表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/285

模擬戦(4)

……………………


『こちらベルタ・ワン。敵影なし。敵はいません』


 ローゼがベルタ・ワンの機動防御部隊を差し向けてから数分後にそうエーテル通信で報告が入ってきた。


「敵の動きは見えない? 魔装騎士が移動する際の粉塵などは?」

『いえ。静かなものです。本当にここで待機していていいんですか?』


 ローゼが怪訝そうに尋ねるのに、ベルタ・ワンはそう告げて返した。


「おかしい。クラウスはハイケ・ホフマンと会敵して気づかれたからといって引くような人間じゃない。自分の計画を決めたら、それを押し通すような人間だと思っていたけれど」


 ローゼは地図を見下ろして、そう呟く。


 ベルタ・ワンを配置した地点は丘になっており、森の切れ目が一望できる。そこで待ち構えていれば、森の切れ目のどの地点を抜けようとしても、自分たちに優位な高所から、砲弾を浴びせかけられるはずだった。


『リーダー! 大変です!』

「どうしたの?」


 不意にエーテル通信が灯り、そこにローゼと同じ陣地防御のために配置していた兵士が姿を見せた。その顔は幽霊でも見たような驚き方で。ローゼもすぐさまただならぬものを感じ取った。


『敵です! 敵の魔装騎士が40体、陣地に真っ直ぐ迫ってます!』

「分かった。迎撃の準備をして」


 全ての哨戒線とベルタ・ワンを擦り抜けて現れたという敵の報告に、ローゼはいつもの調子を崩さず、落ち着いた調子で返した。


 だが、内心は混乱している。


 どうやって突破できた? どこを突破してきた?


 更に突破してきた数は陣地防御に配備されているBチームの魔装騎士の12体の3倍以上である40体だ。これでパニックにならない指揮官がいるならば、よほど根性が据わった人間か、実戦を潜り抜けた勇士だ。


「ベルタ・ワン。至急、陣地に帰還して。敵の攻撃が発生した」

『まさか……。了解、ただちに移動します』


 ベルタ・ワンも顔を強張らせ、新たな命令に慌ただしく応じる。


『リーダー。大丈夫なんですか? だって、数が……』

「こちらには地の利がある。それを活かして、ベルタ・ワンが到着するまでの時間を稼ぐ。落ち着いて対処して。勝てない状況ではないから」


 陣地防御の兵士が心配そうに尋ねるのに、ローゼはそう言い切った。


「クラウス。やはりあなたは一筋縄ではいかないのね」


 ローゼはそう呟くと、既に人工感覚器にその移動する際に発生する粉塵が捉えられたクラウスたちに砲口を向けた。


……………………


……………………


 クラウスたちはどうやってBチームの哨戒線を潜り抜けて陣地に迫れたのか。


 それはローゼが突破不可能と判断していた、あの森林地帯を潜り抜けてきたのだ、


 クラウスは何度もこの演習場に足を運んでおり、どこがどのようになっているかを完全と言っていいほどに把握していた。


 それによれば。あの森は機動力が極めて制限され、かつ操縦に苦労するものの、突破不可能な森ではなかった。ラタトスク型魔装騎士ならば、十分に突破可能なだけの空間があるのだ。


 それを把握しておいたクラウスは事前の偵察も無用で、森の中を強行突破することができた。もちろん、険しい森の中を切り抜けるのはそう簡単なことではなく、操縦士のミスによって10機あまりが戦う前に失われたが、これぐらいは誤差の範囲だ。


「よし。見えた。あれがBチームの陣地だ」


 森を抜け、ローゼが張り巡らせた哨戒線を抜け、ベルタ・ワンの監視を免れたクラウスたちの前方に、この演習でAチームが奪取すべき目標である陣地が見えた。黄色い旗が立っているので、地図を見なくとも容易に分かる。


