装甲教導師団(4)
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「帝国陸軍による陣地の奪取を阻止する。全機、友軍を支援しろ。だが、敵味方の識別には細心の注意を払え。現地は乱戦だ。間違っても味方に砲弾を当てるなよ」
クラウスの魔装騎士部隊はマルクからの援軍要請を受けて直ちに動いた。
敵は歩兵部隊で陣地を突破しようとしており、塹壕の中では乱戦が続き、既に防衛線は予備陣地にまで後退した。そこで帝国陸軍の歩兵部隊にありったけの迫撃砲弾を浴びせ、機関銃の射撃を浴びせ、前進を阻止しているのが現状だ。
現地はクラウスが告げたように乱戦状態だ。敵味方の識別には注意を払わなければ。
「それから敵の魔装騎士部隊が投入されてくる可能性が高い。俺たちが動けば、敵も動くだろう。対魔装騎士戦の準備も怠るな。敵の魔装騎士はスペック不明の新型。どんな敵が分からんのだからな」
そして、クラウスが懸念しているのは帝国陸軍装甲教導師団の魔装騎士だ。
彼らは航空偵察によれば新型の魔装騎士を装備しているとのこと。それがどんなものかは不明だが、恐らくはセマルグル型魔装騎士よりも高性能のものだろう。今は昼間であり、クラウスたちは夜戦による籠を得られず、正面から戦うしかない。
『どんな奴だろうとぶっ潰してやるッス! あたしたちに敵はいないッスよ!』
『邪魔をするものは何人たりとも生かしておかない。皆殺しにする』
ヘルマとローゼからは頼りになる返事が返ってくる。
「ああ。期待しているぞ。お前たちは最高の魔装騎士乗りだ。実戦経験豊富で、確かな技量を持っている。相手が精鋭装師団だろうと、負けることはありえないだろう。ここで叩きのめすぞ」
クラウスはそう告げると魔装騎士を前進させる。
マルクたちが死闘を繰り広げている塹壕陣地がクラウスの視野に入ったのは前進を開始してから20分後。迫撃砲弾が降り注ぎ、機関銃が掃射されている様子が、ありありとクラウスの目に映った。
「こちらヴェアヴォルフ・ワン。支援に入る。目標をスモークグレネードでマークしてくれ。そこにありったけの砲弾を叩き込んでやる」
『こちらマルク。待っていた、ヴェアヴォルフ・ワン! 攻撃目標はこちらから指示する。そこに向けて砲弾の嵐を降り注がせやってくれ! 頼んだぞ!』
クラウスが指示するのに、マルクだ直ちに応じた。
既に敵に突破されかかっている陣地に向けて赤いスモークグレネードを投げ込み、目標を指示したらギリギリまでそこに敵を足止めして、回復不可能な打撃を与えなければならない。
「ここで装甲教導師団を終わらせるぞ。勝つのは俺たち、ヴェアヴォルフ戦闘団だ。この邪魔な連中を始末したら、アルハンゲリスキーに一番乗りだ。その名誉は俺たちに与えられる。前線でもっとも戦っている俺たちにこそ、な」
クラウスはそう告げて不敵に笑うと、赤のスモークグレードでマークされた地点に向けて砲弾の雨を降り注がせ始めた。
使用されるのは榴弾と焼夷弾。対人戦に効果のあるふたつの砲弾が次々に赤でマークされた地点に叩き込まれ、オレンジ色の炎が轟々と燃え上がる。
「た、助けてくれ! 熱い! 熱い!」
「俺の足が……俺の足が……誰か俺の足の場所を知らないか……?」
塹壕陣地に押し寄せていた帝国陸軍の弊履たちは大損害を受け。逃げようとするところを機関砲弾の砲撃を浴びて、前のめりに倒れ、倒れたところに降り注ぐ砲弾の嵐。装甲教導師団の1個連隊規模の歩兵が全滅した。
「これで歩兵は片付いた。これからが本番だぞ。そろそろ突っ込んでくるはずだ」
クラウスはそう告げて、周囲を見渡す。
『こちらナディア。そちらに向かっている魔装騎士部隊を確認した。最低でも1個連隊はいる。そちらに到着するまではおよそ20分だ。もう先に突入しただろう歩兵部隊の突進は阻止できたか?』
「ああ。歩兵は始末した。次は魔装騎士だ」
先行しているナディヤの偵察分隊が報告するのに、クラウスがそう返した。
