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砂漠の狼(3)

……………………


「我々の勝利に乾杯!」


 帝国が奪ったサウードの港湾都市が破壊され、帝国植民地軍の車列が襲撃され、帝国植民地軍の魔装騎士部隊がガリガリとすり減っていたその時。


 時間は夜の闇が降りようとしている頃。場所はサウード南東部。


 その一面の砂漠の中に、廃墟と化した集落がある。朽ちた家屋がそのままに放置され、風化するままになっている場所だ。


 ここは数年前に反乱を起こした部族の村で、共和国植民地軍とクライシュ族の合同部隊が対反乱作戦を実行した際に、村人たちが追い払われ、それ以降は無人となっていた。


 そんな場所をクラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団が魔装騎士を駐機させ、物資を蓄積し、拠点としていた。


「我々の勝利に乾杯」


 クラウスは部下たち──そして、クライシュ族の王子バスィールと彼の部下たちと共に帝国植民地軍から奪った缶詰で作った料理を囲み、手には同じく帝国植民地軍から奪った酒で満ちた杯を握っていた。


「恐ろしいほどに勝利するな、貴殿たちは。これまで共和国植民地軍の作戦に同行したことはあるが、貴殿たちほどの機微な動き、そして奇天烈な作戦で勝利するものたちは見たことがない」

「殿下のご助力のおかげですよ」


 バスィールが異国の酒であるウォトカを呷って告げるのに、クラウスはいつもの模範的な士官づらをして返す。


 だが、実際にクラウスたちが帝国植民地軍を手玉に取っているのは、バスィールたちと、ナディヤのおかげであることは間違いない。


 サウードに到着したクラウスは、ナディヤの助言通りに、まずヤスリブでクライシュ族に接触した。


 クライシュ族の族長ザーヒルは突如として帝国植民地軍が攻め込んできたのに戦々恐々としており、共和国植民地軍が撤退を続けているのに危機感を覚えていたところであった。


 もし、帝国植民地軍が勝利したりなどすれば、サウードにおいてクライシュ族はこれまでの立場を失うことになる。そうなれば、クライシュ族はこれまでの横暴から、他の部族の報復に遭うことも考えられた。最悪の場合は部族の全員が皆殺しにされることもありえる、と。


 そんなときにクラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団がジャザーイルからサウードに増援としてやってきた。


 ザーヒルは歓喜した。


 ヴェアヴォルフ戦闘団の勇名はサウードにも響いている。アナトリア戦争で共和国を勝利に導き、ミスライム危機において王国に大敗を突きつけ、ジャザーイル事件では帝国の戦艦と装甲巡洋艦を撃破したという知らせは、サウードにも聞こえている。


 サウードで暮らしている共和国の人間たちがその話を語り、ザーヒルもかつて招いた客人たちが、驚くまでの勇士となっていることに感銘を受けていたところであった。


 そんなヴェアヴォルフ戦闘団がサウードに援軍として訪れた、共和国植民地軍が撤退を続け、帝国植民地軍は貿易の中継地点であるミグリンを押さえ、次に狙うのはサウードの中枢であるヤスリブだと噂されているときに。


「よくぞ来てくれた、勇士たち! 君たちを待っていたところだ!」


 ザーヒルはクラウスたちを手厚く歓迎した。それは計画的な撤退を続け、トランスファール共和国からの援軍を待っている共和国植民地軍のサウードにおける司令官の歓迎よりも手厚いものであった。


「歓迎に感謝します、陛下」


 クラウスは歓迎に笑みを浮かべて応じ、市民協力局のノーマンから告げられたように最初から本題には入らず、まずはジャザーイルのことなどを話しながら、折を見て本題に入った。


「陛下。このサウードを帝国の手から守るために、ご助力をいただけないでしょうか?」


 クラウスの求めた本題とはクライシュ族から援軍を得ること。


 クライシュ族はこのサウードを共和国の傀儡として統治していただけあって、サウードの事情には詳しい。地形などは把握しているだろうし、帝国の支配領域下に残っているクライシュ族のものたちは、帝国植民地軍の状況について知らせてくれる。


 いつも情報の面で頼りにしているノーマンは、今はメディアに潜入し、そこで植民地人の反乱工作に従事している。なので、情報戦という面では、クラウスたちはクライシュ族を当てにするしかなかった。


「もちろんだ。共和国とサウードは強い絆で結ばれている。今、バスィールが民兵を率いて、帝国植民地軍を攻撃しているところだ。バスィールに貴官たちに協力するように言っておこう」


