視察(4)
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「最初に言おう。諸君の練度は俺が期待するものになっている」
クラウスは演習後の評価会議をその言葉で始めた。
「まずローゼ。地形を活かすという基本を押さえ、予備部隊を適切な位置に配置していることは評価できる。こちらの速度に応じて動けたな。砲撃の腕前もやはり植民地軍で一番の装甲猟兵と言えるものだ」
「負けたけれどね」
クラウスが告げるのに、ローゼが肩を竦めた。
「そうだ。だが、負けた。今回のお前の敗因はなんだと思う?」
「近接格闘戦に移行するまでのタイムロスと近接格闘戦における練度不足というところかしら。あなたの動きを砲撃で可能な限り阻止することに執着して、近接格闘戦に移行するのが遅れた。私たち装甲猟兵は長砲身の突撃砲を装備しているから一刻も早く決断を下さなければならないのに」
クラウスが尋ねるのに、ローゼが腕を組んで考え込みながらそう答える。
「その通りだ。決断の遅れが原因だ。お前は自分の装甲猟兵としての腕前に自信があるだろうが、それは万能な能力ではない。装甲猟兵も近接されれば、対装甲刀剣と対装甲ラムを構えて敵と戦う必要がある」
ローゼの答えに、クラウスが頷いて返す。
装甲猟兵は基本的に魔装騎士を砲撃で排除するのが仕事だ。普通の魔装騎士のやる役割は一般の魔装騎士に任せている。装甲猟兵は一般の魔装騎士部隊の援護を受けながら戦うわけだ。
だが、今回の戦闘ではローゼは護衛のための部隊を陣地転換の時間稼ぎのために投入した。それは実際に成功し、ローゼは転換した陣地からの砲撃でかなりの数のAチームの魔装騎士を仕留めた。
だが、護衛のなくなった装甲猟兵にクラウスは近接格闘戦を挑んだ。ローゼはそれに応じきれず、倒れたわけだった。
「戦場では机上で想定するように、必ず魔装騎士の護衛が付くとは限らん。俺のヴェアヴォルフ戦闘団においてもだ。今後は敵に近接された場合についても想定して訓練を行っておくように」
「了解」
クラウスはそう告げ、ローゼは頷いて返した。
「さて、エカチェリーナ殿下。演習はご堪能いただけたでしょうか?」
「うむ。満足した。だが、ひとつ知りたいの。何で、お前たちは数で拮抗している相手に、それも防御を固めてる相手に勝利できたのじゃ?」
クラウスが尋ねるのに、エカチェリーナがそう返した。
「先ほど説明しましたように、レンネンカンプ大尉の装甲猟兵部隊の近接格闘戦における練度不足が原因ですよ」
「それは勝利した原因のひとつであろう? もっと決定的なものがあるのではないかの?」
クラウスが話を終わらせようとするのに、エカチェリーナが食いつく。
「強いて言うならば陣形でしょうね。我々は魔装騎士に陣形を組ませて戦っています。陣形はそれぞれが連携なく戦うよりも遥かに効率的に戦うことを可能とします。火力の発揮や、進軍速度、視界の確保などに関して」
クラウスは今回の演習では陣形を使って戦った。
その効果は既にオレグが説明しているが、クラウスは場合に応じて陣形を組み換え、効率的に戦った。クラウスはそれが勝利の要因だと告げている。
「お前たちの動きはひとつの生き物のようであったからの。グニャグニャと有機的に動き、速度は落とさない。そんなことができるようになるまで、どれほど訓練を行ったのじゃ?」
「それは軍機とさせていただきます」
エカチェリーナの問いに、クラウスは笑顔でそう返した。
軍機というよりも、彼自身もどれほど訓練したかを完全に把握できなくなっているのだ。アナトリア戦争の際にはサウードを移動中に頻繁に訓練を行ったし、アナトリアでも暇があれば訓練を行っていた。ミスライム危機のときは、大運河を強襲するまでに十二分に訓練を積んだ。
その訓練量は普通の魔装騎士連隊が消費するエーテリウム量の20倍のエーテリウムをクラウスのヴェアヴォルフ戦闘団だけで消費していることからも、苛烈なものだと窺える。
そんな猛訓練に部下たちが付いてくるのは、クラウスの人望と、戦って勝利するならば大きな見返りがあるから、と言える。
