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模擬戦

……………………


 ──模擬戦



 魔装騎士科の選考過程は基礎訓練と同じように3ヶ月行われた。


 まずは歩行訓練の習熟から始まり、高速機動訓練や匍匐前進訓練といった戦闘機動訓練、そして射撃及び近接格闘訓練が行われ、訓練は数ヶ月でかなり実戦的な部位にまで踏み込んだ。


 クラウスたちも訓練が激化してくると初期のような余裕はなくなっていった。何せ重機では高速機動や匍匐前進、そして射撃は不可能であり、予習なしの初体験となるのだから。


「やり方は重機と異なるが、基本的な動きは軍隊のそれだ。できんことはない」


 それでもクラウスは教本を徹夜で読み込み、暇な間は常に魔装騎士での訓練に打ち込み、元の素質もあってみるみる内に魔装騎士の戦闘における動きを把握した。これは彼が戦場でどのように動くべきかを把握しているからでもあるだろう。彼は魔装騎士の操縦士としても、士官候補生としても優秀だと植民地軍で有名になった。


「あたしも頑張るッスよ! 兄貴のためにー!」


 ヘルマたちクラウスの部下も、クラウスの期待に応えるために日々の訓練に打ち込んでいた。座学は退屈過ぎて、いつも居眠りしていて成績も悪いヘルマだが、魔装騎士の操縦はクラウスに次ぐ優秀さで、高速戦闘を得意とし、愛嬌もあることから教官にも好かれていた。


「コツは掴んだ。どれだけやれるかは回数を重ねないと、ね」


 ローゼもクラウスに後れを取るまいと同じように教本を常に読み、座学でも優秀な成績を出し、最小限度の訓練で最大限の効果を上げる方法を掴んでいた。特に射撃の腕までは教官が直々に褒めるほどであり、優れた装甲猟兵──魔装騎士を狩ることを狙う魔装騎士──となるだろうと期待されている。


 それとは対照的にかなりの人間が篩いにかけられた。


 甘い見込みで魔装騎士科に入れると考えていたものたちは、思った以上の困難を前に別の兵科に転属することを申請して撤退。成績の悪いものも、教官から別の兵科に移ることを勧められ、泣く泣く憧れを諦めて別の兵科に転属した。


 元々、植民地軍に入るような人種は問題のある人間が多く、彼らは困難に直面すれば、それに立ち向かうよりも諦める方を選び易い。それはクラウスの部下とて例外ではなく、数名は魔装騎士科を諦め、数名は植民地軍にいることそのものを放棄してしまった。


 かくして、残っている魔装騎士科志望の兵士たちはほぼ定員に近い200名ほどとなった。そのうち、30名ほどはクラウスが引き連れてきた部下だ。


 クラウスたちは優秀だったが、そうなると自然と目立つ。そして、目立つということはときとして無意味な反発を生むことになる。


「おい、お前」


 クラウスが座学を終えて、演習場に移動しようとしていたとき、声がかけられた。


「何だ? 俺は暇じゃないんだがな」


 クラウスに声をかけてきたのは、5、6名の男たちで、男の中のひとりはクラウスの他人への関心のなさの中でも覚えている人種だった。このロクデナシだらけの植民地軍の中でも特にロクデナシな野郎だと。


「お前、金持ちの息子だからって調子に乗ってないか?」

「随分とたくさんの部下がいて、貴族様まで侍らせてるみたいだけど。ムカつくぜ」


 この手の手合いはよくいたな、とクラウスは思う。


 クラウスが街でならず者として仲間と屯してると、必ずと言っていいほど他のならず者グループが因縁を付けに来るのだ。


 この植民地軍とて同じこと。元よりまともな人間の方から数えた方が早い軍隊で、街と同じようにならず者がグループを作るのは自然の理。この男たちも、魔装騎士科の中でならず者のグループを作り、多くの部下を引き連れて入隊してきたクラウスに因縁を付けにきたということである。


