ベヤズ霊山強奪(4)
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「植民地戦争に本国軍を投じる、か」
ベヤズ霊山からさほど離れていない王国植民地軍の駐屯地でウィルマ・ウェーベル子爵は憂鬱そうな顔をして、新聞に目を通していた。
新聞には共和国と帝国の同盟軍がアナトリアで反撃に転じ、王国の戦況は不利になっていることが記されていた。
「やむを得ないことですよ。アナトリアは一晩で金の卵を産む鶏になった。この地を支配することが王国の明日を守るために重要なのですから」
ウィルマの呟きに応じるのは王国秘密情報部のトーマス・タールトン準男爵だ。
「だが、これは世界大戦の危機を招くのではないか。アナトリアは政治的に敏感な地域。そこに本国軍を投入するというのは共和国と帝国を敵に回して、世界大戦を始める覚悟があってのことだろうか」
ウィルマが懸念しているのは、本国軍を投じたことで起きる世界大戦だった。
アナトリア地域は共和国と帝国の両国と国境を接する地帯。それだけ政治的にナイーブな地域である。そこに王国が本国軍を投入したというのは、共和国と帝国に正面戦争の準備を取らせてもおかしくないことだった。
「世界大戦は誰もが恐れています。だから、早々簡単には起きませんよ。それに我々がアナトリアで狙っているのはベヤズ霊山とミスライムの緩衝地帯だけ。共和国と帝国の国境地帯を狙っているわけではないのですから」
トーマスはどこか楽観的な意見をウィルマに述べた。
確かに王国は共和国と帝国が同盟するという事態を受けてから、目的をベヤズ霊山のエーテリウム鉱山の確保と、ミスライムの緩衝地帯の確保にまでグレードダウンさせた。それは王国はアナトリア地域の資源は狙うが、共和国と帝国の本土の安全保障を脅かさないということの表れだった。
「そうであればいいのだが……」
軍人として悲観的に物事を考える癖のあるウィルマは、王国が本国軍を投じたことで、共和国と帝国も本国軍を投じ、それが切欠となって世界大戦へと繋がるのではないかと憂慮していた。
「それにしても、王国はかなり押されていますな。数の上では同数のはずですが、どうしてでしょうか?」
トーマスは紅茶で満ちた杯を傾けながら、ウィルマにそう尋ねた。
「ああ。敵の高速機動部隊が後方を荒らしているからだ。ヴェアヴォルフ戦闘団、と言ったか。この部隊の動きは、我々の軍事的な常識を覆すようなものだ。魔装騎士の真価を発揮した画期的なものだ」
ウィルマは既にヴェアヴォルフ戦闘団の動きについて把握している。
少数の機動部隊が、敵地後方にまで浸透し、後方の脆弱な物資集積所や司令部を叩き、兵站計画や指揮系統に打撃を与えているのだと。そして、その打撃があるからこそ、共和国と帝国の同盟軍が着々と前進できているのだと。
「私の部隊でも研究課題として考えた事はあるが、この部隊の動きは我々の研究などより遥かに進んでいる。この部隊を指揮している将校はかなりの凄腕だな」
ウィルマはそう告げて、タールトンと同じように紅茶の杯を傾ける。
「気がかりなのは、この部隊をロストしたということだ。このような危険な部隊が、野放しになっているのは危険だぞ」
現在、王国植民地軍はヴェアヴォルフ戦闘団を見失っていた。
彼らと最後に交戦したのは兵站基地の警備部隊で、彼らが全滅に近い打撃を受け、兵站基地が焦土と化した後は、ヴェアヴォルフ戦闘団はどこで何をしているのか分からなくなっていた。
「フム。気がかりですな。こちらでも情報を集めてみましょう。こちらに友好的な植民地人から何か情報が得られるかもしれません」
