それは命を紡ぐ話
◇◇◇◇◇
少女……と呼ぶのはもう失礼か。その女性は小学生を卒業して、もう中学二年生になった。
美幸は最近、何も殺さない。
黙ってくすのきの葉を見つめる。
「あの葉っぱ、見てると時々美味しそうに見えます。ウサギに人参とかやると、それはそれは美味しそうに食べるから、なんだかこっちまでその人参がちょー美味しそうに見える謎の心理、わかります?」
「小学の頃は飼育委員だったから、分からなくもないよ」
「本当ですか? じゃあ、学校で飼っていたから亀がなんでも食べるから、ついつい虫とかを放り込んでしまうこの心理はっ……」
「それはよく分からない」
「そう、ですか。まあ、いいですけど」
くすのきの葉っぱが美味しそうに見えるというのも、分からない。改めて見ても、あれはただの葉っぱだ。くすのきの葉っぱを見つめる美幸の方がよっぽど美味しそうだった。あ、これはいやらしい意味じゃなくて、カニバル的な意味の方で。
「あ、見てください神秘的な光景です」
「どれどれ……」
「セミが交尾しています」
「……」
確かに神秘的だけども。
「私はてっきりキスで出来るものかと。もしくは結婚式を開けば出来るのだと思ってました。難しいです。世の中、とことん」
「あー……」
「私には多分、今のところ、関係のない事ですけど」
「いーや、最近ではロリコンなんて人種がゴロゴロいるからね。気をつけないとって何でそこで僕を見て怖がるんだよ!」
「だってお兄さん、働き出してもからも暇なのか、しょっちゅうここに来ますし。もしかしたら私より来てますし、あっ……お友達いないのです?」
「いいんだよ。僕はたくさんの友人より一人の親友がいれば」
「私がお友達になってあげてもいいですけど……」
「気を使わなくてもいいんだよ!」
なんだ、中学の頃からの友人と遊び続けて、結局専門学校では放課後に遊びに行くような連れが出来なかったこと、そんなに悪いか。
向こうのノリに合わないんだよっ……卒業まで僕はクラスの優しい人的な立ち位置だったよ。
「僕の事なんてどうでもいいんだよ。美幸はどうなんだ? 皆殺しの何とかと呼ばれていた子に友達がいるとは思えないんだけど」
「む、昔の事はいいのです。あれは私の黒歴史なのです。考えが極端だったと今では反省しています。歴史とは、学ぶものなので」
「じやあ、もう虫は殺さないんだ」
「はい。蝶も蜘蛛も簡単に殺せますけど殺さないのです。殺せるから、殺さないのです」
これは、成長してると言っていいのだろうか。僕には分からないが、くすのきの葉っぱ一つ一つの揺れを美幸が黙って見つめているのは、蜘蛛がチョウを食べるのを黙って見るより、断然いいものだと思った。
時はゆるやかに流れる。
いつの日か美幸が救ったモンシロチョウは、とっくの昔に死んでしまっているのだろう。でも、ひょっとして今見えているあのモンシロチョウは、その曾曾曾孫なのかもしれない。
目に見えないところでどんどん命は消えていき、同じくらいどこかに受け継がれているのだ。だから母さんが救った小さな命は……やっぱり成長しているという事にしておこう。
「さて、そろそろ行きましょう。今日もお家にお邪魔してもよろしいですか? 私、木村鉄也さんが中々お気に入りでして」
「弟は君の事嫌いだけどね」
「そういうところも、面白いのですよ」
嫌がる弟の顔が目に浮かぶ。
「あんまりいじめてやってくれるなよ」
はい、いじります。
美幸は笑ってそう言った。