ミグリンの戦い(2)
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ミグリン市街地戦。
クラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団は、帝国植民地軍サウード派遣軍団司令部が設置されているミグリンへと侵入した。
侵入に先立って歩兵部隊の対装甲砲と1個連隊規模の魔装騎士部隊を相手にしたが、帝国植民地軍はその程度で司令部の守りを終わらせてはいなかった。
「8時の方向に対装甲砲! 注意しろ!」
帝国植民地軍は市街地に対装甲砲を設置し、それを使ってクラウスたちに砲撃を浴びせてきた。対装甲砲は口径57ミリというニーズヘッグ型ではほぼ脅威にならないものであるものの、当たり所が悪ければ戦闘不能になる。
「ナディヤ。地上での誘導は任せるぞ。適切なルートに誘導してくれ」
『任せてくれ。バスィール殿下の民兵たちも援護してくれている』
市街地に展開した帝国植民地軍に対して、クラウスたちは魔装騎士だけではなく、歩兵部隊も投入した。それがナディヤとバスィールの民兵たちだ。
ナディヤは偵察分隊の隊員と共にジープに乗り込み、敵の対装甲砲を発見すればクラウスに報告する。そして、帝国植民地軍サウード派遣軍団司令部が設置されている都市の中心部は西よりの地区にある刑務所までのナビゲートを行う。
バスィールたちは本格的な歩兵部隊として、帝国植民地軍と戦っている。彼らはこれまでの戦闘で帝国植民地軍から奪った小火器で武装しており、勝手知ったる市街地を駆け巡りながら、市街地に潜む帝国植民地軍の兵士に銃火を浴びせかけ、無力化していった。
「市街地は神経を使うな。死角が多すぎる」
クラウスはナディヤやバスィールからの報告を随時受け、彼らの前進を援護しながらも、市街地での魔装騎士の戦闘に問題があることを愚痴る。
魔装騎士の視界は非常に広いのだが、それでも死角は生じる。魔装騎士が10メートル弱はある巨体であることから、足元付近は死角になりやすい。そして、市街地のような入り組んだ地形を移動する際には移動そのものに注意を取られるため、他への注意が疎かになりがちなのだ。
『クラウス。もうすぐ刑務所に到着する。敵の抵抗はもうないようだ』
「フム。随分と中途半端な抵抗だったな」
ナディヤが帝国植民地軍の抵抗が終わったことを知らせるのに、クラウスは奇妙なことが起きたというように首を傾げてみせた。
帝国植民地軍は市街地で確かに戦ったものの、数回の対装甲砲の射撃を加えてきただけで、有効な手は打っていなかった。そして、地上で帝国植民地軍と交戦しているバスィールの民兵たちも、強固な抵抗というもには出くわさず、あっさりとミグリンの市街地を進めていた。
というのも、帝国植民地軍サウード派遣軍団はもう物資と士気が尽きかけていたからだ。
帝国植民地軍サウード派遣軍団はミグリンまで進軍できたものの、それからはヴェアヴォルフ戦闘団による兵站線への攻撃を受けて完全に進軍がストップしてしまっていた。
補給物資が来ないことで、兵士たちは飢えに苦しみ、将校たちは弾薬が足りないことに頭を悩ませ、その士気は大いに削れた。
そして、本来ならば4週間でサウードにおける戦闘を終わらせ、本国での休暇が与えられることになっていた兵士たちが、何週間も砂漠の大地の中に取り残されていたことも士気に影響した。
毎日砂漠を眺め、届かない物資を待ち、いつになればここでの戦争は終わるのだろうかと考える毎日。それによって兵士たちのほとんどは戦う意欲というものを失ってしまっていた。
そして、士気も当然ながら、物資も尽きていた。
ヴェアヴォルフ戦闘団による港湾都市への襲撃と車列への襲撃で、武器弾薬はミグリンまで前進する際に使用した分を補充できずにいた。兵站基地として設営された場所には弾薬とエーテリウムが僅かに置かれているのみであった。