「ヴェアヴォルフ・ワンより全機。帝国の魔装騎士が突っ込んでくるぞ。迎撃準備だ。敵は新型を装備しているらしいから用心しろ。どんなものか、見て見ないことには分からんからな」
『了解、ボス』
クラウスはエーテル通信でそう告げ、第32混成機甲連隊の全魔装騎士が了解する。
「さて、帝国の新型とやらを拝むとしようか」
そう告げ、クラウスはいつでも動き出せる態勢で、帝国の歩兵部隊が押し寄せて来た方角から視線を逸らし、側面の方向に視線を向けた。彼はこの歩兵部隊の攻撃が、牽制であることを最初から理解している。
『1時の方向より帝国の魔装騎士を確認! 規模は2個連隊! 突っ込んできます!』
「来たな」
そして、ナディヤの報告した20分後に帝国の魔装騎士がスモレンスク郊外に陣取る陣地に向けて突っ込んできた。
「確かに新型、だな。砲がでかい。直撃したらただじゃ済むまい」
現れたのは装甲教導師団に優先的に配備されたぺルン型魔装騎士だった。口径122ミリ突撃砲を装備した通常型のものと、口径152ミリ突撃砲を装備した突撃型の魔装騎士が、重々しい足取りで向かってきている。
「ローゼ。でかい砲を持った奴から潰せ。あれは厄介だ」
『了解。始末する。相手は動きが鈍いからいい的ね』
クラウスが告げるのに、ローゼがそう告げて返した。
確かにぺルン型魔装騎士の動きは鈍い。その重装甲と重武装から機動力が低下しているのだ。共和国が55口径128ミリ突撃砲を装備した装甲猟兵型のブリュンヒルデ型魔装騎士を4脚にして、機動力の低下を防いだのに対して、帝国はその手の措置を講じなかった。それだけの技術が帝国にはなかったのだ。
「ヴェアヴォルフ・ワンより全機。お客さんを始末しろ。相手は新型に加えて、規模は2個連隊だが、俺たちが勝てない相手じゃない。俺たちはこれよりも危険な状況を潜り抜けて来たんだからなっ!」
そして、クラウスも突撃砲の引き金を引く。
クラウスの植民地軍時代から続く長年の魔装騎士乗りとしての腕前とブリュンヒルデ型魔装騎士に搭載されたFCSの補佐を受けて、砲弾は的確にぺルン型魔装騎士の装甲にめり込む。
『畜生。弾かれた!?』
クラウスが命中弾を出し、部下たちも命中弾を出すのに、エーテル通信に混乱した声が流れて来た。
そう、ぺルン型魔装騎士が、これまであらゆる目標を撃ち抜いてきた71口径88ミリ突撃砲の砲弾を弾いたのだ。
ぺルン型魔装騎士の装甲は内部の居住性を犠牲にし、歪曲した装甲になっている。それは砲弾が命中した際に、滑って弾かれるようになっているのだ。所謂、傾斜装甲というものである。
そして、ぺルン型魔装騎士そのものの装甲は非常に分厚い。同世代のタルタロス型魔装騎士や、ニーズヘッグ型魔装騎士と比較しても、かなりの重装甲だ。ブリュンヒルデ型魔装騎士に匹敵すると言ってもいい。
これまで有効だったブリュンヒルデ型魔装騎士の71口径88ミリ突撃砲の砲撃も、そのようなぺルン型魔装騎士の装甲を前にしては、有効弾が出せない場合があった。いくつかの砲弾は敵を屠ったが、いくつかの砲弾は命中したにも関わらず弾かれた。
「土壇場になって面倒なものを。どこを狙えばいい……」
クラウスの放った砲弾も弾かれ、彼は迫りくるぺルン型魔装騎士に有効になりそうな場所を探して、装甲教導師団のぺルン型魔装騎士の群れを観察する。
その間にも敵は応戦してきた。
口径122ミリ突撃砲が一斉に火を噴き、徹甲弾の雨がクラウスたちに降り注ぐ。
『うわっ! 火が──』
徹甲弾のうち1発がブリュンヒルデ型魔装騎士に命中し、命中弾を受けた魔装騎士が秘封機関の暴走に巻き込まれて炎に包まれる。
「散開しながら戦闘しろ! 止まるな! こっちにはFCSと腕がある! 走行中の戦闘は圧倒的にこちらが優位だ! 動け!」
『応っ!』
クラウスが素早く命じるのに、第32混成機甲連隊の魔装騎士が散開した。
『こちらローゼ。砲撃開始。私たちの邪魔はさせない』
そして、クラウスたちが散開するその後方ではローゼが帝国陸軍装甲教導師団に向けて砲撃を浴びせかけた。
