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憎悪の誘発(5)

……………………


「おい! あれはどういうつもりだっ!」


 激しい怒りの声が上がるのは、キャナル・タウンの中心部にある市庁舎だ。キャナル・タウンを中心とする大運河周辺の都市を管轄するもので、初期メアリー朝時代風の荘厳な建物が聳えている。


 だが、今はそんな市庁舎の歴史ある荘厳さに、目を向けるべきではない。目を向けるべきは武装した猫人種の民兵たちが、市庁舎を完全に包囲しているということだ。


「何故、魔装騎士を使って俺たちを虐殺した! 俺たちとは手を組まないとはどういうつもりだっ!」

「俺の弟をどうして殺した!? どうして俺たちを!」


 猫人種の民兵たちが叫ぶのは、数時間前に起きたサイクロプス型魔装騎士による猫人種の民兵虐殺事件だ。


 サイクロプス型は数時間に渡って、キャナル・タウンの各地で猫人種の民兵を虐殺した。それは徹底したものではなかったが、猫人種の民兵たちに魔装騎士への恐怖と、王国への敵意を抱かせるに十分だった。


「し、知らない! 我々はそんな命令を出していない! 我々は君たちを虐殺せよという命令なんて出していない! 今も君たちのことを、肩を並べて戦う戦友だと考えているとも!」


 市庁舎には王国植民地軍の将兵たちが立て籠もっている。彼らはサイクロプス型魔装騎士が猫人種の民兵たちを虐殺し、協力関係は終わりだと各地で告げた時点で不味いことになると気づき、この市庁舎に逃げ込んでいた。


 そんな市庁舎の窓から僅かに顔を出して、王国植民地軍の中佐が叫ぶ。この中佐が司令部がヴェアヴォルフ戦闘団の攻撃で壊滅した現状、大運河を防衛する王国植民地軍最高位の指揮官である。


「嘘を吐きやがって! なら、どうして魔装騎士は俺たちを殺した!」

「そうだ! 王国植民地軍が俺たちを切り捨てたんだろう!」


 市庁舎を包囲する猫人種の怒りは次第にヒートアップし、彼らのうちの何名かは銃口を市庁舎に向ける。


「待ってくれ! これは誤解だ! このことは水に流し──」


 中佐が銃口を向けてくる猫人種の民兵を宥めようとしたとき、中佐の額にポカリと穴が開いた。そして、中佐の後頭部が爆ぜ、脳漿を撒き散らすと、ガクリと膝を突き、痙攣しながら地に倒れた。


「殺せ! 王国は敵だ!」

「そうだ! そもそもサウス・エルフの連中をミスライムに入れたのは王国じゃないかっ! 王国の連中はサウス・エルフを庇ってやがるんだ! だから、俺たちを魔装騎士で虐殺したんだ!」


 恐怖は完全に怒りへと変換され、猫人種の民兵たちは市庁舎に次々に銃弾を放つ。市庁舎に次々に銃痕を刻み込んでいく。


「畜生が! 直ちに反撃しろ! クソッタレな植民地人どもを殺せ! さもなきゃこっちが全滅するぞ! 撃ち方始め!」


 それに対して、王国植民地軍も反撃する。


 猫人種の民兵が出鱈目、数に任せて銃弾を市庁舎という的に向けて叩き込み、王国植民地軍は民兵よりも優れた射撃で確実に1体、1体と猫人種の民兵を仕留めていく。


「撃ち続けろ! ぶっ殺せ!」


 だが、優勢なのは猫人種の民兵だ。


 何せ、猫人種の民兵と王国植民地軍の戦力は10倍以上の差があるほどに猫人種が優位だ。王国植民地軍が2、3人殺そうとも、数百名の猫人種の民兵が射撃を続けて、猫人種を殺した王国植民地軍の兵士を殺す。


「こ、降伏する!」


 戦闘開始から5時間。銃撃戦によって惨めなまでに破壊された市庁舎から、武器を捨てて両手を上げた王国植民地軍の兵士が出てきた。


「降伏なんて受けつけるわけがねーだろうが! お前たちは降伏した俺たちの仲間を殺したんだぞ! 皆殺しだ!」

「王国のクソ野郎どもを殺せ!」


 だが、激高した猫人族の民兵は降伏など受け入れなかった。


 彼らは投降した王国植民地軍の兵士に銃撃を加え、あるいは銃床で殴り殺し、銃剣で突き殺し、そうやって市庁舎に立て籠もっていた王国植民地軍の将兵を皆殺しにした。


 なお、おぞましいことに猫人族は王国植民地軍の将兵の腹を裂いて、市庁舎の窓から首を吊るした。市庁舎は銃痕で滅茶苦茶になり、王国植民地軍の兵士の死体で、残酷に彩られた。


