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ユールの日

……………………


 ──ユールの日



 ロンディニウムで行われた帝国との和平条約の締結によって、ジャザーイル事件に始まる一連の戦争は終結した。共和国はメディアの共同開発権を手にし、ロートシルト財閥はその共同開発権によって更なる利益を計上した。


 だが、今はそのことは置いておこう。


 今は共和国本国でクラウスたちが羽を伸ばすことだ。クラウスたちはジャザーイル事件から始まり、サウードからメディアに拡大した大規模な植民地戦争を終結させ、ファルケンハイン元帥から休暇が与えられていた。他の将兵たちも休暇を得ていたが、クラウスたちはその活躍もあって、かなり長い休暇が与えられていた。


「すっかりユールの日だな。どの商店もユールの日のためのバーゲンセールを行っていて、店頭は煌びやかに飾られ、民衆はプレゼントを買い求めてる。植民地でもユールの日を祝ったが、これほどまではなかったな」


 クラウスが訪れている共和国首都アスカニアはすっかりお祭り気分だった。つい先ほどまで帝国と激しい植民地戦争を行っていたとは思えないほどの盛況ぶりで、クラウスはやや不満そうにそれを眺めていた。


「クラウス。プレゼントは何を買ってくれるの?」

「そうだな。装飾品が無難だろうな。ネックレスなんかはどうだ。お前も今回の講和交渉の場にでることがまたあるかもしれないし、それなりのものを身に着けておく必要があるだろう」


 パトリシアが期待にワクワクして告げるのに、クラウスは暫し考えてそう返した。


「ネックレス。あなたが選んだものなら、きっといいものね」

「そこまで期待するな。俺は装飾品にかけては素人も同然だ。だが、それなりの金を払えば、質のいいものが手に入るだろう。相手がペテン師でない限りは」


 パトリシアが僅かに笑みを浮かべて告げるのに、クラウスがそう返した。


「私には?」

「お前もネックレスでいいだろ。パトリシアとは違う奴を買ってやるよ。今回はことがことなだけに戦勝祝いはないが、次の戦争では勝利を祝うことになる。そのときに身に纏えるだけのものを用意してやろう」


 ローゼが横から尋ねるのに、クラウスがそう告げて返す。


 今回の帝国との植民地戦争では戦勝祝いの場は設けられなかった。共和国本国政府が今回の帝国との衝突を不幸な事件であり、誰も望んでいなかったという立場と取っているからだ。故に勝ったからと言っても、それを祝うようなことはしなかった。そんなことをすれば、帝国の神経を逆撫ですることに繋がる。


 そして、今回の戦いでは勝利してもクラウスたちが昇進することも、勲章を授けられることもなかった。この件においても共和国本国政府が植民地軍に何らかの圧力を掛けているのだろう。暴走する植民地軍の一部隊──ヴェアヴォルフ戦闘団がこれ以上増長することがないように、と。


「次の戦争? また戦争をやるつもりなの?」

「戦争は起きるものだ。人類の歴史は戦争の歴史だ。列強が奪い合っている植民地においてはなおのこと」


 パトリシアが眉を歪めるのに、クラウスは軽くそう返した。


「さて、今は戦争のことは忘れて買い物と行こう。俺もそろそろ貯まりに貯まった財布の中身を吐き出して、共和国経済の循環に協力してやらんとな」


 クラウスはそう告げると、共和国で有名な宝石店に足を踏み入れた。この店があるのは共和国本国だけで、植民地であるトランスファール共和国にはない。扱っている宝石はどれも豪華な逸品ばかりだ。


「こんな高い店で買い物するの?」

「お前も今はそれなり以上に金持ちだろう。いつまでも貧乏人精神でいるなよ」


 そんな宝石店に入るのにローゼが躊躇い、クラウスがそう告げる。


「そうね。そろそろ慣れないと」


 ローゼはそう告げて頷くと、クラウスに続いて店に入った。


 さて、そして店でクラウスたちが何を買ったかと言えば、パトリシアには豪華な真珠のネックレスを、ローゼには大粒のダイヤ一粒で飾られたシンプルなネックレスをそれぞれクラウスはプレゼントとして贈った。