通常モデルのブリュンヒルデ型魔装騎士の71口径88ミリ突撃砲の砲撃には耐えられたぺルン型魔装騎士でも、装甲猟兵モデルの55口径128ミリ突撃砲には耐えられない。操縦席が貫かれ、秘封機関を貫かれ、炎に塗れて崩れ落ちる。
だが、ローゼの装甲猟兵中隊は僅かに18体。2個連隊規模で攻め寄せて来る装甲教導師団の魔装騎士部隊を完全に足止めすることはできていない。いくら驚異的な速さで敵を撃破していっても、敵は次から次に湧いてくる。
「機関部と操縦席の正面装甲は面倒。ならば、これはどうだ?」
クラウスはぺルン型魔装騎士より遥かに高速で移動しながら、突撃砲の砲口を敵に向け、狙いを定める。彼が狙ったのは──。
ガンッと金属が爆ぜる音が響く。
そして、ぺルン型魔装騎士が膝を突いた。
クラウスが狙ったのは正面装甲は貫けないぺルン型魔装騎士の脚部だ。それもその関節部を狙って砲弾を浴びせた。
関節部は僅かなものだが、魔装騎士の弱点とも言える場所だった。人工筋肉の可動部となるそこを防御するには非常に複雑な装甲にせねばならず、それでいて完全に防御できるわけではなかったのだから。そう、言うならば戦車の履帯を狙ったようなものだ。
「よし。これなら行けるな。全機、敵の関節部を狙って走行不能にしろ。動けなくしたら近接格闘戦に移行してケリをつけるぞ。かかれ!」
『了解ッス、兄貴! やっつけてやるッスよ!』
クラウスが命じるのに、ヘルマが高らかとそう告げて返す。
第32混成機甲連隊の魔装騎士は装甲教導師団の魔装騎士の関節部を狙って、次々に砲弾を命中させ、ぺルン型魔装騎士を走行不能にする。元より脚部に大きな負荷がかかっていただけあって、関節をやられたぺルン型魔装騎士は身動きができなくなる。
『おーお。面白いぐらいによく当たるな、これ。こいつは大した技術の進歩だ。この調子だと魔装騎士乗りってのは大した資格がなくともやっていけるようになるのかもな。ちいとばかり危機感を覚えるぜ』
外人部隊のウィリアムはFCSの性能に感嘆とも愚痴とも言える声を漏らし、着実に装甲教導師団の魔装騎士を仕留めていく。
「魔装騎士乗りには腕が必要だ。適切な位置取り、適切な陣形、適切な戦術、そしてFCSでは補助しきれない砲撃の繊細な部分。そういったものを扱うには熟練の魔装騎士乗りが必要になる。お前の仕事はなくならんさ、傭兵」
『ありがたいお言葉で。まあ市場価値があることは喜ぶべきだな』
魔装騎士乗りを育成するには2、3年の年月がかかる。熟練の魔装騎士乗りを育成するには更に長い時間がかかる。
魔装騎士の戦闘は歩兵とも、砲兵とも異なる。魔装騎士にしかできない高機動の戦闘を完全に扱いこなすには、実戦経験が必要だ。そうでなければ、魔装騎士はいくらFCSで砲撃の技術を底上げしたところで、動く火点としてしか役に立たない。
「お前たちには満足している。このまま畳むぞ」
クラウスたちは押し寄せて来た2個連隊のぺルン型魔装騎士のうち、1個連隊を完全に走行不能にした。残りの魔装騎士はローゼが砲撃で牽制している。
「全機、近接格闘戦に移行だ。叩き切れ」
クラウスはそう命じると熱式刀剣を手に、脚部を潰されたぺルン型魔装騎士に切りかかる。
『ち、畜生! 共和国の豚め! 祖国の侵略者め!』
エーテル通信に混乱した装甲教導師団の声が混じる。
「なら、応戦してみろ。その無様な姿でな」
クラウスはゾッとするような声でそう呟くと、熱式刀剣を思いっきりぺルン型魔装騎士の操縦席に突き立てた。
いくら砲弾を弾く傾斜装甲でも熱式刀剣の純粋な熱による攻撃には耐えられず溶断され、操縦席が貫かれ、魔装騎士が痙攣したようにビクビクと動くと、そのまま動かなくなった。撃破だ。
『円陣! 円陣を組め! 単騎で相手をするな! 殺されるぞ!』
そして、装甲教導師団の兵士たちがエーテル通信で叫ぶ。
円陣を組めば、確かに周囲から襲い掛かるクラウスたちに応戦できるだろう。互いの背中を守り合い、死角をなくし、近接格闘戦において有効に戦えるだろう。
だが、破損した脚部でどうやって円陣を組むというのだ?
