憎悪の誘発(3)
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「どうしようもなかったんですよ」
コンラートがヴェアヴォルフ戦闘団が占拠する王国植民地軍の基地に戻ってきたのは、彼が出発してから30分後のことだった。
彼が乗っていったトラックは銃痕があちこちに刻まれ、コンラートの表情は完全に血の気が引いている。そして、彼が連れて行った部下は腕に負傷し、本部管理中隊の衛生兵から手当てを受けていた。
「つまり、王国植民地軍の生き残りに攻撃された、と?」
「ええ。多分そうだと思いますよ。いきなり撃たれたんで、何が起きたのかサッパリでしたけど、あそこで自分たちを攻撃してくる連中っていったら王国植民地軍しかいないでしょう?」
コンラートたちはキャナル・タウンにトラックの運転手を雇うために向かったのだが、街に入るなりあらゆる場所から猛烈な銃撃を浴びて、大急ぎでユーターンし、この基地に戻ってきていた。
「フン。王国植民地軍の生き残りがそんなに数がいるとは思えんし、いたとしても指揮系統が生き延びているとも思えん。本当に敵は王国植民地軍だったのか?」
「そうじゃなければ誰が自分たちを蜂の巣にしてやろうって思うんです?」
クラウスは先の大運河強襲作戦で、魔装騎士大隊を壊滅させ、それに続いていた歩兵大隊にも打撃を与えていた。そして、この基地から逃げ出した兵士たちは、武器も持たずに逃げたのをナディヤの偵察分隊が確認している。
「お前はどうにも当てにならん。ナディヤの帰りを待つ」
「絶対に王国植民地軍ですって……」
クラウスは考えた末にコンラートの報告の信用性に不確かの評価を付けた。
「クラウス。戻ったぞ」
コンラートが生還してから、1時間後にナディヤが戻ってきた。
「ナディヤ。クルマン中尉が王国植民地軍に攻撃を受けたと報告している。実際はどうだった? 王国植民地軍の生き残りがいたのか?」
「いや。一部は確かに王国植民地軍だったが、主力は王国植民地軍ではなかった」
ナディヤもフィールドグレーの植民地軍の軍服を砂に塗れさせ、硝煙の臭いを漂わせ、明らかにキャナル・タウンで何らかの戦闘を行ってきた痕跡を漂わせていた。
「ならば、何が俺たちの邪魔をした」
「猫人種の民兵だ」
クラウスの問いに、ナディヤがそう返す。
「猫人種の民兵たち? 王国が武装させているとお前が報告した奴か?」
「そうだ。キャナル・タウンを偵察してきたが、街は完全に王国植民地軍の将校が指揮する猫人種の民兵に占領されている」
クラウスたちが大運河の偵察に来た際に、ナディヤとノーマンのふたりが、王国がこのミスライムに元々暮らしていた猫人種を武装させていると報告していた。王国が自分たちの戦力不足を補うために、と。
「街の各地を猫人種の民兵がパトロールしている。キャナル・タウンのサウス・エルフたちは街の中に押し込められ、身動きできない状態だ」
「面倒だな」
クラウスはトラックの運転手が不足している問題を、王国に不満を抱いているサウス・エルフを雇うことで補おうと考えていた。
それがキャナル・タウンは王国が武装を施した猫人種に占領されているという。これではサウス・エルフたちを雇うことはできない。
「民兵の規模はどの程度だ?」
「具体的な数字は分からない。そこまでの偵察は行えなかったからな。ただ、成人の猫人種はあらかた動員されていると見ていい。男たちは全員が武器を取る道を選んだようだ」
猫人種は元々、このミスライムで暮らしていた部族だ。大運河の建設のために後からやってきたサウス・エルフたちより昔からこの地で暮らしている。その数が少ないということはありえないだろう。
「なおのこと面倒だな。こちらには市街地戦が行えるような大規模な歩兵部隊は存在しない。魔装騎士を強引に突っ込ませれば、王国との交渉材料になるキャナル・タウンが更地になるし、過剰に弾薬を損耗する」
クラウスはそう告げて顎に手を置く。
クラウスは最初からキャナル・タウンでの戦闘は考えていなかった。
キャナル・タウンには港湾施設があり、大運河を維持するための労働力の集積地にもなっている。そんな場所を更地にするような戦闘を行えば、後の王国との交渉において問題になるだろう。ただでさえ、クラウスたちは大運河を塞き止めているのだから、これ以上大運河の価値を下げる行動を起こすと、クシュが得られなくなる。
そして、弾薬の問題だ。クラウスは大運河を強襲して警備部隊を制圧し、司令部と兵站基地を制圧し、それからアナトリア地域南部から進軍を始めているはずの共和国植民地軍と合流するまでの弾薬は用意した。むしろ、それがあのフェリーで運べるギリギリの量の弾薬だったと言っていい。
だから、ここで予定にない戦闘を行うと、準備した弾薬を余計に損耗し、アナトリア地域南部まで辿り着く前に弾薬切れになる恐れがあった。
