20歳(定食屋)
「おお、また来たか。今日も同じのでいいかい?」
金曜日の夜は、近くの定食屋からスタートする。ぼんやりとスマホをいじっていると、無精ひげを生やした60間近の店主が、大盛りピカタ定食を無造作に運んできた。
少し塩味が強いことを除けば、ここの大盛りピカタ定食はとてもいい。皿からあふれんばかりの肉を、卵4個を贅沢に使って覆い、大盛りのごはんがついて1000円ちょうど。値段は30年前から据え置きらしい。食べ盛りの高校生でもこれ一つで満足できる量だ--もっとも、今のみどりにとっては、前菜のようなものではあるが。
「今年は成人式かい?」
普段はもう少し客が多く、雑然としている店内だが、今日はたまたま客の切れ間にお邪魔したらしい。手持ち無沙汰な店主がカウンター越しに、みどりへ声をかけてきた。
「ええ、まあ。あんまり20になった実感はないですが」
「成人式は地元へ帰るのかい?」
「いえ、私中学から東京に来たので、あんまり地元に思い入れなくて・・・」
そういえば、父が亡くなってからもう長いこと地元に帰ってはいない。家族には思い入れがあったが、家族がいなくなってしまった今、地元とはただの田舎である。
「えー。じゃあ帰らないの? 同級生とか、みんな変わっててけっこう面白いと思うけど」
「そうですかー。まあ、おじさんがそう言うなら、ちょっと考えてみますね」
愛想のよい返事をしつつ、実際には全く帰る気は湧かなかった。
「幼なじみとか、会いたいやつとか、いないの?」
「うーん、いないですね。私、こっちに来てからは誰とも連絡とってないですし」
父子家庭に育ったせいか、さばさばした性格が疎まれたせいか、はたまた顔が周囲よりちょっとばかし可愛かったせいか、小6のときにクラスの女子グループからは仲間はずれにされた。いま思えばちょっとしたいじめだったのかもしれないが、東京に来ることは決まっていたから、みどりの方から周囲に働きかけようとも特には思わなかった。だから「同級生」といっても、顔すらほとんど思い出せない者がほとんどだ。そういえば一人、「自由研究」を始めたばかりの頃に、大食いにつきあわせた男子がいて、朝礼のたびにチラチラこっちを目で追ってたな・・・名前は・・・思い出せないけれど。
「へいー、いらっしゃい! 3名様ですか?」
新たな客が来たらしく、みどりは店主から解放された。自分で言うのもなんだが、顔がわりかし可愛い部類に入るからか、街でも店でも人から話しかけられることは多い。愛想のよい対応の何たるかは心得ているつもりなのでそれほど支障はないが、どちらかというと食事のときは、食事の方に集中したいたちだ。
微妙に固まりきっていない卵が、絶妙の食感でとてもおいしい。フウフウさましながら頬張ると、口の中で旨味がじんわり溶け出していく。最後にオニオンスープをゆっくりと嚥下すると、身体が中の方から暖まっていくようだった。
「ごちそうさまでしたー。いつもながらおいしかったです。お代、ここ置いときますね」
みどりは調理中の店主に一声かけると、千円札をカウンターに置いて外へ出た。