ベヤズ霊山強奪(6)
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ズウンと爆発音が響く。
「畜生! また仕掛け爆弾だ! 一体、連中はこの森に何発の爆薬を埋めやがったんだ!」
怒号を上げるのはウィルマが同伴を頼んだ歩兵大隊の指揮官だ。
彼の視界の先では血塗れになった兵士たちが5、6名倒れている。彼らの手足は玩具の人形のように飛び散り、腹部から吹き飛んだ臓物が、木々の枝に引っかかってグロテスクな彩をなしていた。
兵士たちを屠ったのは鉱山採掘用の爆薬に触発式信管を刺し、地中に埋めたものだ。運悪く信管を踏んだ兵士たちが纏めて吹き飛び、先ほどの血塗れになった兵士たちのようにバラバラとなった。
「敵は頭の切れて、嫌がらせの得意な将校か」
歩兵大隊の激しい損害を見ながら、ウィルマが怒りに唇を噛む。
このIED(即席爆発装置)はウィルマが歩兵を連れてこなければ、魔装騎士を吹き飛ばしていただろう。この数からして、何の策もなしにこの森に踏み入っていれば、ウィルマたちは戦う前から全滅していた。
今は歩兵大隊が被害を肩代わりしてくれているが、その損害も馬鹿にならないものになっており、既に1個中隊相当の兵士が死んだ。
魔装騎士が連隊規模で派遣されたのに対して、歩兵部隊は僅かに1個大隊。ウィルマが3つに連隊を分け、それぞれに歩兵部隊が同伴するため魔装騎士1個大隊につき歩兵部隊が1個中隊となる。
王国陸軍の平均的な歩兵中隊の編成は、4個分隊からなる歩兵小隊が3個と本部小隊が1個で約130名。それをウィルマはこの樹海に広く展開させている。
大型である魔装騎士の移動をカバーするには、歩兵たちはかなり広く展開しなければならない。本来ならば、魔装騎士の規模に合わせて連隊規模の歩兵部隊が同伴するべきだった。
「全く。相手を侮ったばかりにこの有様だ」
歩兵部隊の規模を大隊規模にしたのも、あのシェパードだ。彼は植民地軍の魔装騎士部隊を片付けるだけの仕事に歩兵の大部隊を動かす必要はないとし、拠点に歩兵を残して出撃していた。
手柄を独占したかったのか。それとも本当に魔装騎士だけで片付く話だと考えていたのか。いずれにせよ、今ウィルマの手元にある戦力は1個中隊130名規模の兵士が戦死した歩兵大隊だけだ。
『警戒! 前方に仕掛け爆弾だ! ここは迂回してくれ!』
「了解した。迂回路を探す」
それでも歩兵の目があるのはありがたい。魔装騎士は足下に死角ができやすく、今回仕掛けられていたようなIEDを前にしては、歩兵との連携がなければ甚大な被害を出すことになる。
「敵地後方まで高速機動し、兵站線や指揮系統を破壊する戦略。地形を活かして上手く使う戦術。あの距離で突撃砲を当ててきた技量。少なめに評価しても、本国軍並みの錬度だな」
ウィルマはこの窮地に自分を追い込んだヴェアヴォルフ戦闘団についてそう語る。
魔装騎士の長所である機動力を活かし、王国の兵站基地や司令部を襲撃して混乱を誘い込んだ戦略的な活躍は、まさに優れているといっていい。ウィルマたちでもまだ研究段階だったような戦略だ。
そして、山岳地帯で高所を保持し、機体をダグインさせて低地の敵を砲撃することや、視界の悪い樹海内部に大量のIEDを設置しておくという地形を上手く利用した戦術的な行動。これは文句なしに教科書に載せられるレベルだ。
また、1000メートルを切るか切らないかの距離で確実に操縦席を狙って当ててきた砲撃の技量。相手が動目標であるにもかかわらず、この距離で当てられる魔装騎士の操縦士は本国軍でもそうそうはいない。
「植民地軍の皮を被った別の何か、か。相手も実は本国軍を動員しているのではないか?」
