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憎悪の誘発(4)

……………………


 キャナル・タウン。


 かつては異国情緒に満ち、穏やかな時間が流れていたそこは変わり果てていた。


 街の一部はクラウスたちが街に逃げ込んだ王国植民地軍の歩兵大隊を追撃した際に破壊され、家屋や展望台は廃墟と化している。


 そして、様々な人種が行き交っていたキャナル・タウンの通りを進むのは、武装した猫人種の民兵たちと、王国植民地軍の将校だけとなっていた。


「サウス・エルフが家から出てきたら撃ち殺せ。連中は裏で共和国の連中と繋がっている。連中がこの街ででかい顔をするのはもう終わりだ!」


 猫人種の民兵はサウスゲート式小銃を構えて、憎悪の言葉を告げる。


 猫人種はサウス・エルフを憎んでいる。彼らが労働者として大規模に流入してきたことで従来の住民である猫人種たちは肩身が狭くなり、彼が従来行ってきた仕事も奪われた。


 王国は猫人種を優遇し、彼らに官職を与えたが、それぐらいでは猫人種の恨みは収まらなかった。猫人種はこの彼らの土地であるミスライムからひとり残らずサウス・エルフがいなくなることを望んでいたのだから。


 そして、その機会が訪れようとしていた。


 共和国によるミスライムへの圧力から、王国はこれまで渋っていた猫人種の武装に踏み切った。王国植民地軍を補佐する形で、猫人種の民兵に武装を施し、訓練を施し、彼らが戦力として使えるようになるようにした。


 それでも王国は猫人種がサウス・エルフをその武器で迫害することだけはさせなかった。そんなことをすれば、王国のミスライムにおける重要な労働層であるサウス・エルフを失うことになる。故に王国は普段は猫人種の民兵に弾薬を渡さず、戦時の際にのみ弾薬を配布することにしていた。


 そんな情勢下の中、王国にとっては想定外な大運河への強襲が発生した。


 王国植民地軍の主力はアナトリア地域南部の共和国植民地軍を押さえるために派遣されており、この大運河を守るのは僅かな戦力だけ。そして、その戦力はヴェアヴォルフ戦闘団によって完全に壊滅した。


 続いて、司令部と兵站基地が壊滅。王国は窮地に立たされた。


 そこでついに王国は猫人種の民兵に弾薬を与えた。ついに猫人種の民兵を実際に使うときがやってきたのだ。


 このキャナル・タウンという街を要塞とし、侵攻してきた共和国植民地軍に徹底的に抵抗し、いずれアナトリア地域南部から帰還する友軍と合流するなどして、大運河を奪還する。猫人族の民兵を指揮する王国植民地軍の将校はそう考えていた。


「サウス・エルフどもは1匹も外に出すな。連中を居住区に押し込めて、纏めて皆殺しにするか、このミスライムから追い出してやるぞ」


 だが、猫人種の狙いは違う。


 猫人種が武器を取ったのは、サウス・エルフという余所者への憎悪からだ。


 猫人種はこの大運河の建設が始まってから数十年の間、サウス・エルフの余所者たちに苦々しい思いをさせられてきた。


 サウス・エルフたちは猫人種の伝統など気にせずに、他の土地から持ってきた自分たちの伝統を続ける。元々住んでいた猫人種への敬意の念などなく、あたかも自分たちのおかげでミスライムが繁栄しているのだという顔をする。


 猫人種たちはそんな状況に酷く苛立っていた。余所者たちが我が物顔でミスライムを闊歩し、自分たちがマイノリティーに陥るという危機に苛立っていた。


 どうにかして忌々しいサウス・エルフたちを追い出し、かつてのような猫人種のためのミスライムを実現したい。猫人種たちはずっとそう思いながら、これまでの時を過ごしてきた。


 王国は猫人種に官職を与え、それによってサウス・エルフに嫌がらせをすることぐらいは許容したものの、サウス・エルフをミスライムから駆逐するなどということは論外としていた。王国にとっては大運河の建設が終わってからも、サウス・エルフは労働力として必要なのだ。


 だが、チャンスは巡ってきた。


 これまで猫人種たちの憎悪を抑えていた王国植民地軍は、共和国植民地軍との戦いで手一杯になった。そして、自分たちの戦力不足を補うために、猫人種たちの武装を許した。


 これは絶好の機会だ、と猫人種たちは思った。


 王国植民地軍がいなければサウス・エルフたちを追い出せる。武器があれば、サウス・エルフたちを殺せる。


 猫人種たちは王国植民地軍の将校たちに指揮されながらも、王国植民地軍のためではなく、自分たちのために活動を始めていた。


 サウス・エルフを彼らの居住区に押し込めて、外出を許さず、いずれは居住区にいるサウス・エルフたちを駆逐するのだとして。


「おい。今、我々が敵とするのはサウス・エルフではないぞ。敵はこの地の支配を狙う共和国植民地軍だ。奴らはサウス・エルフを優遇し、諸君らを奴隷の立場に落とすだろう。そうならないようにするのが我々の役目だ」