 クライシュ族は撤退を続ける共和国植民地軍に不安を覚え、独自に抵抗運動を行っているところであった。共和国植民地軍から供与された武器を使い、砂漠を縦横無尽に走り回り、帝国をゲリラ的に攻撃していた。


「感謝します、陛下。我々とクライシュ族が手を合わせれば、帝国など簡単に追い払うことができるでしょう」


 クラウスはクライシュ族が共和国植民地省から買収されていることを知っているので、彼らは間違いなく共和国に協力するだろうと考えていた。そして、その目論見は見事に的中した。クライシュ族はこれからも共和国の傀儡としておいしい思いをするために、共和国に協力する。


「クラウス。何を考えているの? 共和国の本格的な援軍が到着して戦闘準備を整えるまでには、残り3週間以上はかかるわよ」

「その3週間までの時間を稼ぐ」


 ローゼが告げるのに、クラウスはそう告げて、作戦を始めた。


 クラウスが計画した作戦の第一段階はナディヤとバスィールの民兵たちの先導で、帝国植民地軍の監視の目を逃れられる砂漠を通過し、帝国植民地軍の後方に回り込むことであった。


 既に現地でゲリラ戦を繰り広げていたバスィールならば、どこから砂漠を迂回すれば帝国植民地軍の後方に回り込めるかは分かる。それに、ナディヤもいれば、現地での案内は完璧だ。


 クラウスたちはバスィールの案内で、一面の何もない砂漠を、その帝国植民地軍が展開できない砂漠を迂回し、帝国植民地軍の後方に回り込んだ。帝国植民地軍はヴェアヴォルフ戦闘団にはまるで気づかず、ミグリンを陥落させていた。


 そして、作戦の第二段階は後方に拠点を用意すること。


 クラウスはバスィールたちがゲリラ戦に利用していた、この村落に武器弾薬、魔装騎士の整備部品、エーテリウム。そして食料を運び込み、ここを拠点へと変えた。井戸の水はそのままでも使える澄んだものなので、水については運び込む必要はない。


 拠点が完成するとクラウスたちは第三段階として襲撃を始めた。


 まず狙ったのは港湾都市。バスィールたち民兵では攻撃できなかったそこも、クラウスたちならば攻撃できる。クラウスたちは魔装騎士で港湾都市を蹂躙し、敵の兵站計画を滅茶苦茶にしてやった。


 そして、敵が港湾都市の警備を固め始めると、クラウスたちは別の目標を狙った。それが港湾都市から物資をミグリンまで運ぶ車列だ。


 敵の魔装騎士はクラウスたちが再び港湾都市を襲撃することを恐れて、港湾都市に貼り付けられている、とバスィールの指揮下にある民兵は報告した。ならば、自分たちが車列を襲撃しても魔装騎士の攻撃を受けることはない。


 そのような企てでクラウスたちは車列を襲撃した。敵の車列はクラウスが予想したように碌な警護も受けず、無防備なままに道路を移動していた。


 戦場においては戦力を集中させ、敵に対して自分たちが数において優位になるようにするのが基本だ。クラウスはその基本を忠実に守り、ヴェアヴォルフ戦闘団の戦力を集中して運用し、敵の戦闘力が低い場所をピンポイントで狙って攻撃した。結果は見ての通りだ。


「いや。やはりヴェアヴォルフ戦闘団というのは他の部隊を比べて頭ひとつ秀でた部隊のように思える。他の部隊ではここまで大胆には行動しなかっただろう。実際に他の共和国植民地軍は撤退をするばかりだ」


 さて、場面と話は再び拠点として村落で、帝国植民地軍から奪った物資を囲んでいるクラウスたちに戻る。


 バスィールはクラウスたちの魔装騎士を使ったゲリラ戦という作戦に実に感心したようで、ウォトカの杯を片手に、コクコクと頷いていた。


「彼らも無為に撤退しているわけではないのですよ、殿下。こうやって砂漠の中に敵を引き摺り込み、兵站線を長くしてやることが彼らの狙いなのです。この砂漠の大地では、兵站は実に面倒な話となりますからね」


 クラウスの方は赤ワインを片手に、帝国植民地軍の塩の味しかしない魚の缶詰を突きながら、そのように返す。


 砂漠での兵站は実に面倒だ。


 砂漠では物資の調達が非常に困難である。食料と水についてすら制限を受けるし、武器弾薬という物資を後方から運ぶにも、砂漠の中を行き来しなければならない。サウードには共和国が作った道路もあるが、それは最低限度のものでしかなく、ほとんどは荒れた道で、ひとつ間違えばその道を見失って砂漠の中に迷い込む。