「やったぞ! 王国のクソ野郎たちは死んだ!」

「次はサウス・エルフだ! サウス・エルフを殺せ!」


 血の臭いに興奮した猫人族の民兵たちは雄叫びを上げ、空に向けてこの勝利を祝福するように銃弾を放ち、サウス・エルフの居住区に向けての突撃を始めた。彼らは今ならば何だろうとできる思いだった。何せ、彼らはこれまで自分たちを支配してきた王国植民地軍の将兵を皆殺しにしたのだから。


 だが、その考えは甘いということはすぐに分かる。


「た、隊長! 前方に魔装騎士です! また魔装騎士が来た!」

「あれは王国のじゃないぞ! 共和国だ!」


 混乱に陥っているキャナル・タウンの大通りに共和国植民地軍のスレイプニル型魔装騎士が1個中隊18機展開していた。両手には口径75ミリ突撃砲と口径20ミリ機関砲を下げ、対装甲刀剣を構えている。


『生き残っている王国植民地軍並びに王国植民地軍に協力する勢力に告ぐ』


 狼のエンブレムを付けた魔装騎士の1体が拡声器を使い。キャナル・タウンにいる全ての住民に聞こえる声で喋り出した。


『キャナル・タウンは共和国植民地軍が完全に包囲した。繰り返す、この街は既に共和国植民地軍が完全に包囲している』

「な、なんだって!? そんな!」


 魔装騎士の言葉に、猫人族の民兵たちに衝撃が走った。


『降伏しなければ、我々はこの都市を住民ごと廃墟に変える準備がある。賢明であるならば直ちに武装解除し、我々の下に投降せよ。繰り返す、直ちに武装解除し、我々の下に投降せよ』


 魔装騎士が淡々とそう告げるのに、猫人族の民兵たちは蒼ざめた表情で顔を見合わせた。


「と、投降するしかない。もう魔装騎士を相手に勝てないことは分かっているんだ。ここは投降する以外に道はないぞ」

「畜生。魔装騎士には手も足もでねえ」


 猫人族の民兵たちは、先のサイクロプス型魔装騎士3体の襲撃を受けて、魔装騎士が如何に恐ろしいものかを学んだ。どうやっても勝てる相手ではないことを自分たちの仲間の犠牲を以て理解した。


「投降だ。武器は共和国に引き渡せ」


 猫人族の隊長格の人物がそう命じ、猫人族の民兵たちは、トボトボと肩を落として大通りを魔装騎士に向けて歩いていった。


『結構だ。投降を受け付ける。武器はそこに捨てろ』


 投降地点として指定されたのは、スレイプニル型魔装騎士の眼前。猫人種の民兵たちは、その魔装騎士の前に怯えながらも武器を捨てていく。民兵のサウスゲート式小銃が、1丁、また1丁と魔装騎士の前に積み上げられた。


『ご苦労。我々はこれで戦闘を終了とする』


 魔装騎士から男の声がそう告げ、その魔装騎士は積み上げられたサウスゲート式小銃を踏み躙る。数十トンの重量がある魔装騎士の巨体で、グリグリと念入りに武器を破壊した。


『ああ。少し言い忘れていたが、俺たちは投降を受け付けたが、お前たちを保護するつもりはないぞ。お前たちは戦時国際法に則って保護される戦闘員じゃないからな。お前たちはただのならず者の集まりだ』

「なっ……」


 そして、魔装騎士から男が告げるのに、猫人種の民兵たちの表情が強張る。


『まあ、やりたい放題やったツケを払え。ハーキム、もういいぞ』


 魔装騎士に乗っている男──クラウスはそう告げて、大きく手を振った。


「ああ。もう我慢はしねえ」


 クラウスの言葉と同時に現れたのはあの売春街の顔役であるハーキム。そして、多数のサウス・エルフたちだった。


 それぞれが手に包丁やナイフ、角材を握り締め、殺気を帯びた目で投降した猫人種の民兵たちを見つめ、彼らににじり寄っていく。


「お、おい! 何をするつもりだ! このサウス・エルフどもがっ!」

「俺の息子はお前らに殺されたんだよ、クソ野郎!」


 猫人種の民兵が叫ぶのに、サウス・エルフの男のひとりが角材を猫人種の民兵の頭に振り下ろした。グチャリと音を立てて肉が裂け、頭蓋骨が砕け、脳漿が飛び散り、猫人種の民兵が痙攣しながら地面に崩れ落ちる。


