小3(大樹の秘密 2)
あのとき助けてくれた女の子が3年2組の浅野みどりさんだと、俺が知るのには1ヶ月かかった。
校内で時おり見かけるのだが、内気な俺には彼女に声をかけることなどできるはずもなく、名札の文字が読める距離に近づくことすら不可能に思えた。
友人に「あの子、なんて子?」なんて訪ねれば、「お前あの子に気があんの?」と茶化されてるのは目に見えていたし、そもそもそんな会話を気安くできるような友人など、当時の俺にはいなかった。同級生が俺に話しかけるのは、俺に何かを押しつけるときか、授業中のグループワークのときくらいだった。
かくして俺は、昼休みの一人時間を持て余すがままに校内をぶらついて彼女の姿を探し、彼女の姿を見つけると、今度は「彼女にはなんの興味もない」というような顔をしてその場を通り過ぎたり、遠くから何気なく後を追ったりした。今思えば、完全なストーカーである。
しかし、そんな努力(?)の甲斐あって、俺は彼女の不思議な行動に気がついた。
彼女はいつも、昼休みの中ごろ、俺と出会ったあのグラウンドの端を通って、調理室の方へ歩いて行くのだ。給食トレイやゴミ袋を持っているわけではない。そもそも給食当番がみな給食を返し終わった位の時間だ。
そして、昼休みが終わるくらいの時間に、調理室のある棟からプレハブ校舎の方へ戻ってくる。何をしているのか、校舎側からは建物の死角になってしまって見えないが、かといって用もないのにグラウンドへ出て、調理棟まで回り込み、万一どこかで「何しに来たの?」と鉢合わせしてしまった場合の対応にも困る。そもそもあの建物には調理員と食材業者、給食当番くらいしか用がないはずで、彼女が一人きりで毎日あの建物へ通い詰める理由が俺にはさっぱり理解できなかった。
調理室で皿洗いのバイトなんて募集していたっけ? いや、そもそも小学生を働かせてはいけないんじゃないだろうか、なんてことを考えつつ、俺は毎日、校舎二階の窓から調理棟を眺め、彼女は毎日、校舎から調理棟までの道を往復していた。
疑問というのは、気になり出すとどんどん大きさを増していくものだ。10月も半ばを過ぎたある日の昼休み、俺はとうとう、調理棟の方へ足を伸ばした。