「あなたが選んだだけはあるわね。流石に付き合いが長いだけはあるわ」


 パトリシアは貴族令嬢として豪華な装飾の品を好むので、この真珠のネックレスには大満足だ。彼女はネックレスの包みを大切そうに抱えている。


「もっと簡素なものでよかったのに。ちょっと申し訳ない」


 ローゼはいまいち宝石には慣れていないのか、この比較的簡素な飾りのネックレスであっても尻込みしている。


「それぐらいは普通だ。いい加減に慣れろ。家を再興したら、お前もまた誉ある貴族令嬢に戻るんだ。今の貴族というのが肩書だけとはいえど、社交界で恥をかかないだけの身なりはしておけよ」


 当初、クラウスがローゼに勧めたのは9個のダイヤで飾られたネックレスだった。だが、それはローゼが猛烈に反対したために、この簡素なネックレスの方を選ぶことになったのだった。


「そうね。ありがとう、クラウス。私からもプレゼントを贈ろうかしら」

「もう貰ってる。優秀な装甲猟兵という名のプレゼントをな」


 ローゼが告げるのに、クラウスは肩を竦めてそう返した。


「そうやって私を兵士としてしか見てくれないのはちょっと拗ねるわよ」


 クラウスが告げた言葉に、ローゼはそう告げてそっぽを向いてしまった。


「勝手に拗ねればいいわ。クラウス、折角本国に帰ってきたのだから、いろいろと見て回りましょう。今はユールの日のお祝いで盛り上がっているのだから、きっと楽しいわよ。どこもユールの日を祝っていろんなイベントをやってるし」


 パトリシアはそんなローゼを無視して、クラウスの腕を掴むとそう告げる。


「見て回ると言っても、今は騒がしいからな。俺はいまいちユールの日の馬鹿騒ぎには慣れん。こういうイベントは、ちょっとな」


 クラウスはそう述べると、宝石店の外の光景を眺めた。


 アスカニアの街はユールの日を前にして、非常に盛り上がっていた。街のあちこちが魔道灯の明かりで照らされ、様々な飾りで飾り付けられている。そして、大勢の人々が浮かれたように街を歩いている。


 だが、人々の多くは家族連れであったり、明らかに恋人同士と思われる人々であったりした。まあ、ユールの日というのはそういう家族サービスの場であったり、恋人同士のロマンチックな場であったりするのわけだ。


 対して、クラウスはローゼとパトリシアを連れているものの、別に付き合っているわけではない。現在の彼はこういう場には似合わない、独身である。そうなると、彼はこの場で浮いているように感じられていた。


「騒がしいのがいいんじゃない。とっても賑やかで。だから、アレクサンダー広場に行きましょう。今の季節はユールの日を祝って大木が飾られ、百以上の魔道灯で照らされているのよ。きっと素敵だわ」

「分かった、分かった。アレクサンダー広場だな」


 パトリシアがそう告げるのに、クラウスが渋々と頷く。


「隊員たちにお土産を買うのを忘れないようにね、クラウス。前回、私たちが勝手に本国に行ったときはブーイングだったでしょう。今回もヘルマさんたちは私たちが本国に行くのを羨んでたわ。だから、せめてお土産ぐらいは買っていってあげないと」

「ヘルマたちへの土産か。どうしたものかな。酒だけは避けたいところだが」


 そして、横からさりげなくクラウスの隣に立ったローゼが告げるのに、クラウスは顎を擦って考え込んだ。本国ならば植民地よりも上等な酒が揃っているだろうが、部下の酒癖の悪さを考えるとあまり酒は与えたくはない。


「お酒が一番手軽でいいわよ。装飾品の類は嵩張るし、食べ物はトランスファールに戻るまでの間に傷むかもしれないし。どうせユールの日で騒ぐのだから、ちょっとお酒が入ってもいいでしょう?」

「それもそうだな。少し連中にも羽目を外させてやるか。次の戦争まではまだ時間があるはずだからな」


 クラウスの部下は大勢いる。その部下全員への土産となると、日持ちして、あまり嵩張らない酒が一番いい。共和国本国の百貨店で購入すれば、トランスファール共和国まで配送してくれるサービスもある。


「早く、アレクサンダー広場に行きましょうよ、クラウス。今年のユールの日がどんな風に祝われているのか楽しみなの」

「別にユール・ツリーは逃げはしないだろう」


 自分に関係ない話をしているクラウスの気を引くようにパトリシアがクラウスの腕を引っ張り、クラウスはややうんざりした表情を浮かべた。


 そんな会話を交わしながらも、クラウスたちはアスカニアの通りを進み、アスカニアの中心部付近にあるアレクサンダー広場を訪れた。アレクサンダー広場にはアスカニアの市庁舎やアスカニア大聖堂が位置している。


