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口封じ(2)

……………………


 第11植民地連隊の駐屯地でサイレンの音が鳴り響きだしたのは、突然のことだった。


 誰もが何事だろうかと身構える中、赤いサイレンを瞬かせた救急車が全速力で駐屯地内を疾走していた。病院に備えてある救急車だ。


 誰もがまたどこかの馬鹿が怪我をしたのかと思って興味を失い、将校たちは雑談に戻り、兵士たちも上官の悪口を言うのに励むのを再開した。


「救急車が出るぞ」

「ゲートを開けろ!」


 そして、駐屯地のゲートでは救急車が速度を落とさず猛スピードで迫るのに、いそいそとゲートが開かれた。


「サンキューッス! いってくるッスよ!」

「おう! 頑張ってこいよ!」


 救急車を運転しているのはやけに若い少年で、彼は愛嬌のある笑みを浮かべると、ゲートの詰め所にいる兵士たちに手を振り、詰所の兵士たちも暢気に手を振り返した。


「しかし、あんな奴。軍にいたっけか?」

「あれだろ。病院の人間だろ。病院の人事はよく変わるからな」


 詰所の兵士がもう見えなくなった救急車の方向を見つめて呟くのに、別の兵士は肩を竦めてそう返した。


 病院は植民地軍の駐屯地内にあるが、植民地軍の軍医は半分ほどで、残りは民間の医師たちだ。この病院はこのミスライムにおいて体調を崩した本国人を助けるためのものであり、別に軍病院というわけではないのだ。


「貴様らっ!」


 と、兵士たちがそんな会話を続けていたとき、怒号が響いた。


「こ、これは大佐殿! どうなさいましたか?」

「さっきの救急車を通過させたな?」


 現れたのはこの第11植民地連隊の連隊長である大佐だった。彼は額に青筋を浮かべ、息を切らせて、詰所に入り込んできた。


「え、ええ。救急車でしたので。何か問題でも?」

「大問題だ! 病院に救急車の出動要請は出ていない! そして、その救急車にのって我々が捕虜にしていた人間を殺した連中が逃げ出した可能性がある!」


 兵士が戸惑って答えるのに、大佐は大声で叫んだ。


 大佐たちは既に捕虜を収監している病室が襲撃を受け、捕虜が死亡していたのを確認していた。歩哨の交代に訪れた兵士が死体を発見し、そこから大騒ぎになっていた。そして、そのころに救急車がサイレンを鳴らして出動したのだ。


「な、なんですって?」

「この馬鹿者どもが! 連中は我々植民地軍の兵士も殺していたのだぞ! そんな連中を通過させおって! 救急車に乗っているのが医者だけだとでも思っていたのか?」


 驚く兵士と、息が切れるまで叫ぶ大佐。


「大佐殿。どうなさいますか?」

「直ちに追跡部隊を出せ。救急車ならすぐに見つかるはずだ。なんとしても、絶対に探し出せ。いいか?」


 大佐に同伴してきた副官が尋ねるのに大佐は疲れ切った様子でそう告げる。


「畜生め。王国秘密情報部の情報要員も殺された。これで植民地軍の面子は丸つぶれだ。これからどうなるものか……」


 この後、王国植民地軍は動員可能な全ての部隊を動員して、逃げた救急車の行方を追った。救急車はキャナル・タウンの貸し倉庫街に乗り捨てられているのが発見されたが、中にいただろう人間についての情報はなかった。


 王国植民地軍はこの件で王国政府から叱責され、以後植民地における情報活動は王国秘密情報部が一括して行うことが決定した。植民地軍にあった情報部門は一部が解体、一部が縮小されることとなる。


