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大運河強襲

……………………


 ──大運河強襲



 大運河。


 共和国と王国との緊張が高まる中でも大運河の航行は規制されていなかった。


 下手に規制すると、今高まっている緊張状態が破滅的なものになるおそれがあったし、大運河を運営する大運河会社は一応は民間企業なので、営利のためには規制など行うべきではないからだ。


 だが、王国も馬鹿ではない。


 王国は大運河を共和国が強襲する可能性に備えて、大運河の地中海側の入り口に3隻の駆逐艦を配備していた。バシリスク、ブリリアント、ブランチの王国地中海艦隊に所属する駆逐艦だ。


 たかだか3隻の駆逐艦だが、王国海軍の駆逐艦が存在するということは、共和国海軍は攻撃を仕掛けられないということになる。海軍同士の戦闘は、もはや植民地戦争ではなく、正面戦争になるために。


「こちらバシリスク。異常なし」


 低速で周囲をパトロールする駆逐艦バシリスクの艦橋では、見張りの水兵と艦長たちが、大運河の入り口に広がる地中海を監視していた。


「これで4日目。流石に共和国も大運河に直接仕掛けようとは思わんようですな」


 艦橋で副長が、双眼鏡で周囲の海域を見渡しながらそう告げる。


 バシリスクは派遣から4日が経った。共和国と王国との緩衝地帯問題の話し合いは未だに続いているとエーテル通信のニュースは告げており、同時に共和国と王国とが衝突するのはもはや時間の問題だというニュースも入っていた。


「油断はするな。何が起きても対処できるようにはしておけ」


 バシリスクの艦長はそう告げて、パイプを吹かす。


「とは言っても、共和国にやる気がないだろうことは確かだがな。かつての共和国ならば大運河に艦隊を派遣して制圧するような意欲があっただろうが、今の共和国は腑抜けだ。指導部は損害を恐れて、戦争を避けようとする」


 共和国は革命直後の状態と比べると、格段に鈍化した。


 革命直後は世界全土に共和革命を広げようとする意欲を持ち、その意欲に従って王国に戦争を仕掛け、帝国に戦争を仕掛け、世界の全てを敵に回して、自分たちの革命を貫徹しようとしていた。


 だが、今の共和国はレナーテと艦長が評したように、あらゆる面で鈍化している。指導部はひたすらに世界大戦を恐れ、国民も自分たちが今現在満たされているならばそれでいいという短絡的な考えで纏まっている。


「だが、植民地政府は別だ。連中は狂犬だ。何にでも噛み付き、食い千切り、骨まで貪る。連中ならば何をしてもおかしくはない。アナトリアの戦争でも、共和国植民地政府には手酷くやられているからな」


 そして、艦長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 共和国本国の政府は保守化し、鈍化したが、共和国植民地政府はそれとは反比例するように先鋭的になり、資源を求めて各地に侵攻するようになった。


 王国が今、脅威だと考えているのは共和国本土の政府ではなく、共和国植民地政府だ。植民地政府は戦争を恐れず、損害を恐れず、世界大戦を恐れていない。艦長が告げるように何をしてもおかしくない集団だった。


「しかし、植民地政府は海軍を保有してはいません。海軍を動かせるのは共和国本国政府です。海軍が大運河を強襲する可能性については、考えずともいいのではないでしょうか?」

「そうかもしれんな。それに連中が艦隊を動かせば、すぐに分かる」


 植民地政府が有するのは植民地軍という陸軍だけ。植民地政府は海軍を保有せず、指揮権も有さない。海軍を保有し、指揮するのはどの列強でも本国政府だけだ。


「スパイがターレスにいるので?」

「それから潜水艦が配備されている。共和国地中海艦隊の主力艦隊が動くならば、潜水艦が我々に情報を伝える手はずだ」


 ターレスの港湾部の出口には王国地中海艦隊の潜水艦が配備されている。潜水艦は共和国地中海艦隊の動きを見張り、共和国地中海艦隊が出撃するならば、直ちにその情報を王国に連絡することになっていた。


 さて、余談だがこの世界で潜水艦が使い始められたのは、最近のことだ。使われているのは、列強のどの国家でも地球で現在使われているような完全に海中を航行するタイプの潜水艦ではなく、通常時は海上を航行するタイプの初期的なものが使用されている。


 今のところ、潜水艦の役割はこのように敵の艦隊の動きを見張ることであり、戦時にはちょっとした規模の通商破壊作戦に投じることが可能だろうという研究がなされているだけだ。


