模擬戦(3)
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「あの女には従えねえ」
クラウスたちが敵に接触する暫し前。
「あの女はキンスキーの女だ。信用できたもんじゃない。それに、俺たちがここでのんびりと敵を待ってたら、教官はどう考える? 俺なら戦う勇気もない腑抜けだって考えるだろうな」
エーテル通信でそう愚痴っているのは、クラウスに喧嘩を売った男たちのリーダー格の人物であるハイケだ。
ハイケと彼の仲間たちはローゼの指示で哨戒線の防衛に回されたが、そこで仲間たちと一緒に哨戒線の防衛も忘れてお喋りに興じていた。
「そうだ、そうだ。あの女に従ってたら、俺たちは不合格を食らって魔装騎士科から追い出される」
「あの女はそれが狙いに違いない」
仲間たちも口々にローゼを非難する言葉を告げた。
「なら、ここは攻撃を仕掛けないか?」
そこで、ハイケが仲間たちにそう告げる。
「ここでキンスキーの野郎が来るかどうかを待つよりも、こっちから探しに行って仕留めてやろうぜ。その方が俺たちが勇敢だってことを示すことになるし、キンスキーの野郎が早期に脱落するなら、奴を魔装騎士科から追い出せる」
ハイケはクラウスを憎んでいる。
自分よりも遥かに金持ちで、自分よりも部下を持ち、自分よりも成績がよく、この植民地軍で主のように振る舞い、美少女であり、貴族であるローゼまでをもこれみよがしに侍らせている男に、嫉妬していた。
もちろん、ローゼは侍らされているというつもりはなく、彼女にそんなことを言うならば、冷たい目で見られるだろうが。
「賛成だ。こっちから行ってぶち殺してやろう」
「模擬弾だろうと当たり所が悪ければ、酷い転び方をするはずだ。奴がボロボロになって操縦席から出てくるのが見ものだな」
ハイケの部下たちも気持ちはハイケと全く同じだ。クラウスに嫉妬し、彼を憎んでいる。
「なら、決定だ。動くぞ。キンスキーの野郎がどこにいるかを探し出して、今度こそあの男の鼻をへし折ってやろうじゃねーか」
ハイケはそう告げると、ローゼに指定された哨戒線から離れていき、広大な演習場の中を進み始めた。
探し出す、といったがハイケには当てはない。とにかく、Aチームの陣地の方まで進んでいけば、そのうち遭遇するだろうと考えていた。
遭遇したところ勝算はどうなのかと言えば、ハイケは考えていない。彼も、彼の仲間たちも、クラウスを撃破することばかり考えて、ローゼのように地形や陣形、そして何より敵の数について考えていなかった。
「いたぞっ! キンスキーの野郎だ!」
そんな彼らがクラウスに接触できたのは奇跡と呼んでいいだろう。
ハイケはクラウスの搭乗機であることを示す“13”の番号が記された機体を発見し、それに向けて我武者羅に突撃を始めた。彼の仲間たちも座学で散々教わった陣形も考えずにバラバラに突き進んでいる。
「キンスキー! くたばりやがれ!」
ハイケはそう叫ぶと、口径75ミリ突撃砲の引き金を引いた。
ズウンと鈍い砲声が響き、演習用の模擬弾はクラウスの方に飛来する。
だが、ハイケには魔道式演算機の補助があっても自分も移動中であり、相手も移動中である状態で射撃を当てることなどできず、砲弾はクラウスを越えて明後日の方向に飛び去り、そのまま見当違いの場所に着弾した。
「撃て! 撃ちまくれっ! キンスキーの部下は放っておけ! キンスキーだけを狙え!」
ハイケはエーテル通信でそう叫び、クラウスに向けて次は口径20ミリ機関砲の砲弾を放ち始めた。軽快な砲声が連続して響き、砲弾は僅かにクラウスの方に近づいて着弾していった。
ことが起きたのは次の瞬間だった。
クラウスの機体がヘルマの機体から援護射撃を受けつつ停車し、その手に握った口径75ミリ突撃砲の砲口を、ハイケの機体に真っ直ぐ向けてきた。
そして、砲声が響いた。
クラウスの射撃は実に正確だった。彼の射撃は移動しながら射撃を続けているハイケの機体を完全に捉え、砲弾は操縦席に向けて吸い込まれるようにして、かなりの速度で飛来していった。
着弾。
「なっ……」
着弾の瞬間に起きたことにハイケの部下たちが目を見開く。
操縦席にピンポイントで命中した砲弾は、模擬弾として弾かれるわけではなく、そのまま操縦席を抉るようにして貫き、甲高い金属音を響かせて魔装騎士を大破させたのだ。
「じ、実弾だ! キンスキーの奴は実弾を使ってるぞ!」
「ハイケ、ハイケ! 返事をしろ!」
実弾だ。クラウスの口径75ミリ突撃砲から放たされたのはタングステンを軸とする徹甲弾であり、それがハイケの乗っていた魔装騎士を大破させ、ハイケそのものを物言わぬ肉の塊に変えた。
『こちらアントン・ワン。何をしているの? 報告して』
「実弾だよ! キンスキーが実弾を使って、ハイケを殺した! 野郎、本気だ!」
ローゼが混乱するエーテル通信を探り当てて報告を求めるのに、ハイケの部下が大慌てでそう叫び、この場から離れようと逃げ惑った。
