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ニーズヘッグ型魔装騎士

……………………


 ──ニーズヘッグ型魔装騎士



「ごきげんよう、キンスキー中佐」


 トランスファール共和国は共和国植民地軍第16植民地連隊駐屯地で、場違いなほどに穏やかな声が響いた。


 声の主は乳白色の日傘を下げたひとりの貴婦人。レナーテ・フォン・ロートシルト女男爵だ。彼女が第16植民地連隊駐屯地内に設置されているヴェアヴォルフ戦闘団の司令部を訪れていた。


「これは、レナーテ嬢。お待ちしていました」


 レナーテに応じるのは新たに中佐の階級章を輝かせたクラウスだ。彼はいつもの模範的な士官面をして、レナーテを司令部に迎え入れた。


 彼は大運河強襲の功績から昇進し、中佐となった。共和国植民地軍の一部からはクラウスの独断専行を非難し、このような前例を認めるべきではないという声も上がったが、クラウスとグルのファルケンハイン元帥はクラウスを中佐に昇進させた。


 これでようやくヴェアヴォルフ戦闘団の規模──1個魔装騎士大隊と1個装甲猟兵中隊を中核とする──に合った階級になったというところだ。


「私もあなたとお会いできる日を待っていましたわ。私が2番目に頼りにするビジネスパートナーに会える日を」


 レナーテはそう告げ微笑み、既に死んでいる双子の姉のレベッカの手に指を絡める。1番頼りにするビジネスパートナーはレベッカなのだろう。既に死んでいるにもかかわらず。


「クシュはどうでしたか?」

「大きな実りがありましたわ。エーテリウム鉱山は王国の企業が採掘準備を整えておいてくれたおかげで、初期投資はほぼ皆無でエーテリウムの採掘が始められましたから」


 レナーテが主として君臨するロートシルト財団──その財団の系列企業であるSRAGは共和国が獲得したクシュの開発を始めた。


 とは言っても、各種インフラも、エーテリウム鉱山も王国が一定のものを準備しておいてくれたおかげで、SRAGは線路の規格を共和国のものへと変更し、各地で集めた鉱山奴隷を投じて採掘を始めるだけでよかった。


 それでいて開発権は優先権を得て獲得しているので、この旨みを一番味わえるのはSRAGだけ。事実上のSRAGのひとり勝ちである。他の資源開発企業は、SRAGがクシュで莫大な富を得るのを指を咥えてみているより他になかった。


「それは結構。実に結構。そちらの儲けはこちらの儲けですから」


 クラウスはSRAGが成功しているのに、満足そうに頷く。


「ええ。そこで株式の5%を新たに譲渡しようかと」

「それは素晴らしい」


 株式の25%。それもSRAGという巨大企業の株式だ。配当金は莫大なものであるし、株式の価格だけでも相当な規模だ。


 これだけでも、クラウスは両親の築いた富みを超えたことになる。あの膨大な規模のプランテーション農場よりも、遥かに煌びやかな富をクラウスは手に入れた。


「これからも緊密な関係を続けるためのものです。我々はキンスキー中佐とのビジネスを続けることを望んでいます。この関係は巨万の富を生み出すものですから」


 そう告げてレナーテは邪気もなく、微笑む。


 植民地軍と癒着した巨大財閥。それは明らかに共和国の定めた法律に違反している。このことが表沙汰になれば、クラウスも、レナーテも、法による裁きは免れないだろう。


 だが、彼らを検挙できる証拠は何も残していない。


 株式の譲渡は直接行われず、租税回避地の銀行を使い、お互いが代理人を利用して行っていた。いくら帳簿を追いかけても、クラウスとレナーテはクリーンなままだ。


 そして、ヴェアヴォルフ戦闘団とロートシルト財閥の関係は、どの関係もペンによって合法化されている。あのSRAGの弁護士であるダニエル・ダイスラーが、あらゆる手段を使ってことを合法化した。魔装騎士の譲渡は共和国植民地軍への寄付として処理し、アナトリアでダニエルがヴェアヴォルフ戦闘団に同行したときは、共和国市民の保護とした。


