姫と魔族の王子、邂逅する
あれから30分ほど経ったところで、王妃ミューズが戻ってきた。
「お待たせしたわね。早速、お話ししましょう」
「お母様〜、急にそう言われましても〜。まずは〜、お紅茶を飲んでくださいな〜」
ネムリスが言うが早いか、既に侍女が王妃の紅茶とお菓子を用意していた。
「ありがとう」
そう言って、王妃が優雅に紅茶を飲み始める。
「そう言えば、先程仰っておりました、お客様はどうなされたのです?」
一応、話題を振ってみる。
すると、王妃は興味あるのねって言わんばかりに目を輝かせていた。
「聞いて聞いて!実はね、そのお客様って言うのが、魔族の人だったのよ」
「それは、まことですか母上!」
「まさか〜、魔族様がこんな小さな田舎の国に尋ねてくるなんてね〜」
王妃の言葉に、ネムリスとオルディナが驚いている。
普段冷静沈着な、オルディナが声を荒げるくらいだ。
それにしても、魔族か。
知らない言葉だったが、徐々にイロリ姫の記憶が浮かび上がり、魔族について理解できた。
魔族とは、この世界では高等種族で、魔力が高く聡明な種族だ。
魔族の国自体も、大昔から高度な文明を誇り、文化交流、貿易は人間族の国としては、とても喜ばしいことなのだ。
「凄いですね、魔族の人がこの国に来るだなんて」
俺は、紅茶を飲みながら考える。
大きな国であれば、魔族との交流もあり、たいした事でないのであろうが、この国には魔族との貿易や交流はない。
言うなれば、今回の魔族の急な訪問は理由はどうであれ、この国にとって途轍もなく好機なのだ。
ただ、その魔族も、この国に対し何か目的があると思うのだが?
「それで〜、魔族様は何故に謁見を求めたのですか〜?」
「それが今ひとつ分からないのよね。なにやら、この国に『重大なモノ』があると言っていたようだけど」
「『重大なモノ』ですか?」
「この国に特産物と呼べるモノはありませんからね」
さすがの王妃も、この国の目立った特産物が思いつかないみたいだ。
「魔族の方が欲しがるようなモノですか?」
「もし〜、その『重大なモノ』があれば魔族の国との貿易ができるはずね〜」
やはり裏がありそうだ、そうでなければ特産物もないような小さな国に見向きもしないだろう。
魔族にとって『重大なモノ』か、何か魔力的な鉱物が埋まっているとか、稀少な植物が自生しているとか?
王妃は、それが見つかれば貿易が成立するかもしれないと嬉しそうだが。
なんにしろ、俺には関係ないことだろう。
そんなことを考えながら、アーニャに紅茶のおかわりを頼む。
取り敢えず、魔族の話は置いておいて、王妃と姉姫達と話に花を咲かせていると。
「姫様方、国王陛下がお呼びです」
そう言って、国王付きの侍女が俺達を呼びにきた。
「お父様が呼んでいるのですか〜?」
「もう、謁見は終わったの?」
「いえ、まだ謁見は終わっていませんが、国王陛下からの命です」
「あらあら、何の用でしょうね?」
「なんだか嫌な予感がしますね」
ふむ、俺達を呼んでどうするんだ?
貿易に関してなら、国王と大臣だけで十分だと思うが?
とにかく、その侍女に連れられて謁見室に赴く。
謁見室に入るとそこには、たくさんの大臣達と、中央には国王と魔族がいた。
なぜか、国王の顔は笑顔で溢れている。大臣達も少し興奮しているようだが?
「よくきた、我が娘達よ。紹介しよう、この方は魔族の王子ヴァゼル殿だ」
「この度は姫様方に至っては、ご機嫌麗しゅうございます。お初にお目にかかります、今しがたアヴィレイオル国王陛下に紹介いただきました、魔族の国グラムフォードリア王国第一王子ヴァゼルと申します」
ヴァゼルと名乗った魔族は、丁寧なお辞儀をして挨拶をする。
「ご機嫌麗しゅうございます。わたくしは、アヴィレイオル王国第一王女ネムリスと申します」
「ご機嫌麗しゅうございます。同じく、アヴィレイオル王国第二王女オルディナと申します」
2人が挨拶を交わすが、あの魔族の目はこちらをずっと見ている様な気がするのだが。
「ご機嫌麗しゅうございます。アヴィレイオル王国第三王女イロリと申します」
やはり、気のせいじゃないみたいだ。
俺が挨拶をすると、ヴァゼルは一歩踏み出してきた。
「娘達よ、嬉しい知らせじゃ。ヴァゼル殿の国と我が国が貿易を結ぶことになったのじゃ!」
「本当ですか〜、お父さ、いえ国王陛下〜!」
「素晴らしい!これで我が国も、大国の仲間入りですね!」
3人が喜んでいる、確かに喜ばしいことだ。
だが、俺は何か嫌な予感がする。
どうしても『重大なモノ』というのが気になるのだ。何の見返りもなく世界屈指の大国である魔族の国が、こんな小国と貿易を結びたがるだろうか?
そんなことを考えていると、一歩一歩近づいてきている魔族のヴァゼルが見える。その怪しく光る瞳が俺を舐めるように見ている。
ヴァゼルと目が合い思わず後退りをするが・・・、体が動かない!?
いかん、ヴァゼルの目を見てから体が重い、何かの魔法をかけられたのか。
「だ、誰か」
叫ぼうにも口が鉛のように重く、声がうまく出せない。
誰も異変に気づいていない、歓喜に沸いているせいか俺の声も届かず、ヴァゼルの動きが目に入っていないようだ。
ゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいてくる。
そして、俺のいる所にあと少しまで来たヴァゼルは、ニヤリと笑い唐突に駆け出した!?
「私と結婚してください!」
謁見室に響き渡るほどの声がこだまする。
「「「「「なんだそりゃ〜」」」」」
俺を含め、その場にいた全員が、ヴァゼルにツッコんだ!
この日から、俺は、貞操を護る為に奮闘する日々が始まるのだった。