 どの国家もそこまで潜水艦を重視せず、配備数は少数に留まっている。


「そして、共和国地中海艦隊が動くならば、我々王国地中海艦隊の主力も動く。主力艦の数は戦艦14隻と我々が優っている。それに共和国海軍の練度と比較すれば、王国海軍の練度は遥かに高い」


 共和国地中海艦隊の主力艦の数が戦艦9隻なのに対して、王国地中海艦隊の主力艦は戦艦14隻、そのうち巡洋戦艦が4隻。数において圧倒的に王国海軍が共和国海軍に勝っている。


 というのも共和国はそこまで地中海に主力艦を配備できないという問題を抱えているからだ。


 地中海の出口である大運河とジブラルタル海峡に相当する場所は共に王国が押さえており、共和国地中海艦隊は地中海に押し込められている。


 海軍の本当の決戦が行われるのが地中海ではなく、王国の本土が位置する北海と周辺海域であることを考えると、共和国は主力艦隊が閉じ込められる地中海にそこまで大きな艦隊を配備できないという理由は分かるだろう。


 そして海軍の練度の差。王国海軍が海上帝国を維持するために必要な海軍にふんだんに予算をつぎ込み、兵士たちを育成しているのに対し、陸軍国家である共和国は海軍は二の次だ。


 そのことは海軍の演習費用の差などに表れ、射撃技術や操船技術、そして海軍士官たちの規律に至るまであらゆる部分で差が生じている。


「どうせ王国と本格的にはことを構えるつもりのない共和国指導部が、海軍力の差を振り切って、我々を攻撃するとは考え難い」

「それですと、我々がここに存在する意義もなくなりそうですな」


 艦長がパイプを咥えて告げるのに、副長が肩を竦めた。


「いる意義はある。ここにアルビオン王国海軍が存在するのだということを共和国に示すという意義がな。我々がいるおかげで、共和国は王国海軍の存在を危惧し、攻撃を控えるだろう」


 駆逐艦3隻と言えど、栄えある王国海軍の艦艇だ。マストにはためく王国海軍旗は、共和国が恐れる絶大な力を有する王国海軍の威光が輝いている。


「艦長! 運河の入り口でトラブルのようです!」

「トラブル?」


 見張りの水兵が叫ぶのに、艦長は水兵の指さす方向に双眼鏡を向ける。


 その方向では大運河に突っ込もうとしている2隻の船が見えた。大型のエーテリウム輸送船で、横一列になって大運河に突っ込もうとしている。


「何をやっている。あんな大きな船が2隻も通れるほど大運河は広くないぞ」


 問題のエーテリウム輸送船の幅は40メートルほどはあった。大運河の幅は90メートルであり、幅40メートルの船が2隻も突っ込めば塞がれてしまう。


「水先案内人の姿は?」

「見えません。完全な混乱状態です。汽笛の音が鳴りまくってますよ」


 大運河に押し寄せてきた2隻のエーテリウム輸送船を前に、大運河は混乱状態に陥っていた。汽笛が何度もならされて、接触事故を阻止しようとし、小舟は隅の方に逃げるような航路を描く。


「ふうむ。あれは王国の船籍のようだが」


 問題のエーテリウム輸送船のマストには王国の商船旗が翻っている。


「艦長。どうなさいますか?」

「もしかすると、共和国によるサボタージュの可能性もある。艦内で直ちに陸戦隊を編成し、問題のエーテリウム輸送船に乗り込むぞ。ここは強制的に引き返させるしかない。銃剣を突きつけて」


 副長が尋ねるのに、艦長はそう答えた。


「了解しました。直ちに陸戦隊を編成します」


 艦長の命令を復唱し、副長は艦内通信用のエーテル通信機を手に取り、この駆逐艦バシリスクの内部の水兵たちで、陸戦隊を編成するための準備に入った。


「問題の船が速力を上げています! あっ! 衝突しました!」


 その間にも問題となっているエーテリウム輸送船は速力を落とすどころか、引き上げ、かなりの速度で大運河に突っ込んでいく。既に入り口を通過し、内部に差し掛かっていた。


「艦長。ここで撃沈した方がいいのでは?」

「いや。もう遅い。あそこで撃沈すれば、運河は塞がれる」


 副長が告げるのに、艦長はガリッとパイプを噛んだ。


「陸戦隊の編制をブリリアント、ブランチにも知らせろ。3隻で陸戦隊を編成し、問題の船を制圧する。ただの民間船だが、中には共和国植民地軍が潜んでいる可能性もあるぞ。十分に警戒し──」


