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ソナルシオン~帝国滅亡の幻想曲《ファンタジア》〜  作者: 紅月エル
第一夜 「呪われた皇女と護衛」
4/5

4 束の間の幸せ

「やべー……」


 急いで皇宮に戻ったはいいものの、皇女にどんな顔で会えばいいのか分からず、耀覇ヨウハ風璃殿フウリデンの前に立ち尽くしていた。この髪を見せるか否か、会ってどうしようというのか悩み、ただひたすらぐるぐると考えを巡らせていたところで、背後から声がかかった。


「何してんの?」

「うわっ」


 声には聞き覚えがあった。驚いて振り返ると、風璃殿の当主が真っ赤な林檎を囓っていた。

「し、紫苑シオン様、ここで何を……」

 驚きのあまり、声が裏返っていた。まだ心臓がドクドクいっている。皇女は特に変わったふうでもなく、ただ林檎をもらいに、と答える。

 ああ、と胸元を押さえながら返すと、皇女の視線が耀覇の頭部に移った。少しびっくりしたような表情の後、ごくりとかけらを呑み込む音。


「髪の毛……切ったんだね」

「……はい」


 あれだけ迷ったくせに、結局、はいと答えてしまった。

 耀覇はただ、皇女の次の言葉を待つ。また心臓が、ドクドクと音を鳴らす。

 瞬間、皇女の表情が変わった。


「――ま、いいんじゃない。短いのも」

「えっ」


 思ってもみなかった返答に、耀覇は言葉を失った。瞬間、皇女はふいっとそっぽを向く。

「何でもない」

 それから思考を巡らせて、やっと落ち着いたかと思うと、耀覇は嬉しさのあまりその場でガッツポーズを作った。パッと顔を明るくし、皇女の後を追いかける。


「ねえ、今俺のこと褒めたの? だよね?」

「うるさい。褒めてない」

「嘘つけ」

「長い方がマシだったよ」

「嘘つけぇ」


 ツンツンと肩を突くと、皇女は髪の毛の房を手で弄り始めた。恥ずかしがってんのかな、と思うと、耀覇はまたも笑顔を浮かべる。

 しかし、やがて皇女は気を悪くしたようで、風璃殿に入っていこうとする。そのまま変わった様子もなしに足を上げる耀覇に向かって、皇女は呆れたような顔をした。

「ねえ。ついてくるのは別に構わないけど、まさか部屋にまで入る気?」

 ハッとした頃には、もう靴も脱いでいた。

「あ、いや! そんなわけないだろ、てゆーか入りたくもねえよ」

「あっそう。あと、わたしを誰か忘れた? 皇女殿下に向かってタメ口だなんて。ねえ、耀覇くん」

「……うぜえ」

 苦虫を噛み潰したような顔をすると、皇女はいつものように愛くるしい笑みを浮かべる。

「あはは。面白いね、耀覇って」

「うるせえよ」

 腹を立てて帰って行こうとすると、皇女が自分の腕を引く。

「来て」

「は?」

「髪の毛の長さ、バラバラで見た目が悪いから、切ってあげるよ」

 何言ってるんだ、この人。ここは男子禁制なのに。

 ……さすがにそれは喉に引っかかって出てこなかったが、以前の自分の行動もあるし、まあいろんな意味でチャンスだと思った。

「ほら早く」

 腕を引かれて中へと連れ込まれる。部屋の真ん中に座らされると、皇女は箱から糸を切るはさみを取り出す。まさかそれで切る気かと聞くと、うん、と軽く返される。しかし、いざ髪の毛に入れてみると、なかなかうまく切れない。

「切り方下手だな」

「黙ってなさい」

 言われたとおり黙ったら、直後、皇女の手が自分の首筋に触れた。まるで雨粒に打たれたように、その場に硬直してしまう。

「ねえ」

 二人だけの、この緊張した空気の中、皇女は至って平常だった。

「こういう話、別に今する必要ないんだけどさ」

「何だよ」

「あの……昔、城門前でちょっとした、ほらあれ、女の子が泣いてて騒ぎになったこと、あったじゃない?」

「は……?」

 それって、カヤのことだろうか。カヤ、の話を、何故今する必要が?

