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意外な客(2)

……………………


 港湾都市であるカップ・ホッフヌングには近代的に整備された港湾施設が存在する。貨物船が最近普及し始めたコンテナと使って荷物を運び込むコンテナターミナルがあり、それとは別に客船が停泊し、このトランスファール共和国を訪れる観光客やビジネスマンを歓迎する埠頭がある。


「皇女殿下はどの船で来るんだ? 軍艦か?」

「まさか。目立たないようにと言って、こちらの警備を断るほどの人よ。目立たないように普通の客船──豪華客船で訪れる。船名は分かってるから」


 大国の皇女が共和国の植民地を訪問するのに何を使うかとクラウスは考えたが、パトリシアはそう返して1隻の客船に向かった。


 リュボーフィ・オルロバ号。それがパトリシアの目指した客船だった。船体そのものは小型だが、その分内装は豪華な船だ。帝国とトランスファール共和国を行き来する定期船であり、帝国の富裕層が植民地観光に使うものだ。


「まず喋るのはお前に任せるぞ、パトリシア。立場は侯爵令嬢であるお前の方が上だ。ここで俺がしゃしゃり出るのは儀礼に反する。俺は出番が来るまでは、静かにしておく」

「分かったわ」


 リュボーフィ・オルロバ号の前でエカチェリーナを待つパトリシアに対して、クラウスはそう告げ、パトリシアは緊張からか声が強張る。


「落ち着け。リラックスしろ。俺がついている」

「うん。あなたがいてくれるものね」


 クラウスは僅かに震えるパトリシアの手を握ってやり、パトリシアは大きく息を吐いて緊張を緩和しようとする。


「……いらしたわ」


 そして、ついにエカチェリーナが姿を現した。


 白を基調としたフリルとレースで飾られた豪華なドレスを身に付け、身に付けている装飾品も素人が見ても高級品であると分かるものだ。


 そして、彼女自身が放っている絶対的な支配者であるオーラ。それは歴史あるロマノフ王朝の皇女であることを、何も知らないものにすら、感じさせるほどのものであった。


「本当に目立つ気がなかったのか?」


 クラウスはいかにも高貴な人物であることを明確に示しているエカチェリーナの姿を見て、やや呆れたように小声で呟く。


「おや。これはパトリシア嬢。南方植民地総督のご令嬢が出迎えてくれるとは嬉しい限りじゃな」


 エカチェリーナは船を下りながら、扇子を広げてパタパタと仰ぐ。


「いえ。こちらこそエカチェリーナ殿下をトランスファール共和国にお出迎えできることができて光栄に思います。長い船旅でお疲れでしょう。ごゆっくりとトランスファール共和国で長旅の疲れを癒されてください」

「そうじゃのう。帝国からトランスファールまではとても遠い。船旅は退屈なものだから、妾も疲れが貯まったものじゃ」


 パトリシアは緊張を感じさせぬように丁重にエカチェリーナを出迎え、エカチェリーナは扇子で顔を仰ぎながらそう返す。


「しかし、トランスファールは暑いのう。赤道を越えれば、冬と夏が入れ替わることは知っていたが、出発前は雪景色の帝国を出発し、到着すれば夏のように暑いとは困り者じゃ」


 帝国の季節は冬か冬でないかに分けられる。基本的に寒さの厳しい国家であり、トランスファール共和国のような乾燥し、熱気が篭った大地とは異なるのだ。


「ホテルには冷房が完備してありますのでご安心を」

「それはありがたい。こうも暑いとヘバってしまいそうじゃからな」


 パトリシアが告げるのに、エカチェリーナはクスクスと笑う。


「で、そちらの御仁がクラウス・キンスキー中佐じゃな。再びお前に会うことを楽しみにしておったぞ。王国植民地軍に2度も大敗を突きつけた立役者にある男と会うことをな」


 そう告げるエカチェリーナの瞳には肉食獣のような輝きが光っている。


「調印式以来ですね、皇女殿下。自分のような一介の植民地軍中佐がお話しできることはさしてないものと思いますが、殿下のお望みになるような話ができればと思っております」