 艦長が艦隊通信用のエーテル通信機に手を伸ばした時、激しい衝撃がバシリスクを襲った。


「な、何だ!? 機雷か!?」

「いいえ! 違います、艦長! あの輸送船からです! あそこに、あそこに──」


 突然、艦を襲った衝撃に、まさか共和国海軍が密かに敷設した機雷かなにかに触れたのだろうかと考えた艦長だったが、見張りの水兵が半狂乱になって叫び、その意見を否定した。


「あそこに魔装騎士がいます!」


 そう、魔装騎士だ。エーテリウム輸送船のデッキに9体の魔装騎士が出現していた。


 2隻のエーテリウム輸送船で、18体の魔装騎士はバシリスク、ブリリアント、ブランチを狙って砲撃を行ってきている。


「なっ……!? エーテリウム輸送船に魔装騎士を乗せていただと!?」


 ありえない光景に艦長は思わずパイプを落とした。


「魔装騎士は共和国のスレイプニル型と思われます! あっ! 敵、魔装騎士、更に発砲!」


 艦長がうろたえている間にも、魔装騎士は砲撃を行ってきた。


 狙われたのはバシリスクの後部の艦砲。それが口径75ミリの砲弾によって撃ち抜かれて、爆薬が誘爆して激しい炸裂音を立てる。鼓膜が破れそうなほどの轟音だ。


「艦長!」

「速やかに共和国の魔装騎士を排除する。機関全速、進路200。1番砲塔撃ち方用意。陸戦隊の編制は取りやめ。総員戦闘配置に付け」


 流石は王国海軍の将校なだけあって、艦長の切り替えは早かった。


「ですが、あそこで船を沈めると大運河が」

「魔装騎士だけを狙って砲撃する。安心しろ。あの手の大型船は簡単には沈まない。砲撃の10発20発に耐えるだろう」


 副長が心配そうに告げるのに、艦長は急速に進路が変わり、艦の正面を敵の魔装騎士に向ける形となり、戦闘へと突き進んでいくのを眺める。


「ブリリアントとブランチにも通達しろ。我に続けだ。そのままだと魔装騎士に蜂の巣にされるぞ」


 艦長はどこか上機嫌にそう告げる。


「さて、戦い甲斐のある敵が現れたじゃないか。民間船からの騙し討ち? 大いに結構。我々のご先祖様は海賊だ。相手が魔装騎士? 大いに結構。我が艦を貫く砲を備えているならば敵として十二分」


 艦長は歌うようにしてそう告げ、その間にも急速に駆逐艦は艦首をグルリと旋回させ、エーテリウム輸送船へと突っ込んでいく。


「敵の砲撃!」


 チカッとエーテリウム輸送船のデッキが瞬き、次の瞬間、バシリスクの後方で炸裂音が響いた。


「ブリリアントより通信! 機関部に被弾し、航行不能! 我、戦列を離脱するとのことです!」

「臆病者め。機関が破壊されたぐらいで逃げる奴があるか」


 通信士が通信文を読み上げるのに、艦長は吐き捨てた。


「彼我の距離1500メートル!」

「目標敵魔装騎士、撃ち方始め」


 そして、ついにバシリスクの艦砲が火を噴いた。


 口径76ミリの砲弾が艦体前方の1番砲塔から放たれ、それは緩い放物線を描きながら、問題のエーテリウム輸送船に着弾した。


 ズウンと鈍い音が響き、エーテリウム輸送船の船橋が爆ぜる。魔装騎士にはダメージはないが、エーテリウム輸送船はバシリスクの行った砲撃の衝撃によって激しく左右に揺さぶられる。


「敵魔装騎士、発砲!」


 バシリスクの砲撃から間髪容れずに、魔装騎士が砲撃を加えてくる。


 砲撃の狙いはバシリスク。だが、船が揺れている影響のためか、砲撃は空を切り、バシリスクの左舷に水柱を吹き上げさせるだけに終わった。


「このまま砲撃で叩き潰すぞ。ブランチにも砲撃命令を──」


 艦長の言葉がまた響いた轟音によって掻き消された。


「ブランチ被弾! 魚雷発射管が誘爆しています!」


 次に被弾したのはブランチだった。ブランチの艦体中央付近に並ぶ魚雷発射管が撃ち抜かれ、中に詰まった魚雷が次々に誘爆を引き起こしている。


「やってくれる。なかなかだ」


 その様子を見て、艦長はニイッと笑った。


「1番砲塔撃ち方続け。機関全速そのまま、進路変更270」


 艦長は平然と命令を続ける。


「さあ、どっちが勝つ? 共和国の魔装騎士」


 そして、艦長は前方で依然として砲撃を続ける魔装騎士を見つめた。


……………………

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