アーバーダーン要塞攻略戦(3)
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「第3砲兵大隊、砲撃開始!」
共和国植民地軍第5軍はアーバーダーン要塞への攻撃を開始。
事前の計画通りに東正面と北正面で2個師団が圧力をかける中、本命の4個師団が203高地の位置する西正面で大規模な攻撃を開始した。
攻略に先立って行われるのは猛烈な砲兵隊による砲撃。
各師団の砲兵隊が全力で砲撃を行い、加えて重野砲連隊が敵の永久砲台を狙って口径28センチの重野砲を初めとする大口径砲で猛烈な砲撃を浴びせかけた。
「結構な眺めですな」
砲撃がアーバーダーン要塞を耕すのを、第5軍の参謀長であるカルロスは満足そうに眺めていた。砲撃は土煙を巻き上げてアーバーダーン要塞の陣地に砲弾を降り注がせ、全てを破壊してしまうように見えていた。
「ヴェアヴォルフ戦闘団についてだが。あれでよかったのかね」
第5軍の司令官であるバシリウスも砲兵隊による砲撃の様子を眺めながら、カルロスにそう尋ねた。
「ええ。あれで問題ないかと。今回の件は本国の政治家先生たちから要請されたことです。これ以上、ヴェアヴォルフ戦闘団が増長しないように、と」
バシリウスの言葉にカルロスがそう告げて返す。
「まさか大統領と外務大臣が我々植民地軍の行動に注文を付けてくるとは予想していなかったが」
「それだけ本件は重大だということです。ヴェアヴォルフ戦闘団が些かやり過ぎている。どこかでお灸を据えておかなければ、このまま増長し、また何かの問題を引き起こすでしょう」
やはりヴェアヴォルフ戦闘団の動きに制約を課したのは本国の政治家たちだった。それもよりによって共和国の最高指導者である大統領が、植民地軍の一部隊の動きに注文を付けていた。
大統領はこの困難をもたらした存在がヴェアヴォルフ戦闘団だと決めつけている。彼らがジャザーイルで帝国の戦艦を撃沈したために、サウードでの戦争が始まり、帝国植民地軍との戦いが始まったのだと思い込んでいる。
本来ならば非難されるべきは武器で自分たちを脅してきた帝国であるはずなのに、共和国に蔓延する事なかれ主義が、非難されるべき対象を歪めていた。
「ジャザーイル事件を悪化させてのは明らかにヴェアヴォルフ戦闘団です。彼らはやり過ぎている。彼らが戦艦を沈めなければ、本国はもっと外交の選択肢があったでしょうし、帝国植民地軍がサウードに侵攻してくることもなかった」
カルロスは僅かな嫌悪の色を滲ませてヴェアヴォルフ戦闘団について語る。
「彼らは勇猛果敢だが、やはり考えなしと言わざるを得ないか。軍人が暴走して、外交を妨げるのは最悪だ。ここら辺でキンスキー中佐にも、大人の対応というものができるようになってもらわなくてはな」
バシリウスはそう告げて、双眼鏡で砲兵隊が帝国植民地軍の陣地に砲弾を降り注がせているのを見る。
「それで、これからの戦闘については我々が定めた事前の計画通りに?」
「ああ。砲兵隊が可能な限り敵の陣地を潰し、それから魔装騎士の支援を受けた歩兵部隊が進出して陣地を確保する。地道な戦いになるだろうが、君が試算したように2週間でケリがつくだろう」
カルロスが計画し、バシリウスが承認した計画は目新しいものはない。
まずは砲兵隊が全力で砲撃を浴びせて敵の陣地を可能な限り損耗させ、それから魔装騎士の装甲支援を受けた歩兵部隊がアーバーダーン要塞に向けて前進する。それからは魔装騎士が適時支援を与えながら、歩兵部隊が203高地までの道を切り開くというものだ。
「きっと上手くいくでしょう。こちらには有力な砲兵隊が揃っています。彼らが砲撃を浴びせるならば、敵も碌に動けないはずです。そこを魔装騎士と歩兵部隊で畳み込めば、勝利は確実かと」
カルロスはそう楽観的な意見を述べて、アーバーダーン要塞の斜面を登ろうとしている魔装騎士部隊と歩兵部隊を見る。