 クラウスも模範的な士官面をして、エカチェリーナに微笑む。


「無理に謙遜せずともいい。お前の技量は確かなものじゃ。戦功がそれを証明しておる」


 エカチェリーナはそんなクラウスを油断ならない目で見る。


「エカチェリーナ殿下。お荷物の方が整いました」


 と、ここでエカチェリーナに声をかける人物が。


「忘れておった。こいつはオレグ・オステルマン。妾の付き人じゃ」


 そうやってエカチェリーナが紹介するのは20代後半ごろだろう、紺色のスーツを纏った線の細く、長身の美男子だった。まるで劇に出てくるのような俳優のようにも見えるような人物で、実際にエカチェリーナに紹介されなければ、俳優だと思っただろう。


「オレグ・オステルマン帝国陸軍少佐です。侍従武官を務めております。この度はキンスキー中佐にお会いできて光栄です」


 オレグは爽やかに笑うと手を差し出す。


「ようこそ、トランスファール共和国へ。ところで──」


 クラウスはオレグに握手を返しながら、オレグが持ってきた荷物──の山に目を向ける。たったふたりが旅行するのにはあまりに多い荷物が積み上げてあり、それを狼人種の港湾労働者たちが運んでいる。


「あのバッグはそちらのもので?」


 クラウスはそんな荷物の山の中から、ひとつのバッグを指さした。


 エカチェリーナにしては地味な色合いで、やや薄汚れた感じのあるバッグだ。


「あれ? いや、違いますね。あんなバッグに見覚えはない。きっと、積み荷を整理している植民地人が間違って混ぜてしまったんでしょう」

「なるほど。ということは──」


 オレグがそう答えるのに、クラウスはオレグを突き飛ばして脇に除け、荷物の山へと突進していく。


 そして、彼はその色の地味なバッグを握ると、それを思いっきり海に向けて放り投げた。バッグは大きな放物線を描いて飛んでいき、そのまま海にぼちゃんと落下した。


「ク、クラウス!? 何をやってるの!?」

「不審な荷物への対処だ。さて」


 パトリシアが慌て、クラウスが答えた次の瞬間にことは起きた。


 激しい爆発音と共に先ほど荷物が落下した場所に水柱が上がった。爆発で巻き上がった海水は埠頭の周辺に降り注ぎ、埠頭にいた人々は何が起きたのかを分からずに唖然としている。


「やっぱり当たりか。パトリシア。すぐに移動するぞ。早速狙われてやがる」

「分かったわ!」


 クラウスが告げるのに、パトリシアが慌ただしく動き出す。


「エカチェリーナ殿下。どうか、こちらへ。我々の方で車を用意してあります。ここにいては狙われる危険性があるので、どうか迅速に移動をお願いします」

「ゆっくりさせては貰えんようじゃのう。いくぞ、オレグ」


 パトリシアはこの非常時でも礼儀正しくそう告げ、エカチェリーナは吹き飛んだ荷物の名残を見ながらも、パトシリアに付いていき、車へと向かう。


「! 殿下! パトリシア嬢! 身を低くしてください!」


 車まで残り数メートルとなった地点で今度はオレグが叫ぶ。


 彼が半ば強引にエカチェリーナの姿勢を押さえたのと同時に、銃声が響き渡った。それも数発。銃声の音からして、発砲してきているのは植民地軍も装備しているMK1870小銃だ。