エーテリウムは現地調達できるが、弾薬はそうもいかない。王国植民地軍の使っている弾薬と共和国植民地軍が使っている弾薬は口径も何もかも違って、互換性が皆無なのだから。
「本当に共和国本国からの補給は頼めないのですか?」
「無理だ。先ほど連絡が来たが、王国海軍地中海艦隊の全主力艦が大運河を目指して出撃した。共和国海軍地中海艦隊も出撃しているが、こっちの海軍は弱いからな。戦うつもりはないだろう」
コンラートが告げるのに、クラウスがそう返した。
王国海軍地中海艦隊の出撃を知らせたのは市民協力局のノーマンだ。彼の部下が王国海軍地中海艦隊の本拠地があるターリク海軍基地──地球で言うところのジブラルタル──を監視し、地中海艦隊の主力艦14隻の戦艦が大運河を目指して出撃したのを確認していた。
それに呼応するようにして共和国も海軍を出撃させていることはラジオで伝えられている。共和国海軍がどれほどの規模の艦隊を出撃させたかは不明だが、どの道、王国海軍の主力艦14隻という数に対して、共和国海軍は9隻と劣勢だ。
そして、クラウスは海軍は睨み合うだけで戦わないだろうと予想していた。共和国海軍は劣勢であるから戦いを避けようとするだろうし、王国海軍も海軍同士の衝突から世界大戦が勃発することを恐れて、戦いを避けるだろうと。
だが、共和国本国からクラウスたちに物資が運ばれるようなことは王国海軍が阻止するはずだ。彼らは大運河を失ったことに衝撃を覚えているはずだし、共和国による大運河の占領が既成事実化するのを絶対に避けようとするがために。
「では、完全に打つ手なしですね。持てるだけのエーテリウムでアナトリア南部を目指しますか?」
「馬鹿を言え。それじゃトラックも、魔装騎士も途中で燃料切れだ。ここのエーテリウムはなんとしても運ぶ必要がある」
コンラートが肩を竦めるのに、クラウスが僅かな憤りを見せてそう告げた。
クラウスはここのエーテリウムを鹵獲することを兵站計画に組み込んでいた。そうでもしなければ、この大運河から200キロメートルも離れたアナトリア地域南部に辿り着くのはどうやっても不可能なのだ。
「じゃあ、ここを兵站基地として確保したまま、友軍がいるアナトリア南部を目指すのはどうですか? トラックを往復させて、1回1回進軍中の我々に物資を運べばいい」
「それだとここに警備のための戦力を残さなければならなくなるし、キャナル・タウンにいる猫人種の民兵が護衛もないトラックの車列をいつまでも見逃すとは思えん」
代替案を出すコンラートだったが、クラウスは首を横に振った。
「猫人種の民兵が王国植民地軍側に立っている限り問題は残る。かといって、彼らを完全に駆逐するためにキャナル・タウンで大規模な戦闘を繰り広げるわけにはいかないってところなのね」
「そういうことだ、ローゼ」
これまで静かにナディヤ、コンラート、クラウスの話を聞いていたローゼが話を纏めるのに、クラウスが頷いて返した。
「ナディヤさん。猫人種の民兵を指揮しているのは王国植民地軍の兵士なの?」
「ああ。猫人種の民兵には実戦経験がないはずだ。それを補うためだろう。王国植民地軍の将校が、猫人種の民兵を指揮しているのを確認した」
ローゼが確認するのに、ナディヤが答える。
「だとすると、どうにかして猫人種と王国植民地軍との間に不和が生じればいいわね。民兵が戦闘の素人なら、王国植民地軍の指揮官と分断しさえすれば、僅かな戦闘でキャナル・タウンを制圧できるんじゃない?」
「不和が生じれば、か」
ローゼがそう提案するのに、クラウスが考え込む。
「あくどいこと考えるのが得意なあなたならいいアイディアが浮かぶでしょう」
「俺はそこまで万能じゃ──」
茶化すようで、信頼の色が窺えるローゼの言葉に、クラウスがそう返そうとしたとき、彼の言葉が途中で止まった。
「待てよ。そうだ。手はある。王国は分割統治のために猫人種を優遇しているとしても、結局は侵略者だ。王国がサウス・エルフをミスライムに入れ、今も大運河の利益を自分たちで独占しているわけだからな」
クラウスはそう告げて、ある人物を見る。
「ヘルマ。フーゴ特務中尉から王国の魔装騎士の起動方法は教わったか?」
「へ? ええ。教わったッスよ。何か、熱心に教えてくれたんで、分かり易かったッス」
クラウスが見るのはヘルマ。
ヘルマはクラウスの命令で、フーゴからサイクロプス型とエリス型の起動方法を学んでいた。フーゴがヘルマの実の父親であることは、まだヘルマは知らないが、彼女は自分の父親から魔装騎士の起動方法を学び、どうすれば起動キーなしで、魔装騎士を起動できるかを理解していた。
「なら、お前に仕事がある。お前にしかできない仕事だ。これでキャナル・タウンを制圧できるぞ」
そう告げ、クラウスは口角を歪め、ニイッと笑った。
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