「これは秘密情報部がどうこうできるような問題ではないよ、タールトン準男爵。純粋に軍事的な問題であり、即応性が求められる話だ。部族と話し合っている間に、この部隊は次の目標に移っているだろう」
トーマスがそう告げるのに、ウィルマは首を横に振って返した。
「では、どのようになさるおつもりで?」
トーマスは嫌味ではなく、純粋な興味からそう尋ねた。
「次に捕捉した時点で、少数の追跡部隊を付ける。それからは私の部隊も動員し、狼を狩りだしてやろう」
ウィルマは暫し考えた末にそう告げた。
「いやあ。あなたが直接出られるのですか。それほどまでに、この得体の知れない部隊は危険だと?」
「危険だな。何をするか分からない。やるならば確実に仕留めておきたい」
ウィルマの中で、ヴェアヴォルフ戦闘団の脅威判定は最高に近いレベルになっていた。これまでの演習で戦ってきたどのような敵性部隊よりも、脅威的な存在であると。
「では、狼狩りですな。我々ができることはさしてなさそうですので、我々は我々の仕事をさせていだきます」
トーマスは現地の部族を買収し、味方に付ける工作活動を行っている。トーマスに買収された部族たちは王国に味方し、共和国と帝国の後方で破壊活動を行ってくれるはずだった。
「そちらの仕事はそちらに任せる。私は私の仕事をする」
ウィルマがそう告げ、タールトンが駐屯地内のウィルマの天幕を出ようとしたときだった。
「た、大変です、ウェーベル少佐殿! ベヤズ霊山が、ベヤズ霊山が!」
「落ち着け。何が起きた?」
ウィルマの天幕に王国植民地軍の兵士が転がり込むように入ってきて叫び、ウィルマは彼を落ち着かせようと凛とした声でそう告げる。
「ベヤズ霊山が敵に、共和国に奪取されました! 奴ら、警備部隊を全滅させて、鉱山の権利を主張しています!」
「なっ……」
兵士の言葉にトーマスの顔が強張った。
「それは確かか?」
「はい! 先ほど警備部隊からの最後の通信が届き、それに続いて、共和国植民地省資源管理局宛てのエーテル通信が発されるのが確認されました! ど、どうしたらいいのでしょうか、少佐殿?」
ウィルマは冷静に事態を確認し、兵士はウィルマに縋るような視線を向ける。
「なるほど。ここで動いたか、狼たちめ。だが、軍事的な目標ではなく、経済的な目標を狙うとはな。買いかぶり過ぎていたか?」
ウィルマはそう呟いて、顎に手を置く。
これがヴェアヴォルフ戦闘団の攻撃ならば、彼らはこの戦争で勝利するための軍事的な目標を攻撃するのではなく、戦争に勝った後で問題になる経済的な目標を攻撃したことになる。それは純粋な──クラウスのように邪な考えのない軍人であるウィルマからすれば、無駄な行為だった。
「別の狙いがあるか? 我々を誘き出して、攻撃するような……。いや、これほど敵地深部に浸透した状態でそんなことをしても無駄だな。だとすると、これは囮か? それとも本当に奴らは鉱山を狙って攻撃してきたのか?」
ウィルマはヴェアヴォルフ戦闘団の意図を測ろうとするが、情報が少なすぎて、結論がでない。
「少佐殿。本国からはベヤズ霊山だけは死守しろと命じられているのです。どうか、手を貸してください」
「分かった。見敵必殺だ」
兵士がそう告げるのに、ウィルマはついに行動を決定した。
「直ちに私の部隊が出撃する。それから、王国本国軍にも出動を要請する。神出鬼没の狼を捉えたならば、始末してやろう、それが1匹、2匹でも構うまい。確実に敵を屠ることが重要だ」
ウィルマはそう告げると、天幕の椅子に立てかけてあったサーベルを握る。
「本国軍が動きますかな?」
「動くだろう。そのベヤズ霊山というもののために戦争をしているのだ。それが失われるかどうかの戦いならば、彼らとて傍観はしまい。我々とて無駄に世界大戦のリスクを冒して植民地に投入されたわけではないのだ」
