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憎悪の誘発(2)

……………………


『こちら偵察分隊。基地の南端でエーテリウムの貯蔵タンクを見つけた。これはどうするんですか?』

「確保するんだよ。補給中隊が到着するまで待機しろ。じきに到着する」


 ナディヤたちが弾薬庫を爆破し、基地から逃げ去る王国植民地軍を確認していたとき、別の偵察分隊の隊員の通信が入り、クラウスがそう告げた。


「コンラート・クルマン中尉。急いできてくれ。基地の南端でエーテリウムを見つけた。図面にある通りだ」

『おおっ! やりましたね!』


 クラウスがエーテル通信機に向けてそう告げ、通信機の向こう側からは嬉しそうな若い男の声が響いた。


『で、エーテリウムの精製基準はどうなっています? 王国植民地軍のサイクロプス型が使用するタイプA1だと、再精製しなければスレイプニル型には使えませんよ。そして私たちにはエーテリウムを精製する手段がない!』

「いいからさっさと来い。そして、自分で確認してやるべきことをやれ」


 ペラペラとそのコンラートという男が喋るのに、クラウスが明確な苛立ちを露わにして返す。


『りょ、了解。すぐに向かいます』


 エーテル通信機はクラウスの言葉で静かになり、暫くすると共和国色陣地軍の使用する軍用のエーテリウム輸送トラックが数台、クラウスが指示したエーテリウム貯蔵タンクの前までやってきた。


「さて、これが件の王国植民地軍のエーテリウムですね」


 トラックから降りてきた男はまだ20代ほどの若い男で、鼻筋の通った実に二枚目な男だった。だが、体格は本当に軍人なのかと疑いたくなるほどに、ヒョロリとした細いものであった。


 この男はコンラート・クルマン植民地軍中尉。クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団内に位置する補給中隊を指揮する将校だ。


「どうだ、使えそうか?」


 クラウスは自分の魔装騎士を駐機状態にし降車すると、その若い男──コンラートの傍にやってきて尋ねた。


「フム。これは王国陸軍標準のエーテリウムで。精製基準はタイプB1。少し秘封機関アルカナ・リアクターに無理をさせることになるとは思いますが、使えると思いますよ。恐らくは機種転換したエリス型のためのものでしょう」


 クラウスの問いにコンラートはそう返す。


 エーテリウムは精製にいくつかの基準がある。


 基本的に精製純度が高ければ、より大出力の秘封機関が動作可能であり、逆に精製純度が低いと大出力の秘封機関は動かない。


 共和国、王国、帝国はそれぞれ自分の国独自のエーテリウムの精製基準を作成しており、完全に互換性がないとはいわないが、各国ごとに差があるエーテリウムは魔道機器の動作に僅かな支障をきたす。


 今回、クラウスたちが奪取する予定の王国植民地軍のエーテリウムは、王国陸軍で魔装騎士が使用する燃料として定められたエーテリウムで、純度はクラウスたちのスレイプニル型魔装騎士を動かしているエーテリウムと同程度のものだ。


「これだけあれば、どれくらい行動できる?」

「そうですねえ。魔装騎士とうちの中隊と整備中隊のトラック、それから偵察分隊のジープを全力で稼動させるとすれば、6週間は持ちますかね?」


 クラウスがエーテリウムの貯蔵されているタンクを見上げて尋ねるのに、コンラートはそう告げて返した。


「だが、運ぶ手段に問題がある。そうだろう?」

「まあ、その通りで。流石にこんな戦略備蓄レベルのエーテリウムを運べるほどのトラックはうちの中隊は持ってはいません。うちの中隊が運べる量で考えると、活動できる期間は1週間未満までに縮まりますね」


 そして、クラウスが告げた言葉に、コンラートは肩を竦めて返す。


 補給中隊が有しているトラックは18両。そのうち半分以上は弾薬と予備パーツを積載している。エーテリウムの輸送に使えるトラックは9両だけだ。


 9両以下のトラックで運べるエーテリウムの量はたかが知れている。コンラートの告げるようにここから奪ったものを満載したとしても、ヴェアヴォルフ戦闘団が全力で戦闘を繰り広げるならば、1週間未満で燃料切れだ。


「1週間未満じゃ、流石にアナトリアから迫っている友軍と合流するのは無理だな」

「本国から補給は受けられないんですか?」


 クラウスが忌々しそうに貯蔵タンクを見つめて呟くのに、コンラートがそう告げる。


「本国は当てにするな。今回の行動は完全に俺たちの独断専行だ。それに、今頃は王国海軍地中海艦隊が共和国の船を片っ端からブロックしているはずだ。連中が間抜けじゃなければな」