装甲教導師団のぺルン型魔装騎士は足を引きずるようにしながら、その巨体を何とかして押し進めるが、それはカタツムリのような鈍さだ。魔装騎士本来の機動力がまるで発揮されていない。
帝国の技術力では片足だけで、ぺルン型魔装騎士の重量を支えるだけの人工筋肉は養成できなかったということだ。共和国のニーズヘッグE型魔装騎士やブリュンヒルデ型魔装騎士ならば、たとえ片足の操縦が困難になってもある程度の機動力はある。
「いいカモだ。このまま押し潰すぞ」
クラウスは装甲教導師団の必死の動きを嘲笑い、次の魔装騎士に狙いを定める。
だが、装甲教導師団とて無策ではなく、動かせる上半身を駆使して、迫りくるクラウスたち第32混成機甲連隊の魔装騎士に向けて口径122ミリ突撃砲の砲撃を浴びせる。
何体かの迂闊な第32混成機甲連隊の魔装騎士が砲弾を浴びて戦闘不能となり、秘封機関の爆ぜるオレンジ色の炎が迸る。
「ヴェアヴォルフ・ワンよりヴェアヴォルフ・イレブン。生きているか?」
『なんとか。しかし、凄い衝撃です。魔道式演算機が完全にいかれちまいました。これじゃ動けません』
クラウスが被弾した機体に声をかけるのに、エーテル通信から溜息交じりの声が返ってきた。
榴弾砲を転用したぺルン型魔装騎士のと突撃砲の威力は絶大だ。下手に直撃を受ければ、装甲が貫かれなくとも、衝撃によって繊細な魔道式演算機や秘封機関がやられ、戦闘不能になる。まさに衝撃の兵器だ。
「2体で1体を潰せ。こちらも単騎ではかかるな。相手は碌に動けない状況だ。俺たちの相手じゃない。慎重に、確実に、容赦なく始末しろ。ヘルマは俺の援護に当たれ」
『あいッス! 兄貴の背中はあたしにお任せッスよ!』
クラウスが慎重な命令を出し、ヘルマが元気よくそれに応じる。
装甲教導師団のぺルン型魔装騎士は自分たち1体に対して2体のブリュンヒルデ型魔装騎士が迫りくるのに突撃砲を乱射するが、ブリュンヒルデ型魔装騎士の機動力を前にしてはまともに砲弾は当たらない。たまに1発、2発が命中するだけだ。
そして、クラウスたちは走行不能になって連携が分断されたぺルン型魔装騎士を囲み、熱式刀剣で貫いていく。1体、2体、3体、4体と次々に装甲教導師団の魔装騎士が失われ、辺りが秘封機関の暴発によって生じた炎と黒煙に覆われていく。
『魔女のばあさんの呪いか! このままじゃなぶり殺しだぞ!』
『練度が違い過ぎる! 俺たちの相手にできる部隊じゃない!』
ついにはエーテル通信に装甲教導師団の兵士たちの悲鳴が混じり始めた。
クラウスたちの戦闘力は圧倒的だ。いくら帝国から優秀な魔装騎士乗りを集めた装甲教導師団でも、植民地軍時代から死線を潜り抜けて来たクラウスたちを相手にしては、赤子と大人の戦いだ。
「さて、と。随分と始末で来たな。残り1個連隊、か?」
戦闘開始から40分後にはそこには鋼鉄のオブジェとかしたぺルン型魔装騎士が、戦場に転々と転がっていた。1個連隊の魔装騎士が、僅かに4体程度の第32混成機甲連隊のブリュンヒルデ型魔装騎士を撃破しただけで、壊滅した。
残る装甲教導師団の魔装騎士は1個連隊。それもローゼによってかなりの数が撃破されている状況だ。
「一気にケリをつけるぞ。砲撃で牽制しながら近接格闘戦だ。付いて来い!」
ローゼの砲撃で身動きが取れない1個連隊の魔装騎士に向けて、クラウスが先陣を切って、突撃を開始した。
『あたしもやるッス! 兄貴の勝利のために! 命を救って貰った恩を返すッスよう! さあ、かかってくるがいいッス、帝国のオンボロども! このヘルマ様が血祭りに上げてやるッスよ!』
クラウスに続いてヘルマも突撃する。
『近接格闘戦じゃこっちは不利だ! 砲撃で近寄らせるな! 弾幕を張れ!』
『このクソ鈍い突撃砲でどうやって弾幕を展開しろってんだ! ふざけてんのか!』
ぺルン型魔装騎士の突撃砲の口径はあまりにも大きく再装填には時間がかかる。通常型の口径122ミリ突撃砲も、突撃型の口径152ミリ突撃砲も、弾幕を張るような戦いには適していないのが実際のところだった。