1個歩兵大隊に1個魔装騎士中隊が分散して配備されており、それらが連携しながらアーバーダーン要塞の陣地に向けて前進している。
「必ずや我々共和国植民地軍が勝利するでしょう。これだけの数を揃えたのですから、負けるという方が難しい」
カルロスは前進する部隊を双眼鏡で眺めて、そう述べた。
だが、アーバーダーン要塞はカルロスたちの予想よりも、共和国植民地軍を苦しめることとなる。そのことはまだこの時点では分かっていなかったが。
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『畜生! 被弾、被弾した! 後退す──』
203高地に向けて前進する共和国植民地軍の魔装騎士部隊。彼らは帝国植民地軍が何年にもわたって強化してきたアーバーダーン要塞を前に多大な出血を強いられていた。
「砲兵隊が敵の陣地を破壊したんじゃないのか。帝国の対装甲砲はどれほど残っているというのだ」
魔装騎士に援護されてアーバーダーン要塞を前進する歩兵部隊の将校たちは、次々に味方の魔装騎士が撃破されるのに動揺していた。
「砲兵隊の砲撃はそこまで効果を発揮していないようです。敵の永久要塞はかなり固い模様で」
「そのようだ。だが、このままでは制圧できるかどうか……」
帝国が唯一自由に使える不凍港を守るアーバーダーン要塞に対して、共和国植民地軍の砲兵隊の砲撃は有効打になっていなかった。
というのも、コンクリートで強固に補強された陣地は、多少なりの榴弾の砲撃を受けたところでびくともしないのだ。共和国植民地軍が切り札として持ち込んだ重野砲連隊の砲撃でも、コンクリートで多層に強化された陣地を完全に破壊することはできていない。
要塞を破壊するほどの威力がある榴弾砲を装備しているのは本国軍くらいのもので、その本国軍でもここまで強化された要塞を撃破できる榴弾砲は僅かにしか装備していない。
この点で第5軍の参謀長であるカルロスと司令官であるバシリウスの読みは外れた。彼らは砲兵隊の砲撃を浴びせれば、このアーバーダーン要塞は簡単に落ちるだろうと考えていたのだから。
そして、この読みの外れは致命的なものとなった。
「敵の対装甲砲! 敵の対装甲砲だ! 警戒しろ!」
そう、アーバーダーン要塞の強固な陣地を砲兵隊で切り崩せないという事実は、他のことで共和国植民地軍が出血を強いられるということを意味する。
砲兵陣地に鎮座する対装甲砲が、歩兵部隊を掩護するために展開している魔装騎士部隊に牙を剥き、対装甲砲の直撃を受けた魔装騎士が秘封機関を暴発させて吹き飛ぶ。
「畜生! 魔装騎士が撃破された!」
「このまま前進するのか!? 俺たちを誰が援護してくれるんだ!」
相次ぐ対装甲砲の砲撃によって歩兵部隊は自分たちを援護してくれるはずの魔装騎士部隊を喪失した。歩兵部隊は辛うじて生き延びているが、魔装騎士部隊は敵の集中砲火を受けて壊滅だ。
「前進しろ! 魔装騎士がいなくとも、我々は戦える! 前進だ!」
「畜生」
それでも将校が命令を叫び、兵士たちは険しい表情を浮かべてアーバーダーン要塞を見上げる。
「魔装騎士の支援がなければ、こっちに火力はないし、装甲の防御もない。こんな状況で戦えるってのか」
砲兵隊の支援が無力化されたことから、魔装騎士部隊の喪失に繋がった。
それは魔装騎士に歩兵部隊を支援させ、そのことによってアーバーダーン要塞を攻略するのだと決定したカルロスたちの計画が破綻したことを意味している。
だが、攻略作戦の中止命令は出ていない。カルロスたちは砲兵隊の支援が無意味なものになったとしても、魔装騎士部隊が喪失したとしても、事前の計画通りに2週間でアーバーダーン要塞を陥落させるつもりだった。
「砲撃だ! 敵の要塞砲が撃ってきたぞ!」
「伏せろ! 伏せろ!」
だが、砲兵隊の支援もなく、魔装騎士の支援もない歩兵部隊は裸でアーバーダーン要塞に挑んでいるようなものだ。相手はコンクリートで強化された陣地に立て籠もっているのに、共和国植民地軍は剥き出しの生身の状況でその陣地に挑んでいるのだから。