『イエーイ! 流石は兄貴ッス! 相手もこの状況じゃあ対応できないですよう!』


 ヘルマは上機嫌で勝利を確信した。


「油断するな。相手はまだまだやる気だ。何せローゼだからな。ちょっとぐらいのことで負けるような相手じゃない」


 クラウスはそんなヘルマを制して、油断なく前方に目を向ける。


 チカッと陣地のある丘の上が瞬いたのは次の瞬間だった。


『うわっ!』


 丘の上からの砲撃だ。その砲撃でクラウスが引き連れてきたAチームの部下のひとりがやられた。


『ど、どこに敵がいる!?』

『丘だ! 丘の上にいるはずだ!』


 クラウスのエーテル通信機に混乱した通信が混じり、いきなりの砲撃による混乱が窺えた。そして、混乱している間に次の魔装騎士が砲撃を受けて撃破判定となる。


「なるほど。地面を掘り返して、機体をダグインさせているな。地形を使うことをしっかりと学んでいる。油断ならん小娘だ」


 だが、クラウスの方は何が起きているかをただちに把握した。


 ローゼは丘の陣地を守るのに、事前に魔装騎士用の塹壕を掘り、そこに機体を突撃砲だけを突き出す形で伏せて配置していた。これならば、丘の上から最小限度の面積しか敵に晒さず、敵からの攻撃は受けにくく、敵への攻撃は普通に行える。こういうものを戦車などの戦闘車両で行う場合はダグインと呼ぶ。


「第2班、牽制射撃。当たらんでもいいから丘の上に砲弾の雨を注がせろ。第1班は斬り込み用意。俺に続け」

『了解ッス、兄貴!』


 ダグインされた戦闘車両は、陸戦において非常に面倒な相手だ。相手からは自分たちの全身を狙えるのに、自分たちからは僅かにはみ出した砲塔ぐらいしか狙えないのだから。


 魔装騎士の魔道式演算機が現代のMBT(主力戦車)並のFCS(射撃管制装置)を備えていれば、遠距離から僅かに除く魔装騎士の機体に砲弾を浴びせかけられるだろうが、今の魔道式演算機の性能はそこまでよくはない。まして第1世代型の魔装騎士であるラタトスク型の性能はお粗末だ。


 よってクラウスの瞬時に選んだ戦い方は、部隊をふたつに分け、ひとつの部隊には相手の砲撃を妨害させるための牽制射撃を行わせる。そして、もう一方の部隊は近接戦闘でケリを付ける。


『第2班、牽制射撃を開始します!』


 第2班に割り当てられた魔装騎士たちが、口径75ミリ突撃砲から口径20ミリの機関砲までのあらゆる武器を使って、ダグインしているローゼたちの魔装騎士に向けて砲弾を降り注がせる。


 模擬弾は次々にローゼの用意した陣地の周辺に降り注ぎ、黒煙と土煙が舞い上がり、ローゼたちの視界が僅かにだが遮られる。直撃弾はほとんどないが、この牽制射撃でローゼの狙撃が一時的にだが停止した。


「今だ」


 その一瞬の隙を突いて、クラウスたちが動く。


 クラウスたちは一気に陣地に向けて駆け、ローゼの守備する丘を人工筋肉の性能を極限まで発揮し、人工筋肉に悲鳴を上げさせながら跳躍して一気に数十メートルは距離を詰めた。


「速い。流石はクラウスってところね」


 ローゼは牽制射撃で思うように砲撃が行えない中で、必死に近接してきたクラウスたちの機体を狙おうとする。降り注ぐ砲弾の圧力に晒され、加えて視界不良の中で一機、一機と冷静に撃破するが、クラウスたちは数に任せて押し切った。


 そして、クラウスは戦闘で近接戦闘用の対装甲刀剣を構えると、ローゼがダグインしている魔装騎士用の塹壕に向けて突き進む。彼の狙いはBチームの他の兵士たちではなく、ローゼだ。


「やらせてもらうぞ、ローゼ」

「やらせないから、クラウス」


 クラウスは近接しながら口径75ミリ突撃砲から模擬弾を放ってローゼを牽制し、加えて口径20ミリ機関砲をばら撒いて他の兵士たちを押さえる。


 対するローゼはクラウスに向けて突撃砲を構えるも、クラウスの動きはあまりに素早く、更には背後でヘルマが的確に援護射撃を行っていることで、狙いが定められず、ローゼの砲撃は命中しない。


 そして、クラウスは再び高く跳躍すると──。


「撃破、だ」


 クラウスはローゼの機体の人工感覚器を対装甲刀剣で叩き切り、更には生対装甲で十分に守られていない関節部に向けて素早く刀剣を突き立てる。


「クウッ……」


 ローゼは衝撃に操縦席でよろめきながらも、近接したクラウスに報いようと突撃砲の砲口を向けようとするが、関節は既にロックされていた。撃破判定だ。


『リーダー!? リーダーがやられた!』

『落ち着け! まだやれる!』


 残された兵士たちが必死に応戦するも、ここまで近接されてはダグインしていても意味はない。ダグインしていた魔装騎士たちは立ち上がって近接戦闘に応じようとするが、それでは牽制砲撃を行っているクラウスの部下に砲撃される。