「わあ! 見て見て、クラウス! 今年も壮麗よ!」


 パトリシアがそうはしゃぐ視線の先には、一本の大木があった。


 大木はいくつもの小型の魔道灯で飾られ、金モールで飾られ、雪の結晶を模した飾りで飾られ、金色の鈴で飾られている。キラキラと瞬く魔道灯の明かりで大木は照らされ、幻想的に輝いていた。


「まあ、クリスマスツリーだよな……」


 ユールの日と名前は違っても、やっていることはほとんどクリスマスと変わりない。ユール・ツリーとして飾られている大木も、クリスマスツリーとさして変わりがない。


「あれにも相当なエーテリウムが使われている。魔道灯そのものにも、魔道灯を輝かせている秘封機関アルカナ・リアクターにも。私たちが植民地で得たエーテリウムもこういう形で使われることもあるというわけね」


 ローゼはあまり飾りには関心を払わず、そのようなことを告げる。


「植民地人どもにとっちゃ憎い話だろうな。自分たちが暮らしていた土地から追い払われてまで採掘されたエーテリウムがよりによって馬鹿騒ぎに使われているとは。俺たちには儲け話に繋がる話だが」


 確かに植民地人には辛い話だろう。自分たちが先祖代々暮らしていた土地を植民地政府と植民地軍に追い立てられ、その結果採掘されたエーテリウムが、共和国本国では市民の生活には関係ない娯楽に使われているというのは。


「もう。そういう話はいいじゃない。今はユール・ツリーを楽しみましょうよ。来年は本国のユール・ツリーを見れるとは限らないんだから」


 パトリシアはそんな事情は知らないというように、そんなことを告げる。南方植民地総督の娘である彼女も、植民地人の迫害に無関係というわけではないが、彼女は現場を見ているわけでもなく、命令を下したわけでもなく、そんな実感はなかった。


「楽しむっつっても、俺はあまり興味がない。どうみてもただの木だ」

「ロマンがないのね。こんな奇麗なものを見たら、心が豊かになるってものよ」


 クラウスは肩を竦め、パトリシアはジト目でクラウスを見た。


「失礼」


 クラウスたちがのんびりと魔道灯で瞬くユール・ツリーを眺めているときに、その背後から声がかけられた。低音の男の声だ。


「クラウス・キンスキー中佐かな?」


 クラウスが振り返ると、そこに白髪頭の初老の男の姿があった。その年齢に反して体格はたくましく、体には共和国海軍の紺色の軍服を纏っている。軍服は金モールで飾られ、階級章は海軍大将であることを示していた。


「そうですが、閣下。どこかでお会いしたでしょうか?」


 クラウスも今は共和国植民地軍のフィールドグレーの軍服に制帽を被っているので、階級が上のこの海軍大将に敬礼を送って返した。


「いや。直接会うのはこれが初めてだ。だが、君のことは常々新聞やラジオで聞いている。植民地軍において共和国の将来を切り開いている、有望な若手士官であると」


 海軍大将はそう告げて、クラウスの敬礼に返礼する。


「ああ。自己紹介が遅れて済まない。私はラードルフ・ロイター。共和国海軍大将だ。今は海軍参謀総長の立場にある」


 海軍大将はそのよう自己紹介した。


「ロイター提督ですか。そちらの話もお聞きしております」


 クラウスはラードルフにそう告げて返した。


 確かに話は聞こえている。ラードルフはある意味では有名人だ。


 共和国軍部において右派の将校たちを纏め、本来ならば政治に口出しするべき立場でないにもかかわらず、研究会や学習会と称して政治的な集会を行っている人物だと。新聞では大統領選に出馬する可能性もあったという話だ。


 王国も、帝国も、共和国の敵国だという発言を繰り返し、来るべき世界大戦に備えて王国海軍を打ち破り、帝国海軍を撃滅する大艦隊を整備するべきだと主張している。今の大統領がこの人物を解任しないのが不思議なほどの人間であった。


「君が共和国本国に帰還したと聞いて、もしかするとここに来たのではないかと思っていたところだ。港では大層な出迎えを受けただろう。今の共和国市民たちは君のことに多大な関心を抱いているからな」