 銃声が埠頭に響き渡るのにあちこちで悲鳴が上がり、民衆が逃げ惑う。植民地人の港湾労働者も、本国からの観光客も、この非常事態を前に、あちらこちらへ逃げ惑った。


「何をしてる。急いで乗り込め。ここにいたら蜂の巣だぞ」


 そして。オレグとエカチェリーナたちが地面に伏せているのに、後からやってきたクラウスが銃撃に対して拳銃で反撃しながらそう告げる。


「襲撃者の数は6名、か。随分と揃えたな。爆弾巻いた奴がひとりいれば、ことは1回で済んだだろうに」


 クラウスは拳銃でヘッドショットを決め、相手を牽制し、その隙にオレグたちが車に向けて移動する。オレグはもうエカチェリーナを抱え上げて、そうやって移動していた。


「パトリシア。動けるか?」

「む、無理……」


 一方のパトリシアは完全に腰が抜けた状態で、埠頭の物陰に蹲っていた。今もクラウスを狙った銃弾が何発も物陰に着弾し、そのたびにパトリシアはびくついていた。


「なら、来い。支えてやる。俺といれば安全だ。俺が守ってやる」

「う、うん。お願い……」


 クラウスはパトリシアの体に腕を回して片手で抱きかかえ、パトリシアはよろめきながらもなんとか立ち上がった。


「行くぞ」


 クラウスは襲撃者の方向に向けて拳銃から銃弾を2、3発叩き込むと、一気に車に向けて走った。


 襲撃者たちはクラウスの銃撃を受けて素早く物陰に滑り込み、その間銃撃が一時的にストップした。


「さあ、乗り込め!」

「きゃう!」


 そして、クラウスはパトリシアの体を思いっきり車内に向けて放り投げるようにして、押し込んだ。パトリシアは小さく悲鳴を上げるも、抗議するような余裕はない。


「車を出せ。第1植民地連隊の駐屯地まで突っ走るぞ。急げ」

「ま、待ってくれ! ここは植民地軍か植民地警察が到着するまで待つべきじゃないのか!? こんな状況で車を動かしたら、蜂の巣にされてしまう! 私は死にたくない!」


 クラウスはパトリシアを後部座席に押し込むと自分は助手席に滑り込み、運転手に向けてそう告げたが、運転手の方は混乱しきっていて、恐怖に身を竦めている。とてもではないが、動きそうにはない。


「もういい。俺が運転する。降りろ」


 クラウスはそう告げると、運転手の体を車から蹴り出した。蹴り出された運転手は悲鳴を上げて、物陰へと走り、代わりにクラウスが運転席に座った。


「出すぞ。かなり荒い運転になるから口は閉じておけ。舌を噛むぞ」


 クラウスはそう告げると、思いっきりアクセルを踏んだ。


 車は勢いよく発進し、グンッと大きく揺れると、埠頭の駐車場を瞬く間に抜けて、駐車場に面する道路に入り、半ばドリフトするような形で、クラウスは道路に車を沿わせる。


 ドリフトまがいな運転によって道路にタイヤ痕が刻まれ、クラウスの運転する車は猛スピードで道路を疾走する。


「侍従武官! 後ろはどうなってる!?」

「オレグです! 後方から不審な車が3台! こちらを追ってきています!」


 アクセルを全開にしたままクラウスが尋ねるのに、オレグがそう返す。


 クラウスも素早くバックミラーに目を走らせると、確かに3台ほどの不審な車がクラウスたちを追尾してきていた。クラウスの出しているスピードに匹敵する速度を出し、他の車を押し退けながら、かなり強引な運転でクラウスたちに迫ってきている。


「面倒だな。第1植民地連隊の駐屯地まではまだかなりの距離がある」


 道路はいつもながら混雑しており、このままではいつか自分たちを追いかけてきている不審な3台の車に追いつかれる。そして、その車に追いつかれれば、また爆弾を投げ込まれるか、銃撃で蜂の巣にされるかだ。