敵の砲兵隊が砲撃を浴びせてくれば、生身の歩兵部隊は甚大な損害を出す。こちらの砲兵隊は敵の砲兵隊に対砲兵射撃を行おうとも、強化された陣地に立て籠もる敵の砲兵は叩けない。
アーバーダーン要塞の聳える丘に挑む共和国植民地軍の歩兵部隊は、敵の砲兵隊の砲撃を受けて、大量の死傷者を出し、その骸が空しく転がる。そして、共和国植民地軍はその屍を乗り越えて、強行軍を続ける。
だが、その強行軍も長くは続かない。
「機関銃! 敵の機関銃だ! 伏せ──」
帝国植民地軍は対装甲砲で魔装騎士の援護を引き剥がし、砲兵隊で歩兵部隊を削ると、次は機関銃の射撃を浴びせてきた。
「どうする!? こっちの火力じゃあれは潰せないぞ!」
「突破するしかない!」
共和国植民地軍は重要な火力である魔装騎士を失った。この状態では敵の機関銃を潰すことはできない。
歩兵部隊は機関銃の猛烈な射撃を前に、伏せるしかない。ただただ破壊の嵐が過ぎ去ることを祈って、その場に蹲り、そうやっても容赦なく射撃が浴びせかけられ、次から次に歩兵たちが倒れていく。
地獄絵図だ。
機関銃で蜂の巣にされた死体がアーバーダーン要塞の斜面に散らばり、共和国植民地軍は一歩も前に進めずに前進は止まった。
「撤退命令! 撤退命令だ! 直ちに後方に下がれ!」
そして、魔装騎士部隊は完全に喪失し、歩兵部隊が甚大な損害を出したときになってようやく司令部は作戦の中止を命じた。
「撤退だ! このクソッタレな地獄から逃げ出すぞ!」
歩兵部隊は身を低くして、アーバーダーン要塞の強固な陣地に背を向け、攻撃開始点にまで撤退した。
アーバーダーン要塞第一次攻撃における共和国植民地軍の損害は、魔装騎士部隊1個連隊の完全な損失。歩兵部隊3000名の死傷。たった一度の戦闘で、共和国植民地軍は大損害を出した。
「魔装騎士部隊も失われた! 砲兵隊の砲撃はまるで役に立っていない! このままアーバーダーン要塞の攻略を進めるのですか!?」
共和国植民地軍の将校たちは自分たちの部隊が大損害を出し、帰還すると、第5軍の参謀長であるカルロスに詰め寄った。
「我々のたった一度の戦闘で要塞を落とせるとは思っていない。これから波状攻撃を仕掛け、敵に損耗を強いながら、確実にアーバーダーン要塞を追い詰めていくのが基本計画だ」
将校たちの詰問にカルロスは淡々とそう返す。
「どうかしてる。このままでは死傷者だけが積み重なって、アーバーダーン要塞を落とす頃には、我々は全滅する」
共和国植民地軍は対装甲砲の猛射撃で魔装騎士を失い、砲兵隊の砲撃と機関銃の射撃で歩兵部隊に甚大な損害を出した。
このまま攻撃を続けるならば、砲兵隊の砲撃が決定打とならない中で、共和国植民地軍は更なる損害を出すことになるだろう。更に多くの魔装騎士が失われ、歩兵部隊は屍を晒すだろう。
「攻撃を続行する。なんとしても2週間でアーバーダーン要塞を落とす。これは決定したことだ。計画に変更はない。我々は何としてもアーバーダーン要塞を落とさねばならない」
将校たちの意見を無視し、カルロスは攻撃続行を指示した。
それから第二次攻撃が敢行されたが、やはり魔装騎士が対装甲砲で失われ、歩兵は要塞砲と機関銃で失われる。
死体。死体。死体。
帝国の要塞はあまりに頑丈だった。共和国植民地軍の砲兵隊が意味をなさず、魔装騎士は援護できず、剥き出しになった歩兵は大損害を出す。それが繰り返され、アーバーダーン要塞の前面には共和国植民地軍の死体が折り重なった。
「こうなったら突撃しかない。決死の覚悟で突撃し、梱包爆薬で陣地を破壊し、意地でもアーバーダーン要塞を落とす。それしか方法はない」
まるで上手く行かない要塞攻略戦の中で、共和国植民地軍はついに歩兵部隊でごり押しすることを選択した。もはや砲兵隊が有効打にならず、魔装騎士が接近することもできずに撃破される中では、それしか方法はなかった。