ウィルマが考えられる限り、これだけの戦闘力を有する部隊が、植民地軍にいるとは思えなかった。共和国も王国と同じように、密かに本国軍を動員しているのではないかと彼女は考える。
『樹海を抜けるぞ。敵の姿は見えない。妙に静かだ』
そして、ウィルマがそんなことを考えている間に、彼女が直接指揮する第501魔装騎士大隊は樹海の出口に差し掛かった。
IEDで損害を出した歩兵中隊が先行し、注意深く周囲を観察しているが、今のところは敵の姿は見えなかった。灯りの消えた魔道灯が放置された採掘現場がそのまま残り、まるで墓場のように静まり返っている。
「グリフォン・ワンより第501魔装騎士大隊全機。出るぞ。何が起きても対応できるようにしておけ。相手は植民地軍などではない」
ウィルマはそう告げて、勢いよく樹海から飛び出した。
周囲に遮蔽物はなく、樹海の出口付近の安全は歩兵が確認した。
ならば、残りは高速で機動しながら、敵を制圧するだけだ。速度を上げ、敵の砲弾が命中しないことを祈りながら、敵に近接して打撃を与えるのみ。
「高速戦闘ならば、こちらにも多少の利はあるはずだ。どう動く、狼?」
ウィルマは人工筋肉が悲鳴を上げるほどに速力を上げながら、周囲に素早く視線を走らせる。
次の瞬間、坑道の掘り起こされた土砂の積み上げられている場所で閃光が瞬き、轟音が轟いた。敵の砲撃だ。
「そこかっ!」
ウィルマは砲弾を踊るようなステップで回避すると、6ポンド突撃砲の砲口を土砂の山に向け、引き金を引く。弾種は榴弾。
榴弾は土砂の山に突っ込んで炸裂し、山を崩壊させて、そこに隠れていた魔装騎士の姿を曝け出した。
「グリフォン・ワンより全機。敵は遮蔽物を利用して、こちらに砲撃を加えてくるぞ。怪しいものがあれば片っ端から撃ち抜け。相手を探し出さなければ──」
ウィルマは対装甲刀剣を構えて、土砂の山に隠れていたヴェアヴォルフ戦闘団の魔装騎士に近接する。
まずは人工感覚器に一撃。続いて装甲の薄い関節部を切断し、敵の武装が無力化されたのを確認して、6ポンド突撃砲を至近距離で放つ。砲弾は秘封機関を直撃し、精製されたエーテリウムが暴発する。
『こちらグリフォン・スリー! 敵の待ち伏せに遭遇! 滅多打ちにされて身動きが取れない。このままじゃ──』
ウィルマは自分の技量で乗り切ったが、他の兵士たちはそうもいかない。
ウィルマの指揮する第501魔装騎士大隊の魔装騎士は坑道や土砂、崩れた岩盤を遮蔽物にしているヴェアヴォルフ戦闘団の猛烈な砲撃を受け、1機、また1機と撃破されていく。
「速度を上げろ。そして、周囲に注意しろ。待ち伏せしているということは、魔装騎士の取り得である機動力を捨てている。こちらは高速機動しながら、確実に敵を仕留めていくぞ」
『了解、ウェーベル少佐』
そんな状況でもウィルマは取り乱さず、適切な指示を与える。
ヴェアヴォルフ戦闘団は遮蔽物を使用して、待ち伏せ攻撃を仕掛けており、確かに脅威ではある。だが、第2世代であるエリス型魔装騎士の機動力は第1世代とは比べ物にならない。
速力を、人工筋肉が千切れるほどの速力を出して、敵が狙いを付ける前に、相手を牽制し、近接戦闘に持ち込んで、確実に狼たちを仕留めていく。それがウィルマの取りえる唯一の策だった。
『第502魔装騎士大隊、到着しました』
『第503魔装騎士大隊、戦闘準備完了』
そして、ウィルマには数の利があった。
相手はこの抵抗から察して1個大隊程度だ。それに対して、ウィルマは3個大隊の魔装騎士を抱えている。これならば十二分にヴェアヴォルフ戦闘団を屠ることが可能になる。
そのはずだった。
『砲撃です! あの山の中腹から!』
「また動き始めたか。敵味方が入り乱れている状況で、遠距離からの攻撃は行えないと思ったが、相手の技量は予想を上回っているな」
