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アンファの戦い(3)

……………………


「警報! け、警報! 砲撃です!!」


 席に座ったニコライに見張りの水兵が叫ぶ。


「砲撃だと。やはり共和国植民地軍が動いたか。被害を報告しろ」


 ニコライは突然の砲撃に慌てることなく、冷静に指示をだす


「はっ!インペラトール・アレクサンドル3世が艦橋に被弾して連絡が取れません! ボロジノとオリョールも同様です! パルラーダとアヴローラについても同様の被害です!」

「艦橋を潰しに来た、だと。まさかスリットを狙って攻撃したというのか。どういう腕を持っているというのだっ!?」


 見張りの水兵が被害報告を行うのに、ニコライは苦虫を噛み潰したような険しい表情を浮かべる。


 戦艦の戦闘指揮は艦橋で行われる。だが、艦橋では外の様子を見渡すために細いスリットが入っているために、他に比べると装甲がやや薄い。更に、指揮中枢の集まったそこを狙われれば、戦艦の指揮系統は混乱に陥る。他の部署が指揮を引き継ぐだろうが、この奇襲でそれがどこまでスムーズに進むか。


「うわっ!」


 5隻の被害報告から間髪容れず、旗艦クニャージ・スヴォーロフの艦橋で悲鳴があがった。


「本艦にも敵の砲撃が来ました! 砲撃です!」


 だが、それは攻撃でない。煙幕弾による砲撃だった。


「気を付けろ! 視界を潰しに来たぞ! 近接するつもりだ!」


 ニコライはそう叫び、艦橋では煙幕の視界の中から何とか敵の姿を見つけ出そうとする試みが始まった。


「敵です! 敵の魔装騎士、18体がこちらに接近中!」


 ニコライの命令から数秒後には敵の姿が見えた。


 見たことのない魔装騎士──ニーズヘッグ型魔装騎士18体が、艦隊旗艦であるクニャージ・スヴォーロフに向けて突き進んできていた。もうかなり近くの距離にまで迫っている。


「クソ。水兵たちめ。気を抜いていたな。この距離に迫られるまで気づかなかったとは。恥ずべきことだ」


 魔装騎士はどうやったのかクニャージ・スヴォーロフの停泊している港湾施設内に突入しており、かなりの速度でクニャージ・スヴォーロフに迫っている。見張りは一体何をしていたのかと問い詰めたくなる状況だ。


「ネポガトフ中将閣下! どうなさいますか!?」

「敵の魔装騎士を排除しろ! 市街地に被害が出ても構わん! 全砲門撃ち方始め! それから、他の艦にも直ちに攻撃命令を出せ! 全力で敵を排除しろ! 急げっ!」


 参謀が叫ぶのに、ニコライが命じた。


「了解! 全砲門撃ち方用意!」


 ニコライの命令を受けてクニャージ・スヴォーロフの口径30.5センチ連装砲を始めとるする砲門が、迫りくる魔装騎士に向けられた。


 だが、港に停泊しているクニャージ・スヴォーロフが向けられる方は正面の2基の連装砲だけだ。側面の砲と後部の方は、正面から迫っている魔装騎士には向けることができない。それも煙幕弾で視界は遮られている。


「撃ち方始めっ!」


 それでも構うまいとクニャージ・スヴォーロフの艦長は砲撃命令を下した。


 轟音。


 激しい砲声が響き渡り、クニャージ・スヴォーロフの4門の砲が一斉に火を噴き、大口径の砲弾が前方から迫りくる魔装騎士に向けて放たれた。


「ダメです! 敵の動きが速すぎて当たっていません!」


 だが、外れだ。砲弾はアンファの港湾施設である倉庫を吹き飛ばし、そこにあった大西洋貿易で蓄えられた物資を吹き飛ばすと、爆炎を吹き上げて、周囲に衝撃波を撒き散らしただけに終わった。


