アンファの戦い(4)
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ジャザーイル事件において発生したヴェアヴォルフ戦闘団対バルチック艦隊特別分遣艦隊の戦い。それはヴェアヴォルフ戦闘団の完全勝利に終わった。
ヴェアヴォルフ戦闘団は戦艦クニャージ・スヴォーロフを拿捕し、バルチック艦隊特別分遣艦隊の指揮官であるニコライ・ネポガトフ中将と参謀たちを揃って捕虜にした。
共和国政府はこの戦いでの自分たちの勝利に衝撃を受けた。
大統領と閣僚たちは最初にニュースを聞いた時には、一体何が起きたのか分からなかった。ジャザーイルで何かが起きたようだというニュースで帝国が威圧のためについに艦砲射撃を始めたのかと思ったら、帝国海軍の艦隊が壊滅したというニュースがすぐさま入ってきたのだ。
「一体、何がどうなっている……」
閣僚の集まった会議で大統領は呆然とした表情で煙草を咥えていた。
「起こったことはシンプルです。我が国の植民地軍がバルチック艦隊特別分遣艦隊を攻撃し、これを撃破した。そして、艦隊司令官たちを捕虜にしたということです」
陸軍大臣はどこか上機嫌にそう告げる。
「植民地軍が? 本当に植民地軍が艦隊を撃破したというのか? 戦艦と装甲巡洋艦を魔装騎士で? これは事実なのか海軍大臣?」
大統領はもはや意味が分からず、海軍大臣に尋ねる。
「神に誓って述べますが、我々は一切海軍を動かしていません。駆逐艦の1隻たりもです。何せ、王国海軍が我々の動きを見張っていますから、碌に動けないのですよ」
海軍大臣はそう告げて首を横に振った。
「潜水艦ならば撃沈できるのではないか?」
「潜水艦も動かしていません、それにジャザーイルまで航行可能な大型の潜水艦で、水深の浅いアンファに乗り込んで戦艦4隻と装甲巡洋艦2隻を撃沈するのは、ハッキリいって曲芸の類です」
大統領が縋るように尋ねるのに、海軍大臣はそう返した。
「魔装騎士で戦艦を沈めるのも十二分に曲芸だと思うがね。あのニュース映像を見たが、あれは凄まじい戦闘の形跡だった。巨大な戦艦がふたつに割れ、もうもうと黒煙を漏らしながら港に沈んでいる様は」
「ああ。あれほど凄まじい光景は見たことがない。素晴らしいものだった」
大蔵大臣はそう告げ、陸軍大臣がクスクスと笑ってそう返す。
「何を笑えるというのは、君たちは! 帝国の戦艦が沈んだんだぞ! 連中が世界大戦を仕掛けてきたらどうするのだ!」
大統領は理解できないという表情でそう叫ぶ。
「世界大戦にはなりませんよ、閣下。これは連中の自業自得です。我々は世界大戦に繋がる海軍を動かしてはいない。動いたのは植民地軍だ。彼らは自分たちの植民地を守るために正当な行動を取っただけ。ミスライムで王国海軍の駆逐艦を植民地軍が手酷くやっつけても世界大戦は起きなかったでしょう?」
「駆逐艦と戦艦では話が違う! 戦艦だぞ! 国の威信だぞ! 我々はそれを沈めてしまったんだぞ!?」
大蔵大臣が淡々と告げるのに、大統領が半ばパニックを起こしてそう告げる。
「植民地大臣! 君の責任ではないか! 君が植民地軍にしっかりと首輪を付けていなかったからこういうことになったのではないか!?」
そう告げて大統領は今回の会議に列席している植民地大臣を睨む。
植民地大臣は植民地省のトップだ。植民地省は植民地に関する業務を運営し、その植民地省の支援と指示を受けて、それぞれの植民地政府が機能している。南方植民地総督のヴィクトール・フォン・レットウ=フォルベック侯爵などは、植民地大臣よりも低い立場にある。
「植民地軍の行動に問題はなかったように思われますが。そもそも非難されるべきは軍艦を持ち出して、我々から不当に植民地を奪おうとした帝国です。我々はまず帝国を非難するべきです」
植民地大臣はそう述べて、肩を竦める。
「大統領閣下。我々が非難するべきは勇猛果敢に帝国海軍の戦艦に挑んだ植民地軍の兵士ではなく、卑劣な帝国です。その点で政府の意見が一致していなければ、帝国に付け入られます」
「そ、それはそうだが……」
植民地大臣の説得に、大統領が言葉を詰まらせる。
「まあ、世界大戦さえ起きなければ、それでいいでしょう。いつもおなじみの植民地戦争。領土を奪って、奪われ、兵士たちが死ぬ。それで全てはお終い。世は事もなし」
海軍大臣はそう告げて、煙草に火を付けた。
「ちなみに、その魔装騎士部隊の指揮官は?」
陸軍大臣は植民地大臣にそう尋ねた。
「クラウス・キンスキー中佐。あの有名な人物ですよ」
「彼か。実によくやってくれたじゃないか」
クラウスのことは共和国の政治中枢でも知られている。
アナトリア戦争での奇跡の逆転をもたらし、ミスライム危機では王国に対してクシュでの報復を成し遂げた、極めて優秀な植民地軍士官のことは、ここにいる誰もが知っている。
「アナトリアとミスライムの英雄に乾杯。これでようやく帝国との交渉を始められる。極めて平等な立場で」
陸軍大臣はそう告げて、大きく頷いた。
「これで共和国の面子は保たれますな。帝国に戦艦で脅されたから、交渉を始めたのではなく、彼らを撃破した上で交渉に臨む。王国も我々に手を出すのには用心することでしょう」
大蔵大臣もそう述べて、大統領を見る。
「本当にこれでよかったのか? 帝国の戦艦を撃沈して……」
「戦艦を撃沈し、海軍の艦隊司令官級の将校を捕虜にしています。交渉にはこれも使えるでしょう。将官クラスの海軍士官は、貴族の中の貴族だ。彼らも捕虜の解放には必死になることでしょうから」