採掘現場に躍り出た王国陸軍のエリス型魔装騎士が、ローゼの指揮する装甲猟兵中隊の狙撃を受けて、次々に撃破されていく。ウィルマは敵味方が近距離に迫る状況では、狙撃は行えないと考えていたが、ローゼの技量はウィルマの想像を超えていた。
「だが、まだやれる。数はまだ勝っている。このまま押し潰す」
いくら敵が1体、2体の魔装騎士を撃破しても、ウィルマには1個連隊の魔装騎士部隊がいる。このまま本国軍の技量と数の力で押し潰すことは可能なはずだった。
『そちらが噂の白騎士って奴かい?』
不意にウィルマのエーテル通信に聞きなれない男の声が響いた。
「誰だ?」
『そっちが必死になって相手にしている部隊の指揮官だよ。クラウス・キンスキーと言う。以後、よろしく』
ウィルマがエーテル通信機を見るのに、エーテル通信機には狼のような獰猛な表情を浮かべた男が映っていた。クラウスだ。
「フン。戦闘中にお喋りとは大した余裕だな」
『実際に余裕だからな。そっちは自分たちの不利に気付いていないのか?』
ウィルマが通信に夢中にならないように自制しながら、6ポンド突撃砲で敵のマズルフラッシュが見える場所に砲撃を叩き込みつつ告げるのに、クラウスはくつくつと笑ってそう返した。
「我々の不利だと?」
『そう。地形の不利と奇襲の不利だ』
ウィルマとクラウスがそう言葉を交わしているとき、また数機の王国陸軍の魔装騎士が吹き飛んだ。山の中腹からの砲撃と、ベヤズ霊山に穿たれた坑道などを盾に叩き込まれてくる砲撃だ。
『こちらは事前に優位な地形を分捕っておくことに成功した。対して、そちらはいきなりこの地形に飛び込んできただけ。それが圧倒的に不利なことは理解できているだろう?』
クラウスが告げる言葉にウィルマは何も返さない。
事実だからだ。
ウィルマたちは事前の偵察や準備砲撃などもなく、この地形に踏み込んだ。クラウスたちが自分たちの身を守る準備を整え、要塞のごとく変貌させた地形に、何の策もなく突撃した。
それが如何に無謀なことかはウィルマ自身が一番理解している。連隊長であるシェパードが行ったことだとは言えど、今はウィルマが指揮官だ。この無謀な作戦の責任を、部下たちの犠牲を、彼女は痛感していた。
『そして奇襲という面でもそちらは失敗した。あれだけ砂埃を巻き上げて接近して来て、こちらが気付かないとでも思ったか?』
やはりあのアナトリア地域の風土がもたらす魔装騎士やトラックが移動する際の砂埃は、クラウスたちに視認されていた。
だから、何かしらの策を取るべきであったのに、とウィルマは内心で毒づく。
『対して、こちらはいつそちらが仕掛けてくるのかを完全に理解していた。だから、山の上から砲弾を叩き込めたし、こうして無謀にも突撃してきたお前たちを待ち伏せて損害を強いることに成功している』
クラウスがそう語っている間にも、ウィルマの指揮する魔装騎士部隊はガリガリと数を減らし続けている。坑道付近の土砂や、岩陰を利用した砲撃には、本国軍の魔装騎士乗りも満足に対応できず、王国側は数機のスレイプニル型魔装騎士を撃破したに留まっている。
「だから、どうしたというのだ。多少の不利は承知のこと。私を怯えさせたいと思うのであれば、私を撃破してみることだな。物陰に隠れて、戦闘を部下たちに任せているのではなくっ!」
ウィルマはそう告げて、6ポンド突撃砲で岩陰に隠れていた魔装騎士を岩ごと撃ち抜いた。脚部を撃破されたスレイプニル型はガクンと姿勢を崩すと、武装をパージし、身を引き摺るようにして完全に岩陰に隠れた。
「各部隊、被害報告!」
ウィルマは戦闘を継続しながらも、エーテル通信機に向けて叫ぶ。
『こちら第502魔装騎士大隊! 被害甚大! 戦闘可能な魔装騎士は残り1個中隊ほどです!』
