ベヤズ霊山強奪(3)
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ベヤズ霊山。
高く聳えるその山の麓では、王国植民地軍が警備するなかで採掘作業が行われていた。最初に行われたのは試掘で、どれくらいの深さに、どの程度のエーテリウムが埋蔵されているかを調べるためのものだった。
だが、それはすぐに終わった。エーテリウムはかなり浅い位置に、膨大な量が眠っていると判明したからだ。
恐らくは過去最大級のエーテリウム鉱山と見られ、王国政府は高まり続けて天井が見えないエーテリウム需要に応えられるだけのエーテリウムを、自分の経済圏だけで賄えるのではないかと期待していた。
自分たちの経済圏での自己完結。それは他の列強諸国との戦争の可能性を臭わせていた。こうやってエーテリウムの自己完結を目指したり、植民地までの航路の安全を執拗に確保しようとするのは、それは他の列強2ヶ国を敵に回した戦争を行うということを示唆している。
今は植民地戦争中でも、本国間では物品が売り買いされる経済交流があり、外交関係も劣悪ながら決して途絶えてはいない。本国で普通に暮らすものたちは、世界大戦が起きるなどとは想像できていない。
だが、植民地で暮らすものたちはそうではない。
植民地では恒常的に列強が争っている。常にどこかで戦争が起きている。小さな国境線を巡る紛争から、植民地ひとつの利権を賭けて争われる大戦争まで、様々な戦争が起きている。
植民地に暮らす入植者たちは恐れている。もし、一歩間違って、この常態化した植民地戦争が本国に飛び火したらどうなるのだろうか、と。
植民地を管理する植民地政府は恐れている。もし、植民地を巡る戦争が激化を続け、それをきっかけとして本国間の戦争が勃発すればどうなるのだろうか、と。
植民地で戦う植民地軍の上層部は恐れている。もし、植民地戦争の制約が徐々に外れていき、本国までもが戦争の影響圏となったらどうなるのだろうか、と。
世界大戦は植民地の争いから始まる。世界大戦の可能性を恐れるものたちは、皆がそう思っていた。
だが、それでも植民地を巡る争いに歯止めをかけることはできない。
世界大戦になれば、ひとつでも多くの植民地を持ち、資源を有するものが有利になるからだ。世界大戦が勃発し、経済交流が完全に途絶えれば、植民地で自給自足できる勢力が有利なのは自明の理。
つまり、世界大戦に備えて、世界大戦を招く恐れのある植民地戦争を続ける。
手段と目的が完全に矛盾した戦争。しかし、世界はそのように動くしかなかった。今は強者が弱者を支配する帝国主義の時代であり、弱ければ食い物にされるのは列強とて例外ではないのだから。
そんな時代の、そんな世界で、ベヤズ霊山はこれまでの神秘さを引き剥がされ、蛭が血を吸うようにして列強にエーテリウムを吸われる。
麓からエーテリウムの眠る山脈の地下に向けて坑道が掘られ、守護神が宿るとされた山は幾度となく爆薬で爆破されて掘り返される。
「落盤事故発生! 落盤事故発生!」
時間はまだ夜明け前だというのに、ベヤズ霊山では徹夜で採掘作業が続けられていた。周囲は秘封機関から魔力供給を受けた作業用の魔道灯で明々と照らし出され、王国からやって来た鉱山労働者が、命がけでエーテリウムの採掘を行っている。
鉱山労働者は金を求めて王国の外に出た王国の下層市民たちだ。未だに階級制度の残る王国では、爵位や騎士の位がないものが上に昇り詰めるのは難しく、閉鎖的な社会構造の中で、人々は自由を求めて植民地に出る。
植民地には自由がある。植民地ならば地主になれる。植民地ならば召使たちを侍らせた豪邸が持てる。
王国政府はそう宣伝し、実際は凶悪な感染症と危険な植民地人の反乱と本国よりも低い賃金のことを伏せ、王国に淀む下層市民を植民地に棄民していた。
「また落盤です。どうも爆薬を使い過ぎて、地盤が緩くなっているように思われます。一度、坑道の補強作業を行い、採掘の再開はそれからでどうでしょうか」
「いや。採掘を続けろ。ここを鉱山として稼動できるだけにするんだ。既成事実を急いで作らなければ、いつまでも共和国と帝国を相手に睨み合いを続けることはできんからな」
王国の資源開発企業に勤める鉱山技術者が告げるのに、このベヤズ霊山を初めとする王国の資源開発を担当する部署の役人が返す。