 依然として18体の魔装騎士はクニャージ・スヴォーロフに迫っている。


「撃ち方続けろ!」


 艦長は叫び、クニャージ・スヴォーロフは再び砲弾を叩き込む。


 次に吹き飛ばされたのは積み荷を動かすための重機で、大口径の榴弾を浴びたそれが、秘封機関アルカナ・リアクターを暴走させて爆発し、埠頭にクレーターを穿った。


「敵魔装騎士、なおも接近中!」


 それでも魔装騎士は止まらない。依然としてクニャージ・スヴォーロフに迫っている。


「艦長。埠頭で戦うのは我々にとって不利だ。直ちに錨を上げて出港させろ。せめて敵に側面を向けることができれば話は変わる」

「ですが、もう間に合いませんよ!?」


 ニコライはようやく埠頭で魔装騎士と戦うことの不利を理解したが、あまりにも遅すぎる。もう魔装騎士は目と鼻の先に迫っているのだ。


「主砲で牽制射撃を加えればいいし、その間に他の艦が──」


 ニコライがそう告げようとしたのが激しい爆発音で遮られた。


 砲撃による音ではない。もっと巨大で、不吉な音だ。


「ア、アヴローラが沈みます! アヴローラ、撃沈!」

「なっ……!?」


 見張りの水兵が煙幕の合間から外の状態を見て告げるのに、ニコライたちが唖然として、装甲巡洋艦アヴローラが撃沈される様子を見た。


 アヴローラは艦体前方が真っ二つに割れ、そこから大量に浸水を起こしながら沈みつつあった。水兵たちは沈みゆくアブローラから逃れるために飛び降り始めているが、何人もの水兵がアヴローラが沈むのに巻き込まれていった。


 だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。


 更なる爆発音が響き、ニコライたちはそちらの方向に素早く視線を向ける。


 そこでは戦艦ボロジノとオリョールがアヴローラと同じように艦体の前方が裂け、アンファの埠頭にゆっくりと横転しながら沈みつつあった。


 そして、そこにはクニャージ・スヴォーロフに迫っているのとは別の魔装騎士部隊が18体、勝利を誇るようにして砲を構えていた。


「馬鹿な。我々は戦艦だぞ。どうやって沈めた」


 ニコライはあまりに突拍子もないことに、思考力を失ってしまった。


「艦長! 錨は上げました! 機関も動作中! 出港しますか!?」

「直ちに出港しろ! このままじゃ、我々も沈められるぞ!」


 水兵が叫んで告げるのに、恐慌状態に陥っている艦長が叫び返した。


 艦長の命令と共にクニャージ・スヴォーロフは動き始め、ゆっくりとした速度ながら確実に、この戦艦の墓場となりつつあるアンファの港から脱出しようとし始めた。


 だが、死神はそう簡単にはクニャージ・スヴォーロフを逃がさなかった。


 同じように友軍が撃沈されて恐慌状態に陥ったインペラトール・アレクサンドル3世がクニャージ・スヴォーロフの進路に割り込んだのだ。狭い埠頭で2隻の巨大な戦艦が同時に出港しようとしたことで、港は大混乱に陥った。


 インペラトール・アレクサンドル3世は艦橋にいた艦長たちを失っており、指揮系統が乱れている。エーテル通信でいくら先にクニャージ・スヴォーロフを出港させろと命令しても、言うことを聞かず、遂に2隻の戦艦は衝突した。


 甲高い金属音が鳴り響き、クニャージ・スヴォーロフの艦首がインペラトール・アレクサンドル3世の側面に食い込む。2隻の戦艦に激しい衝突の衝撃が走り、艦橋にいたニコライたちも思わず床に倒れ込む。


 これが名高き王国海軍だったならば、このような無様なさまは晒さなかっただろう。だが、帝国海軍は所詮は陸軍国の海軍だ。予算は陸軍に取られ、訓練も満足に行われず、兵士たちの士気もそこまで高くなければ、将校の質も良くはない。


 だから、友軍同士で衝突するというような状況が起きたのだ。


「どうやって……どうやって沈めたというのだ……」


 だが、ニコライはそんなことよりも、何故分厚い装甲に守られているはずの戦艦が、装甲巡洋艦が、彼の艦隊が撃沈されたのかが理解できずに呻いていた。


「て、敵の魔装騎士が来ます! もう目と鼻の先です!」


 クニャージ・スヴォーロフとインペラトール・アレクサンドル3世が衝突を起こしていた間にも、魔装騎士はクニャージ・スヴォーロフに迫っており、見張りの水兵がもはや完全なパニック状態で叫ぶ。