 これで誰かがクラウスとレナーテの関係を暴き、彼らを法廷に引き摺り出そうとしても、それは完全に合法化され、隠蔽されているが故に阻止されるだろう。


「関係を続けることを望む、ということはこれからも同じように?」

「もちろん。あなた方が新たにエーテリウム鉱山を獲得すれば、我々はあなた方にSRAGの株式を。いずれは会社の役員にも迎えたいと思っています。あなたほどの成功者を植民地軍に残しておくのももったいないですから」


 クラウスが尋ねるのに、レナーテはそう告げる。


「それは魅惑的な申し出ですが、暫くは自分は植民地軍にいようかと思っております。自分がいなければヴェアヴォルフ戦闘団が、植民地戦争を勝ち抜くことは難しいことなので」


 SRAGの役員になれば、それはもう植民地の成功者ではなく、共和国本国の成功者だ。役員報酬として多大な金が手に入り、クラウスはもっとも成功した入植者の名を刻むことになる。


 だが、今はそうもいかない。ヴェアヴォルフ戦闘団がロートシルトとのビジネスを続けるには、クラウスがヴェアヴォルフ戦闘団を指揮している必要がある。彼の卓越した軍事的才能がなかれば、ヴェアヴォルフ戦闘団はロートシルトの求めるようなエーテリウム鉱山を獲得できない。


 そう、アナトリア戦争で勝利したのも、大運河を強襲したのも、全てはクラウスが企て、彼が指揮して実行したことなのだから。


「それは残念です。ですが、植民地軍を退役したら、考えておいてください。あなたのようにビジネスの感性で優れた人材は、積極的に取り入れておきたいのです。いつまでも古い慣習でビジネスを行っていては、財団も国家も繁栄は得られませんから」


 レナーテは僅かに落胆したような口調でそう告げる。


「それで、次の目標はどこを考えていますか?」

「トランスファール共和国周辺の王国の植民地を狙おうかと思っています。王国はトランスファール共和国の傍に、いくつもの植民地を持っていて、そこにはエーテリウムが眠っていますからね」


 次の目標。


 それはアナトリア地域やミスライムのように具体的な計画はできていない。クラウスたちはトランスファールを中心として、王国から植民地を強奪するという曖昧な計画だけを立てているのが現状だ。


「王国は抵抗するでしょうね。アナトリアで負けて、ミスライムでも負けた。これ以上の敗北を防ぐために、手を打つことでしょう」

「その点については、そちらの協力が得られると思っているのですが」


 レナーテが告げるのに、クラウスが目を細めてそう返した。


「ええ。スレイプニル型に次ぐ、新たな魔装騎士の供与が可能になりました。共和国植民地軍も王国や帝国の植民地軍が相次いで第2世代に機種転換しているのに、危機感を覚え、ついに軍部は第3世代型を植民地軍に譲渡することに同意しましたよ」


 王国植民地軍は全軍が既に第2世代のエリス型魔装騎士に転換した。帝国植民地軍もチェルノボグ型魔装騎士から、第2世代のトリグラフ型魔装騎士に機種転換を始めている。当然、共和国植民地軍も全軍をスレイプニル型に機種転換することを始めていた。


 そして、そんな情勢の中でレナーテは、クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団に第2世代を上回る第3世代の魔装騎士を供与することになった。植民地における軍拡が続き、遂に共和国本国政府も第3世代を植民地軍に与えることに同意したのだ。


「噂をすれば、魔装騎士が到着したようですわね」


 駐屯地のゲートに、レムリア重工のロゴを刻んだトレーラーが列を作って、駐屯地内に入る手続きを始めていた。


「さて、どのようなものか確かめにいきましょう。第3世代にはかなり期待しているのですよ。スレイプニル型を全体的に上回る性能なのですからね」


 クラウスは席を立ち、レナーテをエスコートしながら、魔装騎士が運び込まれている駐屯地はヴェアヴォルフ戦闘団の縄張りに向かった。


「おや。今日は早いお着きデスね」


 駐屯地に到着したトレーラーでクラウスたちを出迎えたのは、いつも通りの無愛想な表情をしたアリアネだった。彼女はテストパイロットであると同時に、レムリア重工のエンジニアとして働いている。