 帝国植民地軍も侵攻当初はメディアからの補給を十分に受け、勢いよく進軍できていたが、サウードの奥地に入り込むとその勢いを失い、ミグリンを落としたところでストップした。


 共和国植民地軍の狙い通りに彼らは長くなった兵站線を抱え、兵站が足枷となって、砂漠の中に立ち竦むこととなったのだった。


「ふうむ。そのような考えもあるのか。そして、その長くなった兵站線を貴殿らが攻撃するというわけだったのだな?」

「その通り。共和国植民地軍には兵力を温存して、最低限の遅滞戦闘だけに徹してもらい、正面で彼らが帝国植民地軍の注意を引き付けている間に、自分たちが背後に回り込む。全て計画通りです」


 バスィールが告げるのに、クラウスが頷いた。


「やはり流石は噂のヴェアヴォルフ戦闘団だな。この劣勢の状況下で、このように帝国植民地軍の弱点を見つけ出し、大胆に攻撃するとは。我々は帝国植民地軍がサウードに押し入ってきてからずっと抵抗を続けてきたが、これほどまでの勝利が得られたのはこれが初めてだ」

「殿下たちがこの拠点を発見し、迂回するルートを発見してくださったおかげですよ」


 バスィールが告げるのに、クラウスは小さく笑う。


 敵の兵站線が伸びていれば、そこを攻撃しようと考えるのは当然のことだろうよ、とクラウスは内心で思う。俺たちはちとばかり大規模に魔装騎士を使ってそれを実行しただけで、後は教科書にでも載っているような話だと。


 だが、魔装騎士でここまで大胆に行動するのは、やはりクラウスだけだ。この世界ではこれだけ友軍から離れた遠隔地で、独自に作戦行動を行い、敵を撹乱するようなことは、まだ行われていない。魔装騎士の役割は、騎兵として敵の隊列に衝撃を与えるか、敵の陣地に火力を投射するかという具合でしかないのだ。


「我々の勇敢な戦友に乾杯! 我々にこれからも勝利を!」


 バスィールはそう告げて、ウォトカを呷り、また杯にウォトカをたっぷりと注ぐ。ウォトカのような強い酒をあれだけ飲んでいれば、倒れるのはそう遠くないだろうし、明日は二日酔いだろう。


「兄貴―! 勝ちまくりッスね! もうあたしたちだけで勝てるんじゃないッスか? そうなったら、いっぱいお金が貰えるッスね!」

「馬鹿言え。帝国植民地軍がサウードに派遣してきた部隊は9個師団だぞ。俺たちは今のところ2個師団を翻弄しているが、本隊にはまるで損害を与えていない。まあ、そう遠くないうちに本隊にも打撃を与えてやるがな」


 ヘルマも赤ワインのグラスを握って、クラウスの下にトトトと寄ってきた。既に顔は真っ赤で、酔っぱらっているのはありありと分かる。


「9個師団ッスか。それってどれくらいなんッスか?」

「数にして9万人ってところだな。帝国植民地軍がどんな編制で師団を組んだかは知らないが、魔装騎士は9個連隊はいると見ていい。そのうち1個連隊はローゼたちが壊滅させてくれたが」


 座学の時間は寝ていて、碌に軍隊の編制単位を覚えていないヘルマが尋ねるのに、クラウスはそう告げてローゼに目を向けた。


「なら、ローゼ姉が後8回戦ったら敵の魔装騎士は全滅ッスね!」

「そう簡単じゃないわよ、ヘルマさん。私たちが勝てたのは待ち伏せに成功したから。正面から戦ったら、いくら私たちでも8個連隊の魔装騎士は相手にできないわ」


 ヘルマがニマッと笑って告げるのに、ローゼが肩を竦めた。


「それにしても帝国植民地軍の缶詰は最悪ね。塩の味しかしないか、なんの味もしないかってのばっかり。早く本隊と合流したいところだけど」


 ローゼは口直しと言わんばかりに赤ワインのグラスを傾けてそう告げる。


「共和国植民地軍の増援が到着して、戦闘準備を完了するまで残り1週間を切った。それまでの辛抱だ。増援が到着すれば共和国植民地軍は反撃に転じる。そうなれば、俺たちも後方で派手に暴れた後に、本隊に合流だ。そうなれば、マシな飯が食べられるだろうさ」


 クラウスはそう告げて肩を竦めた。


 たかが飯なれど、飯の味は士気に影響する。クラウスは今は部下たちに辛抱させているが、いつまでも帝国植民地軍の不味い缶詰を食わせておくわけにはいかない。そんなことをすれば、彼らは戦う意欲が落ち、注意散漫となり、作戦は失敗してしまうのだから。