……………………


……………………


「やったッスね! 大成功ッス!」


 キャナル・タウンは売春街にある“白い花嫁たち”の部屋のひとつでヘルマが歓声を上げる。


「お手柄だったな、ヘルマ。まさかお前が王国製の自動車のキーまでピッキングできるとは思ってもみなかった」

「えへへ。昔はカップ・ホッフヌングで自動車泥棒をしてましたから。王国製も、帝国製もどんな車も鍵なしで動かせるッスよ。車を盗むときはいつでも任せてほしいッス!」


 あの救急車の扉を開き、エンジンを始動させたのはヘルマだ。彼女は昔はスリと同時に自動車泥棒もやっており、どうすれば車のエンジンを鍵なしで起動させられるかについて熟知していた。


「ヘルマさんは手先が器用よね。刺繍とかしない?」

「そういうのは趣味じゃないので……。申し訳ないッス」


 ローゼもヘルマの腕前に感心して自分の趣味に誘うのに、そんな貴族らしい趣味は似合わないヘルマは首を横に振った。


「フム。なら、魔装騎士は盗めるか?」

「魔装騎士ッスか?」


 と。そこで何を思いついたのかクラウスがそんなことを告げる。


「魔装騎士も起動キーで始動するだろう。ピッキングの要領でやれないか?」

「うーん。微妙ッスね。車によって鍵を弄るより、中のケーブルを弄った方が速いのもあるッスから。迅速に盗み出したかったら、魔装騎士の始動メカニズムを知っておく必要があるッスよ」


 クラウスが尋ねるのに、ヘルマが首をチョコンと傾げて尋ねた。


「お前に魔装騎士のメカニズムなんて理解できるのか?」

「もうっ! あたしはそこまで馬鹿じゃないッス! 魔装騎士も車と同じ秘封機関アルカナ・リアクターで駆動する代物なんだから、車が盗めるあたしに魔装騎士の始動メカニズムが分からないはずかないんッスよ!」


 クラウスが怪訝そうに尋ねるのに、ヘルマはプーッと頬を膨らませる。


「いいじゃない。フーゴ特務中尉に任せれば」


 と、ヘルマが腹を立てている横ではローゼが悠然と紅茶のカップを傾けながらそう告げた。まだ王国植民地軍の軍服姿で、髪も帽子の中に隠しているが、その仕草の優雅さから一目で高貴な身分だと分かる。


「ああ。そういうことか。そうだな」


 クラウスはローゼの言わんとすることを理解した。


「ヘルマ。アナトリアに戻ったら、整備中隊のフーゴ特務中尉に頼んで、魔装騎士の始動メカニズムについて教えてもらっておけ。最優先はサイクロプス型とエリス型のだ。分かったか?」

「了解ッス!」


 クラウスが命じるのに、ヘルマがビシッと敬礼を送って返した。


「それで、何を企んでいるの、クラウス?」

「まだ何も。ただ手段として敵の武器を使えるというのは大きなメリットだ。できることの幅が広がる。いろいろと、な」


 ローゼがカップを置いて尋ねるのに、クラウスは笑って返した。


「悪い人。でも、好きよ、そういうあなたは」


 そして、ローゼは小さく呟くような声でそう告げた。


「俺は悪人じゃないさ」


 ローゼの呟きにクラウスはそう返すのみ。


「で、ノーマンの奴はどこに行った? またトラブルか?」


 クラウスたちがノーマンに殺害成功の報告をするために、この娼館に戻ってきたのだが、肝心のノーマンは少し前に出かけたと店のオーナーであるハーキムに言われ、ここで待つことになった。


 クラウスが疑念を覚えていたとき、部屋の扉が急に開かれた。


「よう。この悪餓鬼。任務を達成してきたみたいだな」


 ノーマンはいつものおどけたような口調でそう告げるが目が笑っていない。


「何が起きた、ノーマン?」

「何が起きたかって? お前さんが仕込んだことだろうよ」


 ノーマンは吐き捨てるようにそう告げ、一枚の通信文をクラウスに放り投げ、自分は煙草を取り出して火をつけた。


「“共和国植民地政府。アナトリア地域南部の保護のために軍事的緩衝地帯の設定を要求。王国政府にアナトリア南部と国境を接する地帯から100キロメートルまで撤退するように求める”と」


