イロリ姫の憂鬱
とにかく、一息つくことにした。
「姫様、お茶の準備が整いました」
「ありがとう、アーニャ。ヴァゼル様も、御一緒にどうです?」
「あんなことがあった後にもかかわらず、お誘いいただき恐悦至極にございます」
まぁ、色々聞きたいこともあるし。なにより、今の状態で解散するのも後味が悪いからな。
俺用にアーニャが作ってくれた、甘さ控えめの焼き菓子を食べながら紅茶を飲む。
「やはり、アーニャの淹れてくれた紅茶は格別ですね」
「確かに、イロリ姫様に淹れていただいた紅茶も美味しかったが、この紅茶はまた別格ですね」
「ありがとうございます」
ヴァゼルに褒められて、アーニャが少し照れている。
アーニャが褒められるのは俺も嬉しい。
そんな感じで、まったりとした時間を過ごしていると。
「ふむ、ところで疑問なのですが、先程のイロリ姫様は一体どうしたのでしょうか?」
唐突に、ヴァゼルが核心部分を聞いてくる。
あぁ、アーニャも聞きたそうにしている。
「何のことでしょう?」
今は、いつものイロリ姫の口調と仕草に戻しているので、とりあえず誤魔化してみる。
「私も、気になります。もし、姫様が変なご病気だったら心配です」
アーニャが、悲しそうな顔をこちらに向け詰め寄ってくる。
やっぱり正直に話さないとダメだよなぁ。
「ふぅ、隠していても仕方ないから、正直に話すとするか」
そう言って、いつものイロリ姫ではなく、俺の喋り方に変えて話す。
「姫様!?」
やはり、アーニャが少し驚いている。
「そんなに驚かないでくれ、喋り方は変わってるが、お前の知ってるイロリ姫だ。まぁ、その、なんだ、俺はイロリ姫なんだが、俺でもあるんだ。なんだか、説明がややこしいな」
「ふーむ、それは、多重人格ってやつなのかな?我々魔族の中でも、偶に強い魔力を持つものが、心を護るために別人格を生み出すと聞いたことがあるが」
「いや、それとは少し違うかな。俺は、自分がイロリ姫の自覚がある。逆に、俺自身が誰なのか分からない感じだ」
「そ、それでは、今までのことは、お忘れになっているのでしょうか?私のこと、姉姫様方や国王様、王妃様、それに侍女達のことは」
アーニャが、それを聞いた途端に不安になったのか、矢継ぎ早に聞いてきた。
そんなアーニャの頭を優しく撫でながら。
「そんなことはないよ。全部覚えている」
そう言って、アーニャを安心させてやる。
ただ、実際にはイロリ姫の記憶が蘇っているってのが正しいのだが。
「いつもの、イロリ姫様も幼気で儚気で可憐で素敵だが、今のイロリ姫様も姿に似合わず凛々しさがあって素敵だ」
突然ヴァゼルが、いかにも少女趣向があって、さらに男勝りな少女が好きだという偏好さを口にしやがった。
今話をしている間も、俺を見る目が時々いやらしさを感じたのはそのせいか。
「そうしたら、今度はこっちの質問に答えてもらおうか」
紅茶のおかわりを口に含み、喉を潤してから疑問を投げかける。
「ヴァゼル、お前が言っていた、俺の中にある強大な力とはなんだ?」
「本当に知らないのですね。そうですね、正直言いますと私にも分かりません」
ヴァゼルの言葉に耳を疑った。
「はっ?何、ふざけたことを言っているんだ」
「ふざけてはおりませんよ。ただ、私の国の魔導師がこの国に発生した、魔力とは違う力の収束を観測しただけなのです」
「魔力とは、違う力?」
「えぇ、それが何なのか確認と、手に入れることが出来るのなら行動に移せとの命令で・・・」
「その、力が俺の中にあったことに気付いたから求婚を申し込んだということか」
「先程も言いましたが、適当に貿易を持ちかけ、この国を探索する予定でした。それも、今考えると恥ずべき愚考です」
「もう、終わったことだ。気にするな」
「焦っていたとはいえ、イロリ姫に向かってあんなゲスな物言いをしてしまったことを悔やみます」
魔族の国の動向はどうあれ、ヴァゼルは改心したというし貿易も大丈夫そうなので、一応お咎め無しにしておこう。
俺も、ヴァゼルの顔をしこたま殴ってしまったしな。
こいつが目覚めて突然改心したのも、もしかすると俺の中にある力が影響している可能性もあるな。
「そういえば、あの時ヴァゼルの魅了の魔法が効果なかったのは、やはりその力が関係していると思うか?」
「多分、関係していると思います。魔族の、さらに王族でもある私の魅了の魔法が効かないなど正直ありえませんね。言い方は悪いですが、人間では抵抗すらできないと言っても良いでしょう」
「なるほど、確かに謁見室で初めて会った時は体が動かなかったからな」
「あの時は、公の場所でしたので体の自由を奪うだけに弱めていましたが。多分、その時に耐性がついたのでしょうな。しかし、本当に重ね重ね無礼を働いてしまったことを悔やみます」
「気にするな、それも終わったことだ」
「ありがとうございます」
だとすると次に問題なのは、ヴァゼルをボコボコにしたことだ。
「俺には、あんなことできる力はない。どう考えてもおかしいだろ、見た目通り体は幼く非力なお姫様だぞ」
「確かに、ヴァゼル様を治療したあとイロリ姫様の怪我を治そうとしましたが、全く怪我をしていなかったのです」
「ふむ、私も魔族の王族として魔力には自信があります。魔力によって身体能力も上がっていて、それなりに頑丈なのですが。あそこまで、一方的にやられたのは初めてですよ」
「つまり、俺の中にある力ってやつは・・・」
「少なくとも、魔族の魔力を軽く凌駕するものですね」
「イロリ姫様、凄いです!」
完全にやばい力じゃねぇか!
しかも、意識して使ったわけじゃない。それで、魔族を一方的に蹂躙できるほどの力・・・危険すぎる気がする。
更に、ヴァゼルが言うには、俺に対して使われた魔法は2度と効かない可能性もあるのではってことだ。
「しかし、他の種族も力を狙って既に行動を起こしていると思いますよ」
「そういえば、そんなこと言ってたな」
「我ら魔族は魔力の扱いに長けていたので、いち早く力の存在に気付き行動を起こしましたが。たぶん、力がイロリ姫の中にあることは、既に他の種族にも伝わっていることでしょう」
なるほど、間者は既に入り込んでいたということか。
「と、言うことは」
「はい、近いうちにどこかしらの種族の王族及び貴族が求婚に参りますでしょう。ただ、私も諦めてはいませんので、引き続きイロリ姫様にアプローチをさせていただきます。もし、そやつらが邪魔をするというのなら全面戦争ですね」
め、面倒くせぇ。
頭を抱えながら、これからのことを憂いていると。
「イ、イロリ姫様は、ぜ、絶対に誰にも渡しません!」
突然、アーニャが叫んだ。
「ほほう、この私と張り合うつもりですか?」
「た、たとえ魔族の王子様でも、他の種族の方だとしても、姫様を渡しません」
ヴァゼルとアーニャが、火花を散らしながら睨み合ってるが見える。
とにかく、これ以上面倒ごとなってほしくない。
そう願っていたが、次の日には新たな面倒ごとがやって来たのだった。