 クラウスがこうして敵地の後方で酒を飲むことを許可したのも、要因は飯の不味さを我慢させるためのものであり、これからも優れた魔装騎士部隊として戦ってもらうためだ。


「でも、うちの飯もそこまで美味くはないッスよね。この缶詰に比べれば百倍はマシッスけど」


 ヘルマはそんなことを言いながら、缶詰の魚の切り身をポイッと口の中に放り込む。塩辛いものであるが、ある意味では酒のつまみになる。


「うちの飯は植民地軍の中じゃマシな方だぞ。帝国植民地軍はご覧の有様だし、王国植民地軍に至っては本国の飯から不味いと来てる。共和国植民地軍の飯は他の列強と比べれば遥かにマシな代物だ」


 植民地軍の中で一番飯が不味いのは王国植民地軍である。


「そうね。王国植民地軍の食事の酷さはミスライムで大運河を襲撃したときに十二分に理解できたわ。よくあんな食事で士気を維持できるものだと感心する」


 ローゼはそのように告げた。


 クラウスたちが王国植民地軍の飯の不味さを実感したのは大運河を強襲したときであった。


 クラウスたちは後方からの物資の補給が得られない中で、王国植民地軍からエーテリウムを初めとする物資を奪い、それで補給を成した。その物資の中には王国植民地軍の食料も含まれている。


 そして、その王国植民地軍の飯の味たるや、今食べている帝国植民地軍の缶詰以下の代物だった。クラウスたちは最初、賞味期限が切れているものか、または敵が鹵獲されることを予想して毒を混ぜたのかと思ったが、それはごく普通の王国植民地軍の食事であると後に分かった。


 王国は元々飯のあまり美味い国ではなく、戦場において質の劣化する戦闘糧食おいてはなおさら不味い。


 何をどうやったらこうなるのか分からない恐ろしく固かったり、どろりとしていたりする豆。噛み切るのに鋸でも必要なほど固い肉。本当に水の味しかしない何なのかよく分からない野菜。劇物でも混入されたかのように辛い魚の塩漬け。その他エトセトラ。


 本国の食事も豆を煮ただけのものだったり、油に適当に魚をぶち込んだけのものだったりする王国の食事のことはクラウスも知っていたが、ここまで酷いものだとは予想できなかった。


「共和国の食事はその点ではいいものだな。戦場でもある程度ちゃんとした飯が出る。たまに醤油と味噌が恋しくなるときがあるものの」

「しょーゆとみそって何ッスか?」


 クラウスがぼそりと呟くのに、ヘルマが首を傾げた。


「お前には関係ない話だ、ヘルマ。さあ、今のうちに飲んでおかないと、次に物資を奪ったときに酒があるとは限らんからな。飲めるだけ飲んでおけ。今日の見張りは、俺とローゼと酔っぱらってない連中でやる」

「ひゃっほう! 兄貴は優しいから大好きですよう!」


 クラウスがそう告げるのに、ヘルマは喜々として次の酒を求めて走っていった。


「あいつ、酒の味が分からないだろうに、酒を飲んで楽しいのか?」

「みんなと同じことがしたいのよ。仲間外れは嫌でしょう?」


 クラウスが走り去っていくヘルマの背中を眺めて告げるのに、ローゼがそう告げて赤ワインのグラスを小さく傾ける。


「それにしても軍隊に入ってからの方がいいお酒を飲んでいる気がする。気のせいかしら」

「役得だな。危険を冒しただけの代価ってところだ」


 以前のアナトリア戦争ではクライシュ族の持て成しで高級な赤ワインを楽しみ、今回のサウードでの戦争においては鹵獲した高級酒を味わう。


 没落貴族であるローゼは高級酒の知識はあっても飲んだことは僅かにしかなかった。それがよりによって植民地軍に入隊したら浴びるように飲めるのだから不思議なものである。


「そして、これからもリスクの分だけの見返りを受け取るぞ。ロートシルトとの取り引きが上手く行けば、俺たちは大金持ちだ。そうなればこれぐらいの酒は簡単に買えるようになる」


 クラウスはそう告げて、1本で数十万はするワインのボトルを掲げる。


「そうね。あなたに付いてきてよかった」


 ローゼはそう告げて、トンとクラウスに肩を当てる。


「あなたのおかげで家は再興できそう。もう時代が時代だから貴族の価値なんてなくなってしまうだろうけど、それでも家が完全になくなってしまわなくてよかったと思う。あなたの計画のおかげで」