「報復だ! やり返せ! 奴らを殺せ!」

「娘の仇だ! 死にやがれ!」


 サウス・エルフたちが怒号を上げて、魔装騎士を前に竦み上がっていた猫人種の民兵たちに襲い掛かった。


「や、やめ──」


 これまでは王国植民地軍から武器を与えられ、強者の立場にあった猫人種たちは、一転して狩られる立場になり、日用品で武装したサウス・エルフたちに、ひとり、またひとりと殺されていく。


 包丁で滅多刺しにされ、角材で原型を留めなくなるまで顔を殴られ、ナイフで目を抉られ、耳を削がれ、鼻を切り落される。


 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図というべきものが、この国際色豊かだったキャナル・タウンの大通りで繰り広げられた。


「こいつらの家族も殺せ! 皆殺しだ!」

「そうだ! 皆殺しにしてやれ!」


 家族を猫人種の民兵に殺され、これまで家に押し込められていたサウス・エルフたちの怒りは完全に爆発し、手のつけようがなくなった。彼らは猫人種の家を襲撃し、そこにいた猫人種の子供や妻を殺していく。


「随分と鬱憤が貯まってったんだな」

『酷いものね』


 クラウスはその様子を魔装騎士の操縦席から眺め、ローゼが溜息混じりにエーテル通信機でクラウスに告げた。


「全く。列強がここを文明の光で照らし出すべき、非文明の大地と呼ぶのも納得できるって話だ。これだけ血に飢えてるんじゃ、いつまで経ったところで文明なんて芽吹くわけがない」

『血に飢えているのはあなたも同じじゃない?』


 クラウスがまたひとりの猫人種の少年が殺されるのを見ながら呟くのに、ローゼが小さく笑ってそう告げた。


「俺は人殺しのための人殺しはしない。俺がするのは金のための人殺しだ。血にはそこまで飢えてないぞ。飢えてるのは金だけだ」


 ローゼの言葉に、クラウスもクスクスと笑って返した。


「で、ハーキム。ちゃんと運転手の手配はできるんだろうな?」


 と、ここでクラウスは魔装騎士の眼下にいるハーキムに呼びかけた。


「ああ。ちゃんと運転手は確保してある。トラックを運転できる奴だ」

「助かる」


 クラウスの目的はエーテリウムを輸送するためのトラックを運転する運転手を、このキャナル・タウンで確保することだ。


 それが猫人種の民兵に防がれたために、クラウスは手を打った。


 それがサイクロプス型魔装騎士での猫人種の民兵の襲撃。


 王国植民地軍の仕業に見せかけて、猫人種の民兵を攻撃する。これで猫人種を指揮している王国植民地軍の信用を落とすと同時に、猫人種に魔装騎士の恐怖いうものを刻み込む。


 この襲撃で使われる弾薬はクラウスが運んできたスレイプニル型のものではなく、王国植民地軍の基地にあったサイクロプス型のものなので、弾薬を損耗するということに関しては心配しなくともよかった。


 そして、この襲撃でクラウスはキャナル・タウンに逃げ込んだ王国植民地軍が、猫人種の民兵の反乱を受けて壊滅すると予期していた。その予想は見事に当り、王国植民地軍は市庁舎で皆殺しにされた。


 王国植民地軍さえいなくなれば、残るのは銃を持っただけの素人集団。


 彼らは魔装騎士に怯えきっており、魔装騎士との戦い方など欠片も知らない。戦おうと思えば、路地裏に隠れ、王国植民地軍の歩兵大隊が撃破された後に残された対装甲砲の弾薬を使って奇襲することもできたのに。


 そんな集団だからこそ、クラウスがここは包囲されたというありえない情報を告げても信じたし、たった18体の魔装騎士を前に降伏する道を選んだわけだ。


 クラウスは自分たちの弾薬は1発も使うことなく、キャナル・タウンで障害となっていた猫人種の民兵を排除し、王国に反抗的なサウス・エルフの運転手を手に入れることに成功したのだった。


「さあ、もうひと暴れしてからお家に帰るぞ、俺の悪餓鬼ども。ここでの戦闘はこれで終いだ」

『了解ッス、兄貴』


 クラウスによる大運河強襲作戦は完全に成功した。彼らは大運河を閉塞し、大運河の傍にある王国植民地軍の司令部と兵站基地を叩いた。


 今頃はアナトリア地域南部から前進を始めている共和国植民地軍に、後方の拠点を失った王国植民地軍が押されている手筈だ。クラウスたちは前進してくる友軍に、王国植民地軍を背後から刺して合流すればいい。


「猫人種どもを殺せ!」

「殺せ! 王国の手下を殺せ!」


 クラウスが勝利を収めたキャナル・タウンでは、今も憎悪の声が響く。


……………………

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