ベヤズ霊山強奪(5)
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「全機、全速力だ。時間を与えれば敵が陣地などを構築する。それは避けたい」
そう告げるのはウィルマだ。
ウィルマは本国軍を投入しても列強を刺激しない形を取るために、本国軍における彼女の装備ではなく、第2世代型のエリス型魔装騎士に搭乗していた。だが、彼女のシンボルマークである白いグリフォンのエンブレムは外していない。
エリス型もスレイプニル型と同じように人工筋肉の質が大幅に上昇し、高い機動力を有している。だが、またスレイプニル型と同じように装甲の質は僅かに上昇しただけで、装甲防御力はサイクロプス型から僅かにしか進化していない。
そして武装も6ポンド突撃砲と20ミリ機関砲、そして対装甲刀剣と、サイクロプス型から進歩がない代物である。
『ウェーベル少佐。指揮官は私だ。余計な口出しをしないでもらおうか』
と、ウィルマのエーテル通信機のクリスタルに中年の男の顔が映る。
「シェパード大佐殿。指揮系統に口を出すつもりはありません。ですが、勝利するのに必要なことは全て行わせていただきます。ここで敗北することは国王陛下と祖国への背信ですので」
『兎も角。君が口を出していいのは、君が有している部隊だけだ。他の部隊の指揮はこの私が執る』
シェパードというこの男が、アナトリア地域に派遣された王国本国軍の魔装騎士部隊の指揮官だった。
本国から派遣された魔装騎士部隊は1個連隊。王国はその全てをベヤズ霊山を奪還する任務に投じた。1個連隊の魔装騎士と1個大隊の歩兵部隊が、ベヤズ霊山に向けて、南部の港湾都市から突き進んできた。
「これだけ派手に動けば相手も察知する。ここは正面から誘引し。側面から回り込むなどの手を打つべきだと思うのだが……」
ウィルマは自分の魔装騎士のクリスタルに映し出されるアナトリア地域の風景を観察しながらそう呟いた。
1個連隊の魔装騎士とトラックによる1個大隊の歩兵部隊の移動は、砂っぽい地理的事情を持つアナトリア地域ではよく目立つ土色の粉塵を巻き上げることになっていた。
これでは自分たちがどちらの方向から攻めているのか丸分かりだ。相手は万全の態勢で自分たちを迎え撃つことになるだろう。
それを避けるためにウィルマは正面で敢えて土煙を出し、その間に密かに側面から魔装騎士を回して不意を突くという案をシェパードに出していたのだが、却下されてしまっていた。
シェパードは完全にこの戦争を舐めている。相手が植民地軍だということに軽蔑の念を度々示し、本国軍が相手になるならば戦力差が3倍あろうが、十二分に勝利できると謡っていた。
ウィルマはシェパードほど楽観主義者ではなく、植民地で戦い続けてきた植民地軍はある意味では本国での演習しか知らぬ本国軍よりも優れたものであると思っていた。それ故に危険であると。
「あそこの辺りに採掘現場があるはずだが」
ウィルマたちはベヤズ霊山まで距離1000メートルほどに迫り、採掘が行われていたとされる場所の見当がつきそうになる位置まで来た。まだ採掘現場そのものは樹海に覆われていて分からないが、地図と照らし合せれば目星は付く。
『全機、突撃だ。歩兵大隊は我々に続け』
エーテル通信機からシェパードの声が響く。彼は魔装騎士で樹海に乗り込むつもりのようだ。
「シェパード大佐。まずは下車偵察を行って地形を確かめなければ。強行すると不必要な損害を出します」
『時間がないと言ったのは君だろう、ウェーベル少佐。大人しく指示に従いたまえ。それともこんなところで怖気──』
ガンッという甲高い金属音が響き。それと同時にシェパードからのエーテル通信が途絶えた。
「攻撃! 全機、散開しろ!」
それに対するウィルマの動きは速かった。
彼女は自分の部下たちを直ちに散開させ、次の砲撃がウィルマに向けて飛んできた時には、彼女は対装甲刀剣を抜き、砲弾を“斬り落とした”。
『うわっ! やられた! 脱出する!』
『ぎゃっ──』
エーテル通信は一瞬で混乱したものへと変わった。
悲鳴。助けを求める声。悲鳴。怒号。困惑。
最初に砲撃を受けたシェパードの機体は操縦席から秘封機関までを完全に貫かれ、炎上している。その周囲にも、続く攻撃で撃破された魔装騎士たちが転がり、運よく生き残った操縦士が逃げ惑っている。
「全機、スモークだ。スモークを使え。敵は狙撃してきているぞ」
ウィルマはこの混乱の中で冷静に指示を出す。