「分かっている。共和国植民地軍も敵だ」


 そんな憎悪に燃える猫人種の民兵に王国植民地軍の将校が告げ、猫人種の民兵は煩わし気に頷いて返した。


「だが、どの程度の間、連中を相手にすればいい? あんたら王国植民地軍がやられた相手に、俺たちがそうそう互角に戦えるとは思えないんだが」


 猫人種とて、自分たちの力量は理解している。


 彼らはあくまで王国植民地軍の補助。共和国植民地軍という部隊と、正面を切って戦う立場にはにはないのだと。


「最低でも3週間は持たせたい。3週間あれば、我々の本隊がアナトリア南部から戻ってきて、大運河を奪還してくれるはずだ」


 王国植民地軍の将校は焦りを見せないように用心しながらそう告げた。


 実際はどれくらい持たせればいいのかなど将校には分からなかった。


 基地から逃げてきた将兵たちが言うには司令部は壊滅し、物資も爆破されたという。そんな状況で王国植民地軍に機敏な行動を期待することはできるはずもない。今、アナトリア地域南部で戦っている友軍は、司令部と物資を失ったことで大混乱に陥っていてもおかしくはないのだ。


 3週間という数字は出鱈目。あくまで将校の希望といった数字だ。


「3週間か。3週間もあれば忌々しいサウス・エルフたちを飢え死にさせれるかもしれないな」

「全くだ。連中が酷い臭いの香辛料で肉を焼く臭いをもう嗅がずに済む」


 猫人種の民兵たちはそう告げて、小さく笑った。


 猫人種たちの憎悪は異常なもののように思えるが、彼らの憎悪もやむを得ぬものなのだ。


 自分たちが遥か昔から暮らしていた伝統的な土地に、全く別の場所からやって来た移民がやってくる。そして、その移民は自分たちの文化への敬意など欠片も見せず、彼らの故郷の言葉で話し、彼らの故郷の伝統を固持し、彼らだけのコミュニティーを作る。


 それは自分たちの故郷を侵略されるようなことだ。自分たちの故郷が余所者に乗っ取られるのに、腹を立てないものがいれば、それは恐ろしく危機感に欠けている。


 そもそも猫人種たちの憎悪の原因を作ったのは、王国だ。


 王国が大運河を建設するためにサウス・エルフの労働者たちを大量に動員し、彼らをこのミスライムに入れたことが、猫人種たちの苦難の始まりだ。


 だが、王国は狡猾にも猫人種たちの憎悪が自分たちに向かないように手回しをし、サウス・エルフだけを憎むように仕向けた。


 そして、今もその憎悪を利用して、猫人種たちを自分たちの手足にしている。


「サウス・エルフの餓鬼がいたぞ! 南の通りを走っていった! 裏道に入ったかもしれない! どうする!?」

「追撃だ! 追いかけて殺せ! 連中は共和国のスパイだ!」


 と、不意に猫人種の民兵たちがざわめき、彼らは武器を掲げて、雄叫びを上げる。


「待て! サウス・エルフは今はどうでもいいと言っていただろう! 今の敵は共和国植民地軍だ! 共和国植民地軍に敗れれば、サウス・エルフを今ここで何人殺したところで、全く無意味なものになるんだぞ!」

「だが、連中は共和国のスパイなんだぞ! それを逃がしていいのか!」


 それに対して王国植民地軍の将校が叫び、猫人種の民兵が叫び返す。


「見つけたぞ! あそこにいる!」


 そんな言い合いをしている間にも猫人種の民兵は、彼らが出した外出禁止令を破って通りを走っていたサウス・エルフの少女を発見した。


「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「あいつは絶対にスパイだ! 殺さないと共和国に事情を知られるぞ! それでもいいのか!」


 猫人種の民兵たちの怒りはヒートアップし、民兵の中の指揮官だろう男が王国植民地軍の将校に詰め寄る。


「……分かった。気が済むようにするといい」


 将校は大人数の猫人種の民兵に詰め寄られるのに、とうとう彼らに哀れなサウス・エルフの少女の命運を委ねた。


「餓鬼を捕まえろ! 捕まえて、ここまで連れてこい!」

「了解!」


 猫人種の民兵たちは逃げようとするサウス・エルフの少女を追いかけ、その襟首を掴んで地面に引き倒した。


「やめて! やめてください!」


 サウス・エルフの少女はまだ10歳ほどだろう。地味なサウス・エルフの民族衣装に身を包み、必死になって猫人種の民兵たちに抵抗している。


「この共和国のスパイめ。どんな情報を共和国に売り渡すつもりだった?」

「スパイなんかじゃありません! お母さんの薬が必要で、どうしてもバザールにいかなきゃいけなかっただけなんです!」


 猫人種の民兵たちはサウスゲート式小銃を突きつけて問うのに、サウス・エルフの少女は泣きながら叫ぶ。


「フンッ! 嘘を吐け! お前たちサウス・エルフは全員が詐欺師だ! この裏切りものめ! 貴様らが来てからこの土地は穢れてしまった!」


 そう告げて猫人種の民兵はサウスゲート式小銃をグイと近づける。


 その様子に王国植民地軍の将校は渋い表情を浮かべていた。猫人種の民兵がサウス・エルフを殺すのは、王国にとってあまりいいことではない。両者が憎み合ってくれることは実に結構だが、それが殺し合いにエスカレートするのはミスライムの治安が乱れる。