 クラウスの大運河強襲はクラウスがひとりで計画し、ひとりで実行に移すと決断したものだ。共和国本国政府も、共和国植民地政府も、大運河をヴェアヴォルフ戦闘団が強襲するなど夢にも思っていない。


 唯一、襲撃を知っているのはファルケンハイン元帥で、彼はヴェアヴォルフ戦闘団の大運河強襲が成功すれば、直ちにアナトリア地域南部の共和国植民地軍をミスライムに侵攻させると確約していた。


 故に本国からの補給は当てにできない。当てにできるのはアナトリア南部からシナイ半島に相当する部分を西進し、大運河を目指して進撃している共和国植民地軍本隊と合流することだけだ。


「ああ。運ぶトラックが不足しているから問題なんだな?」

「ええ。そうですが」


 と、クラウスが何かを思いついたように手を叩く。


「この基地には王国植民地軍のトラックが山ほどある。それを使え。アナトリア戦争でも王国植民地軍のトラックを使っただろう」


 そう、この兵站基地には王国植民地軍の使用しているトラックが何十両と残っている。何両かは戦闘で破壊されたが、それでもあまりあるトラックが残っていた。


「いやあ。そう言われましても、トラックだけ手に入れてもそれを操縦する人員がいなければ話になりませんよ」

「そっちの中隊が全力で働けばいいだろう?」


 補給中隊は中隊規模の人員しかいない。トラックを操縦する人員も、中隊規模に似合ったものだけだ。


「いくらなんでも全員でトラックの操縦をするわけにはいきませんよ。補給作業には人員が必要ですし、徹夜でトラックを操縦するわけにはいかないので、交代要員を確保しておく必要もありますし」


 コンラートはそう告げて、小さく首を竦めた。


「フン。ここでも人員不足か。こんなことなら、大隊規模な補給部隊を分捕っておくべきだったな」

「ですが、解決策はありますよ」


 クラウスが吐き捨てるように告げると、コンラートが胡散臭い笑みを浮かべる。


「現地の植民地人を雇うんですよ。そうすれば人員不足は解消。トラックはフル稼働で行動させることができるようになりますよ。もっとも、多くのトラックを稼動させれば、その分エーテリウムを消耗することは説明するまでもないでしょうが」

「現地の植民地人、か」


 コンラートのアイディアはこのミスライムで植民地人を雇うということ。そうすることで不足している補給中隊の運転手を確保するというものだ。


「現地のサウス・エルフは王国に反感を抱いている。ある程度は使えるだろう。だが、連中にトラックの操縦ができるのか?」

「植民地人だって今は自動車を使いますよ。もっとも一部の人間だけですが」


 植民地人は列強から非文明の烙印を押され、自分たちでは文明の利器を使うことができないと考えられていた。だが、コンラートがいうには植民地人の中にも自動車を操縦できる人間がいるようだ。


「なら、決まりだな。現地の植民地人を雇う。ただし、こちらが信用できると判断できる人間だけだ。サウス・エルフは王国に反抗的だが、かといって王国に通じていない保証があるわけではないからな」


 クラウスは即座にそう決断した。


「で、その植民地人を雇うのに資金が必要になるのですが」

「ああ。理解している。金は王国のものを持ってきた」


 コンラートが媚びるような視線でクラウスに告げると、クラウスはそう返す。


「では、植民地人との交渉は私に任せていただけますか? こう見えても植民地人の扱いには慣れているんですよ」

「それから不幸な女性の取り扱いにもな。金は渡すが着服するなよ」


 コンラートが笑みを浮かべて告げるのに、クラウスが彼を睨むように見る。


 クラウスは金銭面に関してコンラートを信頼していない。


 何せ、この男は植民地軍に入る前は結婚詐欺で、不幸な女性たちの財産を巻き上げて、豪遊していた男なのだ。甘いマスクと巧みな話術で、金を持っている女性に近づき、その財産を奪うと、情けもなく離婚して見捨ててきたのがコンラートという男だ。


 そんなコンラートが植民地軍に入隊したのは、世間でコンラートの結婚詐欺が槍玉に上がり、彼は自分の身を──これまで食い物にしていた女性たちから守るために植民地軍に逃げ込んだのだ。


 そんな男だからこそ、クラウスの大儲けできる計画に大賛成したのだが、そんな男だからこそ、財布は任せられない。この男に一度財布を任せれば、さっさと持ち逃げされる可能性もあるのだから。


