20歳
「ごめん、明日は用事があって・・・」
「そっかー、みどりはいろいろ忙しいもんね! じゃあまたね!」
大学の友人が屈託のない笑みを浮かべて立ち去っていき、みどりは複雑な気分になった。友人にも彼氏にも、絶対言えない・・・みんなと週末遊びに行くよりも、家で一人ドカ食いする方が幸せだなどということは。
明日明後日は貴重な、何も予定のない週末。高校2年生の頃から、みどりのお腹の容量は、みどりが一日で消化できる量を超えてしまった。固形物をお腹いっぱい食べると、翌朝までお腹の膨らみが目立ってしまう。
中高生になって、周囲の目を気にするようになってから、みどりは趣味の大食いをひた隠しにしてきた。いっぱい食べる女子なんてきっと疎まれるし、今のみどりの食後の腹を知らない人が見たら、気味悪がられるだろう。
毎日帰宅すると、生理食塩水でお腹を満たし、風呂を済ませてからお腹の水は抜いてしまう。でも飲み物はチャポチャポするし、密度も高くないから、飲み物より食べ物の方がもちろん好きだ。
何も用事のない週末が来ると、みどりは近所のスーパーを往復して食材を買い込む。どうやら今週はハヤシライスにするつもりらしい。豚肉2kgとタマネギ15個に、ハヤシライスのルーが6箱購入された。
次の往復で買ってきたのは7kgの米。そのまま一升炊きの炊飯器2台にかけてスイッチを入れると、慣れた手つきでタマネギを剥いていく。1時間半ほどで、業務用のような大鍋2つに、あふれんばかりのハヤシライスが完成した。
「うーん、待ちきれないなあ・・・前哨戦をやろーっと!」
金曜に準備をして土曜日に大食いするのが習慣だったが、このところ待ちきれないみどりは金曜夜から大食いを始めてしまう。本当のところ、木曜の夜からそわそわしだして、金曜日はほとんど食べ物のことしか考えられていない。
もしも大食いの快感を知らずに生きていたら、人生どうなっていただろうか、と時折思う。みどりの胴体を占める胃袋の割合が大きくなるにつれ、みどりの人生に胃袋が占める割合も大きくなってきた。とはいえ、これが今のみどりの一番の楽しみであり、やめられる公算も、やめるつもりも、全くない、というのが本音である。
調理中に羽織っていたエプロンをきれいにたたむと、ゆったりしたシルエットのチュニックに着替えて、みどりは夜の街へと繰り出した。