砂漠の狼
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──砂漠の狼
「敵襲! 敵襲! 敵の魔装騎士──」
エーテル通信機に向けて敵襲を叫ぶ声が、榴弾の炸裂で掻き消された。
魔装騎士がいる。20体の魔装騎士が、口径75ミリ突撃砲を構えて、港湾施設に停泊している帝国の輸送船を攻撃している。
場所はサウード南東部の港湾施設。帝国植民地軍に奪われたそこを、ニーズヘッグ型魔装騎士が襲撃し、埠頭に停泊している艦船を、積み荷を運ぶトラックを、物資を蓄えた倉庫を、あらゆる目標を焼夷弾と榴弾で破壊していた。
「派手にかませ、紳士淑女諸君。どのみち港の修繕費は全額帝国に負担させる。俺たちがいくら破壊しようとも構わん」
クラウスはそう告げて、逃げようとしていた帝国軍の兵士を踏み殺した。
『ひゃっほー! やりたい放題ッスね、兄貴!』
ヘルマは上機嫌に鼻歌を歌いながら、帝国の輸送船に榴弾を叩き込んでいた。どうやらヘルマが攻撃した船はエーテリウム輸送船だったらしく、船は激しい爆発を引き起こし、埠頭に衝撃波を駆け巡らせながら、バラバラになって海に沈んでいった。
「上出来だ、ヘルマ。調子で徹底的に叩くぞ」
『了解ッス、兄貴!』
クラウスも武器弾薬が貯蔵された弾薬庫に焼夷弾を叩き込んで大炎上させながら、ニッと笑い、次の目標を求めて港湾施設内を駆け巡る。
帝国植民地軍は反撃らしい反撃も行えない。彼らはどうして自分たちが襲撃を受けているかも分かっていないのだから。
「どういうことだっ!? こいつらはどこから攻めてきたというのだ!? 一体どうやってこの港に近づけた!」
港湾都市の防衛を命じられていた1個歩兵大隊の指揮官が叫ぶ。
既に帝国植民地軍はヴェアヴォルフ戦闘団による最初の港湾都市の襲撃を経験している。それを受けてクリメントが後方に警報を発し、後方では2個師団の戦力が港湾都市周辺のパトロールに当たっていた。
だが、ヴェアヴォルフ戦闘団はそんな帝国植民地軍のパトロールを突破して、港湾都市に襲撃を仕掛けてきた。そんなパトロールなど意味がないと嘲笑うかのようにして。
「少佐殿! 対装甲砲の準備が整いました!」
「よし! なんとしても連中を撃退しろ! 撃ちまくれ!」
歩兵大隊が装備している口径57ミリ対戦車砲が砲口をヴェアヴォルフ戦闘団に向けて構えられ、少佐は対装甲砲部隊に砲撃命令を下した。
対装甲砲は市街地内に偽装されており、そう簡単にはやり返されないだろうと考えられていた。少なくとも中央アジアでの王国との植民地戦争では、対装甲砲の位置がすぐに暴露されるということはなかった。
「撃ち方用意!」
対装甲砲の狙いが慎重に港湾施設を破壊するヴェアヴォルフ戦闘団に向けられる。見たことのない新型でどこを狙えばいいのかは分からないが、恐らくは操縦席があるだろう機体中央を狙う。
「撃ち方始め!」
砲撃。
鋭い砲声が響き、対装甲砲が一斉に砲弾を放った。
砲弾は真っ直ぐ飛翔し、帝国植民地軍のトラックを対装甲刀剣で破壊していた魔装騎士や、燃え上がる倉庫から脱出しようとしていた帝国植民地軍の兵士を踏み殺していた魔装騎士に命中した。
「弾かれた! 畜生! 効果がない!」
だが、帝国植民地軍の口径57ミリ突撃砲の砲弾はガンッと不快な金属音を響かせて、魔装騎士の生体装甲に弾かれた。魔装騎士の生体装甲には僅かなへこみが見えるが、それは生きた装甲によって急速に回復しつつあった。
「構うな! 撃ち続けろ! 撃ち続ければ、いずれは──」
王国植民地軍のサイクロプス型も正面装甲は時折口径57ミリの砲弾を弾くことがあった。だが、撃ち続ければ、いずれは操縦席のハッチや、関節部に命中して、魔装騎士を行動不能に追い込むことはできる。