そんななけなしの物資も、ミグリンを目指して前進してくる共和国植民地軍に応じるために投入された主力部隊に与えられ、後方に残る部隊には僅かにしか残されなかった。
故に彼らは抵抗を行おうにも、どうしようもなかったのだ。
「俺たちの破壊活動の成果かどうかは不明だが、抵抗がないのであればそれでいい。目的を果たして本隊に合流しないと、俺たちもそろそろ限界か来てる」
クラウスがそう告げて、ミグリンの市街地を進む。
ヴェアヴォルフ戦闘団も長らく共和国植民地軍本隊から離れて行動していただけあって、様々な物資の補給に影響が出ている。魔装騎士の予備のパーツはギリギリだし、武器弾薬もギリギリだ。
ここで任務を果たして、素早く共和国植民地軍本隊と合流しなければ、ヴェアヴォルフ戦闘団も帝国植民地軍サウード派遣軍団と同じような状況になってしまう。
『前方に目標。あれが植民地刑務所だ。バスィール殿下の部下からの情報では、あそこに司令部が設置されているらしい』
クラウスがミグリンの市街地を暫し進むと、ナディヤがそう告げた。
前方に見えるのは武骨で優雅さというのはまるでない建物で、それがクラウスたちの目標である帝国植民地軍サウード派遣軍団の司令部が設置されている場所であった。
「さて、どうしたものかな」
クラウスは司令部を潰すつもりできたが、司令部となっている建物は明白に頑丈な作りとなっている。魔装騎士の砲撃だけで崩壊させられるかは疑問符が付くところであった。
『我々が突入して制圧してこよう、キンスキー中佐。あの建物の中のことならば、我々が詳しく知っている』
「感謝します、バスィール殿下。では、我々は援護に回りますので、施設の制圧はそちらに委任いたします」
ここで声を上げたのはバスィールだ。彼と彼の民兵たちが、刑務所の正面玄関を梱包爆薬で吹き飛ばし、内部への突入準備を進めていた。
「内部に詳しい、ね。そりゃ、自分たちに反抗的な部族の連中を市民協力局と一緒にぶち込んでたんだから当然だろうな」
クラウスはエーテル通信機をオフにしてそう呟くと、突入を開始したバスィールたちを援護できるように、正面玄関に立って、口径20ミリ機関砲を構える。
刑務所はコの字になっており、バスィールたちが突入を始めたのは窪みになっている場所。クラウスが立っているのも窪みになってる場所だ。クラウスからは、刑務所の中庭とそれに面する部位が見える。
「おっと。機関銃が据え付けてあるな」
バスィールたちが刑務所に突入したのに、刑務所の中庭に面する部位の2階に機関銃が据え付けられているのを、クラウスが目ざとく発見した。
クラウスは機関銃が火を噴いてバスィールたちを撃ち抜く前に口径20ミリの機関砲弾を叩き込んで、機関銃を建物ごと破壊した。2階の部位が僅かに崩落し、ガラガラと音を立てて建物が崩れる。
『援護に感謝する、キンスキー中佐。これより我々は内部に突入する。司令部の人員を尋問したいと思うだろうから、なるべくならば殺さずに確保するが、抵抗が激しいと困難かもしれない』
「ええ。殿下の身の安全を最優先で作戦を実行してください。我々は帝国植民地軍の司令部が叩ければそれでいいのですから」
バスィールが告げるのに、クラウスがそう告げて返した。
『内部への突入開始!』
バスィールはそう告げると、梱包爆薬で刑務所の扉を吹き飛ばし、強引に道を切り開いた。
それから何度か激しい銃声が響いた。機関銃のけたたましい発砲音にライフルの乾いた銃声。クラウスの魔装騎士の人工感覚器はそのような銃声に混じって、悲鳴と怒号が上がるのを捉えていた。
「どうなることやら」
クラウスはバスィールを信頼していたが、かといって帝国植民地軍が脅威ではないとは考えていなかった。帝国植民地軍はこれまで何度も地方で起きた反乱を鎮圧しているはずだし、中央アジアの戦争では王国植民地軍ともやり合っているはずだ。
バスィールは勝てるか?