「突撃用意! 帝国の豚を殺せ!」
「おおっ!」
まだ士気だけは維持できている。共和国植民地軍は捨て身に等しい突撃作戦に参加し、大きく雄叫びを上げるとアーバーダーン要塞のコンクリートで強化された陣地に向けて一斉に突撃した。
「機関銃! 機関銃だ! 畜生!」
「怯むな! 前進!」
それでも帝国植民地軍は要塞砲の猛烈な砲撃を浴びせ、機関銃が歩兵部隊を掃射する。その度に共和国植民地軍の突撃部隊は激しく出血する。
機関銃の射撃はどうしようもないほどに強力だ。特にコンクリートの陣地に守られ、一方的な射撃を浴びせかけてくる機関銃は、共和国植民地軍に甚大な被害をもたらす。
アーバーダーン要塞の斜面にはまたしても共和国植民地軍の多数の死者たちが横たわり、腹部を撃ち抜かれた兵士がもがき苦しみながら、腹部からはみ出た臓物を垂らして地面に横たわる。
そして、第二次攻撃も失敗に終わった。
だが、カルロスは続けざまに配下の部隊に第三次攻撃の実行を命令。大損害を受けた部隊が再編され、少数の魔装騎士が支援に当たり、再び第5軍はアーバーダーン要塞に挑んだ。
だが、この第三次攻撃も失敗に終わることとなる。
依然として共和国植民地軍の砲兵隊の砲撃は敵に損害を与えられず、魔装騎士は陣地に潜む対装甲砲に撃ち抜かれ、丸裸になった歩兵部隊に帝国植民地軍の砲兵隊と機関銃が猛射撃を浴びせるのだから、どうしようもない。
カルロスはそれからも第四次攻撃、第五次攻撃の実行を命じたが、それらはすべて失敗に終わり、共和国植民地軍はアーバーダーン要塞を前に多数の兵士を失った。
アーバーダーン要塞の前には、共和国植民地軍の兵士たちがその骸を転がしている。帝国植民地軍の砲撃で四肢がもがれた死体が、機関銃の射撃で臓物を、脳漿を撒き散らした死体が、物言わぬままに転がっている。
死体。引き千切られた死体。焼け焦げた死体。
共和国植民地軍は一時はアーバーダーン要塞の一部を占領するところまで進んだが、すぐに帝国植民地軍に奪還され、戦況は膠着した。
「このままでは上手く行かないかと思いますが、大佐殿」
カルロスの作戦が次々に失敗し、成功する兆候のない中で、後方で待機しているクラウスがそう告げた。
「だから、何だというのかね。作戦はスローペースだが、確実に進行している。我々は当初の予定通りに2週間で陣地を確保できるだろう」
クラウスの言葉に、カルロスが渋い表情を浮かべてそう返す。
「そうでしょうか。損耗はもはや9000名を超えているし、魔装騎士の損耗は2個連隊が蒸発しているのでしょう。それでも本当にまだ2週間でアーバーダーン要塞を陥落させることができると?」
アーバーダーン要塞の攻略に当たっている部隊は大損害を出している。既に1個師団が蒸発したに等しい損耗だ。
「できる。我々の計画に問題はない。我々は2週間でアーバーダーン要塞を陥落させ、勝利を手にするだろう。以上だ」
カルロスはクラウスの言葉を相手にせず、そう告げると手を振って彼に去るように命じた。
「そうであるといいのですがね。だが、そうはならないでしょう」
クラウスはカルロスが自分の意見に耳を貸さないと分かると、肩を竦めて第5軍の司令部から退室した。
「どうあってもヴェアヴォルフ戦闘団が活動することは許されない。奴らをこれ以上増長させることがあってはならない。このアーバーダーン要塞は、我々の手によって陥落させる」
カルロスは自分に言い聞かせるようにしてそう呟き、次の攻撃のための準備を開始した。
それからも共和国植民地軍によるアーバーダーン要塞への攻撃は続き、それが失敗するということが続いた。
そして、カルロスが定めた2週間後が訪れた。
アーバーダーン要塞は未だに陥落していない。
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