トーマスが尋ねるのに、ウィルマはそう答えて外に出た。
「第501魔装騎士大隊、出撃準備だ! エーテリウムを満タンにし、全ての武装を積み込め! 急げ!」
「了解!」
ウィルマが命令を叫ぶのに、彼女の部隊──第501魔装騎士大隊が応じる。
「狼狩りの時間だ。相手がどのようなものか分からぬのは不安だが、やり遂げるより他あるまい。それこそが国王陛下と国家への忠誠というもの」
ウィルマは迫りくるヴェアヴォルフ戦闘団──クラウスとの戦いの時を前に、ひとりそう呟いたのだった。
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「静かなものだな」
場所は変わってベヤズ霊山。
そこではクラウスたちが必ず動くだろう、王国の部隊に備えて、防衛戦の準備を行っていた。
ローゼたちは魔装騎士用の塹壕を掘って機体をダグインさせ、クラウスたちは鉱山に掘られた坑道などを遮蔽物として戦闘を行えるようにしていた。
クラウスたちはある程度、敵の向かってくる方角を想定することができた。鉱山はベヤズ霊山の南部に位置し、王国が物資や兵士を運び込んでいる港湾都市もアナトリアの南部に位置する。
鉱山の北部には高く聳えるベヤズ霊山があり、そこを越えてきて攻撃をするとはまず考えられない。王国軍は間違いなく、南部の方面から、攻撃を仕掛けてくるだろう。
クラウスはそのことを念頭に置いて、ベヤズ霊山における防衛陣地を設営した。全ての砲の向きは南、南東、南西のいずれの方角にも向けられるようになっている。
『敵、来ないッスね、兄貴。まだ朝になったばかりだから寝てるんッスかね』
「馬鹿言え。お前じゃないんだぞ。軍隊は24時間営業だ。朝だろうが、夜だろうが、戦争が起きているときは休みなしだ」
時刻は朝日が昇り始めた時刻。太陽の灯りが差し込み、ベヤズ霊山が神秘的な輝きを以て照らし出される。山頂がキラキラと輝き、岩壁を伝う蔦などの植物も緑に輝く。
『こちらローゼ。南東部に土煙。恐らくは魔装騎士』
だが、クラウスたちにはそんな神秘的な風景を味わう時間もなく、ローゼが敵襲を告げる言葉を述べる。
「距離と数は?」
『距離は約7000メートル。数は不明。けど、あの土煙が全て魔装騎士なら、1個連隊はいる』
クラウスがローゼに尋ねるのに、彼女はいつものように不愛想に答える。
「そちらはどの距離で撃ち始められる?」
「距離3000メートルに入るならば私は当てられる。けど、部下たちの技量から判断して距離1000メートルってところかしら」
続いてクラウスがローゼの攻撃開始可能時期を尋ねるのに、ローゼは肩を竦めて答えた。
移動する目標に3000メートルという距離で当てられる。それは恐るべきまでの技量だ。この距離では砲弾の風の抵抗や、重力といった自然現象を考慮に入れなければならない。未だにFCS(射撃管制装置)としての機能は限定的な魔道式演算機を使って、そんなことができるのは本人の技量が物を言っている。
「なら、距離1000で十二分にキルゾーンに誘い込んだら、滅多撃ちにしろ。可能な限り数を減らしておけ。間違いなく、敵は本気でここを奪還するつもりだ。近接戦闘という乱戦に持ち込む前に地の利を活かした砲撃で数を減らしておきたい」
『了解。最善を尽くすわ』
クラウスはローゼを信頼している。彼女は自分が不在の時に部隊の指揮を任せられるし、装甲猟兵中隊という部隊を任せるには最適の人物であると。
『兄貴、敵ッスか! 敵が来たッスか!?』
「ああ。敵が来たぞ、ヘルマ。歓迎してやろうじゃないか、盛大にな」
迫りくる王国の軍隊を前に、クラウスは犬歯を舐めた。
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