「敵は全滅だ」


 ローゼがクラウスを認識してから20分で決着は付いた。


 ローゼという優秀な指揮官を失ったBチームは脆く、救援に駆けつけようとしていたベルタ・ワンも、丘の上から猛烈な砲撃を浴びて、陣地奪還は不可能と考えて撤退してしまった。


『総員、演習終了』


 Bチームの陣地は指定された時間、クラウスたちによって占領され、勝敗は決した。クラウスたちの勝利である。


「諸君。私は今までこの手の演習を新兵たちに幾度となく行ってきたが、ここまで洗練された戦いぶりを見たのは初めてのことだ」


 教官の大尉は興奮した様子でそう告げた。


「もっとも、不運にも“事故”によって死者が出てしまったのは残念なことだ」


 ハイケ・ホフマンの死は、模擬弾に実弾が紛れていた訓練中の不幸な事故として処理された。誰もことを深く探ろうとはしない。どうせ、ハイケは落ち零れのならず者だったし、教官としてはいなくなっても損害ではないのだ。


 まさか、クラウスの命令でヘルマが弾薬庫の鍵をピッキングし、仲間と共にクラウスの機体に盗み出した実弾を装填した、など誰も想像もしていない。ハイケと違って、クラウスは将来を嘱望された優秀な士官候補生なのだから。


「ともあれ、Aチームを勝利に導いたクラウス・キンスキー士官候補生の活躍は素晴らしいものだった。君には地形を読み解き、見事に相手の裏をかいた。我々でも思いつかなかったような作戦だ」

「ありがとうございます、大尉殿」


 魔装騎士が運用されるのは、騎兵と同じで平原だと考えられていた。なので、敢て森林地帯を突破するというクラウスの策は、教官である大尉にも思いつかなかった作戦であった。


「惜しくも敗れたBチームだが、各自の奮闘は評価に値する。特に実弾の事故にも落ち着いて対処し、劣勢においても冷静に指揮を執り、戦闘を継続したレンネンカンプ士官候補生の働きは、キンスキー士官候補生の活躍にも劣らぬものだ」

「負けてしまったのは残念ですが、そういっていただけるとありがたいです」


 ローゼも地形を上手く利用し、かなりの数のクラウスのAチームの兵士を仕留めている。機動防御は失敗したが、防戦において彼女は劣勢でありながら、最大限の功績を上げた。


「合格発表は後日行われる。この演習の結果ならば、今年の魔装騎士科はかなり期待できそうで、私も嬉しく思うぞ」


 大尉は最後にそう告げて演習を終わらせた。


「実弾を使うなんて、ちょっと卑怯じゃない?」


 大尉が解散を命じると、ローゼがジト目でクラウスを見てそう告げる。


「なあに。あれは事故だよ、事故。それにこれからは実弾が飛び交う戦場で戦うんだ。一発ぐらいの実弾でダメになるような兵士は必要ない」

「それもそうね。戦場では容赦なく実弾が飛んでくるんですもの」


 クラウスはカラカラと上機嫌に笑ってそう告げ、ローゼは肩を竦めた。


「兄貴ー! 勝ちましたね! 完全勝利ッスよ!」


 と、クラウスとローゼがそんな会話を交わしていたとき、ヘルマがクラウスにドンと体当たりするように抱きついてきた。


「完全勝利とは言い難い。こっちもかなりの数をやられた。戦闘でやられた分はまだいいが、行軍でダメになった連中は再教育が必要だな」


 Aチームは勝利したが、Bチームによってかなりの数の魔装騎士が撃破されているし、森林地帯を突破した際には稚拙な操縦技術で脱落者を出していた。これがまだ成長途中の士官候補生たちではなく、列強の植民地軍を相手にする実戦ならば、クラウスの方が負けていたかもしれない。


「安心していい。これから2年は徹底的に魔装騎士の訓練を受けることになる。もっとも、魔装騎士科に合格していれば、だけれど」

「それについては心配する必要はないな」


 ローゼが淡々と告げるのに、クラウスはニイッと笑った。勝利を、合格を確信している笑みだ。


「これはまだスタート地点だ。これからが本番だぞ。ローゼ、ヘルマ。やり抜けよ。俺たちの野望のためにな」


 クラウスの野望。


 それはこの帝国主義の時代において、彼のための植民地帝国を築くということ。それによって歴史に名を残すような大金持ちになるということ。


 クラウスが何を考えているかは、今のところローゼしか知らないが、男の野望は着々と前進しつつあった。


……………………

本日20時頃に次話投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