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アンファの戦い

……………………


 ──アンファの戦い



 ジャザーイル。港湾都市アンファ。


 アンファは戒厳令が発令されたかのような状態になっていた。


 大通りは共和国植民地軍の築いたバリケードによって塞がれ、分隊単位の共和国植民地軍のパトロールがMK1870小銃を手に警備を行っている。


 彼らが目を光らせているのは、このジャザーイルに元々暮らしている鼠人種たちと、アンファの埠頭に堂々と鎮座する帝国海軍の艦隊だ。


 帝国海軍は予告も許可もなくアンファに入港し、埠頭に接舷すると砲に俯角をかけてアンファの市街地に狙いを定めた。更には艦内で陸戦隊を編成し、アンネンコフ式小銃で武装させると油断なく外に目を向けている。


 今のところは艦隊は静かにしているが、いつ動き出してもおかしくはない。あの主砲が火を噴くならば、このアンファの街は瓦礫の山と化してしまうことだろう。そして、このアンファが破壊されれば、ジャザーイルからのエーテリウムの運び出しに大きな支障が生じる。共和国経済は大きな打撃を受けるだろう。


「ナディヤ。どんな具合だ?」


 そんな緊張状態のアンファでクラウスが1軒の民家に入った。民家というよりも廃屋のようであり、まるで手入れされていない。


「艦隊に動きはない。港で停泊したままだ。陸戦隊を降ろしてくる様子もないし、砲撃を始めようとする様子もない」


 民家の中にはナディヤがいた。耳を隠した共和国植民地軍のジャングル地帯で使用する野戦帽姿で、そのスラリとした体もフィールドグレーの共和国植民地軍の制服に包まれている。階級章は中尉だ。


「出ていく様子もないか?」

「ないな。完全に錨を降ろしている」


 部屋にはナディヤの他に偵察分隊の隊員が3名いる。彼らは固定した双眼鏡で港の様子を監視し、港に停泊する帝国海軍の戦艦と装甲巡洋艦の動きをつぶさに監視し、記録していた。


「港の傍までは行ってみたか?」

「ああ。戦艦のすぐ傍までは流石に無理だったが、ある程度の距離までは近づけた。共和国植民地軍のバリケードを抜け、あの巨大な艦体を見上げられるほどの距離までな」


 ナディヤはこのクラウスが監視地点として借り上げた空き家から監視任務を行うのと同時に、港まで接近しての偵察活動を実行していた。彼女は共和国植民地軍の将校としてバリケードを越え、戦艦から近づくなと警告が発される距離まで迫っていた。