「ケチじゃのう。訓練量ぐらい教えてくれてもよいではないか。どうせ妾たち帝国はお前たちほど熱心に訓練はせんのだからのう」
「どうなるか分かりませんからね」
クラウスはエカチェリーナという共和国派の好感を得るために演習を公開して見せたが、エカチェリーナは帝国の人間だ。共和国の敵にもなりえる国の政府上層部にいる人間だ。
ここでうっかりいらないことを披露して、それをエカチェリーナが本国で軍の将官たちに告げたならば、面倒なことになる。
「訓練量もそうですが、訓練の内容や、訓練でも士気を維持する方法にも興味があります。キンスキー中佐はどのような訓練であのような動きが可能な兵士たちを手に入れ、どのような方法で過酷だろう訓練を乗り越えさせたのですか?」
「それも軍機となります」
オレグの質問はクラウスの疑念を強くするものだった。この侍従武官は明らかに帝国でヴェアヴォルフ戦闘団と同じことをしようとしている。
「この男からはもう何も聞き出せぬぞ、オレグ。まあ、あの演習が見れただけで十分じゃ。あれだけの練度があるならば──」
エカチェリーナはクラウスの傍に寄り扇子で口を押える。
「メディアでも勝利できるじゃろうて、な」
エカチェリーナはそう告げるとオレグの下に戻った。
「それを殿下がお望みになっていいのですか?」
「妾は帝国の目を覚まさせたい。いつまでも寝ておる怠惰な牛の尻を蹴り上げて、そこに危機があるのだと教えてやりたい。そのためにはちょっとした荒療治も必要じゃろう?」
クラウスが尋ねるのに、エカチェリーナがそう答えた。
「ですが、それは結果として殿下の派閥の首を絞めることに繋がりますが」
「繋がらぬよ、キンスキー中佐。全ては自業自得じゃからな。こういうことは先に仕掛けた方が悪いと昔から決まっておるのじゃ」
クラウスがそう告げるが、エカチェリーナはまるで気にしていないという風に振る舞っている。
「そうであれば、全力でお相手させていただきましょう。ですが、我々は帝国との関係改善を求めているということをお忘れなく。我々は共通の利害関係を抱えているのですから」
「そうじゃの。共通の利害関係じゃ。世界大戦で全てが破滅してしまうことを防ぐという名のな」
クラウスとエカチェリーナはそう言葉を交わすと、離れた。
「皆のもの。今日は素晴らしいものを見せてくれて満足しておるぞ。これからの訓練に励むとよいじゃろう。また機会があれば、見学に来させてもらうから、また会おうの」
エカチェリーナは整列したヴェアヴォルフ戦闘団の隊員たちにそう告げると、ポタパタと扇子を振って、彼らに別れを告げた。
そして、エカチェリーナとオレグを乗せた車はヴェアヴォルフ戦闘団と第8植民地連隊の将校たちの敬礼を受け、この第8植民地連隊の駐屯地から去っていったのだった。
「これでドタバタはお終い?」
「残念なことにドタバタはこれから始まる」
ローゼがやや疲れた口振りで告げるのに、クラウスがそう返した。
「メディアって言ってたわね。まさか帝国植民地軍に仕掛けるの?」
「逆だ。向こうから仕掛けてくる。その可能性が極めて高い」
クラウスとエカチェリーナの会話を僅かに聞いていたローゼがそう告げると、クラウスは急ぎ足でヴェアヴォルフ戦闘団の司令部に向かった。ローゼもクラウスの態度から不味い事態だと察して、彼について司令部に向かう。
「ローゼ。ジャザーイルとメディアの地図を出してくれ」
「ジャザーイルとメディアの?」
ジャザーイルは地球で言うモロッコに相当する場所だ。それなり以上にエーテリウムが産出される場所であると同時に、共和国における北大西洋への窓口になっている場所だ。
一方のメディアは地球で言うイランに相当する場所。南部では豊富なエーテリウムが採掘され、帝国の有する不凍港として帝国海軍バーラト海艦隊司令部と主力艦が位置している場所である。
「何が起きるの、クラウス?」
ローゼはふたつの場所の地図をクラウスに手渡しながら尋ねた。
「実に単純だ。戦争が起きる。いつも通り植民地を奪い合う戦争がな」
クラウスはそう告げて、ジッとジャザーイルの地図を見つめた。
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