大統領がまだ自分たちのやったことが正しかったのか理解できずに呻いているのに、植民地大臣がそう告げた。
「できれば、メディアの共同開発権を貰いたいところだな」
「いや。アナトリア分割協定の破棄という手を封じるだけで十分だ」
陸軍大臣がさっそく捕虜の解放と引き換えに何を共和国が得るのか考え始めるのに、大蔵大臣がそう告げた。
「が、外務大臣。帝国からは何か言ってきていないか?」
大統領は話に付いて行けず、同じように呆然としている外務大臣を見る。
「帝国からは何も……。ですが、必ず帝国からのメッセージは来るはずです。彼らが怒り狂って世界大戦の道を選択するにするによ、敗北の衝撃に打ちのめされてジャザーイルを諦めるにせよ」
そこで外務大臣はようやく自分の職務を思い出したというように大統領にそう告げる。
「では、我々の側からメッセージをだそう。両者の間に不幸な衝突があったことに遺憾の意を表明し、これが偶発的な戦闘であるという声明を発表しよう。そうしなければ、緊張が高まり、世界大戦となってしまう」
大統領はそう告げて立ち上がる。
「閣下。これは我々の勝利として扱うべきです。偶発的な戦闘などで片付けてしまっては、この勝利を交渉の材料にできません。偶発的であれば、捕虜も無条件で解放せよと帝国は要求するでしょう」
「だが、世界大戦の危機は冒せない! 世界大戦が起きたらどうするのだ! 我々は帝国と王国を敵に回して勝てるのかっ!?」
植民地大臣が告げるのに、大統領が叫ぶ。
「せめて捕虜の解放は恩を売るという形で行いましょう。幸い植民地軍は彼らを人道的に取り扱っている。解放しても悪い噂が立つことはないでしょうから」
大蔵大臣は大統領に向けて自分の意見を述べる。
「……帝国との友好関係のための捕虜の解放だ。植民地の割譲や、その他の要求は行わない。我々は純粋な厚意から捕虜たちを帝国に送り届ける。これ以上、話し合うことはない。外務大臣、帝国に向けて捕虜に関するメッセージを」
「畏まりました、閣下」
大統領が告げるのに外務大臣が頷いた。
「会議は以上だ。共和国は決して世界大戦を望まない。帝国と致命的に敵対することも同じように望まない。我々の外交は慎重に行わなければならない地点に来ている。軽率な行動は慎むように植民地軍にも徹底しておきたまえ」
「植民地軍は彼らの責務を果たすだけですよ、閣下」
大統領の言葉と、植民地大臣の言葉で会議は終わった。
「弱腰極まりないな」
会議が終わり大統領が退席すると、陸軍大臣が不満そうにそう告げた。
「大統領は今の共和国を代表している。今がいいならばそれでいい。向上心というものがない。事なかれ主義者だ。彼にはこの勝利がどれほど素晴らしいものかを理解する能力がない」
陸軍大臣の言葉に大蔵大臣が静かに頷く。
共和国は鈍化した。革命戦争を戦った強い共和国は過去のものとなり、今の政府は国民の人気取りと世界大戦を恐れる外交に終始し、かつてのように冒険的な外交を、強い共和国を押し出した外交をすることはなくなった。
国民の多くは、このポピュリズム政治に満足していたが、次第に自分たちの国が他の列強から舐められているのではないかと思い始めている。
今の大統領は次の選挙ですげ変わるだろう。もう、国民は帝国や王国の顔色を窺って本国政府が外交を行うのに不満を覚えているのだから。
「再び強い共和国が必要になる。世界大戦が近いならなおさらのこと。今のような政権が続けば、共和国は帝国と王国に蹂躙されてしまう」
陸軍大臣はそう告げると席を立った。
「だが、誰が大統領に適切だろうか。ロイター提督は大統領にはなれない。他の政治家たちも大統領と同じようなものだ」
「新しい風を入れる必要があるな」
大蔵大臣も席を立って告げるのに、陸軍大臣が顎に手を置いてそう告げる。
「共和国の市民に支持され、かつかつてのように強い共和国を実現する意志を持った人間が必要になる。我々にはそのような人材が必要だ。その人材こそが、共和国を救う」
「悲しいことに今の共和国にはそんな人材はいない」
陸軍大臣が考えこんで告げるのに、大蔵大臣は首を竦めた。
「いや。いるかもしれませんよ」
と、そこで声を上げたのは植民地大臣だ。
「いる? どこに?」
「共和国本国にはいません。いるのは植民地です。民衆が熱狂し、軍事的な指導力に優れ、数多くの戦功を挙げた人物がいます」
陸軍大臣の問いに植民地大臣がそう答える。
「フン。とうとう植民地の人間に頼ることになったか。偉大なる共和国も落ちぶれたものだ」
陸軍大臣はそう告げると会議室を出ていった。
「その人物というのはまさか?」
「そのまさかです。彼がどこまで考えているかは分かりませんが、彼には共和国を救うことができる能力がある。期待せずにはいられないでしょう?」
大蔵大臣の問いに植民地大臣もそう答えて、会議室を出た。
共和国側は大統領がジャザーイルはアンファでの戦闘は偶発的に起きたものであり、共和国には帝国と本格的に事を構えるつもりはないことを強調する声明を発表した。捕虜の解放についても、速やかに実行し、両国の友好関係が保たれることを願うと大統領は告げた。
だが、艦隊を撃破された帝国はそんな言葉で収まる状況にはなかった。
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