「撃て! 全砲門撃ち方始め! 兎に角撃て!」


 艦長が叫び、僅かに魔装騎士に向けて側面を向けたクニャージ・スヴォーロフが、近接を試みる魔装騎士に向けて砲弾を浴びせかける。


 主砲である30.5センチ連装砲に加えて、15.2センチ単装砲も激しい砲声を響かせて魔装騎士目がけて砲弾を撃ち込み続ける。


 主砲の砲弾は埠頭を破壊し、クレーターを穿つだけで終わってるが、副砲であり、砲撃間隔が短い15.2センチ単装砲の砲撃は、魔装騎士の機体を揺さぶるまでの距離で着弾している。もう少しで命中できるかもしれない。


 だが、残念なことに魔装騎士はあまりに接近していた。


 18体の魔装騎士は埠頭を擦り抜けてそのままクニャージ・スヴォーロフと衝突し、身動きが取れないインペラトール・アレクサンドル3世に向かっていった。砲撃を行っているクニャージ・スヴォーロフを無視する形であり、クニャージ・スヴォーロフには何もできずに敵の魔装騎士が自分たちを擦り抜けていくのを見るだけだ。


 そして、インペラトール・アレクサンドル3世に向かった魔装騎士のうち4体が大きく飛躍した。


 そう、飛躍したのだ。人工筋肉を限界まで酷使し、魔装騎士は戦艦の甲板から数メートル上空まで飛び上った。


 そしてそのまま、眼下で身動きが取れずにいるインペラトール・アレクサンドル3世に向けて一斉に砲弾を浴びせかけた。


 ガン、ガン、ガンと装甲が破られる音が響く。


 そう、装甲が、戦艦の装甲が破れる音が響いているのだ。


「そうか! 連中は上面装甲を狙ったのか! 上面装甲は──」


 ニコライが何かに気づいたのも他所に、砲弾が着弾して数秒後にインペラトール・アレクサンドル3世の前部砲塔が吹き飛んだ。遅発式の徹甲榴弾が弾薬庫内で炸裂し、インペラトール・アレクサンドル3世は艦体前部に大きな亀裂を生じさせ、そこから対象に浸水していく。


「上面装甲は薄い。我々は側面の装甲はどこまでも頑丈にしたが、敵の主砲弾が命中しないと考えられている上部の装甲はお飾り程度だ。連中はそこを狙ったのか……!」


 ニコライの述べるように、この時代の戦艦の上面装甲は薄く、十分な防御力を持たないものである。


 何故ならば、まだ戦艦同士の撃ち合いで被弾するのは艦体側面に限られているからだ。そう、まだこの世界では遠距離において大俯角で砲撃を加えることはなく、上面装甲にはほとんど敵の弾が当たらないのだから。


 クラウスたちはそこを狙った。


 魔装騎士の人工筋肉に無理をさせて数十トンある機体を宙に飛ばし、上部から砲撃を浴びせかける。見事に装甲を貫通したら、戦艦の弾薬庫が爆発するのに巻き込まれないように、遅延式信管をセットした徹甲榴弾をそのままに、戦艦に一度着地し、隣の埠頭に飛び去る。


 この方法でバルチック艦隊特別分遣艦隊は壊滅的打撃を被った。装甲巡洋艦2隻は既に港に横転して沈んでおり、ボロジノとオリョールも同じように水兵諸共沈みつつある。


 残るはこの艦隊旗艦であるクニャージ・スヴォーロフだけだ。だが、そのクニャージ・スヴォーロフも、前方で衝突したインペラトール・アレクサンドル3世の沈没によって港に閉じ込められ、身動きできなくなっている。


 無敵と思われたバルチック艦隊特別分遣艦隊の戦艦と装甲巡洋艦は僅かに1個大隊の魔装騎士と1個中隊の装甲猟兵によって無力化されてしまった。


「ネポガトフ中将閣下! ま、ま、魔装騎士が!」


 参謀が艦橋から前部砲塔のある方向を指さす。


「クソ……」


 そこには魔装騎士が、黒い狼のエンブレムが肩に刻まれた魔装騎士が、2番砲塔に乗っており、長砲身の突撃砲を砲塔の下部へ向けていた。もし突撃砲が砲撃を行ったら、上面装甲は貫通され、弾薬庫が吹き飛ぶ。