「俺が毎回遅刻しているように言うな。で、新型の魔装騎士はどんなものだ」


 クラウスはそう告げて、トレーラーを覗き込む。


「ニーズヘッグ型魔装騎士。共和国陸軍が第3世代型魔装騎士としてレムリア重工に開発を委託したものデス」


 アリアネがそう告げて指差すのは、トレーラーに積み込まれた重厚なシルエットを持つ機体。スリムだったスレイプニル型とは異なり、全身が重々しい装甲に覆われているのがハッキリと分かる。


「装甲は明らかに向上しているようだが、どの程度だ?」

「正面装甲は距離600メートルで王国の6ポンド突撃砲を確実に弾くデス。帝国の口径57ミリ突撃砲も同程度に。まあ、植民地で戦っている分において近接されるか、ハッチ、関節、機関部を狙われない限りは抜かれることはないデス」


 クラウスが尋ね、アリアネが説明している間に、件のニーズヘッグ型魔装騎士がトレーラーによって起立した。


 起立した姿を見ても、やはり重厚なイメージを受ける。増加装甲を付けたスレイプニル型と比較しても、明らかに装甲が分厚い。


「本国軍は第3世代で方針転換を図ったデス。第2世代における機動力偏重の方針を改め、装甲を重視する方向へと変わったデス。本国軍における各種演習の結果デスね」

「まあ、そうなるだろうな。素早く動いてれば弾が当たらない、なんてのは馬鹿げた話だ。戦場で常に走っているわけにはいかんし、待ち伏せを受けたりなどすれば機動力は無意味なものと化す。そして、俺たちは全力で走りながら相手に弾を当てられるほど器用じゃない」


 本国軍は当初はスレイプニル型のように機動力を重視した機体で、相手の攻撃を避けるということを狙った。戦場において魔装騎士は常に高速で機動することで、装甲の重量やメンテナンスといった負担をなくそうと考えたわけである。


 だが、実際にスレイプニル型がロールアウトし、本国軍の演習で引き出されると、魔装騎士が常に戦場を高速で動き回るというのは非常に困難なことだと分かった。


 通常速度で行軍中に歩兵部隊が隠匿した対装甲砲による不意打ちを食らって被害が出るし、敵魔装騎士が地形を利用して待ち伏せている場合や、強固な陣地を攻略する場合など機動力を捨てて火点として機能しなければならない場合などでも被害が発生する。


 よって本国軍は第2世代の発想が間違いだったと認めた。機動力だけで勝てるほど今の戦場は優しいものではないのだと。


 そうした経緯から開発された第3世代では装甲が重視されている。


 至近距離で王国や帝国の第2世代型魔装騎士の突撃の砲撃を弾くだけの厚みを持たせている。自分たちの装備する48口径75ミリ突撃砲にもある程度の防御力を有している。


「装甲が増した分、犠牲になったものは?」

「あまりないデスよ。機動力はスレイプニル型とほぼ同等デス。第2世代が開発されていたときと違って、人工筋肉マスキュラー・ドライブの性能は格段に向上したからデスね。自分が操縦してみた感想も動作についてはスレイプニル型と同じというところデスね」


 クラウスは装甲が分厚くなった分、機動力が落ちたり、兵装の使用が制限されるかと思ったが、テストパイロットであるアリアネが言うところにはスレイプニル型との間にそこまでの差はないようだ。


 これも人工筋肉関連の技術の発展の恩恵だ。レムリア重工が淡水環境下で養殖している海洋哺乳類は、配合や薬物投与を受け、かつての人工筋肉より遥かに強靭な人工筋肉を生み出すようになっている。


「と言う事は、機種転換は容易か?」

「まあ、操縦士に関しては、デスね。整備に関してはちょっとややこしくなっているデスよ。人工筋肉そのものの整備は当然これまでとは異なりますし、人工筋肉を維持している死霊術ネクロマンシーのプログラムも仕様変更になってるデス。人工筋肉を入れ替える際には魔道式演算機ウィズ・システムをちょいちょい弄らなきゃならんデス」


 クラウスが尋ねるのに、アリアネは首を竦めてそう返す。


「そして、その整備の頻度も上がるデス。何せ重量がスレイプニル型の2倍になっているからデスね。人工筋肉の性能が上がったと言っても、メンテを怠るとあっという間に人工筋肉が断裂して使い物にならなくなるデス」