分からない。魔装騎士では刑務所の内部まで支援を行うことは不可能だ。
「とりあえずやっておくべきことは──」
クラウスは油断なく、視線を刑務所の周囲に走らせ、彼が狩るべき獲物の姿を探る。それは必ずここにあるはずなのだ。
「みいつけた」
そしてクラウスは発見した。
刑務所の角において、周囲の風景に溶け込むように偽装されているが、エーテル通信用のアンテナを伸ばした機械──大出力エーエル通信機を発見した。
クラウスは発見と同時に口径20ミリの機関砲弾を叩き込む。
ガンッ、と激しい金属音が響き、続いて内部の秘封機関が暴発する衝撃音が響き、大出力エーテル通信機はただの金属のオブジェとなり、ガラクタになった。
「これで長距離通信はできない。連中は大混乱だぞ。司令部が敵襲を受けたという知らせを受けてから、急に連絡が取れなくなるんだからな」
クラウスはニイッと笑いつつ、そのようなことを告げる。
今、帝国植民地軍の主力は、共和国植民地軍の主力と決戦を行っている。そこで総司令部が突如として音信不通になったら、そこで戦っている将兵はどうすればいいというのだろうか?
一部の部隊を割いて、その部隊で司令部の奪還に向かう? ただでさえ、相手より自分たちの戦力は小さく、物資不足によって士気も戦闘力も低下しているというのに?
結局は何もできない。混乱が広がるだけだ。混乱は士気の大幅な低下をもたらし、共和国植民地軍が帝国植民地軍に勝利する上で重要な役割を果たすことであろう。
『司令部を確認! 強固な抵抗を受けている!』
「場所は?」
バスィールから不意に通信が入り、クラウスが動く。
『西棟の地下1階3番目の監獄! そこで激しい射撃を浴びている! これじゃ前に出られない! おい、手榴弾だ! 手榴弾を使え!』
「西棟の地下1階3番目の監獄。殿下たちの位置は?」
エーテル通信からは激しい銃声が響いて聞こえ、クラウスはそんな銃声を聞きながら事前に覚えておいた刑務所の地図を頭の中で展開し、件の西棟地下1階3番目の監獄を外から探る。
「発見」
そして、クラウスはバチバチと銃火が瞬いている監獄の窓を見つけた。間違いなく、ここがバスィールの告げた場所だ。
「殿下。そちらはどれほど離れていますか?」
『400メートルから500メートルだ! まるで近づけない!』
クラウスが告げるのに、バスィールが返す。
「では、障害を取り除いて差し上げますよ」
クラウスは口径75ミリ突撃砲に榴弾を装填し、それを未だに機関銃のけたたましい銃声を漏らしている半没式の窓に向けた。
「ドカン」
クラウスが引き金を引いたと同時に突撃砲から榴弾が放たれた。
榴弾は錆びた窓枠を破り、中に押し入ると、監獄内に床に激しい衝撃を以て叩き付けられた。そして、その衝撃によって信管が作動し、榴弾は監獄内で炸裂した。
オレンジ色の炎が窓から吹き出し、榴弾が炸裂した衝撃に大きく監獄全体が揺さぶられる。ガラガラと重い物が落下する音も聞こえているところから見て、監獄は埋め立てられただろう。
「殿下。前進可能ですか?」
『あ、ああ。支援に感謝する、キンスキー中佐』
クラウスが何事もなかったかのように尋ねると、バスィールはそう告げて返し、また前進を再開した。
『司令部を発見! 司令部を発見!』
『武器を捨てろ! さもなければ銃撃する!』
エーテル通信に慌ただしくバスィールと彼の民兵たちの声が入り、バスィールが帝国植民地軍サウード派遣軍団の司令部を押さえたことを知らせた。
「最高司令官はクリメント・クロパトキンという男です。確保できましたか?」
『名前は分からないが勲章を大量に付けた男は捕まえた。将軍なのに監獄に入っているなど、何を考えていたのだろうな』
クラウスが問うのに、バスィールが呆れたような口調でそう返した。
「なら、その人物を連行してきてください。我々も彼に話がありますから」
『了解した。これよりそちらに連行してく。暫し待ってくれ』
クラウスもクリメントには聞くことがあった。帝国植民地軍全軍の正確な規模や、彼らの後方の補給基地であるメディアがどうなっているかなど。
「連れてきたぞ」