「銃を出した! 撃ってくる!」


 クラウスがどうするべきかを考え込みながらアクセルを踏みっぱなしにして車を走らせるのに、オレグが声を上げた。


 後方から迫ってきた3台の車の助手席の窓が開き、そこから身を乗り出した襲撃者がMK1870小銃を構え、狙いをクラウスの運転する車に向けてきた。


 ガン、と激しい金属音が響いたのはそれから数秒後で、クラウスの車は早速銃弾を受けて、穴が開き始めた。


「クラウス! クラウス! 大丈夫よね!? あなたなら大丈夫よね!?」

「ああ。大丈夫だから。安心しておけ。お前はホストとして皇女殿下のお相手をして差し上げろ」


 再び金属音が響くのにパトリシアが悲鳴を上げ、クラウスは他の車両の合間を縫って、ジグザグに車を走らせながらそう返す。


「そ、そうね。エカチェリーナ殿下のお相手をして差し上げなくては」


 クラウスのはっきりとした言葉で、パトリシアは僅かに落ち着き、エカチェリーナに目を向ける。


「殿下。大丈夫でしょうか?」

「大丈夫なように見えるかのう?」


 パトリシアの問いに、エカチェリーナはニッと笑ってそう返す。


「も、申し訳ありません。こちらの不手際があったようで。このような事態が起きたのは非常に残念なことだと思っております。ですが、共和国政府には殿下を害そうという意志はないのです」


 パトリシアは今も銃声が響く中で、エカチェリーナにそう弁明する。


「それぐらいのことは分かっておるよ。共和国が妾を殺しても全く利益がないことぐらいはな。それに──」


 エカチェリーナは僅かに身を上げて、後方から迫る襲撃者の車を見る。


「共和国が本当に妾を殺したかったら、もっとスマートな手段がいくらでもあるじゃろう。こんなに街の中でカーレースをしなくてもいい方法がのう」


 確かに共和国政府が本気でエカチェリーナを殺そうと思うのであれば、もっとスマートな殺し方はいくらでもあった。


 街頭で植民地軍の狙撃兵が狙撃する。晩餐会の場で毒殺する。宿泊しているホテルを部屋ごと吹き飛ばす。


 それなのに、襲撃者たちは街中での派手なカーレースを行い、エカチェリーナを目立ちすぎる方法で殺そうとしている。これは明らかに共和国政府の支援が受けられていないことの証拠だ。


「それに殺すにしても南方植民地総督の娘ごとというのはおかしい。共和国政府が暗殺を決意したならば。妾たちが別行動を取った時点で殺害を選ぶはずじゃ。それぐらいの地位がお前の父にはあるじゃろう?」

「え、ええ。共和国政府から恨みを買った覚えはありません」


 エカチェリーナが尋ねるのに、パトリシアは小さく頷く。


「恐らくはこやつらは共和国の暗殺者ではない。まあ、妾にちょっと身に覚えがある連中じゃろう。妾が国外に出た隙に殺してしまえとでも思ったのじゃろうな。全く、短絡的な」