『こちらは共和国植民地軍ヴェアヴォルフ戦闘団。我々はこれより、そちらに対して降伏勧告を行う』


 砲塔に乗った魔装騎士は、艦橋にいるニコライたちに告げる。


『直ちに全ての武器を捨てて、艦を降りろ。さもなければ、この艦も撃沈する。繰り返す。直ちに全ての武器を捨てて、艦を降りろ。さもなければ、この艦も撃沈する。以上だ。回答までは10分やる』


 砲塔の魔装騎士──クラウスの搭乗する魔装騎士はそう告げると、狙いをこのクニャージ・スヴォーロフの脆弱な部位である上部装甲に向ける。あの場所で砲弾が放たれれば、その下にある弾薬庫まで砲弾は到達し、クニャージ・スヴォーロフも吹き飛ぶことになるだろう。


「どうなさいますか、閣下」

「降伏などありえん。名誉ある帝国海軍が魔装騎士を相手に降伏するなど」


 参謀が尋ねるのに、ニコライは前方の魔装騎士を睨み付ける。


 見たことがないモデル。新型なのだろう。そして、そんな新型魔装騎士を装備しているのは、本国軍だ。


 あの魔装騎士乗りは植民地軍だと名乗ったが、実際は本国軍から派遣された魔装騎士部隊なのだろう。奴らは交渉を引き延ばし、海軍を動かさず、自分たちを完全に油断させておいて、魔装騎士で不意を打ったのだ。


「忌々しい。今日は帝国海軍にとって屈辱の日だ」


 そして、ニコライにとって最悪の日だ。彼は魔装騎士を相手にしただけで、戦艦3隻と装甲巡洋艦2隻を失った類を見ない愚将として知られることだろう。帝国に生きて帰れば軍法会議だ。


「か、閣下! 水兵たちが!」

「水兵がどうしたというのだ!」


 参謀が慌てた様子で告げるのを、ニコライは苛立ちながらそう返した。


「水兵たちが脱走しています!」


 参謀が指さす先では、水兵たちが次々に持ち場を離れ、沈む船から逃れる鼠のようにして、埠頭に飛びつき、そのまま共和国植民地軍の魔装騎士に降伏し始めていた。


「なっ……! 将校どもは何をやっている! 脱走を止めろ! 総員戦闘配置を維持だ!」

「ダメです! エーテル通信に応答がありません! 将校たちは既に……」


 ニコライが叫ぶのにクニャージ・スヴォーロフの艦長が告げた。


 エーテル通信で艦内の各部位と連絡を取ろうとしているが、応答が返ってこない。それは艦内で異常が発生したことを意味する。


 この場合、予想されるのは水兵たちの反乱。


 事実、水兵たちはこのクニャージ・スヴォーロフにおいて反乱を起こしていた。彼らは上官である将校たちを殴り倒し、自分たちだけで勝手に共和国植民地軍に降伏する道を選んでいた。


『降伏したものの衣食住は保証する。我々は国際法に基づいて人道的に貴官らを取り扱う。諸君が賢明であるならば、直ちに降伏するように。我々は諸君らを虐げはしない』


 クラウスはそう呼びかけ続け、その呼びかけに呼応するように水兵たちがクニャージ・スヴォーロフから逃げ出す。あるものたちは陸戦隊用の武器を海に投げ捨て、自分たちが非武装であることを示して投降した。


「どういうことだ! 水兵たちを呼び戻せ! このままではこの艦の戦闘力は失われるぞ!」


 いくら分厚い装甲を有していようと、いくら巨大な砲を有していようと、それを使う人間がいなくなってしまえば何の意味もないただの鋼鉄のオブジェだ。


「ダメです、ネポガトフ中将閣下。もうどうしようもありません」


 艦長はニコライの言葉に首を横に振る。


 水兵たちが一斉に脱走を始めたのには、いくつかの理由がある。


 ひとつは1週間も、この港において戦艦の中に留めおかれたということ。彼らは魅惑的な外国の大地が前方に広がっているにもかかわらず、艦の外に出ることは許されず、退屈な日々を過ごした。


