小3(お父さんの悩み)
「おかわり!」
「うーん、もうそろそろ、終わりにした方がいいんじゃないか?」
「いいのいいの、自由研究なんだからさ」
「それにしたって、もう十分食べただろう? おなか、パンパンじゃないか」
「まだ、入るもん! お、か、わ、り!」
そう頬を膨らませるみどりには勝てない。通った鼻筋と少し下がった目尻はもちろん、頬を膨らませる癖や一度言い出したら引かない性格まで理恵にそっくりだ。
もともと食の細かったみどりが、夏休みに入ってから急にたくさん食べるようになった。自由研究で、たくさん食べたら胃が大きくなるのか実験しているらしい。
4杯目の麻婆豆腐を盛り付けながら、もう少しましなテーマはなかったのだろうかと私は思う。
野菜やキノコ、こんにゃくなど、低カロリーの食材を積極的に使うようにはしているが、みどりの身体が心配だ。
乳がんの多発転移と分かってから、理恵が贈ってくれた子育て本や料理本の数々。
どれもボロボロになるまで読み込んだが、一人娘が夏休みの自由研究で大食いになったときの対処法など、載っているはずもない。
理恵が生きていたら、こんなときもちゃんと諭してくれたのだろうか。
「うー、余は、満腹じゃ・・・」
食べ終わったみどりがお腹をさすりながら、ソファーにごろりと横になる。時代劇で覚えたらしい「余は、満腹じゃ」が最近の口癖だ。
皿洗いを終えて行ってみると、幸せそうな表情でスヤスヤと寝息を立てていた。
そっと抱え上げ、ベッドに運ぶ。40代も半ばになった男の腰にはそれなりの負荷だ。
4月の測定では124 cm、23 kgと言っていただろうか。小柄なのは相変わらずだが、不釣り合いにポコッとお腹は飛び出しており、今はもう少しあるに違いない。
体力の衰えを感じつつ、なんとかベッドに到達し、掛布をして、電気を消す。
「・・・おやすみ、いつもありがと」
部屋を出ようとすると、うしろから不意に声がした。
「なんだ、起きてたのか。そしたらちゃんと、着替えて歯磨きして寝なさい」
「ううん、これは、寝言・・・むにゃむにゃ」
そんな寝言があるか、この確信犯め。でも少し嬉しくて、何も言えないまま、私は部屋を後にした。