 エカチェリーナは銃撃を受けている車の中で暢気にそう告げた。


「パトリシア! この車に銃は置いてないか!?」

「あ、あるはずよ。そこのシートの下に運転手が護衛用の銃を潜ませているはず。探してみて」


 クラウスが次々に被弾する車を必死に運転しながら尋ねるのに、パトリシアがクラウスの座っているシートの下を指さす。


「あった。旧式のレボルバーだが、拳銃なんてここ十数年はそんなに進歩しちゃおらんから問題はないな」


 クラウスはシートの下を探り、そこから1丁のレボルバー式拳銃を取り出した。


「侍従武官! 銃は使えるか!? 共和国製のだ!」

「オレグです! 使えますよ!」


 クラウスがオレグに向けて尋ねるのに、オレグが叫び返す。


「じゃあ、こいつで反撃しろ! こっちも撃ち返す!」


 クラウスは揺れる車内の中で的確にオレグに向けて拳銃を投げ渡し、自分もハンドルを足で動かしながら、空になったマガジンに銃弾を素早く装填する。


「3秒で出るぞ。準備はいいか?」

「いつでもどうぞ」


 クラウスはマガジンにフルに銃弾を装填し、後部座席に座っているオレグを見るのにオレグが頷いて返す。


「3」


 クラウスは速度を落とさず、だがジグザグに車を走行させながら、バックミラーで背後から追跡している襲撃者の車を確認する。


「2」


 オレグは撃鉄を起こし、いつでも射撃可能なように準備した。クラウスも既に準備を終え、いつでも射撃できるようになっている。


「1」


 エカチェリーナは悠然と後部座席のシートに身を伏せ、パトリシアは小さく震えながらエカチェリーナを庇えるようにしている。


「ゼロ!」


 クラウスとオレグが窓から身を乗り出し、先ほどからMK1870小銃で銃撃を加えてきている襲撃者たちに銃口を向けた。


 乾いた銃声が木霊し、クラウスの握る拳銃から放たれた銃弾が襲撃者の車に突き進む。クラウスは相手が反撃してくる前にありったけの銃弾を1台の車に集中し、そのうちの2発が車の運転手の頭を貫いた。


 運転手の脳漿が撒き散らされ、運転手を失った車が道路を走っていた他の車に突っ込み、激しい金属音を立てて衝突する。そして車の秘封機関アルカナ・リアクターが暴走したのか、車は小さな爆発を起こし、それで動かなくなった。


 オレグの方も銃弾を1台の車に集中させた。彼の放った銃が襲撃者の車に銃痕を刻み、そして1発がMK1870小銃でクラウスたちを狙っていた襲撃者の胸に命中し、襲撃者は口から気泡の混じった血を吐きながら、車から転げ落ち、後ろから走ってきた仲間の車に轢かれた。


「これで残り1台。されど、予備弾薬なし、か」


 クラウスたちは2台の車を集中射撃で撃退したが、残り1台は依然としてクラウスたちに銃撃を加えてきている。


 反撃しようにも、クラウスたちにはもう銃弾が一発もない。クラウスは予備の弾薬を使い切ったし、オレグの拳銃は運転手が予備の弾薬そのものを用意していなかった。


 ガン、ガンと車体を貫くライフル弾の不快な金属は響いており、このままでは反撃する手段がないままに蜂の巣にされるだろう。


「クラウス! エーテル通信機で植民地軍か植民地警察を呼べない!?」

「これだけ派手にやってれば、もうとっくに通報されているはずだ。既に出動しているはずだが、これだけ猛スピードで動き回っているとな」


 パトリシアが後部座席から叫ぶのに、クラウスは首を横に振った。


 この騒ぎは既に植民地軍か植民地警察に通報されているはずだ。彼らは市民からの通報を受けて、既に出動しているだろう。


 だが、クラウスたちは猛スピードで道路を移動している。数の少ない植民地警察がクラウスたちに追いつくのは、まだまだ先の話になるように思われた。


「この先のルーデンドルフ通りは確か……」


 ふとクラウスは車を運転しながら何かを思いついた。


「ひとつ、試してみるか」


 クラウスは暫し考えた末に再びバックミラーで後ろからぴったりと追跡し、銃撃を加えてきている車を見る。


「右に回るぞ! 気を付けろ!」


 クラウスはそう告げると、思いっきりハンドルを回し、車が横転せんばかりの勢いで右に曲がった。他の車が驚いて旧ブレ―キをかけ、背後では車が衝突する音が何度も響く。


「侍従武官。まだ敵は付いてきているか?」

「オレグです。ええ、付いてきていますよ」


 クラウスが横の道──ルーデンドルフ通りに入ったのに、オレグが答える。


「結構だ。ちとばかり罠に嵌めてやる」


 そう告げてクラウスはニイッと笑うと、アクセルを再び全開にし、ルーデンドルフ通りを疾走する。襲撃者の車も他の車を押し退けてルーデンドルフ通りに入り、クラウスたちを追跡してくる。