それでも装甲教導師団の魔装騎士部隊は円陣を組み、周囲から襲い掛かる第32混成機甲連隊の魔装騎士に向けてありったけの砲弾を放つ。
『畜生……。畜生……。弾切れだ……』
だが、それは呆気なく終わった。
ぺルン型魔装騎士に搭載できる突撃砲の砲弾は極端に少ないのだ。口径があまりに大きくなり過ぎたことへの弊害であり、そんな魔装騎士で弾幕などを展開したがために、砲弾は底を尽きた。
「弾切れとは無様なことだ。帝国の魔装騎士は欠陥品だな。哀れな」
クラウスはそう呟くと、弾切れになり、対装甲刀剣を抜いたぺルン型魔装騎士の操縦席に熱式刀剣を突き立てる。その背後ではヘルマがクラウスを襲おうとした魔装騎士を着実に始末し──。
『うわっ! まだ弾持ってったッスか!?』
不意にエーテル通信にヘルマの悲鳴が響く。
「ヘルマ! 大丈夫か!?」
『大丈夫、とも言えないッス。左腕に直撃弾を受けて熱式刀剣が弾き飛ばされてしまったッス。それから砲弾の衝撃で魔装式演算機の挙動がおかしくなって、上手く動かせなくなったッス……』
クラウスが叫ぶのに、ヘルマは険しい表情でそう返してきた。
ヘルマの魔装騎士は左腕が口径152ミリ突撃砲の直撃を受けて、完全に破壊されている。腕の根元から弾き飛ばされ、熱式刀剣は使えなくなり、その上衝撃によって魔装騎士の中枢である魔道式演算機が破損し、その動きはぎこちないものとなった。
『敵の魔装騎士の動きが鈍ったぞ! 追撃しろ!』
「させるか!」
動けなくなったヘルマの魔装騎士に追い打ちをかけようとする装甲教導師団の魔装騎士にクラウスが熱式刀剣を振りかざし、その上半身と下半身を両断する。
「ヘルマ。俺が援護する。なんとか耐えろ。そろそろ戦闘は終わる。それまで生き残れ。これは命令だ」
『でも、兄貴。これじゃ兄貴を危険に晒すッス。あたしのことはもう見捨てて貰って構わないッス。またアナトリアみたいなことになったら、あたしは、あたしは……』
クラウスが押し寄せるぺルン型魔装騎士を前にそう告げるのに、ヘルマが消え入りそうな声で、そう告げて来た。
「部下を見殺しにはできん。それにお前は俺をよく援護してくれた。貴重な人材だ。帝国の連中なんぞにはくれてやらん。お前は俺の戦友だ」
『兄貴……!』
クラウスは迫りくるぺルン型魔装騎士を単騎で次々に屠る。
それは悪魔が憑依したかのように圧倒的だった。2体で同時にしかけても、4体で同時に仕掛けても、6体で同時に仕掛けても返り討ちに遭う。装甲教導師団の魔装騎士はヘルマに指一本触ることができない。
『なんなんだ。なんなんだ、こいつ。化け物か……』
仲間たちが次々に撃破されるのに装甲教導師団が絶望に沈んだ。
自分たちではこの部隊には勝てない。それはもはや明白となった。
『撤退だ! 撤退しろ! これ以上戦っても損害を出すばかりだ! もう、こっちに勝ち目はない! 1体でも多くの魔装騎士を戦場から離脱させろ!』
そして、ついに装甲教導師団は撤退を始めた。撤退を指示したのはオレグだ。
「ローゼ。連中を逃がすな。こっちも追撃する。帝国の連中に共和国の恐ろしさを徹底的に教育してやれ」
『ええ。彼らが愚かな考えを二度と抱かないように恐怖を刻み込みましょう』
クラウスはニッと笑ってそう告げ、ローゼはぶっきらぼうにそう返した。
スモレンスクの戦い。
装甲教導師団は壊滅的な打撃を受けて撤退した。貴重なぺルン型魔装騎士も大部分が失われた。そして、装甲教導師団は第32混成機甲連隊の動きを止めるという目的を果たせなかった。
勝者は共和国陸軍。
そして、この戦いはもはや帝国の精鋭部隊を以てしても、クラウスたち第32混成機甲連隊を止められないという無情な現実を突きつけられる結果となったのだった。
帝国は着実に滅びの道に進んでいた。
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