「どこから撃ってきた。北だということは分かったが、北のどこだ?」
ウィルマはそう呟きながら、周囲が白いスモークに覆われていくのに、砲弾が飛来した方向であり、ヴェアヴォルフ戦闘団に乗っ取られた北を睨む。
『ああっ! 被弾、被弾した!』
『畜生、スモークを焚いているんだぞ!』
スモークを展開しても、砲弾は容赦なく飛来し、王国の魔装騎士を仕留める。
「見えたぞ」
だが、その砲撃からウィルマは砲撃の行われている地点を──ローゼの居場所を突き止めた。彼女が山の中腹にある洞窟の傍に陣取っているのを、抜け目なく探し出した。
「第1中隊! 煙幕弾を私が撃った位置に叩き込め! 第2中隊と第3中隊は、煙幕に向けて制圧射撃! 残りの部隊は前進して樹海に入れ!」
ウィルマはローゼの魔装騎士がダグインしているのを一目見て、遠距離からの砲撃で仕留めるのはほぼ不可能だと判断した。
よって彼女は煙幕弾でローゼの視野を完全に塞ぎ、更には制圧射撃を加えることでローゼの狙撃を阻止しようと試みた。
6ポンド突撃砲から煙幕弾が発射され、白い煙がベヤズ霊山の中腹に立ち込める。更にその煙幕を目印にし、2個中隊36機の魔装騎士が6ポンド突撃砲で榴弾の雨を降り注がせる。
「これで山にいる敵はいいだろう。問題はこの先だ」
ウィルマは自分の魔装騎士をスモークの前に出し、山の上からの狙撃が行われなくなったのを確認すると、樹海に目を向ける。
鬱蒼とした樹海だ。エーテリウムの影響で木々が異常成長し、魔装騎士ですら包み込んでしまうほどの樹海となっている。
「とりあえずで樹海に避難させたが、下車偵察もなしにこんなところに踏み込みたくはなかったな。中の地形がどうなっているのか分からなければ……」
ウィルマは対装甲刀剣を手に、樹海を覗き込む。
先行して樹海に入った部隊は樹海の入り口でそのまま待機している。先ほどの悪夢のような砲撃のためか、戦意は鈍り、行動に自発性というものが窺えない。
「植民地軍が地形を活かして、我々を瞬く間に腑抜けにしたのに、名誉ある本国軍はこのざまか。笑えないな」
やはり植民地軍だからと言って侮るべきではなかったと、そうウィルマは後悔する。もっと強く自分の意見を押し通し、植民地軍に対して警戒するべきであったと。
「だが、もう遅い。こうなった以上はやり遂げるより他ない」
ウィルマはそう告げて、自分の魔装騎士を樹海の中に進める。
「シェパード大佐戦死によりこれより部隊の指揮を引き継ぐ。魔装騎士部隊は歩兵部隊の到着を待って行動を開始せよ。第503魔装騎士大隊は右翼より、第502魔装騎士大隊は左翼より、第501魔装騎士大隊は中央より採掘現場に接近する」
『了解しました、ウェーベル少佐』
ウィルマが指示を出すと、エーテル通信機のクリスタルに安堵したような表情を浮かべた兵士の顔が映る。やはり名高い魔装騎士乗りであるウィルマが指揮を執るのは安堵できるのだろう。
「安心はするな。敵は罠を張って待ち構えているはずだ。歩兵部隊との連携によってこの場は乗り切るぞ。全機。歩兵部隊からの報告には必ず耳を貸せ。些細なことでも生死を分けることがある」
魔装騎士の人工感覚器は人間の感覚器と同じように映像と音を拾う。そして、その範囲はその巨体に相応しいだけ広範囲だ。
だが、それでも死角は生じる。人工感覚器の位置が高いために、足元に関しては僅かながら視界があるし、当然背後は振り返らなければ確認できない。
そして、人ひとりが処理できる情報の量にも限りがある。
このような樹海ではあらゆるものが障害となって立ち塞がり、操縦士は進むだけでも神経を使う。そこに樹海の樹木を使って偽装した敵などがいれば、格好の的にされてしまうだろう。
故にウィルマは歩兵との共同作戦を選んだ。歩兵は魔装騎士よりも数があり、魔装騎士が障害物の多い樹海を移動している間、敵がどこかに隠れていないか探してくれる。
『ウェーベル少佐。歩兵部隊が到着しました』
「よろしい。前進開始だ」
魔装騎士の撃ち合いの間、後方に一旦避難し、砲撃戦が終わったとみると再び前進してきた王国陸軍のトラックが樹海の前に列を作って並んだ。
「さあ、全機前進開始だ。ただでは帰るまい。失った戦友の分だけ、やり返させて貰うぞ、狼ども」
ウィルマはそう告げると、歩兵部隊と共に樹海の中を前進し始めた。
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