新装備
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──新装備
「ここがアナトリアッスか」
クラウスたちは鉄道での移動を終えてアナトリアに到着した。
鉄道はアナトリアの入り口までしか延びておらず、そこからはトラックとトレーラーを使った移動となる。
「先行してアナトリアに入っている第9植民地連隊の駐屯地を目指すぞ。そこでいろいろとやることがあるからな」
アナトリアには既に共和国植民地軍の部隊が入っている。第9植民地連隊を初めとする5個師団程度の戦力で、ほとんどは歩兵部隊だ。
クラウスたちはサウードの一面の砂漠から、大きな岩が転がり、所々に木々が生い茂るアナトリアの大地を進んでいった。位置的にはトルコに相当する場所を、クラウスたちはトレーラーとトラックとで移動する。
そして、鉄道路線が途切れ、トレーラーとトラックでの移動に切り替えてから10時間程度で、最初にアナトリア地域入りした共和国植民地軍の部隊である第9植民地連隊の駐屯地に到着した。
「戦況は芳しくないようだな」
第9植民地連隊の駐屯地は負傷者たちが地面に横たわり、負傷していない兵士たちの目にも絶望の色があった。ノーマンの告げているように、アナトリア地域を巡る争いでは王国がリードしているらしい。
「兄貴。大丈夫ッスかね。なんか、コテンパンにやられてるッスよ……」
ヘルマは第9植民地連隊の惨状を見て、怯えたようにそう告げる。
「だから、俺たちが来たんだよ。俺たちの手で戦況を引っくり返し、おいしいところを全ていただく。味方が優勢だとおいしいところを独り占めにすることはできないから、これぐらいが丁度いい」
クラウスがその瞳に傲慢の色を滲ませながら、トレーラーからジープに乗り換えると、第9植民地連隊の司令部を目指した。
「誰か!」
司令部では、警備に当たっていた兵士がピリピリした空気で、誰何を行ってきた。
「クラウス・キンスキー大尉だ。ヴェアヴォルフ戦闘団の指揮官。第9植民地連隊のイングベルト・イスターツ大佐にお会いしたい」
「ヴェアヴォルフ戦闘団? ヌチュワニン鉱山で活躍した?」
既にクラウスとヴェアヴォルフ戦闘団は共和国植民地軍で有名な存在になっているらしく、兵士は驚きに目を見開いた。
「そうだ、一等兵。大佐殿はおられるのか?」
「いらっしゃいます。暫しお待ちを」
クラウスが凄むのに、警備の兵卒は大慌てで司令部の設置されている天幕に駆け込んでいった。
「何も脅さなくてもいいじゃない」
「俺は急いでいるんだ。ここでの用事はひとつじゃないからな」
クラウスに同伴しているローゼが告げるのに、クラウスは肩を竦めた。
「お会いになられるそうです。どうぞ、こちらへ」
「結構」
暫くして警護の兵卒が戻ってきて告げるのに、クラウスとローゼは司令部の設置されている天幕の中に入った。
「よく来てくれた、大尉!」
司令部に入ると、開口一番に第9植民地連隊の指揮官であるイングベルトは大きく手を広げてクラウスを出迎えた。
「君たちの到着を待っていたところだ。我々には君と君の部隊の力が必要なのだ」
「理解しております、大佐殿」
アナトリア地域に派遣されている植民地軍のほとんどは歩兵部隊。この第9植民地連隊も歩兵連隊だ。そんな彼らが実力ある魔装騎士の部隊を欲しているのは、クラウスには容易に想像が付いていた。
「私はそうは思わないな」
と、ここで低い男の声が聞こえた。
「これはヘルツォーク大佐殿」
声を上げたのは植民地軍参謀部作戦課課長のヘンゼル・ヘルツォーク大佐だ。
「ヘルツォーク大佐殿もアナトリアに来られているとは思いませんでした」
「俺もお前がアナトリアに来るとは思っていなかった。俺と参謀部はそんな許可を出した覚えはないからな」
クラウスが飄々と告げるのに、ヘンゼルは煙草を吹かしながらそう告げる。
「無断で部隊を動かして、何を企んでいる、キンスキー大尉。噂ではよからぬ取り引きのために植民地軍を私的に利用していると聞くが」
ヘンゼルは鋭い目つきでクラウスを睨んでそう告げる。
「それは誤解です。自分は祖国エステライヒ共和国のためを思って行動しております。それに自分が部隊を移動させるのに、参謀部の許可は必要ないことは大佐殿もご存知でしょう。自分の部隊は植民地軍司令官直轄ですので」
ヘンゼルが睨むのに、クラウスはニイッと笑ってそう返す。
「このっ……! どこまでも傍若無人に振る舞ってからに。その身勝手さは身を亡ぼすことに繋がるぞ。公的な組織である植民地軍内で兵隊ごっこをやる程度ならば、許容されただろうが、植民地軍を私兵化するというのは許されることではない」
ヘンゼルはそう告げて、ギリッと歯を噛みしめる。
「ご安心を。自分は植民地軍を私兵化などしておりませんし、身を亡ぼすほど愚かではありませんので」
そんなヘンゼルを見下すようにして、クラウスは小さく笑った。
「そんなことよりも戦況について教えていただけますか?」
「私が説明しよう」
クラウスの問いに答えるのは、ヘンゼルではなく、イングベルト。
「敵──王国はベヤズ霊山を中心に展開している。王国植民地軍の規模は10個師団弱とみられ、ベヤズ霊山から南方にある自分たちの入植地である港湾都市までの路線を開通しようとしている」