「そうかい。で、お前の名前は?」

「ああ? 俺の名前なんてどうでもいいだろう」


 クラウスがぶしつけに尋ねるのに、男がそう返す。


「名乗る勇気もないなら、最初から手を出すな。こっちはくだらんチンピラに構ってるほど暇じゃないんだよ」

「てめえ……」


 クラウスがそう告げると、男たちが殺気立つ。


「なら、名乗ってやるよ! 俺の名前はハイケ・ホフマン! お前の鼻をへし折ってやる人間だ! よく覚えとけ!」


 リーダー格だと思われる男はそう叫ぶと、クラウスに顔面に向けて思いっ切り握り締めた拳を振るってきた。


「鈍いぞ、チンピラ」


 だが、クラウスはクイと首を逸らしてそれを簡単に避けると、そのまま宙を掻いたハイケと名乗った男の腕をグイと掴み、一本背負いの要領で軽々と地面に投げつけた。


「オゴッ……!」


 ここは格闘技が行われる体育館ではなく、石造りの廊下だ。そんな廊下に叩きつけられたハイケの背中には骨が折れんばかりの衝撃が走り、口から情けない呻き声を漏らす。


「下手に骨を折ったりすると、こっちまで喧嘩の責任を問われるからな。これぐらいで勘弁しておいてやるよ。ありがたく思え」

「アゴォッ!」


 そう告げると、クラウスは横たわっているハイケの腹部に一発蹴りを入れ、ハイケはそのままピクピクと痙攣するだけになった。


「で、次は誰だ? 全員でかかってくるか? 相手になってやるぞ」


 クラウスは剣呑な目つきで残る男たちを見渡す。


「チッ。今日はこれぐらいにしておいてやるよ。覚悟しておけよ」


 男たちはハイケの体を素早く抱え上げると、彼を引き摺るようにして引っ張ってクラウスから逃げ去った。


「気概のない連中だな。やる気がないなら最初から手を出すなってんだよ」


 クラウスはそう告げると、時間に遅れないように演習場へと向かっていった。


 演習場。


「今日は試験を行う」


 選考過程の最終日に教官はクラウスたちにそう告げた。


「今日行う試験は非常に実戦的な訓練だ。2チームに分かれて、実際の戦闘に極めて近い模擬戦を実施する」


 教官が告げるのに兵士たちがざわめいた。


「安心しろ。弾は演習用の模擬弾で、刀剣も模擬刀を使用する。コケて怪我をする可能性はあるだろうが、それ以上のリスクはない。ただし、この模擬戦の結果を見て、合格不合格を決定する。簡単に戦闘不能の判定を下されたら、ここから追い出されることを覚悟してもらいたい」


 教官である大尉はそう告げて、魔装騎士科志望の兵士たちを見渡す。


 あるものは不安そうな顔をしており、あるものは落ち着きなく、あるものは意欲に満ちてギラギラとした目をしている。


「では、チーム分けを発表する。まずはAチーム……」


 大尉は兵士たちの反応を見ながら、チーム分けを発表した。


「兄貴ー! 同じチームッスね! これは運命を感じるッス!」

「足を引っ張るなよ、ヘルマ」


 ヘルマはクラウスと同じAチームだった。彼女はトトトとクラウスに駆け寄り、彼の腕に抱き着くが、クラウスは鬱陶しそうな顔をしていた。


「どうもあなたとは敵みたい」

「らしいな。正直、こっちにいてくれる方が好都合だったんだが」


 ローゼはクラウスと対抗するBチームだ。彼女がいつもの不愛想な態度でぶっきらぼうに告げるのに、クラウスは小さく肩を竦めた。


 ローゼが優秀な士官候補生であり、魔装騎士科において射撃の名手であることはクラウスも知っている。彼女が敵に回るならば、面倒なことになるだろう。


「恐らくは教官も実力を見て配分してるんでしょう。そっちの指揮官候補はあなたで、こっちの指揮官候補は私。丁度いい配分ってこと」

「大した自信だな。話し合う前から自分が指揮官になるって断言するか」


 ローゼが淡々と告げるのに、クラウスが意地悪くニッと笑った。


「他に候補がいる?」

「いないな。俺とお前の対決だ」


 Aチームで一番優秀なのはクラウスで、Bチームで一番優秀なのはローゼだ。考えるまでもなく、士官候補生として、指揮官として優秀な彼らがそれぞれのチームの指揮を執るのは当然だ。


「なら、お互いの健闘を祈りましょう。教官は早期に撃破されたものは不合格にするといったけれど、負けた方を不合格にするとは言ってないから、あなたが負けても合格できる見込みはあるわよ」

