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少女殺戮   作者: watausagi
2/8

黒アリとモンシロチョウ

◇◇◇◇◇


 次の日、日曜日。こんな貴重な時間を、僕は一体どういうわけか、また例の少女に付き合っていた。昨日のことが忘れられず同じ公園へときたわけだが、その少女は今日も美しかった。お花畑とかに住んでそう。蜜とか可憐に吸ってそう。虫とか殺せなさそう。


 そんな少女は今、黒アリを楽にさせていた。


 おいおい。


「一寸の虫にも五分の魂という言葉を知らないのか」

「私にはどんな生き物も、十分な魂を持っていると思います。だからその言葉、上から目線で納得がいきません」


 いつものように、一切の滞りなく少女は喋る。言葉と行動が一致しているのかしてないのかもう分かんないな。


「アリを殺すのは簡単かい?」

「はい。お兄さんを殺すよりは」

「……」

「私は昨日、お肉もお魚も食べていません。お兄さんはきっと、しょうが焼きとか食っていたのでしょう。それは、アリを殺すよりも簡単だったのでしょうね」


 少女はそう言いながら黒アリの死体を集めると、土の中に埋めていく。上を見上げると、こんな暑い日にもくすのきは元気にそびえ立っていた。


「ちゃんと、最後は埋めるの、ですっと」

「そこはしっかりしてるんだ」

「あ、見てください。可愛いモンシロチョウさんです」


 セリフだけ見れば少女らしい少女のお手本みたいな言葉だが、何故だろう。僕にはそれがモンシロチョウの死刑宣告にしか聞こえなかった。


 せめて痛い死に方をしないでくれ、と僕が願っていると、そんな思いは一体全体神様がどう拾ったのか。


「あらら」


 目の前でモンシロチョウは、蜘蛛の巣に捕まった。久しぶりに見た自然な自然界の光景。そう、これがあるべき食物連鎖。


 まるまる太った蜘蛛の巣もまたデカイので、こうなるのも仕方ない。少女からすれば、自分が手を下すまでもなく蜘蛛にプレゼントがまた一つ送られたわけだが、一体どんな気持ちだろう。


 まさか、がっかりした顔でも見せてくれるのかと、期待しないで少女を見ると。それと同時に、少女は走り出した。「ダメッ!」と叫んで、走って、蜘蛛の巣にまできて、慌ててモンシロチョウを逃がす。


 幸い、たくさんのストックを抱える蜘蛛には余裕があったのか、モンシロチョウは無事だった。


 ホッとした顔の少女に見送られ、モンシロチョウは飛んでいく。またどこか、ちがう蜘蛛の巣にでも引っかかるのだろうか。


 何はともあれ、期待しなかった少女の表情。初めて人間らしい部分を見た気がする。


「モンシロチョウは、助けるんだ」

「……はい。だって、可愛いですから」

「黒アリは殺すのに」

「ええ、まあ、黒アリはモンシロチョウではないので」

「そういうものなの?」

「そういうものなのです。世の中、きっと」


 少女はいつもの少女に戻る。


 まるでお花畑とかにいそうで、蜜とか吸ってそうで、虫とか殺せなさそうで、当たり前のようにバッタを蜘蛛の巣に放り投げる少女に。


 さっき……一瞬、彼女が見せたあの表情は、本当に可愛いから助けただけなのだろうか。


 この子の基準や価値観を、まだよく分からない僕。とりあえず、お腹がすいた。


 夜、今日のご飯は豚汁だった。ちょうどいい機会なので、弟と妹に奇妙な少女について話してみた。


 真っ先に弟が憤りをあらわにした。


「その子は全くけしからんな! 兄さんも何か言ってやらなければダメだぞ! 子供だから分かってないんだ。虫には、虫の生涯がある! 虫側の気持ちになって、よくよく考えてみなければいけないはずだ! 今度会った時は、それは間違っていると、はっきり言ってやってくれよ兄さん!」


 190の巨漢は座っていても存在感がある。さすがラグビー部。ただ、その言葉にはつい笑ってしまう。


「おや、俺は何か、おかしな事でも言ったかな?」

「いいや、ううん、何でもないよ。何でも」


 ただ、弟こそ奇妙な少女についての気持ちは最初から考えるつもりゼロなのだと思って、おかしくなっただけだ。


「そんなにモンシロチョウ可愛かったの?」


 妹も妹で食いつきどころが変だ。


「どうかな。可愛くないモンシロチョウを、僕は知らないから。多分、可愛かったんだよ。黒アリよりは」

「ふーん。黒アリは殺して、モンシロチョウは殺さない。バッタやカマキリは殺して、蜘蛛は殺せない。まるでその子、殺すか殺さないかの二択で生きてるみたいだね。友達にはなりたくないけど、遠くから見ていたい子だ」


 殺すか、殺さないか。怖いから殺さないか、怖くないから殺すか。可愛いから殺したくなくて、可愛くないから殺してもいいのか。


 なんて差別だ。見境がない。


 無差別差別。


 モンシロチョウより可愛い黒アリがいたらどうするのだろう。推測だがあの少女は、やっぱり黒アリを殺すのかもしれない。あの時の叫びには、それだけ必死なものが見えた。


 夜中、ベットの上で、僕は恋する乙女のように奇妙な少女について考える。


 今度はいつ会えるのだろう。


 ある時フッといなくなってしまう。何故だかそんな気がした。いつのまにか視界の中の蝶々が、フワフワと何処か遠くへ飛んでいってしまうように。

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