 クラウスはそう通信文に記されていた文章を読み上げた。


「事実上の宣戦布告だ。戦争をこんなに早く始めるなら、一言俺に言っておけよ」


 ノーマンはそう告げて、苛立たしげに煙草を口に運ぶ。


「え? なんで戦争になるんッスか?」

「ヘルマさん。私たちがいるこのキャナル・タウンから、共和国が押さえているアナトリア南部まで大よそ200キロメートル。それを100キロメートルも後ろに下がれと言われたら、王国は共和国に大運河への野心があると睨むわ。そして、王国にとって大運河がどれほど重要かはクラウスが説明したわね」


 事実上の宣戦布告と聞いても事情をよく理解できないヘルマがキョトンとした顔をするのに、ローゼがそう説明する。


「王国は共和国と帝国がアナトリアを自分たちの国境線への緩衝地帯に利用していたのと同じように、アナトリアを大運河への緩衝地帯にしてきた。だが、そいつをお前さんたちが分捕った。そして、更にはそのアナトリア南部から下がれと言われた。王国がぶち切れるのは時間の問題だ」


 ノーマンは煙草を吹かしながらそう告げた。


 アナトリア地域は列強3ヵ国の全てにとって緩衝地帯だった。共和国と帝国は自分たちの国境線を、王国は大運河を、それぞれ守るために緩衝地帯としてアナトリア地域を放置していた。


 だが、アナトリア戦争で列強がアナトリア地域を分割し、クラウスのヴェアヴォルフ戦闘団がアナトリア南部を制圧すると、王国にとっての緩衝地帯は消滅した。今、大運河までの道のりを守るのはシナイ半島に相当する部分だけだ。


 その僅かな部分からも共和国は兵を下げろと王国に通達してきた。そんな無茶苦茶な要求を王国が受け入れるはずがない。王国は列強として相応しいだけの対応を下すだろう。


 つまりは戦争だ。


「戦争はそれほど近かったのか?」

「俺は開戦の瞬間については決定権を持っているが、開戦までの準備は南方植民地総督とファルケンハインの親父に任せた。連中はそろそろ仕掛ける気になったというわけだろう」


 ナディヤが険しい表情で尋ねるのに、クラウスはそう返す。


「つーことは、これはヴィクトール南方植民地総督とファルケンハイン元帥が突っ走ってるってことか?」

「そういうことだ。まあ、こちらの状況は伝えていたから、こちらのスケジュールに無理が出ない範囲で物事を進めてくれることになっていたが」


 ヴィクトール・フォン・レットウ=フォルベック侯爵はクラウスの計画の一員ではないが、ヴェアヴォルフ戦闘団が活躍する度に自分の管轄する植民地が潤うのでその行動を黙認している。


 そして、植民地軍司令官であるファルケンハイン元帥は完全にクラウスとグルになっている。彼から計画で計上される分け前を受け取り、ノーマンが調べ上げた政治的な汚点を握られ、クラウスの行動を全面的に後押ししていた。


「そっちの戦争の準備はできてるのか? 隊長と副隊長のふたりがここにいて、お前さんが要求した書類はまだ出来てないってのに?」

「すぐには戦争にはならんよ、ノーマン。すぐには、な」


 ノーマンが尋ねるのに、クラウスは小さく笑ってそう返す。


「書類は出来たらこの住所に送ってくれ。俺たちは明日帰国する」

「この住所はターレスか。共和国海軍地中海艦隊の本拠地で何をするつもりだ?」


 クラウスはノーマンにメモを渡し、ノーマンは渋い表情でクラウスを見た。


 ターレスは地球で言うところのイタリア半島南端にある都市で、共和国海軍地中海艦隊が主力艦隊と司令部を設置している場所だ。


「安心しろ。海軍までは動かん。動かすのはちょっとした小船を6隻だけだ」


 そう告げて、クラウスは口角を歪めて、犬歯を覗かせた。


……………………

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