それが中央アジアの戦争を戦った帝国植民地軍の実戦から得た教訓であった。
だが、彼らは忘れている。ここが中央アジアの山岳地帯ではないことを。
「て、敵の魔装騎士がこちらに気づきました! こちらに向けて突撃砲を向けています!」
「気づくのが早すぎる! どうなっているのだ!?」
偽装が施されたはずの対装甲砲の位置は、僅かに1回の砲撃で敵に位置が暴露した。魔装騎士は口径75ミリ突撃砲の砲口を敵の対装甲砲に向け、そして砲弾が放たれた。
「グゲッ……」
激しい炸裂音。金属の裂ける甲高い音。人間の潰れる音。
帝国植民地軍の対装甲砲部隊は僅かに一撃の砲撃で完全に戦闘不能となった。
「畜生。畜生……」
それでも、指揮官はまだ生きていた。彼の腕は榴弾の破片を浴びたことで皮一枚で繋がっているような状態だが、彼自身はまだ生きていた。
「こちら第90植民地大隊。敵の魔装騎士の襲撃を受けて都市は壊滅状態だ。至急、支援を要請する。魔装騎士部隊を寄越してくれ。俺たちじゃまるで歯が立たない。連中は化け物だ」
指揮官は辛うじて破損が逃れていたエーテル通信機に向けてそう告げる。
『こちら第17植民地師団司令部。魔装騎士部隊は既にそちらに送っている。1個連隊の魔装騎士を我々は派遣した。既に到着しているはずだ。確認せよ』
「ふざけるな! ここには味方の魔装騎士は1体もいない! いるのは敵だけだ! さっさと増援を送らないと、この港は使い物にならなく──」
師団司令部の言葉に歩兵大隊の指揮官が叫ぶのが、砲声によって完全に掻き消された。
放たれた口径20ミリ機関砲弾は歩兵大隊の指揮官とエーテル通信機の両方を引き裂き、この場にいた帝国植民地軍の指揮機能を喪失させた。
「エーテル通信沈黙。残るは烏合の衆だな」
クラウスはそう告げて、廃墟となった港湾都市で逃げ惑う帝国植民地軍の兵士たちを眺め、それに機関砲弾を叩き込みながら駆逐する。
『楽勝だったッスね。敵は手も足もでない状態だったッス。こんなに簡単に勝てるんじゃ、この戦争はあっという間に終わってしまいそうッス』
エーテル通信機のクリスタルには、ヘルマがニマニマとした笑みを浮かべて映っていた。
「そう簡単にはいかんだろう。そこまで戦争は単純じゃない。こちらがひとつ手を打てば向こうも手を打つ。それの繰り返しが戦争だ。こっちだけ殴り放題な戦争は植民地人を相手にしたって難しいことだ」
クラウスはそう告げながら、破壊するべきものが残っていないかを確認する。
埠頭の荷物積み込み、積み下ろし用の人工筋肉製のクレーンは榴弾で破壊され、真っ赤な人工筋肉の断面を晒している。港に停泊していた帝国の船は全て撃沈され、港を塞ぐように沈んでいる。倉庫に蓄えられていた物資は、食料も武器弾薬も、全て灰と化した。
「よし。ここは片付いた。ローゼ、そっちはどうだ?」
『こちらも片付いた。敵の魔装騎士部隊はもういないわよ』
クラウスが尋ねるのに、ローゼがいつものように不愛想に答える。
「結構だ。そっちはそっちで激戦だっただろう」
『次は代わって。私も碌な抵抗ができない兵士たちを相手にする方が気が休まるから』
クラウスの言葉に、ローゼがそう答えた。
ローゼの目の前に広がる光景は──。
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魔装騎士の残骸が砂地に広がっている。
操縦席を撃ち抜かれた機体。秘封機関が暴走して大破した機体。その衝撃で四肢をもぎ取られた機体。上半身と下半身が真っ二つに裂けた機体。あらゆる破壊された機体。
およそ1個連隊規模の魔装騎士が砂漠にその屍を晒していた。1個連隊の魔装騎士が1体も生き残ることなく、完膚なきまでに全滅していた。
行軍途中に攻撃を受けたのか、縦陣を組んだままに、一列になって魔装騎士は物言わぬ鉄のオブジェと化していた。