「数においては我々が圧倒的に不利ですな」
王国植民地軍が10個師団の戦力をアナトリアに派遣しているのに対して、共和国は5個師団程度だ。数においては共和国側が不利であることは間違いない。
「数についてはどうにかなる見通しがでてきた。帝国が我々と同盟することに同意したのだ。つい2日前のことだ」
「ほう。帝国が我々と」
イングベルトが告げるのに、クラウスが意外そうな表情を浮かべた。
アナトリアを巡って王国の一人勝ちを防ぐため、共和国と帝国が同盟することは噂されていたが、それが本当に実現するとは思ってみなかった。
「うむ。帝国は我々の側について戦う。帝国が派遣できる植民地軍は5個師団なので、これで数においては王国と肩を並べることになる」
イングベルトは満足そうにそう告げる。
「ですが、戦況は不利のようですね。王国軍は魔装騎士を持ち出しているのではないですか?」
「忌々しいことにその通りだ。王国植民地軍は魔装騎士部隊を送り込んできた。こちらも対装甲砲などはあるのだが、やはり魔装騎士を撃破するには魔装騎士しかない」
クラウスが尋ねるのに、イングベルトは苦々しい表情でそう告げた。
「よって、君の部隊が必要だ、キンスキー大尉。君の優秀な魔装騎士部隊があれば、我々にも希望が見えてくる」
そう告げて、イングベルトはクラウスの顔を見つめる。
「共和国本土からは援軍は得られないので?」
クラウスはイングベルトの言葉にすぐには反応せず、別の話題を持ち出した。
「現時点で動かせるのは我々植民地軍だけだ。本国の部隊を動かすならば、帝国を刺激しかねない。今の時点では本国軍は動かさず、我々だけで問題に対処する。ただし、本国が王国の脅威に晒されると判断されれば本国軍が動く」
共和国はトルコでいうところのイスタンブールまでを勢力下に収め、海峡を挟んでアナトリア地域と国境を接している。
王国がもしも海峡の向こう側までを勢力圏に治めるならば、それは共和国本土の危機だ。そのような危機はなんとしても防がねばならない。たとえ、帝国が警戒しようとも、本国軍を動員するのだ。
「帝国には魔装騎士部隊はいないので?」
「僅かにだが、いるにはいる。だが、戦力としては期待していない。所詮は帝国の植民地軍だからな」
先ほどまでは帝国が援軍に来ることを喜んでいたイングベルトは、帝国の魔装騎士部隊には一切期待していないという態度をとる。
それもそうだ。帝国の第1世代型魔装騎士チェルノボグ型はラタトスク型よりも圧倒的に劣っていることで知られる魔装騎士だった。そんな魔装騎士では王国のサイクロプス型に勝てるはずもなく、イングベルトは早々に帝国の魔装騎士を戦力外の枠においた。
「となると当てになるのは自分の部隊だけですか」
クラウスはそんな状況にニッと笑う。
「その通りだ。当てになるのは君の部隊だけだ。何としても我々だけで戦況を覆してもらいたい。できれば、本国軍の動員は避けたいところなのだ。本国軍の動員はリスクが高すぎるからな」
イングベルトはクラウスに向けて、そう告げる。
「理解しました、大佐殿。我々は独立部隊として、このアナトリアで戦っている共和国植民地軍を支援致しましょう。この我々に不利な戦況を覆し、必ずや共和国との国境の緩衝地帯を確保し、かつこの地に眠るエーテリウム鉱山を手に入れましょう」
クラウスはそう告げて、イングベルトに敬礼を送った。
「助かる、キンスキー大尉。まず確保してもらいたい目標だが……」
「それは我々が判断します。我々は植民地軍司令官直轄の独立部隊ですので。残念ながら通常の指揮系統にはいないのであります」
イングベルトが地図を広げて、目標を指し示そうとするのにクラウスがそう告げて制した。
「なっ……。そ、それは困る。我々が連携しなければ勝利は手に入らないぞ」
「連携はします。こちらの行動をそちらが支援してくだされば結構。ご安心を。必ずや我々は勝利しますので」
イングベルトがうろたえるのに、クラウスは平然とそう告げる。
「だから、言っただろう。この男のことを当てにはするなと」
困惑するイングベルトの横では、ヘンゼルが煙草の灰を灰皿に落としながらそう告げていた。
「しかし、我々が当てにできる魔装騎士部隊は彼らだけだ。彼らには実績もあるし、第2世代の魔装騎士も装備している。帝国が当てにならない以上は、彼らを頼るより他ないだろう?」
イングベルトがそう告げるのに、クラウスは心の中で快哉を叫ぶ。植民地軍全体がクラウスのヴェアヴォルフ戦闘団を有力な戦力だと見做していることに、彼は快哉を叫ぶ。
「我々の働きにご期待ください、大佐殿。必ずしや、王国からエーテリウム鉱山を奪ってみせましょう」
クラウスはそう告げて、敬礼を送ると司令部を去った。
「後で後悔することになるぞ。我々全員がな。あの男に権力を与え、兵士を与え、好きなように振る舞わせたことに我々全員が後悔することになるだろう。そう遠くないうちに……」
ヘンゼルはそう告げると、灰皿に煙草を押し付けた。
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