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17/23

20歳(二人の秘密1)

呼び鈴を押してからの数秒間が、何分もの間に感じられた。


大量に買い込んだ惣菜のビニール袋が両手の指に食い込んで、はやくその重さから解放されたがっていたということもあるが、みどりさんに会えるかどうか、みどりさんが再び顔を出してくれるかどうか、それが気がかりだったためである。やけに素っ気ない態度だったみどりさんが、自分の情けなさに愛想を尽かしてそのまま戸を開けてくれない可能性もあるのだ。


だから「はーい、ありがとう! 遅かったから心配したよー」とみどりさんの声がしたときには、心の底から安堵した。


「よいしょ・・・」


扉の影から姿を現したみどりさんは、先ほどよりさらに身重になっている。・・・妊娠8か月くらい?


「うん、まあ、確かに8か月くらいかもねー」


「え!? あ、俺、呟いちゃってた? 思ったこと・・・」


「うん。もう思いっきり『妊娠8か月くらい?』って呟いてたよ」


そう言ってみどりさんは朗らかな声で笑う。大きな目は小学校の頃から変わっていないが、ほのかな化粧のせいか、その胸元に実った膨らみのせいか、はたまた全身どことなく丸みと柔らかさも兼ね備えたシルエットのせいか、大人の妖艶さも追加で醸し出されているようだ。俗に言う美人、いや、俗に言わなくても圧倒的な美人である。


「いや・・・その・・・ほら、美人の前で上がっちゃってさ・・・」


「あら上手。お世辞でも嬉しいわ・・・でも、そんな美人の目の前で『妊娠8か月くらい?』なんて言いますかねえ」


「だって・・・そう見えるもん。もうそのTシャツけっこう厳しいでしょ? マタニティーウエアとか試したらいいんじゃないの?」


「うーん、前に試したけど、結局それもキツくなっちゃうから意味ないかなー、って。それに、妊婦さんの規格とはちょっと、お腹の形が違うみたいなんだよねー。ほら、子宮って下の方から膨らんでくるし、胃袋って上の方から膨らんでくるでしょ? マタニティーウエアだと、このあたりが突っ張っちゃうんだよ」


そう言いながら、みどりさんは生地が伸びかけているTシャツの曲面をなぞる。上腹部を中心に胴体から何かが飛び出しているように見えて、俺はそんな曲線にも少しドキリとした。思わず固定されそうになった視線を悟られぬように、黙々と買い物をテーブルの上へ広げていく。


「あれ? ひょっとして、何件も回ってくれて遅かったの?」


いくつかの店のラベルが混在していることに気づいたらしいみどりさんが、嬉しそうな声をあげる。


「ま・・・まあ、ね。あとどのくらい食べられるのか分からないけど、残ったら冷凍とかできるものも多いし、日持ちしないものから食べてもらえれば・・・」


「えー、そんなぁ」


上機嫌だったみどりさんの声が、一瞬で暗い感じになった。何だ? 何が地雷だったんだ? 秋の空より移り変わりの速いヲトメゴコロとかいう代物を、大樹は理解できた試しがない。慌てて表情を確認する・・・と、目は起こってはいないようだ。いたずらっ子のように頬を膨らませ「10年間の研究成果をなめてもらっちゃ困りますー。このくらい余裕で食べ切れちゃうんだから」と笑っている。なんだ、冗談か。こちらは何か怒らせたかと思って、一瞬ヒヤヒヤした。


「じゃあ、このサラダから食べようかなー。サラダから食べると身体にいいって言うしねー」


みどりさんは早くも一つのトレイを手に取って、食べ始めようとしている。


「いや、サラダから、とか言いながら、さっき何か食べてたでしょ?」


「ううん、あれは・・・前菜みたいなもんだから」


「普通はサラダとか野菜みたいなのが前菜じゃないの?」


「ま、細かいことは気にしないでー」


みどりさんは、笑ってごまかそうとする作戦のようだ。笑い顔はすごく可愛いから許したくなるけど、でもそれは今後のみどりさんの健康のことを考えていいのだろうか?


「いやいや、前菜扱いで五合もご飯を食べてたら、身体に悪いんじゃない?」


「五合じゃないよー。一升半と、鍋五人分」


「升?」


「一升が10合だから、15合ってことね」


「え・・・じゃあ、もっとよくないじゃん!」


「慣れてるから大丈夫だし、中途半端に食べちゃうとむしろ太るしさ。ほら、じゃあさっきのはおやつで、これから夕食、ってことにすればいいんじゃない? 大樹も来てくれたし。ほら、ジュースでいい? かんぱーい!」


だめだ・・・なんだか結局みどりさんのペースになってしまって、俺はなんだかよく分からないままオレンジジュースで乾杯をした。あらためて眺めると、テーブルの上の惣菜の組み合わせも混沌として大概なものだ。こんなんでいいんだろうか? ・・・まあ、みどりさんが幸せそうならそれでいいのかもしれない。そんな気分になってしまうから不思議だ。俺はぼんやりと椅子に腰掛け、みどりさんが美味しそうにパリパリと、小動物のようにサラダを頬張っていく様を見つめていた。


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