 第3世代では整備は面倒になり、その整備の頻度が上がった。


 それも当然だろう。重量が遥かに増えて、何の負荷もないはずがない。地球において戦車の重量が増しただけ足回りのトラブルが発生したように、魔装騎士も重量が増えただけトラブルが増える。


「フン。そいつは面倒だな。整備がそこまで面倒になるのは、部隊全体の継戦能力に支障をきたす。普通に動かしている限りは人工筋肉の入れ替えまですることはないか?」

「普通に動かす分には入れ替えるまでのことは必要ないデス。しかし、派手な戦闘機動を行ったりすればあっという間に脚部の人工筋肉に寿命が来るデスよ」


 クラウスの問いに、アリアネがそう返す。


「あっという間というのはどれくらいだ?」

「半日。12時間、派手に動き回ったら、人工筋肉は入れ替えが推奨デス。それ以上無理をすると人工筋肉が千切れるデス」


 ニーズヘッグ型で派手な戦闘機動を行った場合の人工筋肉の寿命は半日。


「ある意味では退化してやがるな」

「整備兵たちはそう感じるでしょうね。人工筋肉の入れ替えほど面倒な整備作業はないデスから」


 第2世代であるスレイプニル型ならばいくら派手に動き回っても、人工筋肉は平気だった。だが、第3世代であるニーズヘッグ型は大きく動き回れる時間に時間制限がある。


「ご不満でしょうか、キンスキー中佐?」

「いいえ。ただ癖のある機体であると感じただけです」


 後ろから日傘を差したレナーテが尋ねるのに、クラウスは首を横に振ってそう返す。


「まあ、装甲が増しただけでもいいものです。これで部下に死なれる可能性が下がった。魔装騎士は替えが数ヶ月で調達できますが、信頼できる部下たちを手に入れるには何年もかかりますから」


 クラウスにとってなくなって困るのは、魔装騎士の人工筋肉ではなく、自分に忠誠を誓い、共和国植民地軍でも有数の技量を有するようになった部下たちだ。彼らがいなければ、クラウスは己の野望を実現できない。


「それはよかったです。まだ第3世代は開発途上にあると聞いていましたから。我々のビジネスパートナーであるキンスキー中佐が、その点を不満に思われたのかと思いましたわ」

「そこは現場の判断で最適な運用方法を見出しますよ」


 そりゃ不満に思ってるさ、とクラウスは内心で思う。戦闘機動の時間が制限される上に、人工筋肉の入れ替えという大きな予備のパーツが必要な整備を必要とするなんて、開発途上にもほどがある。


「クラウス。これが新しい魔装騎士?」

「兄貴! 新しい魔装騎士が来たッスね!」


 と、クラウス、レナーテ、アリアネがそんな会話を交わしていたとき、駐屯地の兵舎からローゼたちが姿を見せた。彼女たちの視線は起立状態で固定されているニーズヘッグ型魔装騎士に向けられている。


「まあ! ローゼさんも大尉に昇進されたのですね!」


 ローゼが姿を見せるのに、レナーテが嬉しそうな声を上げた。


「ええ。ミスライムの件で大尉になりました」

「ファルケンハイン元帥閣下から勲章はいただかなかったのかしら? あなたが王国の駆逐艦を撃退したのでしょう? そのようにキンスキー中佐からは聞いているわ」


 レナーテは小走りにローゼに近づき、ローゼはやや引き気味に答える。


「まあ、第1級鉄十字勲章を。駆逐艦との戦いの功績から」

「なんて素敵なのかしら! あなたのような貴族令嬢が第1級鉄十字勲章を受勲するだなんて! あれは男の軍人でも滅多に授けられないのよ」


 ローゼがクラウスに視線を送りながら告げるのに、レナーテがきゃいきゃいと騒ぎ始めた。双子の姉のレベッカは静かに死んでいる。


 さて、第1級鉄十字勲章は特に優れた軍事的功績を上げたものに対して授けられる勲章だ。1個下には第2級鉄十字勲章があり、1個上には騎士鉄十字勲章がある。


 第1級鉄十字勲章はレナーテの告げるように、男の軍人であろうと滅多に授けられるものではない。植民地戦争が常態化したこの時代においても、植民地軍の将兵に授けられるのは第2級鉄十字勲章程度だ。