「パトリシア、皇女殿下。身を低くしておいてくれ。これからは猛攻撃をうけることになるからな」

「ええっ!?」


 クラウスの言葉にパトリシアが驚きの声を上げるも、彼女が反応するよりも早くクラウスは行動に移っていた。


 これまでのジグザグ走行を止め、直線を全速力で走る。


 襲撃者はクラウスの運転が直線になったのを見て、猛烈な射撃を浴びせてくる。甲高い金属音が響き、ガラスが割れ、パトリシアの悲鳴が銃声と金属音に掻き消される。


「大丈夫なのかの?」


 エカチェリーナは後部座席で身を低くしたまま、銃弾で蜂の巣にされつつ車内で首を傾げる。


「大丈夫です。だって、彼は植民地軍でもっとも優れた将校ですから。きっと大丈夫ですよ、殿下」


 そんなエカチェリーナに、パトリシアがそう告げる。


 パトリシアにはクラウスが何をするつもりかの見当はついていない。彼がどうやってこの窮地を乗り越えるつもりなのかまるで分からない。


 だが、クラウスならば大丈夫だ。幼い頃からパトリシアの傍にいたクラウスならばきっとこの窮地を脱してくれる。パトリシアはそう信じて、叫び声を押し殺し、ひたすらに身を低くして待つ。


「そろそろだ。全員、口は閉じてろ。舌を噛むぞ」


 クラウスはそう告げると何を考えたのか、急ブレーキを踏んた。


 いや、彼が急ブレーキを踏んだ理由は明らかだ。前方にバリケードが、この通りが工事中であることを示す木製のバリケードが張り巡らされていたからだ。


 クラウスの車はバリケードギリギリで止まり、襲撃者の車もブレーキを踏んだようだが、勢い余ってバリケードの向こうに飛び出していった。


 バリケードの向こうは地下鉄の工事現場になっている。トランスファール共和国で初めての地下鉄の工事が進められており、大きな穴がルーデンドルフ通りにぽっかりと開いていた。


 襲撃者の車はそのまま穴に向けて落下し、ズウンと鈍い音を立てると、それに続いて秘封機関が暴発する小さな爆発音が響き、それでルーデンドルフ通りは静かになった。


「よし。片付いた」


 クラウスはやり遂げたという顔でトンとハンドルを叩く。


 地形の把握は指揮官の基本。


 クラウスは最近新聞でトランスファール共和国にも地下鉄が走るというニュースを見ていた。その工事がルーデンドルフ通りを基点に行われており、ルーデンドルフ通りは工事の関係のために使用不可能になるということも。


 クラウスはカップ・ホッフヌングには軍務の都合や、ファルケンハイン元帥との取り引きの分け前を話し合うことで頻繁に訪れており、ルーデンドルフ通りの位置は把握できていた。


 だから、こうして敵を罠に嵌められたのだった。


「お、終わったの、クラウス?」

「一先ずはな。また別の襲撃者が来る前に、さっさと第1植民地連隊の駐屯地に移動する。これ以上のカーチェイスも、銃撃戦も御免だ」


 パトリシアがオドオドと顔を上げるのに、クラウスはそう返す。


「うむ。助かったの。礼を言うぞ、キンスキー中佐」

「お構いなく。植民地において治安を維持するのも植民地軍の仕事ですので」


 エカチェリーナも顔を上げて尊大な口ぶりでそう告げ、クラウスはまた模範的な士官ずらをしてそう返す。


「流石は共和国植民地軍でもっとも優秀な将校と呼ばれているだけはありますね。その判断の素早さに感服しました。あなたのような将校がいるならば、ここ最近の共和国の勝利にも納得がいくものです」

「そちらの射撃の技術もそれなり以上だった、侍従武官」


 オレグもそう告げるのに、クラウスはそう返しながら車をバックさせる。


 内心は面倒ごとを持ってきやがってという思いでいっぱいだ。自分がやった判断と言えば、明らかに怪しい荷物を海に投げ捨て、車から敵を銃撃し、車を地下鉄に突き落としただけだ。そこまで褒めるようなことではないと、クラウスは思っていた。


「では、第1植民地連隊の駐屯地までご案内します。流石にこのボロボロの車でうろついていては植民地警察に呼び止められますからね」


 クラウスはエカチェリーナにそう告げると、車を第1植民地連隊の駐屯地に向けて走らせた。


……………………

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