模擬戦(2)
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「防御を主眼に置いて、敵戦力に打撃を与えてから、反撃に転じる」
Bチームの指揮官は、彼女の予想通りローゼになった。
彼女は地図を広げて、自分の守るべき陣地の位置と、周辺の地形を確認し、防衛戦力を適切に配分していく。
「防衛? こっちからは仕掛けないのか?」
「敵は間違いなく、こちらに向けて大規模な攻撃を仕掛けてくる。そんなときに攻撃と攻撃がぶつかり合えば、無用に戦力が消耗する。ここは防衛で自分たちにとって優位な位置で戦闘し、敵の戦力を削ることに専念するべき」
Bチームの兵士が不満そうに尋ねるのに、クラウスの性格を知っているローゼは“後の先”という自分の作戦方針を貫いた。
事実、クラウスは攻撃を企てており、ローゼの読みは当たっている。
「そんなちんけな作戦で勝てるかよ。ここはこっちも攻撃を仕掛けて、敵の攻撃を粉砕してやるべきだろうが」
そう告げるのはクラウスに酷くやられた男、ハイケだ。
「それは非常にリスクが高い。クラウスは優れた指揮官で、こっちの思いも寄らぬ方法で攻撃を仕掛けてくるはず。この勝負は陣地の争奪戦であって、敵戦力の壊滅ではないのだから無用な攻勢は不要」
だが、ローゼはハイケの意見を無視した。
ルールは陣取り合戦。陣地を取れば、敵の戦力が残っていようと勝ちになる。そんなルールならば、無計画かつ無理に攻勢をしかけて、敵の戦力と正面を切って戦うのは愚策といわざるを得ない。
「ケッ。これだから女は」
ハイケは白けた様子でそう告げ、その言葉にローゼの眉がピクリと動いた。
「さて、作戦は陣地を中心に哨戒網を敷設し、哨戒網に引っかかった敵に向けて、予備戦力を投入して突破を阻止する。哨戒網の担当は……」
ローゼはまた無機質なまでに淡々とした口調に戻ると、彼女の立てた作戦について説明していった。
彼女の作戦では少数の哨戒部隊を陣地の外縁に配置し、そこが攻撃を受けたという知らせを受ければ、すぐさま彼女の保有している全部隊に近い全軍を投入し、数によってクラウスの攻撃を叩き潰すものだった。
守るべき陣地に全ての戦力を投入するという案も考えたが、Bチームの守備する陣地は大人数での防衛には向いていない。どうしても不利な地形に陣取らなくてはならないものが出てくる。そうなると、わざわざ大人数を陣地に配置するのは愚策となってしまう。
それを考えての機動防御だ。
敵の突破を察知し、こちらに優位な地形まで誘引してから叩く。これがローゼの考えた作戦であった。
「勝つ見込みはある。総員が全力で戦うならば、クラウスの部隊も無事では済まないはず。クラウスの攻撃を受け止め、それから反撃に転じる。これが作戦方針。異論はない?」
ローゼが尋ねるのにBチームの兵士たちは無言で頷いた。
ローゼが優秀な士官候補生であることは誰もが知っている。そんな彼女が立てた作戦ならば、勝利できるか、それとも奮闘して合格と認められるほどに戦えるはずだ。
ただ、ハイケたちだけはローゼの作戦に不満そうであった。
「そろそろ作戦会議は終わりの時間。各自の奮闘を祈るわ」
こうしてローゼたちの作戦会議も終わった。
クラウスとローゼ。ふたりの戦いが始まろうとしている。
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『こちらブラボー・ワン。これより攻撃を開始する』
エーテル通信にクラウスの部下となった兵士が報告を入れる。
クラウスの部隊はアルファ、ブラボー、チャーリーに分かれている。
ブラボーは敵への牽制攻撃をかける部隊であり、チャーリーは陣地を防衛する部隊だ。そして、アルファは敵の陣地に攻撃を仕掛ける主攻である。
「上出来だ。このまま進めば問題なしだな」
各部隊から上がってくる情報を眺めて、クラウスはほくそ笑んだ。
今のところ作戦は7割は成功している。7割というのはローゼが指揮するはずの部隊がブラボーが攻撃した場所にしか姿を見せていないということだ。
「篭城に切り替えたか。相変わらず面倒な作戦を考える奴だ」
クラウスは口ではそう告げながらも、顔は満足そうに笑っている。
彼はローゼに期待している。相応簡単にやられて貰って、魔装騎士科から追い出されるのはクラウスにとって望ましいことではない。彼女にも合格して貰い、彼の企てている計略に向けて役割をこなして貰わなければならない。
『キンスキー士官候補生どうなさるのですか?』
エーテル通信で彼の部下から通信が入ってくる。
「先に説明しただろう。これは奇襲だ。相手がどう動こうとそれに変わりはない。こういった通信を傍受されて、気づかれたら何の意味もないから、黙って俺に付いて来い。分かったか?」
『そうっスよー! 兄貴に従わないと後ろ弾食らわせるッスからねっ!』
クラウスは通信を相手にせず、ヘルマと共に無視した。
「さて、どこまでやれるかお手並み拝見と行こうか」
そう告げながらクラウスは自分の操縦する魔装騎士──ラタトスク型魔装騎士の武装を改めて確認する。
口径20ミリ機関砲。口径75ミリ突撃砲。口径75ミリ突撃砲は短砲身であり、敵装甲の撃破よりも、対人戦闘向けになっている。だが、命中すれば敵の装甲に打撃を負わせることも不可能ではない。
特にラタトスク型魔装騎士は本国軍のお下がりである第1世代型魔装騎士であり、生体装甲はそこまで分厚いものではない。列強諸国の植民地軍のほとんどが、この手の第1世代型魔装騎士を主体に配備しており、戦力としては拮抗しているのでそれでいいのだ。
『兄貴! 敵ッス! 魔装騎士6体が4時の方向から急速に接近中!』
「見えてる、ヘルマ。おいでなすったな」
そして、ついにクラウスの部隊もBチームの魔装騎士に接触した。
クラウスは“模擬弾”の詰まった口径75ミリ突撃砲の砲口を、今の進路を維持し、走行したままに敵に向けた。
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