 そんな勲章を貴族令嬢であり、まだ今月19歳になったばかりのローゼが授けられるのは異例のことだ。


 まあ、そこは上官であるクラウスが王国海軍の駆逐艦との戦闘が如何に重要であったかを強調して上官であるファルケンハイン元帥に報告し、そしてローゼがどれほど優れた装甲猟兵であったかを伝えたからこその受勲だが。


 ちなみに大運河強襲の1件で、クラウスの方は騎士鉄十字勲章を授けられている。これは彼が最年少の受勲者であり、大運河強襲がどれほど共和国植民地軍の勝利に貢献したかを物語っている。


「話を聞かせていただきたいわ。駆逐艦とどのように戦ったのか。大運河の王国植民地軍がどれほどの敵だったのか。きっと胸躍るような冒険譚でしょう。是非とも、レンネンカンプ大尉から大運河強襲の話を聞きたいわ」

「私は一介の装甲猟兵中隊の指揮官に過ぎませんし、そのことについてはキンスキー中佐からお聞きになった方がいいかと思われますが」


 レナーテがズイズイと身を乗り出してくるのに、またローゼがクラウスに視線を向ける。明らかにこの状態から救出してくれという救難のサインだ。


 レナーテは社会で活躍する女性というものが大好きなのだ。特に軍隊で戦う女性というものには憧れを抱いており、アリアネという元植民地軍の魔装騎士乗りを優遇して雇っているし、ローゼのように貴族令嬢でありながら戦場で一騎当千の活躍をする女性など鼻血が出るほどに興奮する。


 対するローゼはレナーテが苦手だ。自分は落ちぶれた貴族の家系なのに対して、レナーテは女男爵とローゼより下位の爵位ながらローゼよりも社会的に成功している。それが自分の家がどれほど落ちぶれたかを思い知らされるようで惨めな気分になるからだ。


 それにレナーテは単純に人格に問題がある。双子の姉であるレベッカを埋葬せずに死霊術で強引に蘇生させて連れ回し、オカルト被れのことを平然と述べる彼女には、ローゼも引いていた。


 だが、残念なことにレナーテはローゼが大好きだ。


「ローゼ。レナーテ嬢に大運河強襲の際の戦闘についてご説明して差し上げろ。彼女のおかげで、このニーズヘッグ型魔装騎士は手に入ったのだからな」


 そして、ローゼの救難信号を無視して、クラウスは無情にもそう告げた。


 クラウスとてレナーテがビジネスパートナーでなければ、ただのイカれた女だとして毛嫌いしただろうが、彼女は大事な取引相手だ。レナーテの協力がなければ、クラウスの野望は実現できない。


 故にクラウスはローゼを生贄に捧げて、レナーテのご機嫌取りをすることを選んだ。そうするより他に術はない。


「了解。では、こちらにどうぞロートシルト女男爵閣下。私などの話でよければお話しいたします」

「私の事はレナーテで結構よ。今から楽しみですわ」


 ローゼはジト目でクラウスを見た後、レナーテを連れて、士官食堂に彼女を案内していった。


「で、アリアネ。兵装の方はどうなってる?」

「これはスレイプニル型から進歩なしデス。本国軍では新型砲の開発が進んでいますけど、植民地軍では下手に兵装を弄ると、補給に問題がでるんじゃないデスか?」


 ローゼとレナーテが去ると、クラウスが再びニーズヘッグ型の解説を求める。


「確かに、他の部隊と共通の弾薬が使える方がいいな。これまではうちの部隊だけ新型砲を使っていて、共和国植民地軍の本隊と合流しても弾薬が補給できないというデメリットがあったからな」


 兵装を新型砲に変えれば、確かに戦闘力は上昇するだろう。だが、兵站の観点からすると、ひとつの部隊だけがバラバラの弾薬を使っているのは問題となる。弾薬が共通していなければ、他の部隊との共同作戦に支障をきたす。


 共和国植民地軍は全軍がスレイプニル型魔装騎士に機種転換し、兵装はクラウスたちが大運河強襲で使用した48口径75ミリ突撃砲を一般の魔装騎士部隊に、70口径75ミリ突撃砲を装甲猟兵部隊に配備した。