「戦況はまだ拮抗していると聞くが、共和国と帝国が同盟を結んだ以上は、我らが王国にとって不利な戦況だ。いつ、共和国や帝国の連中が進んでくるか分らん。奴らがアナトリアの他の部位を奪うのは勝手だが、このベヤズ霊山だけは渡すわけにはいかんのだ。なんとしても、既成事実を作り、守り抜く」
役人は険しい表情で落盤が起きた鉱山から、負傷者や死者が運び出されるのを見ていた。
王国は12個師団を投入したが、共和国と帝国の同盟軍は着実に戦線を食い破り、アナトリアを侵食している。既にアナトリアの3分の1は共和国と帝国の手にある。
王国植民地軍は初動で数において優勢な西部への攻撃を狙い、そこで共和国と帝国から背後を刺され、戦線が一時的に混乱した。
結局、西部の2個師団の共和国植民地軍を完全に排除することには失敗し、王国は東部において共和国と帝国の同盟軍を相手に戦うこととなった。
だが、そこでもヴェアヴォルフ戦闘団というこれまでの戦い方とはまるで異なる戦い方をする部隊の出現によって後方地域を荒らされ、補給物資が奪われ、司令部が破壊され、そうやって混乱している間に共和国と帝国が攻め込んでくる。
今はヴェアヴォルフ戦闘団の動きが“収まり”、王国は強固な防衛線を築いて、共和国と帝国の同盟軍からこれ以上アナトリアを奪われまいとしている。
だが、それもいつまで持つものかは不明だ。不自然に活動が収まったヴェアヴォルフ戦闘団がいつ行動を開始するかは分らず、共和国植民地軍は本国とサウードの両方から増援を送り続けているのだから。
王国政府はこの事態を受けて、アナトリア地域において守るべきはミスライムとの緩衝地帯になるシリア、イスラエルに相当する部位と、最大のエーテリウム鉱山が発見されたベヤズ鉱山とした。他の場所は奪われても構わないが、この2箇所だけはどうあっても守り抜くのだと。
「しかし、こうも落盤事故が続いては仕事になりません。急がば回れと言う言葉もありますし、坑道を補強し、確実にエーテリウムが採掘できるようにするべきかと思いますが」
「くどい。爆薬でも何でも使って、鉱山を一刻も早く完成させるのだ。それが国王陛下と祖国への忠誠というものだ」
鉱山技術者が鉱山労働者から落盤の状況を聞いてから告げるのに、役人はそう言い切った。彼には1分1秒でも時間が惜しいのだ。王国政府が国家の威信を賭けて採掘すると決定したベヤズ霊山の採掘は、彼のキャリアもかかっているために。
「分りました。急がせましょう。もっと機材が搬入できると速度も上がるのですが、まだ輸送は軍の物資が第一ですか?」
「そうなっているが、必要とあれば採掘用の機材の搬入も急がせよう。王国はまだ海を支配している。機材を運ぶ余裕ぐらいはあるはずだ」
アルビオン王国海軍は列強の中でも有数の実力を誇るものだ。エステライヒ共和国海軍とは競り合った上に勝ち、ルーシニア帝国海軍など相手にもならない。
そんな海を支配する王国は、海路で物資をアナトリアに運び込んでいる。今は12個師団の戦力が活動するために必要な物資がメインだが、この役人が要請すれば鉱山採掘用の機材も搬入されるだろう。
「それにしても、霊山とは言ったものですな。これだけ立派な山だと崇めたくもなる」
鉱山技術者はそう呟いて、ベヤズ霊山を見上げた。
標高は富士山より一回りは大きく、エーテリウムの影響でゴツゴツした岩肌には蔦などの植物が生い茂っている。この緑の山を見て、大自然の神秘さを感じない人間はいないだろう。
「植民地人どもには用のない場所だ。奴らはエーテリウムをただの魔法の触媒としてしか使用するだけなのだからな」
そんな鉱山技術者の呟きに、役人が吐き捨てた。
このベヤズ霊山を崇めていた豹人の部族は、王国植民地軍によって追い散らされた。彼らは自分たちの聖地を守るために懸命に戦ったが、王国の機関銃と魔装騎士を相手にしては勝ち目などなかった。
彼らは聖地を失い、故郷も王国に奪われ、難民と化している。誰も助けるものがいない、明日のない難民だ。子供を抱えた母親も、また3歳ほどの子供も、年老いた老人も、住む家と生活の糧を失い、アナトリアを彷徨っている。
だが、王国の誰も、そのことに罪悪感を覚えたりはしない。列強に根強く浸透した社会進化論がこの行為を正当化してくれ、彼らは自分たちの国家が弱肉強食と自然淘汰の世界で生き残れるようにしただけだと思っている。
「それで、落盤事故はいつになったら片付きそうだ?」
「規模が小さかったので1、2時間で。他の坑道は問題なく利用できます」