 だが、ここで猫人種の民兵たちを止めることもできない。猫人種の民兵たちは、壊滅した王国を代替する戦力だ。それに数はこのキャナル・タウンにおいて王国植民地軍よりも多い。彼らが反旗を翻すならば、王国はキャナル・タウンを喪失することを覚悟せねばならなくなるし、この将校たちは自分の死を覚悟しなければならなくなる。


 だから、将校はこの殺しを見逃した。


 いや、もう猫人種の民兵が家から出たサウス・エルフを殺すのは5回は見逃している。この将校だけで5回だ。全体として何名のサウス・エルフが既に犠牲になったのかは分らない。


「裏切りものを吊るせ! 吊るせ!」

「薄汚いサウス・エルフを吊るせ!」


 猫人種の民兵たちは次第に怒りを高め、ついに少女の首に縄をかけた。


「やめてっ! やめてください! なんでもするから!」


 少女は悲鳴を上げるが、猫人種の兵士は少女を後ろ手に縛り上げ、そのまま大通りに突き出していた店舗の看板に縄を投げる。


「吊るせ! 吊るせ! 吊る──」


 猫人種の数十年の及ぶ憎悪の声が、不意に途切れた。


「なっ……!」


 口径20ミリの機関砲弾が少女を吊るそうとしていた猫人種の民兵を肉塊に変え、ベチャリと周囲に肉片と血が飛び散る。少女を吊るそうとしていた猫人種の民兵も思わず手を放し、少女は地面にドンと落ちた。


「共和国かっ!? 共和国の攻撃かっ!?」

「いや。違う。あれは……」


 慌てる猫人種の民兵たちは、自分たちを攻撃してきたものを発見した。


「サイクロプス型だ。王国じゃないかっ!」


 そう、猫人種の民兵たちを攻撃したのは王国植民地軍が装備するサイクロプス型魔装騎士だった。型遅れな第1世代型なれど、地を進む歩兵からすれば、その威容は絶大なものだ。


「うぎゃ──」


 サイクロプス型は機関砲による攻撃を継続し、慌てて物陰に隠れようとする猫人種の民兵を追撃する。


「何をしてる! やめろ! こっちは味方だ! 撃つんじゃない!」


 猫人種の民兵を率いていた王国植民地軍の将校は大混乱で、必死なって眼前に迫ったサイクロプス型の攻撃を止めさせようとする。


『こちらヒポグリフ・ワン。先ほど猫人種は皆殺しにしろという命令が出た。任務の邪魔をするな』


 だが、サイクロプス型からはそう返事が返ってくるだけで、魔装騎士は猫人種を次々に殺していく。


 街並みを崩壊させないように機関砲弾と対装甲刀剣に限定した兵装を使用し、サイクロプス型は次々に猫人種たちを殺す。


「神様、神様、神様」


 猫人種の民兵たちは路地裏に逃げ込み、そこで必死に神に祈った。


『みいつけた』


 だが、その程度で獲物を見逃すほどこのサイクロプス型の操縦士は甘くなかった。彼は路地を覗き込み、そこに向けて焼夷弾に弾種を変更した6ポンド突撃砲からの砲撃を放つ。


「あ、ああ……」

『我らが王国はお前たちみたいな野蛮人を必要としない。お前たちと手を組むのはこれで終わりだ』


 炎の中でもがき苦しむ猫人種の民兵にサイクロプス型の操縦士がそう告げる。


 それからも猫人種の民兵たちは、各地で狩りのように追い立てられ、巨大な威容を誇るサイクロプス型に次々に殺される。機関砲弾で肉塊に変えられ、対装甲刀剣で引き千切られる。


 一方的な殺戮だ。王国植民地軍のサイクロプス型は対装甲砲も、梱包爆薬も有さない民兵たちを圧殺し、民兵たちはキャナル・タウンの無秩序に建てられた都市の構造を活かして、逃げ惑った。


「あんなのに勝てるはずがねえ!」

「魔装騎士に勝つなんて不可能だ!」


 猫人種の民兵たちはそう叫びながら、逃げていく。


「これぐらいだな」


 猫人種の民兵を虐殺したサイクロプス型の操縦席で男の声がする。


『やったッスね、兄貴! これで作戦大成功ッスよ!』


 そして、その男の操縦席のエーテル通信機のクリスタルにヘルマのニマニマした笑顔が映る。つまり、このサイクロプス型の操縦士は──。


「ああ。全く以て大成功だよ、ヘルマ。これで連中は“ちょっとした”困難に見舞われることだろう。所詮は寄せ集めの民兵に過ぎないがために、な」


 魔装騎士の操縦士──クラウスはそう告げると、機体を反転させ、元来た兵站基地に向けて帰還していった。


……………………

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