『こちら第503魔装騎士大隊! こちらも被害甚大! 1個中隊が壊滅しました! 残りの中隊もかなりの被害を出しています!』
エーテル通信機から悲鳴のように報告の声が上がる。
「第501魔装騎士大隊の残余は30体。全部隊を合計しても1個大隊強か……」
ウィルマは自分の率いる第501魔装騎士大隊の状況を確認しながらそう呟く。
「ダメだ。被害が大きすぎる。このままでは全滅だ。誇り高き王国本国軍の魔装騎士部隊が全滅する」
既に2個大隊の魔装騎士部隊が壊滅に近い損害を受けた。連隊の戦力は半減している。やはりクラウスが告げたように地形の不利と奇襲の不利が大きすぎた。
「だが、ここでおめおめと撤退するわけにもいくまい」
ウィルマはそう告げて、各部隊の配置を確認する。
「よし。第502魔装騎士大隊と第503魔装騎士大隊は制圧射撃だ。兎に角、怪しい場所に向けて砲弾を叩き込め。敵を牽制しろ。当たろうと当たるまいと構わん。弾薬が尽きるまで撃ち続けろ」
『りょ、了解』
ウィルマが何事かを計画して告げるのに、部下が戸惑ったように答える。
「第501魔装騎士大隊は近接戦闘だ。友軍が敵を牽制している間に、一気に斬り込むぞ。私に続き、1体でも多くの敵を撃破しろ。いいか?」
『了解しました、少佐殿』
ウィルマがこの状況で選択したのは近接戦闘による決着。
友軍に牽制射撃を行わせ、敵の砲撃を阻止した隙に自分たちが斬り込む。敵味方が完全に入り乱れれば、山の中腹からの砲撃は不可能であるし、地形の不利も覆すことが可能になる。
「では、開始だ。制圧射撃開始」
『第502魔装騎士大隊、制圧射撃開始!』
ウィルマが静かに宣言するのに第502魔装騎士大隊と第503魔装騎士大隊の生き残りが6ポンド突撃砲と20ミリ機関砲からあらん限りの砲弾を放って、採掘現場に榴弾の雨を降らせる。
ズウン、ズウンと重低音の炸裂音が響き、採掘現場に残されていた重機や、魔道灯、秘封機関が吹き飛んでいく。
それと同時にヴェアヴォルフ戦闘団側からの砲撃が止まった。彼らは制圧射撃を受けて物陰から顔を出すのが困難になり、物陰に押し込められた。
「よろしい。では、行くぞ、諸君。対装甲刀剣、抜刀。斬り込み用意」
『準備完了です』
ウィルマはどこまでも淡々とそう命じ、対装甲刀剣を再び抜く。
「雄叫びを上げろ! 斬り込み開始!」
そして、次の瞬間にはウィルマは獣のように叫び、友軍が押さえ込んでいるヴェアヴォルフ戦闘団へと突撃した。
エリス型魔装騎士の発展した人工筋肉が悲鳴のように軋み、数十トンはある鋼鉄の巨人が時速50キロメートルという猛スピードで突進する。
ヴェアヴォルフ戦闘団はこの動きを予想していたのか、既に彼らは突撃砲を構えるのではなく、近接戦闘用の対装甲刀剣を構えて、ウィルマたちを迎え撃った。
衝突。
「まずは1体!」
ウィルマは踊るようにステップを踏み、対装甲刀剣を秘封機関に突き立てる。秘封機関内の精製されたエーテリウムが暴発し、ズンと音を立てて炸裂した。第2世代であるスレイプニル型では、秘封機関が暴発しても、操縦席は保護されるようになっているとは言え、秘封機関を失えば、人工筋肉も動作しなくなり、戦闘不能だ。
「次!」
ウィルマは戦闘不能になった魔装騎士を捨て置き、次の目標へと移る。
『とうとうおいでなすったか』
エーテル通信機に再び、クラウスの声が響く。
「どこにいる、腰抜け。私が切り捨ててやろう」
『早々簡単にはいかんぞ。こっちも近接戦闘には慣れてるもんでな!』
不意にウィルマの眼前に2体のスレイプニル型魔装騎士が躍り出た。
『少佐殿! 援護します!』
2対1という状態に追い込まれたウィルマに、第501魔装騎士大隊の兵士が横から飛び出して、ウィルマの援護に回ろうとする。