10分ほどで、バスィールたちが帝国植民地軍の制服を纏った男たちを連行してきた。帝国植民地軍の捕虜は手と首に縄がかけられ、屈辱的な格好で、引き摺られるようにして連行されてきた。
「さて、どの方がクリメント・クロパトキン大将閣下でありましょうか?」
クラウスは魔装騎士を降りると、クリメントを探す。
だが、誰も名乗りを上げない。敵意ある目で、クラウスとバスィールたちを睨んでいるだけだ。誰もがこの屈辱をもたらした男たちに、殺意の篭った視線を向けている。
「そうですか。ならば、適当に処刑するしかない。誰かがこの人物がクリメント・クロパトキン大将閣下だと教えるか、閣下ご自身が自分から名乗り出るまで、適当に捕虜を殺す」
クラウスはそう告げると腰のホルスターから拳銃を抜き、流れるような動きでそのまま捕虜の頭を撃ち抜いた。
捕虜は脳漿を撒き散らし、ガクガクと痙攣すると、地面に崩れ落ちた。地面に倒れたその死体の後頭部にはぽっかりとした射出孔が開いている。
「次にいこうか」
クラウスはバスィールの民兵を動かし、狙いを次の捕虜に定める。
「やめろ! 私だ! 私がクリメント・クロパトキン帝国陸軍大将だ!」
だが、銃弾が放たれることはなかった。何故ならば、クリメントが自分から、クラウスに向けて名乗り出たからだ。
「これは、閣下。無礼な扱いですが、ご容赦ください。今は戦時であり共和国植民地軍と帝国植民地軍は敵対関係。そして、我々は礼儀作法などまるで分らぬ野蛮な植民地軍でありますので」
クラウスは小さく笑うと銃口を下ろした。
「お前が砂漠の狼──ヴェアヴォルフ戦闘団の指揮官だな。我々の港湾都市を荒らし、物資を運ぶ車列を荒らし、我々の後方で破壊の限りを尽くしてくれた連中のボスだな」
クリメントはクラウスを睨む。
クラウスのために、クラウスの指揮するヴェアヴォルフ戦闘団のために、クリメントの計画した作戦は失敗に終わった。
彼らが砂漠の中を進んで後方に回り込み、港湾都市で船を沈め、港湾設備を破壊し、トラックを破壊し、物資を焼き払ったことで帝国植民地軍サウード派遣軍団の兵站計画は甚大な打撃を受けた。そして、彼らが次に車列をゲリラ的に襲撃したことも、兵站計画を大きく狂わせた。
ヴェアヴォルフ戦闘団という僅かにひとつの部隊の行動で、帝国植民地軍サウード派遣軍団は身動きできなくなり、そのまま共和国植民地軍の主力との交戦に巻き込まれようとしている。
「まさしくその通り。自分がやりました。この砂漠の大地で兵站が狂えば、大損害を被るだろうと予想しましてね」
クラウスはクリメントの指摘にニッと笑う。
「正体を言え。共和国本国軍が増強した部隊ではないのか。共和国本国軍が植民地戦闘において決定的な勝利を得るために、共和国本国軍が士官を派遣し、兵士たちを本国で訓練し、そうやってできた部隊ではないのか?」
クリメントはこの不気味なヴェアヴォルフ戦闘団の正体が気になっていた。共和国本国軍の部隊がそのまま植民地軍に移されたのか、それとも自分のように指揮をする士官たちを本国から派遣し、兵士たちは植民地で集め、本国軍において訓練したのかと。
「我々は正真正銘の植民地軍ですよ、閣下。我々は植民地で生まれ、植民地で育ち、植民地を守るために植民地軍を志願したものたちです。本国軍の介入は一切ありません」
そんなクリメントを嘲笑うようにクラウスがそう告げる。
「ふざけるな! ありえるはずがない! ありえるはずがないんだ……!」
ただの植民地軍に負けた。そんなことはクリメントには受け入れられない。彼は誇り高い帝国陸軍の将官だ。それが入植者の掃き溜めと呼ばれる植民地軍に敗れたなどあってはならないのだ。
「諦めてください。我々はどうやっても正真正銘の植民地軍。そこに何かが入り込む余裕はありませんよ。さて──」
クラウスは肩を竦めると、再び拳銃を抜き、残りの捕虜に向ける。
「お喋りを続けましょう。自分が質問するので閣下はお答えください。返答を拒否したり、欺瞞情報を答えた場合には容赦なく捕虜を銃殺しますのでご理解のほどを」
クラウスはそう告げて撃鉄を起こし、銃口を捕虜の眉間に突き付けた。
「この……! 確かに貴様は植民地軍なのだろうな! 膿んで、爛れた汚らわしい野蛮人だ。呪われてしまうがいい!」