「それから、指示のあった戦艦に目視されにくい港湾までのルートの地図も作成しておいたぞ。これだ」

「流石だな。お前を偵察分隊に加えたのは有益だ。助かる」


 ナディヤが数枚の地図を差し出すのに、クラウスが大きく頷いた。


「お前のためになれるならばなんだろうとしよう。好きに使ってくれ、クラウス。私もお前を信頼している」


 ナディヤは確かな信頼の浮かぶ瞳でクラウスを見つめて返した。


「ふうん」


 と、ここでどこか不機嫌そうな声が聞こえた。


 ローゼだ。ローゼが冷ややかな目で、ナディヤを褒めるクラウスを見ていた。


「ローゼ。お前の方は狙撃に適した場所を見つけ出したか? 人口密集地を避け、SRAGの関連施設に流れ弾が命中することがない場所だ」

「難しいわよ、クラウス。ここはジャザーイル最大の港湾都市。人がいない場所を探す方が難しい。あなたの言うような夢のごとき立地を探すのは不可能ね」


 クラウスが尋ねるのに、ローゼはいつもより不愛想にそう返す。


「当てはなしか?」

「狙撃地点として適した場所は見つけた。ただし、そこには人がいる。一度出て行って貰ったら?」


 クラウスの言葉に、ローゼがそう告げてクラウスを見る。


「それしかないようだな。今回の作戦はかなりの博打になる。そんな博打で、お前の支援がなければ作戦を成功させるのは不可能だろうからな」

「そう?」


 クラウスが小さく溜息を吐いて告げるのに、ローゼの表情が僅かにだが明るくなった。


「私の支援がなければ作戦は成功しないのね」

「そうだ。お前は植民地軍でもっとも優れた装甲猟兵であり、俺がもっとも信頼する装甲猟兵だからな」


 ローゼがクラウスの言葉を繰り返すのに、クラウスはナディヤから渡された地図を見ながらそう返す。


「なら、いいわ。全力で支援するから。戦艦が相手でもやってあげる」


 ローゼはどこか気分をよくしたようで、小さく調子はずれな鼻歌を歌うと、この監視地点になっている空き家から出ていった。


「さて、俺も一度戻るか。ナディヤ、お前も一緒に戻れ。これから作戦の最終確認を行うからな」

「理解した。運転は任せてくれ」


 クラウスとナディヤも後を追うように空き家を出て、ジープに乗り込むと、そのままクラウスたちが拠点としている第31植民地連隊の駐屯地に戻っていった。

……………………


……………………


 共和国植民地軍第31植民地連隊駐屯地。


 今はほぼ全ての将兵がアンファに出動しているために、駐屯地は弾薬庫などを守る兵士たちが残るだけの侘しい場所になっている。


 その残っている兵士たちも戦争の危機に怯え、帝国の戦艦がいつになったら自分たちの防衛するこのアンファから去ってくれるのだろうかと、悲観的な噂話をしていた。


 ただ一角。そのような侘しさや悲壮感は全くない場所が駐屯地内にある。


「これより帝国海軍の艦隊を攻撃し、これを撃破する」


 クラウスたちヴェアヴォルフ戦闘団が拠点を置く、魔装騎士の格納庫だ。


「諸君も既に知っているだろうが、帝国政府は共和国に対して、厚顔無恥にもここジャザーイルを無条件で割譲せよと要求してきた。そのための脅しとして、このアンファに艦隊を入港させたのである」


 クラウスの言葉に彼の部下たちが怒りの表情を浮かべる。


「そして、共和国政府はその脅しに屈する可能性が高くなった。本国筋の情報だと共和国は3週間以内には帝国とジャザーイル事件を話し合う会議の場を設置し、帝国と話し合いを始めるつもりのようだ。恐らくは全領土の割譲はないせよ、部分的な割譲か、共同開発権の締結は結ばされるだろう」


 どういうわけだか、クラウスは本国が密かに決定したことを知っていた。


「でも、兄貴。今、北海で大洋艦隊の大艦隊が大演習をしてるッスよ? あれってここの艦隊を叩き潰すための演習じゃないんッスか?」


 と、ここでヘルマが手を挙げてそう尋ねる。


「ちゃんと新聞を読むようになったんだな。偉いぞ、ヘルマ。だが、大洋艦隊の演習はここにいる戦艦を沈めるためのものではない。あれは帝国に共和国には抵抗する意思があることを示すための演習だ。交渉で全面降伏しないための、悪足掻きといったところだ」


 大洋艦隊が大規模な演習を北海で始めたことは新聞に掲載されている。市民たちはヘルマのように大洋艦隊がジャザーイルに居座っている招かれざる客を排除してくれるものだのだろうと期待し、あるものは世界大戦に備え始めているのだと恐怖した。


 だが、実際はクラウスの述べるように交渉のための演習だ。大洋艦隊はアンファの艦隊を沈めないし、世界大戦も戦わない。


「海軍は今回も私たちを支援しない。世界大戦に繋がるから。アナトリア戦争で護衛してくれなかったように。ミスライム危機で補給物資を運んでくれなかったように。植民地軍って孤立無援ね」

「元々が植民地が本国に依存せずに自活して生きていくために作られた組織だからな。今回のような事件を担当する組織じゃない」


 ローゼが淡々と告げるのに、クラウスが肩を竦めてそう返した。


「それで、だ。俺たちは全員がSRAGの株式を持っているな。このジャザーイルには、そのSRAGが所有するエーテリウム鉱山が多数ある。もし、帝国の手にジャザーイルが落ちるならば、お前たちの持っているSRAGの株価は暴落とまでは行かないが、確実に下がる」


 クラウスがそう告げるのに、隊員たちから怒りの声が上がる。


「折角ゲットした大きな会社の株なのに価値が下がるなんてあんまりッス! おのれ帝国! さっさと帰りやがれッス!」


 ヘルマも自分の給与以上に膨れ上がったSRAGの株式で遊びほうける計画を立てており、それが帝国の手によって邪魔されそうなことに怒りの声を上げる。


「よろしい。ならば、俺たちの手で解決するぞ。帝国の連中のケツを蹴り上げてここから追い出し、更にはSRAGの株価を上げるためにちょっとした戦いを行う」

 クラウスたちは隊員たちが全員SRAGの株式に執着しているのを確認すると、ニッと笑ってそう宣言した。


「でも、相手は戦艦よ。ミスライムで戦った駆逐艦とは話にならない規模の敵だけど、どうするつもりなの?」


 ローゼはそこまで熱くならず冷静にそう尋ねる。


「俺たちのやれることは限られている。すなわち、魔装騎士での強襲だ。これよりヴェアヴォルフ戦闘団はアンファに停泊中の帝国海軍を強襲し、戦艦4隻と装甲巡洋艦2隻を“無力化”する」


 クラウスはそう宣言し、彼の作戦がその口から語られ始めた。


……………………

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