「ええ。随分と記者たちから質問を受けましたよ。自分はただの植民地軍中佐に過ぎないのですがね」


 ラードルフはにこやかに微笑んでクラウスに対してそのように告げ、クラウスは苦笑いを浮かべて返した。


「ただの植民地軍中佐ではないだろう、キンスキー中佐。アナトリア、ミスライム、ジャザーイル、サウード、メディア。各地の戦場で戦い抜き、全ての戦いで勝利してきた。率直に言って英雄的な活躍だ」


 ラードルフはそう指摘する。


「勝利するのは軍人の義務ですからな。どのような状況にあっても勝利しなければならない。敗北しては軍人の義務を果たしたとは言えません」


 クラウスはその勝利が自分の利益のためだとは言わなかった。


「素晴らしい心がけだな。全ての共和国の軍人がそのような志を持っていれば、共和国の将来は明るいものを。一部の軍人たちは今の共和国本国政府の事なかれ主義に流されて、消極的になり過ぎている」


 クラウスの欺瞞を含んだ言葉を、ラードルフは称賛する。


「どうだろうか。ユールの日を祝って、グランド・ホテル・アスカニアで晩餐会を開くのだが、参加してもらえないだろうか。共和国本国軍の軍人たちも参加する。彼らは共和国の英雄である君の話を是非聞きたいと思っているところだ」

「晩餐会、ですか」


 そして、ラードルフが告げるのに、クラウスの表情が強張った。


 ラードルフの噂からしてただの晩餐会でないことは分かる。恐らくは政治的なものだろう。招かれている軍人たちというのも、恐らくはラードルフに同調している右派に属する軍人たちだろう。


 ただでさえ共和国本国政府に睨まれ始めているというのに、こういうことに顔を突っ込むというのはあまりいい選択とは言えない。


「では、参加させていただきましょう。ご招待いただき感謝します、閣下」


 だが、クラウスは本国に伝手が欲しかった。ラードルフは共和国海軍参謀総長であり、右派の軍人たちを纏めて政治的な発言力も有している。そのような人物の誘いを無下にして、折角の共和国本国政府に繋がる機会を逃すのは、それはそれで望ましくない。


「では、明日にグランド・ホテル・アスカニアで会おう。君の話を聞けることを楽しみにしている。共和国の将来を担う君の話を聞く機会を」


 ラードルフはそう告げると、このアレクサンダー広場から去った。


「よかったの、クラウス。ロイター提督にはあまりいい噂はないけれど」

「まあ、どんな政治家にも悪い噂はあるものだ。俺は政治は興味はないが、共和国本国政府にレナーテ以外のコネクションができるのはいいことだ。今回の件で、共和国本国政府に何らかのコネクションがないと、俺たちの植民地戦争にちゃちゃが入れられると分かったからな」


 ローゼがぶっきらぼうにそう告げるのに、クラウスはそう告げて返した。


 クラウスは植民地戦争は植民地政府と植民地軍だけで戦われ、共和国本国政府の関与は最低限だと考えていた。だが、今回の戦争では共和国本国政府は植民地軍に圧力を掛けて、クラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団の行動に制約をかけた。


 今回はレナーテが解決したが、毎回レナーテに頼るというのはロートシルト財閥の信頼を損ねることに繋がりかねない。レナーテとは別の共和国本国政府へのコネクションが必要であることは確かだった。


「そう。それなら好きにして。で、私も出席しなければならないってところ?」

「そういうことだ。お前は俺のパートナーだからな」


 ローゼが嫌そうな顔をして尋ねるのに、クラウスは肩を竦めてそう返した。


「あまり無茶はしないでよ、クラウス。ロイター提督は、その功績から今は海軍参謀総長の立場にあるけれど、政治的な発言が多すぎて問題視されている人物なんだから」


 パトリシアもラードルフのことをあまり信頼していないと分かった。


「距離はそれなりに置く。こちらが向こうを使うだけの関係が作れれば僥倖だ。まあ、そこまで簡単にいくとは思えないが」


 クラウスはやや苦々しい表情でそう告げ、ローゼとパトリシアと共にユールの日を祝うアレクサンダー広場を去った。


 クラウスとローゼは今日はホテルに宿泊し、パトリシアは共和国本国にある自分の領地に戻り、今日の日程は終わった。


 翌日開かれるラードルフの晩餐会がどのような結果となるのか。


 それは今は分からない。


……………………

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