「そっちが負けてもな」


 ローゼは最後に挑発的な口調でそう告げ、クラウスもそれに応じる。


「勝負とあらば勝ちましょうね、兄貴! 兄貴がいれば負けなしッスよ!」

「ああ。負けるつもりはない。少しばかり、俺たちの実力って奴を見せつけてやるとしようか」


 フンスフンスと興奮するヘルマにクラウスはそう告げ、彼らはAチームの他の兵士たちの下に向かった。


 Aチームはやはりクラウスが指揮官となることが他の兵士たちから提案され、彼はそれを受諾して、部隊の指揮を引き受けた。


「あの野郎。何が何でもここから追い出してやる」


 そして、Bチームにはあのハイケたちがいた。彼らは自分に恥をかかせてくれたクラウスを睨むと、Bチームの集まりに向かっていった。


「では、ルールを説明する」


 チーム分けが終わると、教官がルールの解説を始めた。


「模擬戦の種目は陣取りだ。Aチーム、Bチームともに守るべき陣地を守り、相手から陣地を奪うのがこの模擬戦のルールだ。陣地は一定時間保持すれば奪取したと看做される」


 模擬戦のルールは陣取り。


 実際の戦闘においても、緊要地形といった陣地を確保することは、敵を撃破するのと同じくらいに重要だ。今回の模擬戦では、その陣地確保の重要性を理解させようと言うのだろう。


「模擬戦はどちらかの戦力が全滅するか、相手の陣地を先に確保した時点で終了となる。これまでの訓練で培った技術を活かし、各自最善を尽くすように。では、作戦会議に15分与える。それからは模擬戦開始だ」


 教官はそう告げると、説明を終えた。


「ボス。作戦はどうします?」

「攻撃だ。防衛には最低限の戦力を割くが、戦力のほとんどは攻撃に回す。軍事においては攻撃によって主導権を握るのが重要視されるのは、座学でも散々教えられただろう?」


 クラウスの部下が尋ねるのに、クラウスは一寸の迷いもなくそう告げた。


「こちらの戦力は約100体の魔装騎士。このうち、18体を陣地防衛に充てる。残りは24体が陽動のためにこのルートを使って敵の陣地に侵攻する。主力である58体は主攻として、敵の陣地を奪いに行くぞ」


 クラウスは慣れた様子で作戦を組み立てている。それは彼の前世が日本情報軍の大佐の地位にあったことも関係しているだろう。


「兄貴。メインに攻撃する連中はどこのルートを使って進軍するんです?」

「ここだ」


 ヘルマが尋ねるのに、クラウスは地図の一点を指差した。


「こ、ここッスか? ここって魔装騎士通れるんですか?」


 クラウスが指差したのがあまりにも意外な場所だった。


「この演習場のことは知り尽くしている。ここは魔装騎士も通過可能なだけの空間がある。もちろん、通過している最中は無防備に近いだろうから、迅速に行動することが求められるがな」


 ヘルマの言葉にクラウスは自信を持ってそう返した。


「兄貴の作戦なら信じるッス! 絶対に勝ちましょうね!」

「ああ。負けるつもりはない。俺は一刻も早く、高みに昇らにゃならんのだ」


 ヘルマたちはクラウスの作戦を受け入れ、そのための準備に入った。


「ヘルマ。この模擬戦の前にお前にやってほしいことがある」

「へ? なんですか?」


 と、ここでクラウスがヘルマを呼び止めた。


「演習の前に────をしておいてもらいたい。お前の腕前ならできるだろう。補佐にはディータを付ける」

「ああ。兄貴もあくどいですねえ。でも、大丈夫ッスよ。これぐらいは朝飯前ってところッスから」


 クラウスがヘルマに何事かを頼むのに、ヘルマが黒い笑みを浮かべる。


「よろしい。それは俺の機体の初弾に積んでおいてくれ」

「でも、何をするんッスか、兄貴?」


 クラウスが要望を告げ終えるのに、ヘルマが首を傾げて尋ねた。


「なあに。ちょっとばかり邪魔な連中がいるから、ここらで退散してもらおうと思っているだけだ。いつまでも俺の傍をうろちょろされても迷惑だからな」


 クラウスはそう述べて、ニイッと笑うと、模擬戦に向けて整備が進んでいる自分のラタトスク型魔装騎士に向かった。


 その際にクラウスはハイケの搭乗する機体に目を向ける。自尊心の表れか、練習用の魔装騎士に勝手にエンブレムを描いており、誰が何に搭乗しているかは、誰の目にも明らかなものだった。


「さて、邪魔者には消えてもらって、演習では勝利させてもらおうか」


 もはやそれが決定した事実のごとく傲慢にクラウスは告げると、彼は整備士たちと共に自分の魔装騎士の最終点検に入ったのだった。


……………………

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