「なんとなく、思い出しただけだよ。すごく可愛くて、わたしその子に一目惚れしたんだよねぇ」

「え、何それ、嫉妬?」

「は、どこがよ、違うから、誰がするか」

 完全否定されたことに少し残念だったものの、何故カヤを思い出したのか。そればかりが気になった。

「会ったことあんの、カヤに」

「あぁ、あの子カヤっていうの? うわあ、名前まで可愛い。あ、カヤに直接はないけど、遠目ならね。どうしてカヤはあんなところで泣いてたの?」

 うぐ、と耀覇は返答に困った。ここは素直に話すべきか、黙っているべきか……。どちらにしても、カヤとはただの知り合いなのに、何故か躊躇ってしまう自分が不思議だった。

「忘れなよ、カヤのこと」

 躊躇った末の答えがこれだ。皇女は案の定、納得していないというふうに、顔をしかめる。

「なんでよ。わたしたち、いいお友達になれると思ったのに」

 いいお友達、という言葉の意味を、多分彼女は分かっていない。

「いいお友達、ねえ」

 皇女はそう思っても、対するカヤはどうだろうか。彼女は執着心も強いし、よく嫉妬するから、皇女に会えばすぐ髪の毛を掴みにかかるだろう。

 それに……カヤは、ここを離れると言っていた。まだあの宿にいるのだろうが、やがてすぐに去って行くだろうし、いつ帰ってくるかも正確には分からない。そのうえ、皇女とカヤでは育った環境にも違いがある。だから、二人をうまく引き合わせるのは難しそうだ。

「無理だな。紫苑は馬鹿だもん、カヤとはうまくやれねえよ」

 別に悪気があってそういったわけではないのに、皇女はグッと眉を吊り上げた。あ、怒った、とすぐに悟る。

「もういいよはい終わり! さっさと自分の部屋に戻る!」

 そういって、はさみと髪の落ちた布をしまう。乱暴に詰め込む皇女の腕を、はしたねえなと言って掴んだが、すぐに振り払われる。

「せっかく髪の毛切りそろえてあげたのに、憎まれ口しか言えないなら、女官にやってもらいなさい」

「はあ? ちょっと待ってよまだここの髪――」

「そんなの下ろしとけばいいでしょ!? 失礼なやつめとっとと出てけ!」

 ぐいぐいと背中を押され、風璃殿から追い出される。か弱そうに見えて、この皇女は結構力が強い。最後にべーっと舌を出して部屋に戻っていく皇女を見つめながら、そっと髪の毛に手をやった。耳の横の髪だけ、少し周りより長くなっている。ここはまだ切れていないようだ。

「うーん……でも、これはこれでいい感じだな」

 どこがいい感じかと言われれば、女子めのこみたいで、と答えるしかない髪型だけれど、しかし長髪で結っていた時よりも、割と男らしく見えた。


「おっし! そんじゃあ気持ち入れ替えて鍛錬でもするか!」


 両手で拳をつくって握ると、ピンと胸を張って歩き出した。大人の階段を上った、といったら少し大げさだけれど、一歩、前進した気がする。

「この髪見たら、じいちゃん驚くだろうなぁ~」

 切られる前の長髪姿は、正直ムンドはあまり好いていなかったように思う。昔から「若いんだから髪を切れ」と何度も繰り返していたので――年を取ると、短い髪は似合わなくなるらしい――こっちの方が耀覇に似合うと考えたのだろう。こうなってしまえば、逆に都合がよかった。

 まあ、元はといえば、ムンドが自分の髪を無理矢理切ったわけなのだが。


「あれ……耀覇さん?」

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