役人の問いに、鉱山技術者がそう返す。
「なら、落盤事故への対処と、坑道の拡張は並行して進め──」
役人がそう鉱山技術者に指示を出そうとしたときだった。
魔道灯の明かりが不意に消え、周囲が一気に暗闇に包まれた。
「何事だ?」
「分りません。秘封機関の故障かもしれません。今、秘封機関に技術者を送って確認させています」
周囲が暗闇に包まれるのに、役人が困惑した声を上げ、ここの警備を担当している歩兵大隊の指揮官がそう答えた。
──彼らにとって不運だったのは、自分たちの目が、完全に明るい環境に慣れきってしまっていたということだ。突如として明かりが消えたのに、目が暗闇に慣れておらず、完全な暗闇の中に閉じ込められてしまった。
ガンッと激しい金属音が響いたのは灯りが消えてから数分後のことだった。
金属音に続いて、秘封機関のエーテリウムが暴発する轟音がベヤズ霊山に木霊する。そして、いくつもの重低音の足音が急速に採掘現場に近づいてきていた。
「どうした? 何が起きた? 事故か?」
歩兵大隊の指揮官はエーテル通信機を片手に、状況を把握しようとする。
『事故じゃない! 敵襲です! 敵が攻めてきました! 数は──』
エーテル通信機から叫び声が上がり、それが途切れたのと同時に、再びエーテリウムの暴発する爆音が鳴り響いた。
「敵襲? そんな馬鹿な。ここは後方だぞ。まだ敵が来れるはずだない」
『こちら第1小隊! 敵勢力と交戦中なれど、敵の数が多すぎて対応できない! 増援を寄越してくれ! そうじゃなければ全滅だ!』
歩兵大隊の指揮官が困惑する間にも、エーテル通信機からの叫び声は増え、エーテリウムが暴発する音が響き、それに続いて機関砲が掃射されるようなけたたましい音が響き始めた。
「畜生。どうやったかしらないが、敵はここを攻めてきた。第1中隊と第2中隊は所定の位置で待機。第3中隊は丘の上に上がって、敵の姿を確認し、対装甲砲を据えつけろ。急げっ!」
「了解!」
歩兵大隊の指揮官の命令に兵士たちが動き出す。
そのころ樹海の周辺では警備任務についていた王国植民地軍の魔装騎士が、次々に屠られていた。
「流石は第2世代だ。第1世代の型遅れなど相手にもならんか」
クラウスは事前に調べておいた樹海の通り道を抜けて、採掘現場を目指していた。
途中に立ち塞がるのは王国植民地軍のサイクロプス型魔装騎士。
対するクラウスの魔装騎士は第2世代のスレイプニル型魔装騎士。機動力が大幅に上昇し、更には武装として新たに対装甲ラムが取り付けられた機体だ。
『気をつけろ! 共和国は新型を使ってるぞ!』
「あーあ。平文で通信して。それだとそっちの焦りは丸見えだぞ」
サイクロプス型魔装騎士2機が6ポンド突撃砲を構えてクラウスの前方に立ち塞がるのに、クラウスは第1世代型では実現できない機動力で懐に飛び込んだ。
「さて、対装甲ラムの威力は、と」
そして、クラウスは魔装騎士の右腕に装着された対装甲ラムをサイクロプス型の操縦席を狙って叩き込んだ。
秘封機関から供給された魔力が変換され、膨大な電力が流れると、巨大なタングステンの杭は勢いよく飛び出し、サイクロプス型の操縦席を杭が完全に貫き、機体後方の秘封機関にまで達した。
この一撃で操縦士は死亡し、破損した秘封機関は暴発したエーテリウムによって爆発し、サイクロプス型はふたつに千切れる。
『この野郎っ!』
残っていた1機のサイクロプス型はクラウスの魔装騎士に向けて6ポンド突撃砲を構えて、引き金を引いた。
『なっ……!』
だが、砲弾は命中しなかった。クラウスは撃破したサイクロプス型の上半身を掴むと、それを盾にして、砲弾を弾いた。砲弾はサイクロプス型の装甲に減り込んだが、それだけだった。
「お返しだ。受け取れ」
そして、クラウスは必死に6ポンド突撃砲を放つサイクロプス型に口径75ミリ突撃砲を構えると、引き金を引き、徹甲弾を放った。
第1世代であるサイクロプス型はその一撃で撃破され、先ほどのサイクロプス型と同じようにエーテリウムが暴走すると、爆発を起こして吹き飛んだ。
「ヘルマ。そっちはどうだ?」
『順調ッスよ。完全な奇襲ッスからね。相手にもならないッス』
クラウスの背中を守っているヘルマも、新装備である対装甲ラムを使って次々に王国植民地軍の魔装騎士を撃破し、採掘現場までの道のりを確保しつつあった。
「それに加えて夜襲だ。碌な夜戦装備のない連中にこれは堪える。全滅させるのも容易なことだな」