「数%は交渉の手数料ということで」

「軍隊に手数料もクソもあるか、間抜け。上官が命令したらそれに従え。この勝負に勝てれば、更にでかい儲けが入るんだからな」


 コンラートが抜け目なく告げるのに、クラウスは手を振る。


「まあ、そうですね。キンスキー少佐殿の部隊に配属されて、実に愉快ですよ。植民地軍に入ったときは一生しょぼくれた生活を送るものだとばかり思っていましたから。何せ植民地軍なんてやってても女性にはサッパリ受けないんですから」


 そう言って、コンラートはクスクスと笑う。


「ああ。少佐殿は植民地軍でも例外的にモテるお方ですね。随分と幅広い交友関係をお持ちのようで羨ましい。一度、自分にもコツを教えていただきたいところです」

「仕事をしろ、クルマン中尉」


 コンラートが媚びるようにそう告げるのを、クラウスが一言で切り捨てる。


「まず植民地人を雇ってエーテリウムを積み出す手筈を整えること。その間に各魔装騎士への弾薬の配布。それからエーテリウムをここから運び出せ。運び出せない分は爆破処分するから、どれほど残ったか教えろよ」

「了解です、少佐殿。直ちにかかりましょう」


 こんなコンラートだが、補給中隊の指揮官としては優秀だ。


 先ほどのようにエーテリウムの各国の精製基準を暗記しているし、どれほどのトラックがこれだけのエーテリウムを運び出すのに必要かを暗算で弾き出せる。基本的に計算には強い人間なのだ。


 クラウスが選んだ人材なだけはある、というべきか。


「兄貴。まだ終わらないんッスか?」


 と、クラウスとコンラートがエーテリウムの貯蔵タンクを見ているときに、戦闘が終結し、やることのなくなったヘルマがやって来た。


「まだだ。今からこのエーテリウムを運び出す手はずを整えなきゃならん。そのために植民地人を雇いにクルマン中尉が街に向かう」

「街ッスか。まだ王国植民地軍の生き残りがいるかもしれないけど大丈夫ッスか?」


 クラウスが告げるのに、ヘルマがポカンとした表情をしてそう告げる。


「街に逃げ込んだ歩兵大隊はあらかた殲滅しただろう。まあ、生き残りはいるかもしれないが、軍隊で危険がない任務なんてものはない」

「げっ。危ないんですか?」


 クラウスがサラリとそう告げるのに、街に向かうためのトラックに乗り込もうとしていたコンラートが嫌そうな顔をする。


「危ないんじゃないんッスかね。あたしたちは街を更地にしちゃダメってことで、そこまで敵を追撃してないッスからね。歩兵大隊の対装甲砲は撃破したッスけど、生き延びた歩兵がどれだけいるやら」


 そんなコンラートにヘルマがニマニマと笑ってそう告げる。


「そういうことだ。気をつけていってこい、クルマン中尉。名誉の戦死を遂げたら墓はここに立ててやる」

「冗談やめてくださいよ……」


 クラウスが手を振るのに、コンラートは顔を青褪めさせながらトラックに乗り込んだ。


「まあ、護衛に偵察分隊をつける。ナディヤはサウス・エルフだから、現地の植民地人と交渉する際には役に立つだろう」

「偵察分隊だけじゃなくて、魔装騎士の護衛の方がありがたいんですが」


 出発しようとするコンラートに向けてクラウスがそう告げると、コンラートはこの基地を確保するために展開している魔装騎士に視線を向ける。


「ヘルマが言っただろう。魔装騎士で派手にやり合って街を更地にするわけにはいかんとな。キャナル・タウンは王国との交渉で必要になる。可能な限り現状維持で確保しておきたい」

「そうですか……。少佐殿は酷い人だ……」


 クラウスは肩を竦め、コンラートは項垂れた。


「さあ、さっさと行ってこい。こっちはトラックの準備を整備中隊にさせておく。戦闘で幾分か破損しているはずだから」

「了解です」


 そして、ようやくコンラートと彼の部下を乗せたトラックは大運河に最も近い都市であるキャナル・タウンに向けて出発していった。


「さて、ヘルマ。これから小隊ごとに警戒任務を交代しながら、弾薬の配布を行うぞ。戦闘で損耗した分、補給しておけ」

「了解ッス、兄貴」


 コンラートが出発すると、クラウスとヘルマも自分の魔装騎士に向かっていった。


 王国植民地軍でのエーテリウムの補給。


 この後、これはそう簡単にはいかないと分かることとなる。


……………………

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