 レクリエーションもなく、食事の質は悪くなっていくばかり。そんな状況で水兵たちの士気はガリガリと削れた。


 ひとつは任務への無理解。戦争ではなく、外交的圧力をかけるためだと言っても、まともな教育が施されていない平民からなる水兵たちには分からない。彼らは敵と戦うわけでもなく、ただ港にいるだけで何の意味があるのだと思い、自分たちの任務の価値を見出せなかった。


 そして、決定的なのが一瞬で味方が全滅したということ。


 クニャージ・スヴォーロフは抵抗したが、他の艦は艦橋を狙撃されたことで碌な抵抗もできずに、一瞬で沈められていった。ただの魔装騎士部隊に戦艦が瞬く間に沈められたのだ。


 水兵たちは恐怖した。次に沈むのはこの艦じゃないのかと。この艦が投降しなければ、敵は自分たち諸共艦を沈めるのだろうと。


 積もり積もった不満。そして、一撃で叩き込まれた恐怖。そのふたつの作用によって、水兵たちは投降を選んだ。邪魔をする将校を殴り倒し、自分たちだけでも助かろうと逃げ出した。


 水兵は何年海軍に勤めても、下士官までにしか上がれない。上に上がれる──いや、最初から上にいるのは貴族たち。


 だから、水兵たちには海軍に執着する理由もなかった。ここで投降して海軍の威信に傷が付いても、自分は構わない。そんなことを気にするのは貴族出身の将校たちだけだと。


「1番砲塔は動かせるか? せめて、この腐った共和国の街に艦砲射撃を叩き込んでやりたい」

「無理です。水兵が全員逃げ出しました。どの部署も水兵がいません」


 ニコライが尋ねるのに、艦長が首をゆっくりと横に振った。


「ネガポトフ中将閣下。ここは降伏しましょう。それしか方法はありません」

「ありえん。投降などありえん」


 参謀が促すのに、ニコライが考える。


 何か手はないか。この状況で一矢報いる手段はないか。


 ない。武装は水兵が早々と投降したことで使用できなくなっている。残っている将校たちだけでは、この巨大なクニャージ・スヴォーロフという兵器を扱うことは不可能だ。


「せめて自沈させよう。共和国のいいようにされてなるものか」

「それではどうせ共和国が沈めるのと同じではないですか! ここで下手な手を取ると先に降伏したものたちへの待遇に影響が及びます!」


 ニコライが取り憑かれたように告げるのに、艦長が叫ぶ。


「自沈だ! これは命令だぞ! 艦隊司令官としての命令だ!」


 ニコライはそう喚きまくり、海図を破り捨てた。


 その様子を見て艦長と参謀が視線を合わせ、頷く。


「ネガポトフ中将閣下は錯乱された。これより彼の指揮権を剥奪する」

「何だと! 私は狂ってなどいない! 狂っているのはお前たちだ!」


 参謀がそう告げるのに、ニコライが叫ぶ。


「閣下を拘束しろ」


 艦長がそう短く命じると、艦橋に残っていた将校たちが抵抗するニコライを縛り上げ、猿轡を噛ませた。


「では、これよりクニャージ・スヴォーロフは共和国植民地軍に投降する。我らが皇帝陛下に長寿と繁栄があらんことを」


 指揮権を剥奪されたニコライから指揮を引き継いだ参謀はそう告げ、クニャージ・スヴォーロフに残っていた帝国海軍の将兵たちは全員がクラウスのヴェアヴォルフ戦闘団に対して投降した。


 ジャザーイル事件におけるアンファの戦い。


 帝国海軍は戦艦3隻が撃沈、1隻が拿捕され、装甲巡洋艦2隻が撃沈されるという今世紀に入って最大の損害を出した。


 対するヴェアヴォルフ戦闘団の損害は皆無。攻撃を実施した魔装騎士の人工筋肉を入れ替える必要が生じたものの、損害と言える損害はそれぐらいしか挙げられなかった。


 この戦いの衝撃はあらゆる場所に波及することになる。


……………………

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