クラウスはそう告げると、犬歯を舐めた。
ベヤズ霊山での戦闘は完全にヴェアヴォルフ戦闘団の優位に運び、警備任務についていた1個魔装騎士大隊が壊滅したのは襲撃から30分のことだった。
『クラウス。丘の上に対装甲砲。こちらで相手する?』
「任せる、ローゼ。俺たちはちゃちな歩兵を始末する」
ローゼからのエーテル通信に、クラウスはそう告げて、対装甲刀剣を抜いた。
『目標、対装甲砲。砲撃開始』
丘の上に急遽据えられていた対装甲砲は敵味方が入り乱れる夜戦で、攻撃を行うことができず、ローゼの砲撃を受けてあっけなく全滅した。
「こっちも片付いたぞ」
そして、クラウスの方も、警備に当たっていた1個歩兵大隊を片付けていた。機関砲で肉塊に変え、対装甲刀剣で八つ裂きにし、足で踏み潰して血と肉の染みに変えてしまった。
魔装騎士を失い、対装甲砲も当てにならない状況で、歩兵部隊が魔装騎士をどうこうするのは不可能であり、1個大隊の歩兵部隊はなすすべもなく壊滅しきった。
いや、やろうと思えば、鉱山採掘用の爆薬を使って対抗することもできた。だが、王国植民地軍の教本にはそのようなことは書かれておらず、指揮官はそのようなことを思い浮かばないままに肉塊となった。
あの鉱山技術者も、役人も、同じように物言わぬ屍となっている。
「さて、敵のエーテル通信はなんと言っていた?」
『敵襲を知らせている。宛先はいろいろと。各地に応援を求めたみたい。これは大層なお客が期待できそうね』
クラウスが歩兵部隊が全滅したことを確認して告げるのに、ローゼがそう返した。
「お客がくることは想定の範囲内だ。第1中隊と第2中隊、そして装甲猟兵は直ちに配備に付け。それから弁護士を呼んでくれ。生きているならな」
クラウスは迅速に命令を下し、各部隊が防衛戦闘においてもっとも適した場所に配備されていく。ローゼの装甲猟兵中隊も険しい山肌を人工筋肉に悲鳴を上げさせながら登り詰め、中腹にある洞窟付近で監視任務に就いた。
そして、クラウスはダニエルを呼ぶ。
『こちらアリアネ。弁護士先生は生きてるデスよ。こっちも新商品のテストができて満足です』
「新商品はどんな具合だ?」
クラウスの言葉に返事を返してきたのはダニエルが同乗しているアリアネだ。
『威力は申し分なし。ただし、細かいことには向かないデスね。取り回しが大きすぎて、それこそ操縦席を一撃で狙うことぐらいにしか使えないデス。搦め手には向かない兵器ってところデスかね』
対装甲ラムは一撃の威力は凄まじいが、対装甲刀剣のように連続攻撃ができない。対装甲刀剣は敵の人工感覚器を潰すなどのことができたが、対装甲ラムではそのようなことは行えない。一撃必殺の兵器だ。
「ふうむ。それは問題だな。俺の提案したもうひとつの兵器が実用化されれば解決するが。まあ、この話は後でいい。今は弁護士を呼んでくれ」
『はいはい。弁護士先生、気絶してないで起きるデス』
クラウスはそう告げ、アリアネがダニエルを揺さぶる。
『はっ! 戦闘は終わったのですか? それで勝利できたのですか?』
「当たり前だ。相手もこちらの襲撃に気付いたようだし、領有宣言をだしてくれ」
ダニエルが起き上がって尋ねるのに、クラウスが溜息混じりに急かした。
『了解しました。我々SRAGは共和国鉱山開発法第31条に基づき、この鉱山の権利を主張します。我々には鉱山を開発する権利があり、共和国はそれを保証する義務があり……』
ダニエルの植民地省資源開発局への宣言は長々と10分間続いた。
「これで、この鉱山は俺たちのものか?」
『ええ。その通りです。会社はこのことで、大儲けできるでしょう。実に素晴らしいことです!』
ダニエルの宣言が終わると、クラウスがそう尋ねた。
それに対してダニエルは満面の笑みで返す。この過去最大級のエーテリウム鉱山から吸い上げられる利益で、会社がどれほど儲かり、その分け前がどれほどダニエルに与えられるかを考えると笑みが止まらない。
「結構だ。だが、パーティーはこれからだ。ここを奪還しに向かってくる王国を排除して、初めてこの鉱山は俺たちのものになる」
クラウスはそう告げて、改めて地図を見下ろし、部下の配置が最善であることを確認した。
部下の配置は最善だ。後は王国がどのように動くかにかかっている。
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