『甘い』
だが、その魔装騎士はウィルマの眼前に現れた2体の魔装騎士の1体に狙われ、対装甲刀剣を振るう暇すら与えられず、不明な武器──対装甲ラムで操縦席を貫かれて、撃破された。
「貴様っ!」
目の前で友軍が殺されたのに、ウィルマが動く。
対装甲刀剣を振るい、ウィルマは友軍の魔装騎士を撃破した機体──クラウスの機体に襲いかかった。
『なるほど。流石は白騎士とか言われているだけはある。速いな』
クラウスはそう告げながら、自身の対装甲刀剣でウィルマの攻撃を受け止める。
「ここで倒れてもらうぞ、クラウス・キンスキー。お前は危険すぎる」
一連の王国側に衝撃を与えた行動の立役者がクラウスであるのは、もはや明らかだ。ここで倒しておかなければ、王国はまたこの男によって混乱に見舞われる。
ここでクラウスを倒すのはウィルマ・ウェーベル子爵の国王と国家への忠誠だ。
『簡単にはやられんさ』
ウィルマが素早く次の攻撃を繰り出すのに、クラウスが甲高い金属音を響かせて対装甲刀剣を受け止める。
『ヘルマ。お前は近づく奴を排除しろ。邪魔をさせるな』
『了解ッス、兄貴』
クラウスはウィルマと交戦しながら、もう1体の魔装騎士──ヘルマの魔装騎士に指示を出し、ヘルマはウィルマを援護しようとする王国の魔装騎士に対装甲ラムを叩き込み、対装甲刀剣で操縦席を貫く。
「なんとしても、ここで……!」
ウィルマは額から汗を流しながら、クラウスに食らいつく。
戦況はウィルマの猛攻をクラウスが間一髪で防いでいるというところだ。クラウス側は攻撃を行おうとしても、ウィルマからの攻撃があまりにも激しすぎて、攻撃に踏み切れずにいる。
『流石は白騎士というわけか』
クラウスの言葉に緊張の色が滲む。
『だが、この程度でやられるほど俺たちは柔じゃない。ローゼ、やれ』
クラウスがそう告げた瞬間、クラウスは一気に後ろにステップを踏んで距離を取り、ウィルマの攻撃が空を切る。
「何を──」
突然の後退にウィルマが困惑したのもほんの数秒のこと。彼女はクラウスが何をしようとしているのかをすぐさま察知した。ありえずはずのないことだが、この状況ではそれしか考えられないことを察知した。
ガン、と金属音を響かせて、ウィルマの魔装騎士の右腕が吹き飛んだ。
砲撃だ。あの山の中腹からウィルマたちを狙い続けていた部隊──ローゼの装甲猟兵中隊が、ローゼが、ウィルマの魔装騎士の右腕を吹き飛ばした。
「まさか、そんなことが」
これだけ敵味方が近接している状態で、遠距離から砲撃を加えるなど狂気の沙汰だ。普通の指揮官であれば、そんなことは決して命じない。
だが、クラウスは命じた。彼はローゼの技量を把握しており、彼女ならば不可能ではないと判断して。
『さて、覚悟してもらおうか、白騎士殿』
右腕が吹き飛ばされたウィルマにクラウスが襲い掛かる。
先ほどはウィルマの猛攻を退けるだけだったクラウスだが、今度は彼が攻撃に転じる番だった。
対装甲刀剣をウィルマのエリス型魔装騎士の人工感覚器に突き立てて破壊し、次に彼はウィルマが辛うじて対装甲刀剣を握っていた左腕の関節に人工刀剣を振るう。関節を破壊されたウィルマの魔装騎士は両腕を失い、戦闘不能になった。
『ここで死んでおいてもらわなきゃならんのは、お前も同じだ。これだけの技量のある魔装騎士乗りを生かして返すと、また俺たちの植民地戦争が妨害される。それだけは避けさせてもらおう』
クラウスはそう告げて、チャージを完了した対装甲ラムをウィルマに向ける。
「クッ……! スモーク、展開!」
だが、クラウスの攻撃がウィルマを屠る前に、ウィルマの機体がスモークを射出した。周囲が一瞬で白煙で覆われ、クラウスの視界も潰された。
「第501魔装騎士大隊、被害報告!」