『会敵したのね。場所は?』
「聞いてないのか!? 野郎は実弾を使ったんだぞ! 演習どころじゃねえ!」
それでもローゼは淡々と尋ね、ハイケの部下が叫び返す。
『演習中止の命令は出ていない。中止命令があるまでは実弾を使っていようが、演習を継続する。会敵した場所を報告して。すぐに』
「ふざけんな! 俺は死にたくねえ! こんな演習──」
ローゼが機械のように冷静に尋ねるのに、ハイケの部下が喚きまくり、そのまま操縦を誤って前のめりに倒れた。ガンと激しい衝撃音が響き、操縦士だったハイケの部下も頭を打って気を失った。
「アルファ・ワンより全部隊。残りを始末しろ。頭が良ければ、すでに会敵したことを報告して、ここにローゼの部隊が来るはずだ。頭が良ければ、な」
『それは絶望的ッスね』
クラウスが今度は普通の模擬弾を放って無様に動き回るハイケの部下たちを片付ける──命を奪うということではなく、演習として撃破されるという意味──のに、ヘルマはニヤニヤと笑いながらそう返した。
58体の魔装騎士が6体程度の魔装騎士を片付けるのはほぼ一瞬であり、ハイケの部下たちは模擬弾の砲撃を全身に浴び、被弾を示す塗料でベトベト、砲弾の命中で装甲はボコボコになると沈黙した。
「さて、相手に悟られる前に動くぞ。奇襲こそが勝利の鍵だ」
ハイケの部下たちを始末したクラウスはそう告げて、再び前進を再開した。
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「ハイケ・ホフマンたちの配置はこの位置」
Bチームの陣地では、ローゼが地図を見下ろし、考え込んでいた。
ハイケたちとの通信は途絶した。訓練用の魔装騎士は模擬弾の衝撃を受けると、関節がロックされると共にエーテル通信が遮断されるようになっており、撃破された機体が“ゾンビ”として報告を上げることはできない。実戦に即している。
「どこで会敵したのかは結局不明。ハイケ・ホフマンの哨戒線上ならば、この範囲と考えられるけれど」
そう呟き、ローゼはハイケたちに任せておいた哨戒線の位置をなぞる。
「だけれど、彼らの“どうしようもない”性格から考えて、大人しく哨戒線のパトロールを行っていたとも思えない。だから、彼らには突破される可能性が低い場所を任せておいたのに……」
ローゼもハイケたちの性格は把握している。短気で、思慮が浅く、魔装騎士の操縦士としても未熟で、クラウスに並々ならぬ敵意を抱いていることは、ローゼも把握していることだ。
だから、彼女は魔装騎士が突破不可能と考えられる深い森林地帯付近の哨戒線を、ハイケたちにパトロールさせておいた。この演習においては完全なお荷物であるハイケたちを体よく片付けたといったところだ。
だが、そのハイケが敵と交戦したと告げている。
考えられるのは持ち場を離れたということ。勝手に指定された哨戒線から離れ、クラウスたちに挑みかかり、逆襲を受けて撃破されたということだ。
ならば、どこでハイケたちはクラウスたちを捕捉したのだろうか?
「確信なく部隊を動かしたくはないけれど、この場合は仕方がない、か」
ローゼはそう告げて小さく溜息を吐くと、エーテル通信を行うためのクリスタルに手を伸ばす。
「ベルタ・ワン。そちらの部隊を地点4・13・タンゴ・フォックスロットに移動させて。敵の主力と会敵する可能性があるから、それに注意して」
『で、ですけど、リーダー。相手は実弾を使ったんでしょう? 事故にせよ何にせよ演習は中止じゃないですか?』
ベルタ・ワンは機動防御部隊を指揮してる指揮官のコールサインだ。彼は明確な困惑と恐怖が入り混じった表情で、ローゼを見つめてそう告げる。
「中止命令が出たら中止する。それまでは継続して。それに、既に交戦したカエサル・ワンからは他に実弾が使用されたという知らせは入っていないから、別段気にする必要もない。なにより、これから実弾が飛び交う戦場に向かうことになるのにこれぐらいで怯えないでもらいたい。できないなら、ベルタ・ツーに指揮を引き継いで」
『りょ、了解しました、リーダー』
ローゼは鈍く、そして冷たく輝く瞳でベルタ・ワンを見つめてそう告げ、ベルタ・ワンはローゼに敬礼を送ると、彼女に見つめられていることに恐怖したのかエーテル通信を終えた。
「どう動くつもり、クラウス。こちらも簡単に負けるつもりはないから」
ローゼがベルタ・ワンの指揮する機動防御部隊を差し向けたのは、恐らくはハイケが通過し、そしてこれからクラウスが通過すると考えられた演習場に広がる森の切れ目だ。
ハイケを撃破したクラウスをそこで待ちかまえ、自分たちに優位な位置で敵を迎撃して損耗を強いる。敵が引くならば追撃し、そのまま相手陣地の確保を目指す。
ローゼはそう考えて、部下を動かした。
だが、クラウスは予想外の動きで、ローゼに応じることとなる。
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