「俺もお前には助かっている。お前ほどの優秀な装甲猟兵を手に入れることができなかったら、俺の計画は破綻してた」


 頬が紅潮しているローゼがそう告げるのに、クラウスはそう返す。


「私を評価するのは装甲猟兵としてだけ?」


 そんなクラウスにローゼが尋ねる。


「副隊長としても良く働いていてくれていると思うぞ。お前がいなかったら、この酒癖の悪く、皮一枚剥いたら街のならず者としての本性が現れる連中を副隊長にしなけりゃならなかったから」


 クラウスはローゼのことを信頼している。


 彼女は優秀な装甲猟兵であるし、副隊長として常日頃から危険な賭けに挑むクラウスを支えている。彼女がいなければヴェアヴォルフ戦闘団は成り立たないだろう。


「もう。あなたには私のことは軍人としてしか映っていないのね」


 ローゼは呆れたようにそう告げると、クイッと赤ワインを呷る。


「私もあなたのことは優秀な魔装騎士部隊の指揮官だと思ってる。これまでの危険なギャンブルを成功させてきて、思いもよらぬ作戦を編み出す人であり、部下から絶大な信頼を置かれている人だって、ね」


 クラウスのことをローゼはそう評価する。


「だけど、軍人ではなく、人間としてのあなたも魅力的に見えているの、クラウス。あなたは人を引き寄せる魅力がある。残酷で、冷徹で、危険で、計算高くあっても、あなたは魅力的な人」


 ローゼはそう告げると、フォークでヒョイと魚の塩漬けを突いた。


「食べさせてあげる。口を開けて」

「おい、ローゼ。そんなに酔っぱらったのか? 今日の見張りは俺たちでやる予定だろう」


 魚の塩漬けをクラウスに向けて差し出すローゼにクラウスが肩を竦める。


「口を開けて」

「分かった、分かった」


 いつもの鈍い輝きを示す瞳でそう繰り返すローゼに、クラウスが口を開いた。そして、そこにローゼが魚の塩漬けを放り入れるように突っ込んだ。


「……恐ろしく塩辛いな。まさか、狙ってやったか?」

「朴念仁にはちょっとした罰を与えないといけないから」


 クラウスは口の中が塩の味で満ちるのに眉を歪め、ローゼはクスリと笑うと席を立った。


「魔装騎士の調子を見ておく。今日の見張りは大丈夫よ。いつも通り、私があなたを援護するから」


 ローゼはそう告げると、鹵獲した酒で宴会の様に盛り上がっている民家を出て、自分の魔装騎士の下へと向かっていった。


「……まさかとは思うが……」


 クラウスは小さくそう呟き、ローゼの言葉が何を意味しているのか察知した。


「いや。だとしても、御免だな。今更ひとりに縛られるなんてのはなしだ。金持ちになれば愛人のひとり、ふたりは簡単にできる。俺は2度目の人生を自由に楽しませてもらうさ」


 クラウスはそう告げて、赤ワインで先ほどローゼが突っ込んだ魚の塩漬けの味を消そうとする。


「キンスキー中佐。是非、ジャザーイルでの話を聞かせてもらいたい。どのようにして戦艦を撃沈したのだ?」

「ええ。お話ししましょう。まず我々はジャザーイルはバルチック艦隊が停泊していたアンファの街を念入りに偵察し……」


 またバスィールが話しかけてくるのに、クラウスはそちらの方に応じた。


 この宴会騒ぎは夜中まで続き、帝国植民地軍から鹵獲した酒は全てなくなり、かつ翌朝にはほぼ全員が二日酔いとなった。


 クラウスたちは二日酔いの日は休憩としたが、それからは再び襲撃を繰り返し、車列の護衛を撃破して車列から物資を強奪し、車列の警護が強化されて港湾都市の警備が減ると、港湾都市を再襲撃した。


 帝国植民地軍の主力部隊はミグリンから一歩も動けないまま、弾薬はもちろんのこと、食料すらも足りなくなり始めていた。


 そして3週間後。


 共和国植民地軍の主力部隊がヤスリブに上陸し、戦闘準備を完了した。その数はこれまで撤退を続けてきた共和国植民地軍の部隊と合計して、10個師団。


 共和国植民地軍はミグリンにおける帝国植民地軍の主力の撃破を狙って動き始め、帝国植民地軍も物資不足の中でそれに応じ始めた。


 サウードを巡る戦いが決戦に向かう中、ヴェアヴォルフ戦闘団は──。


……………………

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