「最初の質問は帝国植民地軍サウード派遣軍団の正確な規模です。では、どうぞ」
クリメントはクラウスを呪い、クラウスは無機質に質問を始める。
「……9個師団。だが、戦力は貴様たちの仕業で摩耗したし、物資不足で動けない部隊が多い。実質は5個師団と言ったところだ」
「なるほど。それなら楽勝だ」
現在帝国植民地軍との決戦を行っている共和国植民地軍の戦力は10個師団。クリメントが告げた実質の帝国植民地軍サウード派遣軍団の2倍の規模がある。これならば負ける方が難しいといったものである。
「次にお尋ねしますが、メディアはどうなっています?」
「メディア? 何故、メディアの話をする?」
クラウスの次の質問にはクリメントも戸惑った。
だが、その戸惑いも一瞬で終わった、クラウスが捕虜の頭を吹き飛ばしたからだ。銃弾が血を帯びて後頭部から抜けていき、捕虜は糸が切れた操り人形のように地面に倒れる。
「繰り返しお尋ねしますが、メディアはどうなっています? メディアにいる帝国植民地軍はどうなっています?」
「次の狙いはメディアか! メディアを狙っているのだな! この狼どもめ!」
クラウスがにこやかな笑みで質問を繰り返すのにクリメントが激高した。
「そう、メディアを視野に入れています。我々に教えていただけると閣下のために特別に配慮することが可能なのですが。どうでしょうか?」
「特別な配慮だと。銃殺の際に銀の銃弾でも使ってくれるのか?」
クラウスが告げる言葉に、クリメントがそう吐き捨てる。
「いえいえ。閣下の亡命などを実現させて構わないと考えているのですよ。閣下の身を安全な王国か共和国に移送することを考えております」
「何故、私が亡命などしなければならない」
クラウスがスラスラと述べ、クリメントは些か困惑した様子で応じた。
「閣下は敗北した。恐らく閣下が決戦と決めた共和国植民地軍との戦いは閣下の敗北に終わっていますよ。数の差が違い過ぎるし、あるのは士気もない軍隊では話にならないことはご理解いただけるでしょう?」
「確かに我々は敗北するだろうな。だが、後退し、ミグリンから港湾都市に下がれば戦機が巡ってくるはずだ」
帝国植民地軍サウード派遣軍団は、共和国植民地軍の主力部隊と交戦中だが、彼らは共和国側の物量に押され、抵抗は押しつぶされつつ、残ったものは後退を始めていた。
「その後退の指揮を誰が執るのでしょう?」
「!?」
クラウスが告げた言葉に、クリメントの表情が絶望に変わる。
「あなたはもう指揮は執れませんよ。我々は帝国植民地軍サウード派遣軍団の頭を叩き潰した。これによって帝国植民地軍はてんでバラバラの、烏合の衆となって、港湾都市に惨めに肩を寄せ合って集まるだけでしょう。そこに防衛計画はなく、そこに指揮官はいない」
クラウスが淡々と告げる言葉に、クリメントはもう何も言わない。
事実だからだ。
クリメントは撤退という指揮官が本領を発揮しなければならないときに、敵の攻撃を受けて捕虜になってしまった。帝国植民地軍サウード派遣軍団の司令部は壊滅した。
そんな状態で共和国との決戦が敗北に終わり、逃げようとする帝国植民地軍の将兵たちはどうなるのであろうか。
彼らは指揮官を失ったことで統一した作戦行動には従事できず、辛うじて維持できている小部隊の指揮官たちが撤退作戦を立案して、個々に実行されていくだけだ。
共和国植民地軍にとってはいい餌だ。撤退する軍隊ほど脆いものもなく、戦闘での犠牲の大部分は撤退で生じるのだから。
共和国植民地軍はバラバラに逃げ惑う帝国植民地軍の将兵たちを屠り、次々に撃破していくことだろう。正面から戦った時よりも激しい損耗を出して、帝国植民地軍は逃げ惑うだろう。
そして、その生き残りが港湾都市に逃げつく。
彼らに戦闘力が期待できるか?
否。彼らは無力であります。
彼らに戦う意志があるか?
否。彼らは一刻も早く安全な場所に逃げたいだけです。
彼らは帝国植民地軍の将兵か?
否。惨めで、哀れな、戦闘の被害者たちであります。
つまり帝国植民地軍はサウードにおいて大敗した。
これが事実だ。
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