 クラウスの部隊はそれと同じ装備であり、弾薬はこれで共通化された。これで他の部隊から弾薬を融通してもらうことができる。


「だが、あの武器はまだできないのか? 対装甲ラムは確かに強力だが、お前が指摘したように取り回しに難があるのだが」

「なかなか難しいのデスよ。熱に耐えられるだけの刀身を用意し、そこに秘封機関アルカナ・リアクターから魔力を供給するのは」


 あの武器というのが何かは不明だが、それはまだ開発途上のようだ。


「秘封機関か。この機体のエーテリウムの精製基準はどうなっている?」

「スレイプニル型と同じデス。本国軍も備蓄している大量のスレイプニル型用のエーテリウムを捨ててしまうわけにはいかないからデスね」


 秘封機関は出力に応じて、使用するエーテリウムの精製基準が異なる。第1世代型であるラタトスク型で使用するエーテリウムは、スレイプニル型で使えないことはないが、秘封機関の出力が大幅に低下してしまう。


「結構だな。今のところは植民地軍の兵站を利用してやっていかなければならん。うちだけがスレイプニル型を使っていたときは兵站で随分と苦労したからな」


 クラウスたちがスレイプニル型魔装騎士を使っていたときは、弾薬も共和国植民地軍の主力と異なり、エーテリウムの精製基準も異なっていた。


 補給中隊の指揮官であるコンラート・クルマン中尉はなんとかして、ヴェアヴォルフ戦闘団のための独自の弾薬とエーテリウムを確保していたが、それは大変な苦労であった。そのことは上官であるクラウスも悩ませていた。


 だが、そんな困難もこれで一段落だ。


「スレイプニル型とほぼ同じならば、機種転換訓練にはさほど時間はかからないだろう。迅速に機種転換を行い、次の戦争に備えなければならんな」


 クラウスはそう告げて、ニーズヘッグ型魔装騎士を見上げる。


「キンスキー中佐殿」


 クラウスがアリアネからニーズヘッグ型魔装騎士について説明を受けていた頃に、彼の背後から声がかけられた。


「どうした、軍曹。何か問題か?」


 クラウスに声をかけたのは、ヴェアヴォルフ戦闘団に所属する軍曹だった。


「いえ。中佐殿に来客です。急ぎの用件だそうで、今は駐屯地の正面で待ってもらっています」

「来客。誰だ?」


 軍曹がそう告げるのに、クラウスは急速に嫌な予感がし始めた。


「パトリシア・フォン・レットウ=フォルベック嬢です。大至急、中佐殿に会いたいといっていますが、どうなさいますか?」

「パトリシアが毛嫌いしている植民地軍を訪れるなんて珍しいな。すぐに会いに行くから待たせておけ」


 来客はクラウスの幼馴染であるパトリシアだった。彼女が至急の用件があるといって、第16植民地連隊の駐屯地の正面に居座っているらしい。


「ヘルマ。ニーズヘッグ型について習熟訓練を開始しておけ。スレイプニル型と同じ要領だ。ただし、無理な戦闘機動は可能な限り避けろ。この機体は繊細な面があるからな」

「了解ッス、兄貴。新しい魔装騎士なんてワクワクするッスね。これで王国の連中を山ほど地獄に送ってやれるッスよ」


 クラウスは自分とローゼがいない間、ヘルマにニーズヘッグ型の習熟訓練をさせておくことにした。だが、アリアネの情報が正しいならば、機種転換はスムーズに進むことだろう。


「それから、アリアネ。フーゴ特務中尉に整備方法について教育を施しておいてくれ。ニーズヘッグ型のネックは整備面だからな」

「分かったデス。フーゴ特務中尉は優れた整備兵デスから、問題なくニーズヘッグ型の整備について習熟すると思いますよ」


 そして、次にクラウスはアリアネに整備作業が煩雑化し、かつ頻度が上がったニーズヘッグ型魔装騎士の整備について、アリアネからフーゴに教育を施しておくことを求め、アリアネはこれまでのフーゴの働きから、問題はないと請け負う。


「では、任せたぞ。俺はパトリシアに会ってくる。奴が大至急会いたいということはそれなりの問題が発生したということだ。全く。気苦労が増えるな」


 クラウスは溜息混じりにそう告げると、パトリシアの待つ駐屯地の正面に向かって歩いていった。


……………………

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