らの腹、自らの胃袋をもてあそぶ。もちろん前屈みになれば苦しいため、背筋は気持ち反らせ気味にしておくほかない。


ひとしきりお腹で楽しんだ後で、最後のお楽しみは体重計である。お腹の張り出しで足先が全く見えないみどりは、姿見の鏡に映った像を頼りに体重計の針を確認する。針は49.9 kgを指していた。


「あちゃー、もうちょっとかー。悔しいなぁ」


言葉とは裏腹に、みどりにそれほど悔しそうな様子はない。


「スウェットより、ジーンズの方が重いもんなあ…着替えなきゃよかったかなぁ。でも、ちゃんと計るならこのスウェットだって脱がなきゃだしね。ま、それは今度にしよ」


父さんは来週も出張と言っていた。来週には来週の楽しみがあっても悪くない。

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