「クラウスの仕事は簡単だけど、こっちの仕事はそうじゃない」
そんな光景をローゼが眺めながら呟く。
目の前に広がっている魔装騎士が、帝国植民地軍サウード派遣軍団第17植民地師団が派遣した魔装騎士部隊の末路だった。
ローゼたちの魔装騎士は砂に身を埋め、砂丘の斜面を使って砂丘を盾にし、帝国植民地軍の魔装騎士部隊を見下ろせるように陣取っていた。そして、ローゼたちの対面の砂丘にもヴェアヴォルフ戦闘団の2個中隊の魔装騎士部隊が陣取っている。
戦闘は実に単調なものだった。
ローゼたちは港湾都市を襲撃する前に、この丘の上に身を潜め、敵が来るのを待っていた。まともに通れる道路が走っているのはここだけだし、この地に詳しくない帝国植民地軍の兵士たちが道路を使って移動するだろうということは予想できていたので、ローゼたちはこの場で待ち伏せた。
そして、獲物──帝国植民地軍が自分たちの待ち伏せるふたつの砂丘の場所に近づくと、十二分に距離を引き寄せて、一斉に砲弾を浴びせかけた。
完全な不意打ち。帝国植民地軍はまともな抵抗もできず、1体、また1体と瞬く間にローゼたちに撃破された。
反撃を試みたものもいたが、砂で完全に偽装しているローゼたちを見つけ出すのは簡単なことではなく、敵がどこか探している間に、ローゼたちの砲撃を浴びて、始末された。
結果は一方的な皆殺し。
帝国植民地軍第17植民地師団は有する全ての魔装騎士を、たった一度の戦いで喪失することになった。
「こちらローゼ。もうお客様は来ないようだけど、そちらの仕事は完全に終わったの? 撤収はまだ?」
『ああ。完全に終わった。今から撤収する。そっちは先に行ってくれ』
ローゼが改めて確認するのに、クラウスはそう返した。
「了解。撤収する」
ローゼは魔装騎士の機体を起き上がらせる。砂がザアッと流れ、砂の中からニーズヘッグ型魔装騎士が姿を見せる。70口径75ミリ突撃砲を装備した装甲猟兵モデルの魔装騎士だ。
「ヴェアヴォルフ・ツーより各部隊。撤退開始。バスィール殿下、先導をお願いします」
『任せてくれ』
ローゼの言葉と共に砂丘の陰から姿を見せたのはジープに乗ったバスィールだ。クライシュ族の第1王子である彼が、部下の男たちと共にMK1870小銃で武装して姿を見せた。
「こちらだ。この道はもう使わない方がいい。きっと魔装騎士が敵と交戦したことを知らせ、確認のための部隊が送り込まれるはずだ。この道を伝ってな。だから、我々はこちらを走る」
バスィールはそう告げると、彼の乗った砂漠地帯向けのジープを何もない砂漠の方に向けて走らせ始めた。
「ヴェアヴォルフ・ツーより各部隊。彼に続いて。遅れないように。砂漠に迷子になったら死んだも同じよ」
『りょ、了解』
ローゼの言葉に彼女の指揮下にある将兵たちは動揺しながらも、バスィールのジープを見失わないように走る。
彼らの走った後に刻まれる足跡は、砂に覆い尽されて消えてしまう。
クラウスの部隊も遅れて、港湾都市から離脱し、彼らの方はナディヤの先導を受けて砂の大地の中に姿を消した。
あとからやって来た帝国植民地軍の部隊は、港が使用不可能なほどに徹底的に破壊され、物資も焼き払われていることを報告し、それから1個連隊の魔装騎士が全滅したことを知らせた。
この知らせを聞いたクリメントは動揺し、港湾都市を徹底的に敵の手から守るようにという命令を発した。
だが、後方の2個師団のうち、1個師団の魔装騎士部隊を完全に喪失したということは、重い負荷となって圧し掛かる。
そして、なお悪いことにクリメントが港湾都市の守りを固め始めていたときには、クラウスは別の目標に狙いを定めていたのだった。
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