ウィルマは武装をパージして身軽になりながら、エーテル通信機に向けて叫ぶ。
『第1中隊、残余残り5体!』
『第2中隊、敵を道連れにしてやりましたが、被害甚大です!』
『第3中隊、被害が多すぎて戦闘不能!』
斬り込み攻撃はヴェアヴォルフ戦闘団にある程度の損害を与えたが、ウィルマたちが被った損害も馬鹿にならないものだった。ウィルマたちの部隊の多くが、甚大な被害を出して、辛うじて戦闘を継続しているだけだ。
「分かった。全部隊、撤退だ。第502、第503魔装騎士大隊は制圧射撃を続けて、友軍の撤退を支援しろ。移動可能な魔装騎士は全て撤退するんだ」
ウィルマは苦虫を噛み締めたような表情でそう命じた。
第502魔装騎士大隊と第503魔装騎士大隊はウィルマたちを追撃しようとするヴェアヴォルフ戦闘団を牽制しながら後退し、その隙にウィルマたち第501魔装騎士大隊が逃れる。
『少佐殿! れ、連中、投降した友軍を!』
「何?」
撤退を始めたウィルマのエーテル通信機に青褪めた表情の部下の顔が映る。
「なっ……」
ヴェアヴォルフ戦闘団は魔装騎士から下車し、投降した王国陸軍の兵士を殺していた。対装甲刀剣で叩き潰し、足で踏み潰し、機関砲で薙ぎ払い、あらゆる手段を使って捕虜とすべきはずの、降伏した兵士たちを殺していた。
「この外道どもめっ……!」
ウィルマは投降した捕虜は戦時国際法に則り扱うべきだと考えていたし、彼女自身もそうしてきた。
だが、ヴェアヴォルフ戦闘団はそんなウィルマの目の前で、投降した捕虜を殺戮している。目的は不明だが、保護すべきはずの捕虜を、彼らは一切の情けも見せずに皆殺しにしている。
「クラウス・キンスキー。覚えておくぞ。お前は死ななければならない」
ウィルマは怒りに表情を歪めながら、友軍の支援を受けてベヤズ霊山の採掘現場から離脱した。撤退する際にはあまりに急ぎすぎたための歩兵部隊の十分な支援が受けられず、数機の魔装騎士が仕掛け爆弾でやられた。
「やれやれ。これで戦闘終結か」
クラウスは逃げ去ったウィルマたちを追撃することもなく、捕虜の殺害を終えた。
「こちらの被害は1個中隊が戦闘不能。だが、操縦士はほぼ生き延びた。これは朗報だな。機体さえレナーテから融通してもらえば、再び戦闘力を取り戻せる」
あの激戦でも、クラウスの部下たちは辛うじて生き延びていた。敵が秘封機関を狙って攻撃してきたことが理由だ。第2世代型の魔装騎士は自動消火システムと装甲が設けられ、秘封機関の暴発から操縦士の身を守ることを可能にしている。
『兄貴、やったッスね! 大勝利ですよう!』
「ああ。大勝利だ。王国の本国軍を相手に勝利したんだからな」
ヘルマが嬉しそうに声を上げ、クラウスの小さく笑ってそう返す。
『こちらローゼ。逃げている連中を数機撃破したけど、ここら辺で終わりね。他に接近しようとしてくる敵はいない』
そして、ローゼからもいつものぶっきらぼうな口調で報告が入る。
『それにしてもいつまでこの鉱山を守るつもり?』
「なあに。後僅かだ。共和国と帝国が反撃に転じたことで王国は一気に不利になった。そろそろ講和が行われるだろう」
ローゼが尋ねるのに、クラウスがそう返す。
事実、共和国、帝国、そして王国はアナトリア地域の分割交渉に入っていた。近日中に停戦協定が結ばれ、アナトリア地域は列強によって分割されるだろう。
『そう。なら、これで終わりね』
「まさか。これからが本番だ。俺たちの仕事は、俺たちの財布を温かくすること。そのためには多少なりの命令違反も構わん」
ローゼが安堵したように告げるのに、クラウスはそう告げたのだった。
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