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20/23

20歳(二人の秘密3)

「ただいまー…って、え!? ちょ、ちょっと大丈夫!?」


俺は買ってきた袋を部屋の入り口に置いて、慌てて駆け寄ろうとする--というのも、みどりさんがソファーへ横になり、お腹を両手で抱えているように見えたからだ。目を閉じて背中を丸め、眉間に皺を寄せている。さすがに食べ過ぎてお腹が痛くなった…わけではないようだ。大樹はみどりの返答へ再度驚く。


「大丈夫だけど、大丈夫じゃない…中途半端に食べたから、おなか空いちゃって困ってたの。あんまり遅いから、食べるものなくなっちゃったし…かといってお水飲んじゃったら大樹が買ってきてくれるもの食べられないから勿体ないし…『いつ帰ってくるかなー』って我慢しながら待ってたわけ」


どうやら、背中を丸めた姿勢で横になり、お腹を外から両手で押さえると、胃袋の圧が高まるため、擬似的に満腹感を得られるのだそうだ。みどりにとっての満腹とは血糖値の上昇ではなく、胃袋の張りや心拍数の上昇で感じるものらしい。テーブルの上には宴会後と見紛うような大量の惣菜パックが空になって整列しており、大容量の炊飯器2つと土鍋も綺麗に空になっている。それら全てを収容したお腹は先ほど大樹が出かける前よりさらに二回りほど大きくなっており、そんなお腹を抱えた人に「お腹空いた」と言われても困る。


「よっこいしょ…あ、ハンバーガーなら、ソファーのままで食べられるね…こっちに持ってきてくれない?」


みどりさんはゆっくり身体を起こしてソファーに腰掛ける。Tシャツが引っかかったままの堂々たる腹部も、みどりさんの動きに合わせて重そうに変形した。CGのような膨らみは、確かにみどりさんの身体の一部と頭では理解しているつもりなのだが、あまりにも見慣れぬシルエットであるため現実感がない。肋骨と背骨が垣間見られる薄い皮下脂肪の下に、タンクのような肉袋が前へ横へと張り出して、強く存在を主張していた。


「あの…こっちに持ってきてくれる? そろそろ、動くのはあんまり楽じゃなくなってきてて…」


「あ、ごめんごめん、何から食べる?」


しばらくその膨らみに釘付けとなっていたことに気づいた俺は、慌ててみどりさんの催促に応じる。腹部の凝視に気づいたみどりさんは、少し恥ずかしそうな表情を一瞬示したが、言葉で咎めたりはしなかった。


「何でもいいよー。あ、でも、せっかくだったら大きいのからにしようかなー…わあ! ほんとに大きい!」


俺はごそごそとビニール袋を探し、三段重ねの巨大バーガーを手渡す。


「これ、ひょっとして全種類?」


「そう、バーガーだけ…こんなものでごめんね。次のスーパーに行ったんだけど、工事中で臨時閉店してて…その先だとさらに遅くなるから、道すがら見つけたファーストフード店でとりあえず『全部ください!』って言ったんだ」


「すごーい! 私も一回やってみたかったの! 店員さんびっくりしてなかった?」


「してたしてた! 明らかに動揺しててさ『ぜ、全部ですか!? お、お持ち帰りですか!? それともこちらでお召し上がりに…なるわけありませんよね! 失礼いたしました! 今入力しますので…』って」


みどりさんがコロコロと楽しそうに笑う。その笑顔が見られる俺は最高に幸せだ。


「ふふふ…そりゃそうよね。あ、でも今度『いえ、こちらで食べます』って言ってみてもいいかも…そしたらもっとびっくりするよね、きっと」


「そりゃそうでしょ! こんな可愛くて華奢な女の子が、これ全部食べられるなんて誰も思わないよ…っていうか、そもそも、こんなに買ってきちゃったけど、食べられる?」


「大丈夫…のはず…」


一瞬みどりさんの顔に陰りが見えて、俺は『しまった』と後悔した。細く長い指がそっとおなかをさすって、張り具合を確認したのを見逃す俺ではない。みどりさんのお腹に無理をさせてはいけないのに...5袋全部持っては来ずに、せめて数袋玄関に隠しておけばよかったのだ。


「ごめん! 俺、何袋か持ち帰るからさ…」


「何言ってんのよ! 大丈夫大丈夫! せっかく大樹が買ってくれたのに、そんな無駄にする訳ないじゃない! 私、大学入ってかなり成長したんだから! 食べるって言ったら絶対食べるんだからね!」


しまった…さらに逆効果だ。ムキになったら引き下がらない性格は、小学生時代から変わっていない。


「それじゃ、いただきまーす!」


みどりさんは大口を開けて、3段バーガーにかぶりつく。その笑顔は幸せそのもので、食事を始めたばかりの頃と全く変わらないが、肋骨の下にある凶暴な膨らみへは、確実に数時間分の負荷が蓄積されていた。


みどりさんは大丈夫と言っているが、本当に大丈夫なのだろうか。普通の人なら既に間違いなく、破裂して中身が飛び出してきているであろう胃袋の限界。毎週のように大量の食物を詰め込み、普通の人の何十倍にも胃を拡張させてきたみどりさんだって人間なのだから、いつかは胃袋の限界がくるはずだ。中身を入れすぎた水風船のように、薄く伸びきった胃袋が破裂してしまったら、どう対応すればいいのだろうか。内容物の膨張に追いつけずひび割れるカルメ焼きのように、腹部の皮膚が裂けてしまったら、どう対応すればいいのだろうか。とりあえず救急車を呼ぶ? この状況をどう説明しよう…。それでみどりさんが万一死んでしまったとして、その凶器である食べ物を買ってきた俺は、殺人犯ということになるのだろうか? 裁判官に判決を言い渡されたりするのかな…


そんなこんなでパニックになりかけている俺の思考とは無関係に、みどりさんは着々とお腹を膨らませていくのであった。


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